第10話 文化祭 前編 P.13
第10話 文化祭 前編のラストです!
次の日の朝、健斗はばっと起き上ってカーテンを開けた。朝日が目に染みてまぶしい。
昨日はよく眠ることができなかった。机の上においてある鏡で自分の顔を見てみると、ひどく疲れた顔をしている。しかし、時刻は朝の七時。そろそろ起きて、朝の支度をしなくてはならない。今日はゴンタの散歩に付き合っている時間はないようだ。
すると、ケータイに一通のメールが届いていることに気が付いた。どうやら昨日の夜にメールが届いていた。送り主は、なんと早川だった。その名前を見ると、少し胸が痛んだが、それは早川に対して失礼だ。健斗はケータイを開いてメールの内容を確認した。
件名:夜遅くにごめんね。
本文:こんばんは。夜遅くにごめんね。文化祭委員会、同じになれてよかった!私、中学のときにやってたからわからないことがあったら何でも聞いてね。頑張って、良い文化祭を作っていこうね。とりあえず、近いうちにクラスの出し物を決めましょう!
ほら。早川は本当にいいやつだ。こんな風にメールをくれると、憂鬱だった委員会も楽しく思えてしまう。そんな早川に、なんだかもやもやした感情を抱くのはよくない。絶対によくない。いつもどおり、普段通り、接しよう。
件名:おはよう!
本文:昨日結構早く寝ちゃって、メール返せなくてごめん!俺も同じ人が早川でマジよかったよ。やるからには、全力でやろうぜ。わざわざありがとう!
ちょっと本文が少ないかな、と思ったが、朝だしこのくらいがいいだろうと思って早川にメールを送信した。ふぅっとため息を吐くと、自分の部屋を出て、一階へと降りていく。一階の居間にはすでに父さんと母さんが起きていた。父さんはタバコを吸いながら、新聞紙を広げて、テーブルの上には一杯のコーヒー。母さんはいつも通り、キッチンで朝ご飯を作っていた。健斗はそれを見てから、洗面所の方へと向かった。
廊下を曲がる角のところ。ばったり麗奈と出くわした。麗奈は健斗の顔を見て驚いた顔をしていたが、健斗も結構驚いてしまった。
「おはよう。びっくりしたー。今起きたの?」
「あ、えっと、まぁ、うん、そう。」
なんだかぎこちない返事になってしまう。やはり昨日のことが引っかかっていた。しかし、当の麗奈は全くそんな色が見えない。本当に普段通りで健斗に笑顔を見せてきた。しかも、すでに制服に着替えていて髪もちゃんと整っていた。
「もう朝ご飯できてるってさ。早く顔を洗ってこないと、私が健斗くんの分食べちゃうからねー。」
そういって麗奈は健斗の横を通り過ぎて、居間の方へと向かっていった。健斗はその後ろ姿を見つめながら思わず「麗奈。」と声をかけた。すると、麗奈は立ち止まって健斗の方を再び見た。
「何?」
「あ、あの……あのさ、その……なんつーか……昨日のことなんだけど。」
このぎこちない感じはなんだろう。麗奈相手に、どうも緊張しているみたいだった。健斗は息を大きく吸い込んだ。
「俺は、その……だから、つまり……えっと……」
「……あー!そうだ!」
「え?」
突然麗奈が大声をあげたので、健斗はびっくりして顔を上げた。すると麗奈はしかめ面をして、ずかずかと健斗の方に歩み寄ってきた。
「健斗くん!この間、私のシャンプーまた勝手に使ったでしょー?」
「あ、えっと……ちょうど切れてたから。」
「だからって勝手に使わないでって何回も言ってるでしょ!?高かったんだからねー?次、勝手に使ったら……罰金5000円!」
「う、わ、わかったよ。結構リアルな値段だから、ぜってぇつかわねぇ。」
「ならよろしい。ほら、早く顔を洗ってきなよ。」
そう言って、麗奈はくるりと踵を返して居間の方へすっと消えていった。健斗はぽかんと口を開けて、まるで風のように消えていた麗奈の跡を見つめていた。そして、大きくため息を吐いて自分を戒めるようにゴツンと壁に額をぶつけた。
「……なんでいえないんだ……俺……」
そして、顔を洗って、いったん自分の部屋に戻って寝癖や何やらを整えた。それから、制服に着替えて、朝ご飯を食べるために一階へとまた降りて行こうとした。階段を降りて、居間の方へと向かう。
居間に入ると、そこには先ほど見た光景と同じで、父さんが座って新聞を読んでいて、母さんはキッチンにいる。そこに麗奈の姿が見えなかった。
