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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第10、11話 文化祭
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第11話 文化祭 後編 P.5

夕飯時、健斗の前にはハンバーグがメインの夕飯が並べられていた。その隣にはいつもより早く家に帰ってきた父さんが、そしてそのさらに隣には母さんの夕飯が並べられている。健斗の左隣にも同じように夕飯が並べられているが、そこは空席だ。


廊下から母さんが入ってきた。なんとなく顔をしかめていた。


「あれ?麗奈ちゃんはどうした?」


父さんがそう聞くと、母さんが困ったような顔をして言った。


「それが、何だか調子が悪いから今日は寝るって。」


「何だ風邪か?まぁ、ちょうど季節の移り変わりだもんな。」


「そうね。今日びしょ濡れで帰ってきたみたいなの。そのせいかもね。」


「そりゃいかん。健斗は今日、麗奈ちゃんと帰りは別々だったのか?」


父さんに突然聞かれて、健斗は箸をぴたっと止めた。そしてしばらくしてから、「さぁ。」と一言答えた。


その答え方が悪かったのだろう。父さんと母さんは同時に健斗のことを見つめて、それから互いに顔を合わせ大きくため息を吐いた。どうやら全てを察したらしい。


「なんだ、また喧嘩したのか。」


「厭きないわねー、あんたたちも。」


二人にそう言われて、健斗は黙り混んだ。あれは喧嘩……だったらまだいい。でも、今回二人の間に起きたことは、そんな言葉で済まされるようなことじゃないように思えた。





夕飯を済ませたあと、健斗はなんとなくそのまま縁側に来ていた。縁側にはタオルケットを敷いて眠っているゴンタがいた。雨の日、そしてこの季節になると寒くなってしまうので可哀想だからゴンタを暖かい家の中に入れてやるのだ。


健斗が来たことに気づいたゴンタは目を覚まして健斗を見上げた。健斗はそんなゴンタの隣に座ると、ゴンタの頭を軽く撫でてやった。するとゴンタは健斗に甘えるように、頭を健斗の太股の上に乗せて再び眠りについた。


健斗はそんなゴンタの身体を優しく撫でながら、しとしとと降る雨を見つめていた。


大分遠い距離になってしまった。一番近い距離にいたはずの存在が、今では一番遠く感じる。どうして麗奈はあんなことを言ったのだろう。健斗には分からなかった。


怒りとは違った感情だった。これは怒りではなく、哀しみだった。健斗にとって、麗奈の言った言葉はそれくらいショックな言葉だった。これまでの築いてきた関係を、すべて否定してしまう言葉だった。だから怒りではなく、哀しいのだ。


五月の中旬、初めて麗奈がこの家にやって来た日も、学校に来て二人の間に起こったキス事件を経て二人の間の距離が縮まったことも、自転車の練習をしたことも、いつもの帰り道をくだらない話や馬鹿な話に笑いながら歩いたことも、すべて麗奈にとっては何でもないことだったのだろうか。


じゃあ何故、麗奈はわざわざあんなことを言った?一週間前、麗奈と二人で帰った日、麗奈は突然吹っ切れたように健斗に対して想いを告げてきた。今、考えればあれも変なことだった。もちろん、麗奈は突拍子もないことをいつもしてくるやつだが、なんと言うか身に纏う雰囲気が違ったのだ。


何か強い決意を目に秘めた。そんな感じだった。


やっぱり、ヒロが言ったとおり、麗奈はあのときのことを気にしているのかもしれない。というより、怒ってる?でも、ただそれだけではない。もっと違う何かが麗奈をああさせてーー


健斗は疲れたようにふぅっとため息を吐いた。もういい。考えれば考えるほどど坪にはまっていく。何も考えなくていい。考えたくないのだ。








そんな健斗の様子を、母さんは角に隠れて伺っていた。健斗の様子を見てから、ため息を吐いた。そして、手には今日食べた夕飯をお膳に乗せていた。ちゃんと暖めてある。母さんは見上げるように、二階を見つめた。そしてゆっくりと階段を上っていき、健斗の部屋のもうひとつ奥の部屋の前で立ち止まる。


