第10話 文化祭 前編 P.12
よっしゃあ!
一気に2話分を掲載しました!
健斗の自主練が終わる頃には、時刻は7時を回っていた。校門の前で先に待たせている麗奈の元に健斗は急いで自転車を漕いでいった。
校門の前では、麗奈が門によりかかるようにして待っていた。健斗はその姿を見ると、より一層スピードを上げた。
「ワリィ!めっちゃ待たせたな。」
健斗がそういうと、麗奈は首を横に振った。
「ううん。そんなに待ってないよ。健斗くんの練習してるとこ見てて楽しかったし。……あれ、ヒロくんは?」
「あ、あいつなら先帰った。何か、用事があるんだって。」
何かは知らないが、先に帰ったというのは本当だ。健斗の自主練に付き合った後、ものすごいスピードで帰っていった。
「ふーん……じゃあ、帰ろっか?」
そういうと、麗奈はぴょんっと飛び乗るように健斗の自転車の後ろに乗った。もう、すっかり慣れてやがる。それは当然のことで、麗奈がこの町にやってきてから半年近く、健斗はこうして麗奈を後ろに乗せているのだから。
「健斗くん、すごい頑張ってたね?」
「そう?いつもあんなもんだよ。あ、タオルありがとうな。」
「めっちゃ走ってたじゃん。さすがサッカー部♪」
「吹奏学部だってたまに走ってるだろ?」
吹奏学部だって、あの大きな管楽器を吹くためにはものすごい肺活量がいる。それを鍛えるために、ちょくちょく校舎周りを走っていることを、健斗は知っていた。
「あれは大したことないよー。みんな結構話しながらとかだもん。」
「ふーん。まっ、俺の唯一の欠点が体力だからな。それを補ってこそ、俺は最強になるのさ!」
「ほほ~、言いますねー?」
少し豪語し過ぎたかもしれないが、体力が欠点というのは本当のことだ。その欠点を補うだけの、練習をしているだけ。
でも、本当はまだまだ全体的にベストとは程遠い状態だった。身体の鈍りというのをやはり感じるし、練習のゲーム中時々足が縺れることがある。
他のみんなは気づいてないが、小山さんには思いっきりそれがバレている。
「健斗くん、体力がないって自分でも分かるの?」
「当然。この前の試合でも思わなかった?」
「まぁ、確かに辛そうだったけど……」
「サッカーって結構持久戦のところがあるんだよ。相手も辛い中、自分がどれだけ頑張れるかによって変わってくる場面が結構ある。この間は本当に無茶したからさ。」
「ふーん……確か、"剛"のドリブルだっけ?あれを使うと、一気に体力がなくなっちゃうって。」
「あぁ、うん。誰かから聞いた?元々、俺はドリブルってあんな感じでスピードで抜くのが得意なんだ。でも……これ、前に南ちゃんに言われたんだけど、身体と能力の不一致。」
「身体と能力の不一致?」
それは三年前の、中2の春のことだ。健斗、ヒロ、そして翔の三人で保健室に遊びに行っていた。健斗は予々南ちゃんに、自分の試合中の疲れやすさについて相談していた。そして、その日三人分のお茶を出されたときに南ちゃんが言った。
「山中くんの疲れやすさの原因は、身体と能力の不一致から来てるんだと思うな。」
「身体と……何だって?」
翔が熱いお茶を啜るように飲みながら聞き返した。
「身体と能力の不一致。まぁ簡単にいえば、山中くんの身体はその能力に見合ったようには出来てないってこと。」
「あ~!そーゆーこと。」
南ちゃんの話を理解したのはヒロだけ。健斗と翔の二人は顔を見合わせて、首を傾げてみせた。
「全然分からないんだけど……」
健斗がそういうと、ヒロと南ちゃんは顔を見合わせて呆れるようにため息を吐いた。まるで頭の悪い二人を小バカにしているみたいだ。
「山中くんの50メートル走は何秒だったかしら?」
「俺?確か……5秒前半。」
「そう!それよ。その普通じゃ考えられないタイム。他の子の平均タイムは7秒後半なのに、山中くんはその2.5秒も早い。じゃあ、今度は身長と体重は?言ってみなさい。」
「えっと……身長が152センチで、体重が48キロ……」
「あ、お前今盛ったな?そんなに身長ないくせに。」
翔に茶化されるような言い方をされて、健斗はむっと少し怒りを覚えた。
「失礼だな!この前測ったらあったもん!」
「うっそだぁ~!俺より一回り小さいくせに?」
「そんなにかわんねーだろ!嘘じゃねーよ!」
「はいはい。そんなことどうだっていいから。それより、それをどう思う?」
南ちゃんにそう言われて、健斗はまだ分からないと言ったような顔をした。それを見て、南ちゃんはさらに説明を加えた。
「山中くんの身長も体重も、他の子と大差ない。まぁ、むしろちょっと小柄の方と言ってもいい。それなのに、走力は他の子より約2倍近くある。つまりね?」
南ちゃんはコツコツと靴音をたてながら、健斗に近づいてきた。そして、しゃがみこんで健斗の足から肩までギュッギュッと握ってきた。
「山中くんの身体は自分の能力に釣り合ってないのよ。ダッシュは足だけじゃなく、全身の筋肉を使うの。だから、人並み外れた能力に人並みの身体がついてこれず、すぐに悲鳴をあげちゃうってわけ。お分かりかしら?」
南ちゃんの言うことがようやく分かった気がした。確かに、試合後や50メートル走のあとでも何故か全身に強い疲労感、そして激しい筋肉痛が伴う。
それに慣れているから、あまり気にしたことないが、あれはかなりしんどい。
「まぁ、早い話。健斗の身体が貧弱ってのが原因ってことか。」