「おう、おはよう。」
父さんが健斗に気が付いて声をかけてきた。健斗は「おはよう。」と一言言うと、父さんの向かいにゆっくりと座った。すると、ほぼそれと同時に母さんが次々と朝ご飯のメニューを出してくる。今日の朝ご飯は納豆、味噌汁、卵焼き、サラダだった。健斗は箸を手に取り、納豆に醤油を入れてかき混ぜ始めた。
「麗奈は?」
「ん?麗奈ちゃんなら先に学校に行ったぞ?」
「え?なんで?」
「今日は早めに行かないといけないって言ってたけど。聞いてないのか?」
父さんにそういわれて、健斗はゆっくりと首を横に振った。学校に早めに行かないといけないなんて、一言も聞いていない。今日は、麗奈は日直だっただろうか。正直、その線は薄いと思われる。健斗には麗奈が先に学校に行ってしまう理由や用事なんて見当もつかなかった。
「……なんだ、また喧嘩でもしたのか?」
父さんがやれやれとあきれるような言い方で言ってきた。健斗はそれにむっとした表情で答える。
「別にしてねぇよ。俺だって知らねぇもん。先に行った理由なんて。」
そういいながら、徐々に不機嫌になっていく自分がいる。止めよう。朝からこんな気分じゃ一日が持たない。別にたまにはいいじゃないか。麗奈には何か理由があって、たまたま今日は先に学校に行かなくてはならない日だったのだ。
それならなんで健斗には何も言わなかったのだろう。健斗に言う時間がなかったのだ。そうなのだ。昨日は健斗は帰ってから結構早く就寝についた(ほとんど眠れなかったけど)。だから、今日の朝も健斗の方が遅くに起きてきたら、そのことを伝える暇がなかったのだ。
自分でそう解決する。これ以上このモヤモヤを持っていると、気持ち悪くて吐いてしまいそうだ。健斗はそう思い、そのモヤモヤを流し込むため納豆ごはんを一気に口の中に運んだ。
それから、学校にいつも通りの時間についた。朝のHRを告げるチャイムが鳴る五分前だ。麗奈もいつもならこの時間に健斗といっしょに教室に入る。
だが今朝は違った。健斗が一人で教室に入ると、すでに麗奈は教室で楽しそうに佐藤や早川とおしゃべりをしていた。健斗が教室に入ってきたことも気づいていないみたい、いや、むしろ全く無視をしているようにも見える。健斗はそんな麗奈を見ながら、不満げに自分の席に着いた。
「なんだよ、あいつ……俺のことは無視かよ……」
一人気にそうつぶやいていた。すると、健斗が自分の席に座るのと同時に、いつもの調子でいつもの感じでヒロが健斗の席にやってきた。
「いやー、少年。昨日は災難でしたなー。委員会の仕事、今日からですけど頑張ってね?うへへへへへ。」
そんな風に悪趣味に笑うヒロをギロッとにらみつけた。その視線にヒロはびくっと体を震わせる。どうやら健斗の不機嫌さを身を通して感じたらしい。
「……さぁて……そろそろ朝のHRが始まるか、な……」
踵を返して自分の席に戻っていこうとする、そのヒロのクリクリの坊主頭をわしづかみにした。
「ヒロ。ちょっと、来い。」
「へ……な、なんで?」
「いいから来い。今すぐ来い。」
「ちょっ!朝のHRどうすんだよ!」
「んなもん知るか!」
「あれ?これ……前にもあったような……逆の立場で……ってあ~れ~!」
「はぁ?お前はまたよく分からないことになってんのね。」
「よく分からないのはこっちの台詞だよ。俺だってどうすればいいのか分からないんだから。」
健斗とヒロは朝のHRをさぼって、自動販売機で飲み物を買っていた。ヒロは面倒くさそうな顔をして、お金を入れて、ボタンを押した。すると、がっこんと音を出して缶コーヒーを手に取り、ふたを開けてぐいっと飲み始める。
「つーか、それって結構やばいんじゃないの?お前の気持ちがわかったって……麗奈ちゃん、お前が早川のことを好きだって勘違いしているままってことにしか思えないんだけど。」
「やっぱりそうだよな?うわぁ~……」
健斗はヒロに昨日の晩のことから、今朝のことまで全部話した。昨日麗奈が突然言ってきたこと、そしてそれから一夜明けた麗奈の今朝の行動。すべてを聞いたヒロは……
「明らかに、昨日の晩のことと麗奈ちゃんの今朝の行動は関係してるだろ。」
「やっぱそうなのかな。だとしたら、どういうつもりなんだろう?」
「さぁ?お前に愛想尽かしたんじゃないの?」
「それって……つまり……」
「つまり、嫌われた?ってこと。」
