第11話 文化祭 後編 P.2
更新遅れてごめんなさい!
一気に二話分の長さになっております!
文化祭の出し物についての話し合いが終わったあと、クラスはかなり盛り上がっていた。理由は、クラスの出し物が円滑に話が進んだことと内容が奇抜であることに少し興奮を覚えているようだった。確かに、ミュージカルなんてどこのクラスもやらないだろう。健斗自身も楽しみではあった。
それを巻き起こした張本人は多くの人に囲まれていた。麗奈はうれしそうに笑いながら、みんなと楽しそうに会話をしている。健斗はそれを教壇に上半身を預けながらぼ~っと眺めていた。
「ミュージカルなんて本当に奇抜だよな。」
そんな健斗のもとにヒロが来てそう言った。
「あぁ……ホントだよなー……」
なんとなく気の抜けた返事を返すと、ヒロはじっと健斗を見つめた。
「でもミュージカルって具体的にどんなことするんだっけ?」
「んー……歌って踊ってってイメージがあるけど。ディズニーランドちっくみたいな?」
「行ったことあんの?」
「いや、ないけど。」
あの有名なディズニーランドはあんな都会にあるわけだから、健斗みたいな田舎者とは無縁なところだ。とは言え、テレビなど見てればCMくらい流れているから、どんな感じなものなのかくらい知っている。
「やるとしたら、やっぱ何かしらパクるのか?」
「んー……どうなんだろう。お前はどう思う?」
「まぁ、やるとしたらオリジナルの方がやりがいはあるだろうけどさ。でもそしたら、台本とか手掛けるのが大変になるだろうな。」
「やっぱりそうだよなー。そこんとこは、早川と話し合ってみようかなー。なー……」
「……ところで……例の件はどうなったわけ?」
何の前触れもなく、ヒロがそう聞いてきた。健斗はそれを聞いて分かりやすい反応を見せた。動揺のあまり、教壇ごとばたーんと倒れてしまった。その大きな音に、教室中にいた全員が健斗のことを見てきた。
その隣で、ヒロが苦笑いを浮かべながら言ってきた。
「何やってんの?お前……」
「い、イテテテ……」
健斗は教壇を立て直しながら、強打したおでこを撫でた。そんな健斗を見ながら、ヒロは軽くため息をついた。そして、こそっと耳打ちをするように言ってきた。
「まだ麗奈ちゃんの件、済んでないわけ?」
「…………」
健斗は口を閉じながらゆっくりと頷いた。それを見たヒロは顔をしかめる。
「まだ解決してないの?」
「仕方ないだろ。あれ以来、タイミングが掴めなかったんだから。」
あの日から一週間は経っていた。健斗は麗奈に対して思いを告げられぬままだった。
あの日以来、やっぱり麗奈はどこか変だった。まず、変わったことが幾つかあった。朝は健斗よりも早く起きて、早く家を出ていっていた。ここ一週間、麗奈は健斗の自転車の後ろに乗ることはなかった。
理由を訊けば、「文化祭が近いから、吹奏楽部の朝練をしている。」のだという。そして、帰りも練習で遅くなるから先に帰っても構わないと麗奈に言われた。
健斗は一応麗奈の言う通りにしていたが、内心は複雑だった。学校から家まで麗奈は歩いて帰っているから、最近遅い時間に帰ってくる。そのため、家でも会話が少なくなっていた。
なんとなく、麗奈との距離が急激に遠くなったのを感じていた。それでも、別に無視されてるとかそんなんじゃない。もしかしたら、一方的に健斗の方が気まずさを感じているだけなのかもしれない。
健斗はそんなこと考えながら、何も知らないで笑っている麗奈を見た。麗奈は健斗のことなどまったく気にすることなく、本当に楽しそうに笑っていた。
「それじゃ、ミュージカルのことなんだけど……きっと衣装代とか場所とか色々決めなきゃいけないと思うんだ。」
「うん。」
