第9話 新たなる決意 P.9
次の日、健斗が学校に来てまず目に入ったのはヒロの姿だった。というより、教室に入って早々ヒロが健斗に近づいてきたのだ
「おっす。健くん♪」
「はぁ?」
普段絶対にないであろう呼び方をしてくるヒロ。いつもに増して明らかに気持ち悪くなっている。ニタニタで奇妙な笑みを浮かべて、健斗に迫ってくる
「あのさぁ、ちょっと話があるんだわ。ちょっと付き合えよ」
「話?つーか今から?ホームルーム終わってからでいいだろ……」
「んなもん、サボっちまえばいいんだって。いいから行くぞ」
ヒロはそう言って健斗を無理矢理引っ張って行く。腕力の強いヒロは健斗の体を引きずろうとする。健斗は体勢が可笑しなまま、ヒロに連れて行かれた
「おまっ!ちょっ……離せよっ!遅刻になるだろ!」
「いいじゃーん。一日くらいさぁ」
そんなやり取りをしていると、後から遅れて来た麗奈が廊下を走ってきた。健斗とヒロの様子を見て、少し驚いたような表情を見せていた
が、ヒロは麗奈を見るとヘラヘラと笑った
「おはよう、麗奈ちゃん」
「お、おはよう……」
「俺と健斗、ちょっと用があるから。遅刻扱いでいいからー」
「え……うん」
「ちょっと!ふざけんなって!麗奈!お前も見てないでどうにかしろよっ!」
健斗は暴れて教室に戻ろうとするが、ヒロには力ではかなわない。がっしりと掴まれる
「だーめー。行くよ、健くん♪」
「うわぁ……」
ついに諦めたか、健斗は全身の力を抜き、だらんとした状態になった。文字通り、健斗はヒロに引きずられていってしまった
状況がよく飲み込めない麗奈は唖然として遠ざかっていく二人を見つめていた
健斗の言う通りだったのかもしれない
麗奈は心の中でそう呟いた。昨日、あんなことがあったのだから……少し不安だったのだ。ヒロとマナのことが……
けど、それは健斗の言う通り大した問題じゃなかったのだ。互いの意見が食い違うよくある口喧嘩に過ぎないのだ
何だか心の中の氷が溶けていくようだ
麗奈はほっとため息を吐いて、教室の中に入った
「おはようー♪」
真っ先に結衣のところへ行き、声をかけた。結衣は座りながら麗奈に笑顔で答えた
「おはよう。今日も元気いいね」
「そう?」
昨日まで抱えていた不安が一気になくなったおかげかもしれない
「昨日は途中で帰ってごめんね?」
結衣が申し訳なさそうに麗奈に謝ってきた。あのあと結衣から電話がかかってきて、心配だからマナを送っていったと言っていた
「ううん。大丈夫だよ。私も心配だったから……」
「うん……そっか」
「あの……マナは?」
麗奈がそう言うと、結衣は苦笑いを浮かべて目でその先を示した。麗奈はその目線を追う。そこには自分の席に座って、健斗とヒロがいなくなった教室の入り口を見つめていた
寂しそうな横顔が麗奈の胸を痛めた
すると結衣が麗奈に耳打ちするような声で言ってきた
「マナもね、本当は仲直りしたいって思ってるんだよ」
「うん……」
「お互い素直じゃないからね。元通りになるのは、ちょっと時間がかかりそう」
「……私たちに何か出来ないかなぁ?」
麗奈が何気なく結衣にそう言ってみた。結衣はそんな麗奈を見て、クスッと小さく笑った
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「え?」
「ただの口喧嘩だもん。それにあの二人なんだから。ね?」
結衣は笑顔でそう言ってきた。きっと麗奈を安心させるためだ。麗奈も小さく笑った
――健斗と同じことを言ってる
結衣も健斗も、まるでお互いが通じてるみたいに同じことを言っている
健斗にお似合いなのはやっぱり結衣なんだろうな……
私じゃ……
そう心の中で呟いていることに気づいて麗奈はその考えを振り払った。何を考えているのだろう
これじゃ前と同じだ
健斗がどんなに結衣のことを好きでも、頑張るって決めたのだ
それに今はそんなこと考えるときではない。
今自分がヒロとマナのために出来ることは、健斗と結衣の言う通二人を見守ることなのだ