その言葉が重くのしかかってきた。やっぱり、そんな感じはした。麗奈は表には出してないけど、裏ではかなり怒っているのかもしれない。健斗はそう思うとひどく気落ちした。どうすればいいのか、さらにわからなくなってしまったからだ。すると、そんな健斗を見ながらヒロはおかしそうに笑った。
「冗談だって。本気にするなよ。今朝は普通に話したんだろ?」
「まぁ……話したけど……でも、なんかさ……」
「簡単な話だよ。麗奈ちゃんは、お前が早川のことを好きなんだって思ってる。ただそれだけの話じゃん。ちゃんと麗奈ちゃんに気持ちを伝えれば、すべては丸く収まる。アーユーオッケー?」
「ノーオッケー。簡単に言うなよ。気持ちを伝えればって……だって、それが難しいんだから。」
昨日も考えた通り。麗奈に告白して、明日からは恋人同士なんて風にはきっとなれない。健斗と麗奈は、そんな間柄ではないのだ。だから、麗奈に告白をしろって言われても……それは、難しいのだ。
「まぁ、早川相手に二年半近く片思いしてきたわけだろ。そんなやつが、しかも麗奈ちゃん相手に告白しろってのも無理な話か。」
それもある。実際、早川相手にだって二年半という長い時間、ずっと自分の気持ちを言えないままだったのだから。告白なんてしたことないし……ましてやそれが麗奈なのだから、あのときできるはずもなかった。一番近くにいるはずなのに、一番遠くにいる気がする。そんな風に思ってしまう。
ヒロは落ち込んでいる健斗を横目で見ながら、ふぅっとため息を吐いた。そして手に持っていた缶コーヒーを一気に飲み干して、ごみ箱の中へ投げる。
「でもさ、難しくても、恥ずかしくっても……やっぱり昨日の時点で、麗奈ちゃんにちゃんと思いをぶつけるべきだったと俺は思う。」
「え?」
突然ヒロが真剣そのもののトーンで話してきたので、健斗は顔をあげてヒロを見つめた。そのとおり、ヒロは真剣そのものの顔をしていた。
「麗奈ちゃん、本当にお前のことが好きなんだよ。だからそれをもう一度わかってほしかったんじゃない?きっと、そういうきっかけが昨日か一昨日かに何かあったんだろうけど……わかってほしかったうえで、お前の気持ちももう一度知りたかった。要は、気持ちの再確認ってやつだよ。」
「……うん。」
「でも、お前は何も言わなかった。だから、麗奈ちゃんはお前はやっぱり早川のことを好きなんだって……思ったままになっちゃったんだと思う。」
「黙っちゃったから……麗奈は勘違いしたままってことか。」
確かに、昨日健斗は麗奈のすべての言葉に対して一言も返せなかった。ただ麗奈の言葉を黙って聞いていただけ。それを麗奈は、健斗は麗奈の気持ちを受け入れることはできないという風に捉えてしまったのだろう。
「まぁ、お前の気持ちもわかるよ。でも、それ以上に昨日の麗奈ちゃんの覚悟の方を優先してやれよ。」
「……うん……そうだな。」
ヒロの言うとおりだ。昨日、麗奈の気持ちに健斗はちゃんと向き合って答えるべきだったのかもしれない。たとえ、明日からは“家族”としての関係は消えて恋人ともいえない、なんとも微妙な関係になってしまったとしても、それは時間がきっとなんとかしてくれるはずだ。何も考えず、麗奈の気持ちにこたえてやるべきだったのだ。むしろ、告白経験のない健斗にとっては願ってもない大チャンスだった。健斗は自らそれをつぶしてしまったのだ。
ヒロは健斗を見てにやっと笑った。
「うっし。じゃあ今から言いに行くか。」
「うん……ん?え!?」
ヒロの突然の提案に健斗はまさに度肝を抜かれる気持ちになった。
「ちょ、ちょっと待て!今から!?」
「そうだよ?善は急げっていうじゃん。お前も早めに麗奈ちゃんとのわだかまりをときたいだろ?」
「そうだけど、いや、でもちょっと待て!まだ心の準備っていうか……それに、早川の件もまだ済んでないわけだし。」
健斗がそういうとヒロはピタッと足を止めて、健斗の方を振り向いた。急にヒロがそんなことをしたので、健斗も思わず立ち止まってしまった。
「……そうそう。もう一つ言っておきたいことがあった。」
「え……な、何?」
「これからは、何でも麗奈ちゃんを一番に考えろ。」
「は?」
ヒロの言っていることがよく意味が分からなかった。