母さんはそのドアに向かってコンコンコンと軽く三回ノックした。


「麗奈ちゃん。起きてる?」


呼び掛けてみたが、返事はなかった。母さんはふぅっと小さくため息をついた。


「入るわよ?いいわね。」


そう言って、母さんはゆっくりとドアを開けた。部屋は真っ暗だった。だが、ベッドにはこちらに背を向けながら横たわっている麗奈の姿が確認できた。母さんが入ってきても、麗奈はまったく動こうとしなかった。


「麗奈ちゃん。お腹すいてるんでしょ?お夕飯、持ってきたわよ。」


しかし麗奈はまったく返事をしない。背を向けたまま、起き上がろうとしなかった。


「健斗との間に、何があったのかは知らないけど。あの子も酷く落ち込んでるわ。だから、ね?」


母さんがそういうと、ようやく麗奈は反応を見せた。ゆっくりと上半身を起こしてこちらに表情を見せた。その顔は泣いた後がくっきりと映っていた。鼻は赤く、目元は濡れてる。髪もボサボサだ。きっとシャワーを浴びたあと、乾かすこともしなかったのだろう。


まだクスン、クスンと余韻が残っているらしかった。とてもじゃないが、ご飯を食べる気力はないらしい。


「ご飯は食べる?」


「……食べたく……ない……」


ということらしい。無理強いすることでもないので、母さんは仕方なく夕飯をそっとどけた。そしてゆっくりと笑って、麗奈の頭を撫でてやった。麗奈はまるで小さな子供のように、それを黙って受け入れた。


「まぁ、年頃の男の子と女の子がいっしょに暮らしてるんだもの。お互い我慢出来ない想いだってあるわよね。だからお母さんは、二人が喧嘩するのはいいことだと思うわ。」


「……………」


「でもね、これだけは覚えていて欲しいの。喧嘩出来るくらい麗奈ちゃんに真っ直ぐぶつかることの出来るのは、きっとあの子だけ。その逆に、健斗に真っ直ぐぶつかっていけるのも麗奈ちゃんだけなのよ?」


母さんの言葉を麗奈は真っ直ぐ受け止めたのだろうけど、麗奈は頷くことはしなかった。もちろん、麗奈も頭の中では分かっているのかもしれない。それでも、意地がそれを押し退けて心にない言葉を出してしまうときだってある。


母さんはそんな麗奈を見ながらゆっくりと笑って、もう一度麗奈の頭を撫でてやった。


「今日はもう休みなさい。また明日元気になって、仲直りはそれからね?」


母さんはそれだけいうと、ゆっくりと立ち上がって部屋を後にしようとした。そのときだった。


「あ、お、お母さん。」


麗奈に呼ばれ、母さんはゆっくりと振り返った。


「あの、その……お母さんは……知ってますよね?」


「何を?」


「…………私が、中学生のときに……」


母さんはそれを聞いて、ドクンッと胸が高鳴った。つまり、そうだ。麗奈が聞いてきたのは、つまりーー"あのこと"を知っているかどうか。


「……もちろん、知ってるわよ?」


「……そう……ですか……」


「……健斗にはまだ、話してないのね?」


母さんの問いかけに麗奈は静かに頷いた。それを受けて、母さんはまた笑った。


「話すかどうかは麗奈ちゃんが決めればいい。別にわざわざ話すことでもないしね?」


「……はい。」


「うん。じゃあ、行くわね。」


「あ、お母さん。」


再び麗奈に呼ばれて、母さんはもう一度振り返った。すると、今度の麗奈の表情は笑っていた。満面の笑顔とはいわないが、口元に笑みを浮かべて笑っていた。


「……ありがとう、お母さん。」


その言葉とその表情で母さんの胸に爽やかな風が流れた。


ーーあぁ、本当にこの子は私の娘なんだわ。


母さんはにこっと微笑み返した。そして、ゆっくりと麗奈の部屋を後にした。



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