「まぁ、何よりも先に決めなきゃいけないのは、やっぱお話なんだけど……健斗くんはどう思う?」
「うん……」
そんな健斗の反応を見て、早川は不思議そうな表情を浮かべた。
「健斗くん?」
「ん……え!?あ、ごめん。聞いてなかった。何の話だっけ?」
今、健斗と早川は放課後残って今日決まったミュージカルについての話し合いをしているところだった。しかし、健斗は思いの外ぼーっとしていたみたいで、早川の話をほとんど聞いてなかったのだ。
「どうかした?何だか、元気ないけど……」
「え、いや、そ、そんなことないよ。ちょっと考えごとっつーか……」
「考えごと?」
「えっと……その……ほらさ、ミ、ミュージカルなんてちゃんと出来んのかなーって。ちょっと不安だなー。って……そう思ってたんだよ。」
本当は全然違うことを考えていたのだが、それを正直そのまま早川に話すことなんて出来なかった。それを聞いた早川は可笑しそうにクスッと笑った。
「まぁ、そうだね。さすが麗奈ちゃんって感じだよね。」
「う、うん。」
「でもほら、去年辺りでも演劇をやってたところってあるから、ミュージカルも基本的な部分は一緒だと思うよ?」
早川の言うことは正しかった。ミュージカルはジャンルでは演劇と一緒だ。後は歌と躍りを付け加えれば、きっとそれらしくなるだろう。
「歌と躍り……か。それを考えるのがすごく大変そうだよな。」
「うん。いざとなったら、何かのお話を参考にすればいいと思う。」
そう言って、早川は手元の用紙にカリカリと何かを付け加えるみたいに書いていった。恐らく学校側に提出するものだろう。それを見ながら健斗は口元に笑みを浮かべた。
「すごいな、早川。」
「ん?」
「何か、しっかりしてるなーって。俺なんか何すればいいのか全然分からないのに。」
「アハハ♪経験値の差だよ。私はほら、中学のとき文化祭実行委員やってたから。」
「そうだよな。翔といっしょにな。」
健斗がそういうと、早川はにこっと笑った。そしてまた何かを書いていく。健斗はそれを見ながら、早川は最近よく笑うようになったと思っていた。もちろん、元々笑顔が魅力的な女の子だが、昔なら翔のことを話題に出したら思い詰めた表情をすることが多かった。
でも今はそんなことない。むしろ、翔の話になれば今のように笑顔を見せてくれる。まるで嬉しかった思い出を思い出して話す女の子のように。きっと、何か早川の中で何かが変わったのだ。
『健斗くんは鈍感だから気づいてないかもしれないけど。結衣ちゃんはね、今健斗くんにすごく惹かれてる。』
麗奈の言葉が突然フラッシュバックした。そして、健斗の胸がドキッと高鳴る。そんなことあるわけない。そんなこと……健斗は顔を少し赤くして、早川から顔を逸らした。そして、窓の外から校庭を見つめる。グラウンドにはサッカー部と野球部が練習をしている。サッカー部は今ミニゲームをしている。あ、山下が転んだ。
「それにしても、健斗くん……本当に変わったね?」
「え?」
早川に突然そんなことを言われてしまい、健斗は何のことかよく分からないと言うような顔をした。すると、早川は作業の手を止めて健斗を見ながらにこっと笑った。
「今みたいにクラスのことを心配したりするなんて。」
「そ、そりゃだって、まぁ一応、クラスの実行委員なわけだし……」
「それも大きな変化だと思うよ?前の健斗くんなら、絶対にやらなかったでしょ?」
早川にそう言われて、健斗は照れくさそうに鼻を掻いた。早川には見透かされていたらしい。
確かに健斗は半強制的(というより、ほとんど強制に近い)に委員に任命されてしまった。だが、本気で断ろうとすれば断れたはずだった。少なくとも前の健斗なら。