「昨日もまだ早川のことを解決してないからって、麗奈ちゃんの気持ちに応えられなかったんだろ?それって、麗奈ちゃんよりも早川のことを優先してるってことになる。」
「……そういうつもりじゃない。」
「わかってるよ。でも、お前はそういうつもりじゃなくっても、麗奈ちゃんにとってはどうだ?自分は後回しにされてるって気になるだろ?お前はどっかそういうところが多いんだ。無駄な正義感、自分の価値観はたまには犠牲にしなくちゃな。」
「……わかった。」
「うっし。じゃあ、行くぞ。」
ヒロはそういうと再び歩き出した。健斗はそんな後ろ姿を見つめながら、まるで後を追うように再び歩き出した。
教室に戻るとすでに朝のHRは終わっていた。当然わかっていたことだったから、健斗とヒロは何もなかったかのようにすっと教室の中に入っていった。するとそれに真っ先に気が付いたのは、佐藤だった。
「ちょっとあんたたち!いったい何してたのよ?」
「いやー、なんだか急にコーヒーが飲みたくなってさ。買いに行ってた。」
「はぁ?」
ヒロがそんな適当な嘘……とは言えない微妙な言い訳をすると、佐藤はあきれたような顔をした。するとヒロはわざとらしく教室中をきょろきょろと見渡し始めた。
「あっるれぇぇぇ?おっかしぃ~なぁ?」
「何よそれ……コナンくんの物真似かなんか?」
「違うわ!そうじゃなくって、麗奈ちゃんはどこ行った?」
健斗は一瞬びくっとしてしまった。いかん……麗奈の名前を聞くだけで心臓が飛び上がりそうになってしまう。嫌な汗がだらだらと落ちていくのを感じる。これから、告白をするのだ。人生初の告白だ。こんな朝早くから、いきなり……こんなことなら台詞かなんかを用意しておくべきだった。けど、台詞なんて用意したところでいざとなったら絶対に跳んでしまう。ろれつが回らなくなり、絶対に噛んでしまうだろう。
早川の時だってそうだった……
「麗奈ちゃん?麗奈ちゃんに何か用なの?」
「あぁ……まぁ、俺より健斗がっつぅーか……」
「ふーん……麗奈ちゃんなら保健室に行ったよ?」
「「へ?」」
意外な展開キター!!と健斗は心の中で叫んだ。どうやらヒロも同じことを思ったらしい。目が点になっている。そんな二人に意を介さず、佐藤はさらに続けて言った。
「なんか朝から調子悪いみたい。体調が悪いから一時間目は休むって。」
「………………」
「………………」
健斗とヒロはお互いにしばらく見合った。それから二人ほとんど同時に大きくため息を吐いた。健斗の心境としては、安心したような残念なような何とも言えない複雑な気持ちだった。そんな二人の表情を見ながら、佐藤は不思議そうに首をかしげた。
「ん~……熱はないみたいだけど……疲れが出てるのかもね?昨日はよく寝れた?」
「いえ、正直あんまり……」
保健室の先生に愛想笑いを浮かべて見せた。先生は麗奈から受け取った体温計を見ながら、少し考えて、ゆっくりとうなずいた。
「まぁ、体調が悪いっていう生徒の言葉を尊重しましょう。ベッド空いてるから適当に使ってていいわよ。」
「ありがとうございます。」
麗奈は先生から了承を得たので、ベッドの上に腰かけた。すると先生は机の上の書類をまとめながら、それを腕に抱えた。
「先生、これから職員室に行かなきゃならないんだけど……一人で大丈夫よね?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。」
「いいえ。それじゃ、ゆっくり休んで行ってね。」
先生はそういうと、書類と手提げのかばんを持って保健室を後にした。麗奈はそれを見てから、上履きを脱いでベッドの中にもぐりこんだ。誰もいない保健室は静かだった。程よく聞いた空調の音がかすかに聞こえるくらいだった。
体調が悪いというのは嘘だった。昨日はあまりよく眠れなかったし、授業に出る気にはなれなかったので……こうして保健室で一人になりたかった。一人になって、思いにふけたかった。
「……やっぱり……だめ……だよね。」
麗奈は独り言をつぶやいた。昨日の健斗の気持ちを再確認すれば、もう終わりにするはずだった。だけど、どうしても残ってしまう。それは麗奈にはどうすることもできない。自分ではどうすることができないのであれば、時間がどうにかしてくれる……
結衣は間違いなく、健斗に惹かれ始めている。いや、もうとっくに好きになっているのかもしれない。そんな結衣が麗奈は大好きだ。大切な友達で、そう……とっても大切な……
