第11話 文化祭 後編
第11話のあらすじ
文化祭シーズンが本格的になってきた。そんな中、健斗のクラスでは着々と文化祭の準備が進められていた。
しかし、健斗はなんとなく麗奈に避けられていることに気付く。理由はなんとなくわかっているものの、どういえばいいのかわからず……ある日、健斗と麗奈は互いの気持ちをぶつけあってしまい、久々に大ゲンカに。文化祭が近づいている中、二人の仲はさらに険悪なものになってしまった。
そして、ある日のこと……教室で早川と二人きりになった健斗は自分の思いを打ち明ける。しかし、その場面を思わず聞いてしまう。小さな気持ちのすれ違いが徐々に大きなものとなっていく。二人の仲はもう元通りにはならないのかもしれない。健斗は次第にそう思い始めていた。
しかし、ヒロや早川や佐藤に諭される。このままでいいのか。
麗奈との日々を思い出す。楽しかった時も、つらかった時も常に傍にいてくれた麗奈。やはり、麗奈がいなければ自分の日常はこんなにもつまらなくなるものなんだと健斗は改めて気づかされる。
そして文化祭当日、健斗は麗奈のもとへ駈け出して行った。
いよいよ文化祭前二週間といったところだった。
本格的に文化祭ムードが学校中に蔓延し始めていた。そんな中、まず率先して決めなければいけないことがクラスの出し物だった。ということで今、ホームルームの時間を使ってクラスの出しものを決めている。進行は委員会に選出された健斗と早川が黒板の前に立って話を進めていた。
「え~、二週間後にいよいよ文化祭が始まるわけですが、うちのクラスでも何かしら出しものをやらなければなりません。何か、良い意見はありますか?」
「はいっ!はいはいはぁ~い!」
真っ先に手を挙げたのは、ヒロだった。健斗はヒロを一瞥すると、他にも手を挙げている人がいないかどうかを確認した。しかし、ヒロ以外で手を挙げているものはいない。
健斗は酷く憂鬱な気分になった。ヒロにはできるだけ意見を言わせたくない。何故なら、何かとんでもない意見を出してくる予感がするからだ。
「えーっと……他に誰か――」
「ちょっと!健斗くん、こっちこっち!僕が手を挙げてるよ?ほらほら!」
自分が手を挙げていることを執拗にアピールしてくる。みんながそれに可笑しさを感じて、クスクスと笑っている。健斗は早川と見合って、ゆっくりと息をついた。早川も仕方ないよというような顔をしている。健斗は深くため息を吐いた。
「じゃあ……はい……真中くん。」
「ひゃほーいっ!」
「いいから意見いいなさいよっ!バカッ!」
発言の機会を与えられて喜ぶヒロに佐藤が釘を差した。クラスに笑いが起こると、コホンと咳払いをしてヒロが仕切り直すように言った。
「やっぱり文化祭と言えばあれじゃない?ほら、女の子がかっわいいコスプレをして“お帰りなさいませ、ご主人様♪”っていうやつ。そうっ!その名は“メイド――」
「却下。つーか死ね。」
「えぇっ!」
ヒロが言い終わらない内に、佐藤がヒロに毒舌を浴びせた。そのあとから、クラスの女子がヒロに野次を飛ばし始めた。
「な、何だよっ!メイド喫茶のどこに不満があんだよ!」
「大ありよっ!このエロメガネザル!何であたしたちがそんな恥ずかしい格好をしなきゃなんないのよっ!」
「別に大したことじゃねーだろ!つーかお前は別に着なくていいっつーの。気持ち悪いから。」
「カッチーン。はい、あんた死刑決定。そこに直れ。」
「ひぃっ!」
「はいはいはい。お前ら、そこまで。話が先に進まないから。」
健斗がそう言うと、佐藤とヒロは肩をすくめて座った。健斗は二人を一瞥した後、メイド喫茶のことを考えた。これはあくまで健斗の意見だが、メイド喫茶……悪くない。でも、こうして女子の反応を見るあたり……女子がこんなに反対しているわけだから、無理に推し進めるわけにはいかないだろう。
「じゃあ他に何か意見はありますか?」
健斗がそう進行を進めようとするも、反応はいまいちだった。気持ちはわかる。突然案を出せ、と言われるほど出にくいものだ。健斗は困ったようにため息をついた。すると、そんな健斗に早川が一歩近づいて耳打ちして言ってきた。
「このままじゃ切りがないから、あれ……使おっか?」
「……そうだな。」
健斗と早川はお互いうなずき合った。そして健斗はクラスのみんなに向かって、大きな声を出して言った。
「じゃあ、はいっ!ちょっと聞いて!」
健斗がそう言うと、みんなが健斗の方を見てきた。健斗はクラス全員を一瞥してから言った。
「じゃあ、出しものはくじ引きで決めたいと思います。」
健斗がそう言うと、クラス中が動揺の色を見せ始める。くじ引きで決めるとは一体どういうことだ?と言ったところだろう。そんな疑問の声を受けつつ、健斗は早川の方を見た。
「早川。」
「うん。用意してあるよ。」
早川はそう言うと健斗に一枚ずつに分けられた用紙の束を見せつけた。早川はそれを左端の列から順に配っていく。全員に行き渡るのを確認すると、健斗はまた声を上げて言った。