だが、それをしなかったのは健斗自身、やってみたいという気持ちがどこかにあったからだ。任命された以上、出来るだけ頑張ってみようという気持ちがあったのだ。
それに……もっと大きな理由があった。
頼られることに喜びを感じていた。任命されたとき、クラスの反応は健斗のことを認めていた。頼りにされていた。前の健斗は一人疎外感を感じていた。もちろん、健斗自身がそういう雰囲気を醸し出していたし、誰かと話したいとか思ってなかった。健斗の方から周りを遠ざけていた。それが二年半も続いていた。
しかし、ここ最近は確実に変わっている。
「元神乃中の人たちもね、健斗くんの変化に気づいてるよ。特に、松本さんとのことがあってから健斗くんの話題、結構出るんだよ。」
「あ、そうなんだ。何か……照れ臭いな。」
健斗はそう言いながら、本当に照れ臭そうに小さく笑った。
「うん♪あとテニスコートから、グラウンドをよく見るよ。健斗くん、毎日すごく頑張ってるよね。」
「そうかな?」
「うん。何か、サッカーをやってるときの健斗くんってすごく小さな子供みたい♪」
「えぇ!?」
そんなことを言われてしまい、健斗は少しショックを受けた。早川はそんな健斗を見て、可笑しそうにクスクスっと笑った。
「良い意味でだよ?すごく楽しそうだから、そんな風に見えただけ。」
「あ、あぁ……あはは。」
健斗が笑うと、早川も微笑むように笑った。そして早川はうーんっと背中を伸ばすと、窓の外からグラウンドを眺めた。
「最近思うんだ。私、健斗くんのこと知ってるつもりで、本当はあんまり知らないのかなって。」
「そ、そんなことないよ。」
「ううん。きっと何にも知らなかったんだと思う。今、健斗くんのことを本当に分かってる人は……麗奈ちゃんと、ヒロくんくらいじゃないかな?」
それを言われて、健斗は口を閉ざした。本当の自分を知っている。確かにそうかもしれない。ヒロは幼い頃からずっと一緒だった。だから、あいつは時々怖いくらい図星をついてくる。
そして麗奈には、自分の弱いところなど見せてきた。そんな麗奈は健斗の一番の理解者であるはずだ。
そんなことを考えながら、健斗はまた早川を見た。すると、早川はちょっと恥ずかしそうに笑った。
「だからね、もっと……知りたいなぁって思ってたの。」
「え……何を?」
「健斗くんのこと。」
「えっ?」
胸がドキンッと高鳴った。一気に体温が上昇するのを感じた。そんな健斗の反応を見た早川も顔を赤くした。
「あ、その、へ、変な意味じゃないよ?純粋な気持ち……そう、ただの興味本意で……」
「う、うん。分かってる。」
健斗が笑ってそういうと、早川は息を落ち着かせるように胸に手を当てて大きく深呼吸した。健斗もそんなことを言われてしまうと、やはり違う意味で考えてしまう。
「そう……ただの興味本意……特に、変な意味は……あ、あのね?その……何が言いたいのかっていうと……」
早川は顔を真っ赤にして健斗を見つめた。その潤んだ瞳で見つめられてしまうと、ドキドキが抑えられるわけがなかった。そして、早川は意を決したようにぐっと目を瞑りながら……
「嬉しいの!」
「へ?」
早川の言葉に健斗はきょとんとした。早川の口から出た言葉は、健斗にとって意外なものだった。早川はその言葉を言ったあと、本当に恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたままだった。
「健斗くんと、おんなじ委員会になれて……嬉しかったの。その、この機会に健斗くんともっと仲良くなれたらっていうか……もっと知ることが出来るから……」
「早川……」
「あ、も、もももちろん、と、ととと友達としてだよ?そんな全然変な意味じゃなくって……私、だから……その……」