結衣は中学のとき、一度大切な人を失った。あまり話してはくれないけど、健斗からの話によれば結衣は相当ショックを受けていたって……でも気丈な結衣は自分よりも、健斗のことを励まそうとした。そして、そんな結衣に健斗は恋心を抱いたのだ。
最初から入る隙間なんてなかった。ううん。入ってはいけなかった。健斗も結衣のことが好き。結衣も健斗のことが好き。それが二人にとって一番良いことで、自分はそのためにどうしてあげるべきか考えた。答えは決まっていた。
健斗への思いはあきらめる。そして、二人が幸せになるように応援する。これが、自分が二人に対してしてあげるべきことなのだ。
つらいのはわかっている。でも、結衣も健斗も今の自分の境遇よりもずっとつらい思いをしてきた。これ以上健斗を頼りにしていてはだめ。これから二人は……恋人同士になって、幸せになるんだから。
それでも、健斗への思いを断ち切れない自分がいた。だから、麗奈は昨夜健斗に聞いたのだ。自分への気持ちを確かめたかった。もしかすると……という思いがあったのだ。ヒロも南先生も自分は健斗にとってかけがえのない存在だと言ってくれた。そして、健斗も麗奈いてくれたら俺は頑張ることができたと言ってくれた。そして、このブレスレットをくれた。
嬉しかった。泣きそうなくらいにうれしかった。
でも、麗奈の希望はやっぱり叶わない。健斗は麗奈の気持ちに対して何も答えてくれなかった。それはつまり……やっぱり……結衣への思いがあるからなのだと麗奈は思った。それがわかった。
結衣自身にも幸せになってほしい。健斗なら結衣を幸せにできる。その逆もある。健斗にも幸せになってほしい。結衣なら健斗を幸せにできる。
これから委員会の仕事が増える。そうなれば、自然と二人の時間が増えるはず。時間が二人を結び付けてくれるはずだ。
麗奈はそんなことを考えながら、窓の外を見つめた。気持ちいいくらいの晴れた空なのに……なぜか悲しい雨が降っているみたいだ。しとしとと、雨が降っている。どこで?
わかっているんだ……
麗奈は腕にしてあるブレスレットを見つめた。それをしばらく見つめた。翔から受け継ぎ、健斗からもらった大切なブレスレット。それを麗奈はゆっくりとはずして、横の棚の上に置いた。
もう、これ以上健斗の傍にいるのことはできない。健斗の自転車の後ろに乗るのも、これからは結衣。自分じゃない。
そう最後に言い聞かせて、天井を見つめた。そして、徐々に眠気が襲ってきて麗奈はそのままかすかな眠りについた。
はい!
というわけで、文化祭 前編はこれにて終了とさせていただきます。
なんと、麗奈は健斗への思いを諦めてしまうと宣言してました。いったいなんで!?
作者から補足させていただきますと、やっぱり麗奈はどこか自己犠牲が強いタイプなんです。自分にとって辛いことを、自分の中で押し通して我慢しようとしてしまう。それは、第7話辺りでみなさんもお分かりだと思います。
原因としては、やはり健斗と麗奈の気持ちのスレ違いです。お互い好きなんだけど、それを特に健斗の方が上手くいえない。そうなることで、気持ちのズレが起こってしまったわけですね。
でも、これって本当に辛いことです。当人になんないと分かりません。僕もすごく好きな子がいたのですが、お互いの距離が近すぎて「好き」って気持ちを堪える日々を送ってました。それは本当に辛かったです。
健斗と麗奈は一番近いようで一番遠い存在であるというわけですね。
もうひとつの原因は、やはり結衣でしょう。結衣は健斗に対して思いが芽生え始めている。これは、今まで読んできた読者のみなさまが一番よく分かっていると思います。
それに対して、麗奈は悩みました。大切な友達がようやく新しい恋を始めようとしている。それに対して自分は何をしてあげるべきなのか……
そして、そこで自己犠牲の性格が表れます。自分が思いを我慢して、結衣に幸せになって欲しいと麗奈は考えたのです。
一度決意したとはいえ……本当に好きであるからこそ、なかなか絶ちきることができなく、葛藤しているわけですね。
さて、次回は第11話 文化祭 後編を御送りしたいと思います。更新日程はいつ頃か未定です。
ちょくちょくチェックしてください!
それでは、次のお話でお会いしましょう。
中川健司