「今からその配った用紙に、出しものでやりたいものを書いてもらいます。そんでそれを十分後に集めて、その中から適当に選んだもので決定っていうのでどうですか?」
健斗がそう言うと、クラスのみんながざわざわと話をし始める。この方法は健斗が色々な時間のロスをなくすために考案した。この方法なら手っ取り早く、決めることが出来るはずだった。
「ちょっと待って!」
それに対して立ち上がったのは、委員長こと黒澤茜だった。
「それじゃ、実現不可能なものが選ばれたらどうするの?絶対男子とか変なやつ書きそうだけど……」
黒澤の言葉に男子群がブーイングの声を上げた。すると黒澤は「黙れ、愚民ども」と目で語るかのように、ブーイングの声を上げる彼らをギロリとにらみつけた。空手の黒帯を所持している黒澤の威圧に、男子群はすぐにおとなしくなった。
「あ、あの……だからそのためにいくつかルールを作ってるから……用紙に書いてあるだろう?」
確かに健斗の言う通り、用紙には女の子らしい文字で2、3、ルールが書いてある。まとめると、「ふざけて書いたものは却下」という内容だ。これは早川が書いた文字だ。黒澤はそれを見ると、納得するように座った。
健斗は妙な緊張感が解かれほっと息をついた。
「じゃあ十分後に回収するんで、自由に書いてください。」
それから十分が経過し、早川がそれぞれの席に回りみんなから用紙を回収した。用紙は回収箱の中にまとめ、それを早川が健斗に渡してくる。
「はい。」
「おう……って、俺が選んじゃっていいの?」
「うん。みんなもきっとそう思ってるよ。」
健斗はそう言われるとクラスのみんなを見渡した。
「じゃあ……行きまーす。」
健斗はそう言うと回収箱を振って、その中に手を入れた。手を入れて、その中の一枚を取って引っ張り出した。クラスのみんながそれを固唾を飲んで見守った。健斗は折りたたまれた、その一枚をじっと見つめる。
「……じゃあ……開けます……」
健斗はその選んだ一枚を開いて、その中身を見る。その内容を見た瞬間、健斗は驚嘆した気持ちになった。
「あ……えっ……これって……」
「おいっ!一人で悶えてないで早く教えろよっ!」
ヒロが身を乗り出すようにして健斗にそう言ってきた。
「あ……あぁ。えっと、それじゃ発表します。今年の出しものは……」
健斗が溜めるような言い方をする。クラス中がそれをまた固唾を飲んで見守った。
「今年の出しものは……ミュ、ミュージカルですっ!」
「「「ミュージカル!?」」」
クラス中の全員がその内容に驚嘆した。健斗も同じ気持ちだ。健斗的には無難に、たこ焼きだの焼きそばだの……そういう系を想像していた。だが選ばれたのは、まず食店じゃないし、尚且つ内容も中々濃い「ミュージカル」だった。
「ん~……っと、ミュージカルかぁ……ちなみにこれを書いた人は?」
健斗がそう言うとざわついていたクラスがさらにざわつく。するとその中、一人の子が手を挙げた。
「……あの~……」
「え……あっ、お前……」
何と手を挙げたのは健斗のよく知る人物だった。思いもよらず、そのミュージカルの案を出したのは他でもなく麗奈だった。麗奈は苦笑いを浮かべて、申し訳なさそうに手を挙げている。
「一応、私が書いたんだけど……」
「お前かよ。よりに寄ってミュージカルってお前……」
クラスのみんなが一斉に麗奈を見つめる。麗奈は照れくさそうに笑っていた。
「あはは……ぱっと思いついたのを書いたから……」
麗奈の言葉にみんなが言葉を発さず、場が静まり返った。この場の雰囲気に麗奈は何だか悪いことをした気持ちになったのか、慌てた素振りを見せる。
「あ、でもただの意見だから。無理なら却下でいいよ。みんなも面倒臭いって思うだろうし……」
「いや、結構いいんじゃない?」
麗奈の言葉を遮るようにそう言ったのは寛大だった。寛大は椅子によりかかり、素っ頓狂な口調で続けた。
「ミュージカルならやれないこともないし、他のクラスとも違って個性的だしさ。それに面白そうじゃん?」
「まぁ、確かに寛太の言うことも一理あるな。意外とやってみたら面白いかもな。」
ヒロも同調するようにそう言った。すると健斗の近くにいた早川もうなずきながら言った。
「私も麗奈ちゃんや寛太くんに賛成。ミュージカルって何か素敵だし、私もやってみたいな。」
その言葉がきっかけでクラスのみんなに賛成の色が見え始めた。健斗はその風景を見て、ふぅっと息をついた。
「じゃあ、うちの出しものはミュージカルで決定でいいですかぁ?」
健斗の言葉に、みんなが賛成の意表を示す拍手をした。クラス中が拍手に見まわれる。健斗はその様子を見ながら、ふと麗奈を見た。麗奈は周りを見渡しながらうれしそうな顔をしているような、驚いているようなそんな顔をしていた。まさか自分の意見が罷り通るなんて思いもしなかったのだろう。そんな麗奈を見ながら、健斗は小さく口元で笑った。