健斗はあわてふためく早川を見ながらしばらく呆然としていた。それは、言われた言葉にもあったが、それよりももっと別なところに健斗は驚いていたのだ。健斗は早川を見ながら、ぷっと吹き出した。次第に笑いが吹き出してきて、健斗は声を立てて笑った。
「アハハハハハハ♪」
「え、な、何か可笑しかったかな?」
「ご、ごめん。アハハ♪何でもないんだ。」
健斗は可笑しそうに笑いながら不安そうに見てくる早川を見つめた。
健斗の中で早川結衣っていう存在は、健斗の憧れの存在だった。そう、中学のころからずっと。中学のころから成績は優秀、スポーツも得意で、容姿も目が眩しくなるほど可愛い。そんな早川と憧れの気持ちを抱きつつも、まったく話すことが出来ない頃もあったっけ。健斗は今になってそのときの感情を思い出していた。
そんな今では、こうして早川と向かい合っている。高校に入ってからは、こんな風に早川と向かい合って話す機会もふえて、早川とこんな風に交流する機会が多くなった。そして、健斗は少しずつ早川結衣という女の子を知っていった。
やっぱり健斗にとって早川は眩しくなる存在だった。普通の女の子とは違う何かを感じていたのだ。しかし、今目の前にいる早川は驚くほど普通の女の子だった。普通で、そこらにいる子となんら変わらない普通の女の子だ。健斗は改めてそう感じたのだ。
早川が今言ったように、健斗の方こそ早川のことを知っているようで、本当はまだ何も知らないのかもしれない。と、健斗はそう思った。
「俺も嬉しいよ。」
「え?」
健斗はふうっと息を落ち着かせて、早川を見つめた。
「俺もさ、早川と同じ委員会になって、こんな風に話してさ……前だったら、多分そんなこと一生ないだろうって思ってたくらい。だから、今すごい楽しいよ。」
「そ、そんなことないよ……」
「ううん。俺にとってはそうなんだ。だから、俺も早川と同じ委員会になって、これから一緒に文化祭を作っていくんだって思うと、もうすっっげぇー嬉しい。だから、これからよろしくな?」
健斗が笑ってそう言ったのを、早川はしばらくの間ぼーっと見つめていた。すると、早川は眩しいくらいの笑顔で健斗に笑いかけた。本当に嬉しそうな顔で健斗に向かって笑っている。それを見ると、健斗もこう嬉しさを感じてしまう。
穏やかな雰囲気が二人の間に流れていた。
「あ、えっと……あのね、ところで、出し物のことなんだけど……」
早川は照れ臭さを感じたのか、頬を赤らめながら目の前の用紙を見ながらそう話題を変えてきた。しかし、健斗は今、ふと思っていた。
この場面、健斗と早川の二人以外この教室にはいない。もしかしたら、今この場面が早川にあのことをちゃんと言うビッグチャンスかもしれない。あのことというのは、早川にある想いを告げること。それをしなければ、健斗は前に進めない気がしたのだ。
しかし、今言ってもいいのだろうか?突然のことで早川、絶対驚くだろう。
いや、何をくよくよしてるのだ?自分で決めたことだ。ならやるしかないだろう!健斗は意を決したように大きく呼吸をした。
よし!
「あ、あのさ、はやか、ぶっ!」
そのときだった。健斗のこめかみの辺りにとてつもない強烈な打撃の感覚を覚えたのは。それは、勢いよく回転しながら外から飛んできた白い小さな球体。それがなんと奇跡的な確立で健斗のこめかみにクリーンヒットしたのだ。健斗は思わぬ展開に、そのまま衝撃を食らいながらドテーンッと横に倒れてしまった。
朦朧としていく中、健斗を呼ぶ声が1つ。あぁ、きっと早川が健斗の名前を必死で呼んでいるんだろう。
起きてちゃんと返事を……返事を……
そのまま健斗の意識は沈んでいって、目の前が真っ暗になった。