翔の言い方にはちょっとむかっとするが、言ってることは間違ってはいなかった。
「俺、どうすればそれ直せるのかな?」
健斗が聞くと、南ちゃんは立ち上がってにやっと笑うと、いきなり健斗の頭を鷲掴みしてきた。
「よく食べて、よく動き、よく寝ること!あと、早寝早起きも重要ね!」
「え?それだけ?他にはなんかないの?」
「ないわよ~。むしろ、それが最短の道のりよ。」
「ってなことがあったなぁ。」
「へぇ~。」
帰り道の途中にあったコンビニで健斗と麗奈はアイスを購入して、二人で自転車を押しながら歩いていた。そう、健斗の体力の原因はそれだということがわかっていた。だから、今日みたいに走り込みをやることで全身の筋肉をつけながら、体力も強化しているというわけである。ほかにもいろいろあるだろうが、まず基礎的なところから鍛えていこうと健斗は思ったのだ。
「あの走り込みの中にも色々考えてたんだね。」
「まぁな。」
「う~ん……でも今見たら健斗くん、そんなに小柄ってわけでもなさそうだけどね。」
「そりゃ、あれから三年は経ってるわけだし、俺だって成長期というものがあったんだよ。」
「ふーん。男の子ってすごいね?中学2年生のとき152センチでしょ?私もそのときそのくらいで、今と変わらず。でも、今じゃ健斗くんのこと私見上げてるもん。」
「だろ?男の子のポテンシャルをなめんなよ。」
「何よ、それ。」
麗奈が可笑しそうに笑ったので、健斗もつられて笑った。そして、健斗は手に持っていたアイスを一気に食べ尽くした。
「よし。そろそろ再出発するか。後ろ、乗れるか?」
「まだ食べてるけど……うん、多分大丈夫。」
麗奈はそういうと、健斗の自転車の後ろにぴょんっと飛び乗った。それを見てから、健斗は再び自転車をこぎ始めた。
しばらく走ると安定してきて、麗奈は何の気もせずアイスを食べ続けていた。
「私って、二人乗りのスペシャリストだよね?」
「……どこが?」
「こうやって、いかにして自分が乗りやすいポジションにつく辺り。」
「そっちかよ!あのなぁ、何度も言うけど、そっちのスペシャリストになるんじゃなくって、漕ぐ方のスペシャリストになりなさい。お父さんからのご通達です。」
「そんなの聞いてないもーん。別にいいじゃない?健斗くんだってそっちの方がいいでしょ?」
「何が?」
健斗は後ろを振り向いて聞くと、麗奈が口元に笑みを浮かべて健斗のことを上目遣いで見つめた。
「こんな風に……二人っきりになれるでしょ?」
「…………!!」
健斗はその表情とその言葉にやられてしまったかのように、顔が一気に熱くなるのを感じた。思わず、自転車の運転がままならなくなるくらいに。
すると、数秒後に麗奈が健斗の顔を見ながら、可笑しそうに笑ってきた。
「アッハッハッハ♪なーんてね。健斗くん、顔真っ赤になったー!」
「なっ!なってねーし!別になってねーし!俺!」
とは言ってみるものの、正直赤くなっているという自覚はあった。
分かっている。これは、麗奈がいつものようにそういうのに弱い健斗に対するからかいの行為だっていうこと。だから、健斗もこれまでにそこまで強く反応をしたことがない。
しかし、今のは反応せざるを得ない。理由なんてたかが知れてる。好きな女の子から、そんな風に言われてしまっては……もう、どうしようもないじゃないか。
だから、健斗は反応が隠せなかった。冗談で言ってるにしろ、健斗にとっては本気で捉えかけてしまう言葉なのだ。
「私と二人きりの時間を過ごしても、健斗くんにはどうでもいいことだもんねー。」
「え?」
麗奈に突然そういわれて、健斗は意味が分からないというような顔をした。
「だって、結衣ちゃんといっしょにいる時間の方が健斗くんには大事でしょ?」
「え……あ……」
そうだ。麗奈は知らない。健斗の気持ちは、今や早川には向いていないということを。麗奈は今でも、健斗は早川のことが好きだと思い込んでいるのだ。だから、このようなことを言ってくるのだ。
「結衣ちゃん、喜んでたよー。健斗くんといっしょの委員会になれて……」
麗奈の話すトーンが少しずつ下がっているのに、健斗は気づいていた。しかし、それをどのように返せばいいのか分からず「そっか。」と言って、素っ気なく返事をした。
「……お似合いかもね。」
「え?」
「健斗くんと結衣ちゃん。お似合いの二人だと思うよ。」
「……何言ってんだよ?」
こんなこと、麗奈は一度も言ったことがなかった。それに、
麗奈……お前は、俺のこと……好きだって……
それなのに、どうしてそんな風に言うのかが分からなかった。分からなかったから、健斗は黙っていることしか出来なかった。
「ごめん……何言ってるんだろう……自分でも分からなくなってきちゃった。」
「……何かあったの?」
「ううん。別に……ただ、自分自身の問題。」
「自分自身?」
「そう。健斗くんが自分自身と向き合ったみたいに、今度は私の番かなーって……最近ね?時々そう思うときがあるの。」
「……それって、この間言ってたことと関係あるとか?」
「この間のこと?」
麗奈が顔を上げて健斗に聞いてきた。健斗は後ろを振り向かず、しばらく考え込んだ。忘れたとは言わせないし、忘れることは出来ない。
「ほら、この間言ってた。中学のとき、嫌なことがあったってこと。」
健斗がそういうと、麗奈はまた口を閉ざした。しばらくの間、風によって稲の穂の擦り合う音と、健斗がひたすらこぎ続ける自転車の音が流れた。
すると、麗奈が下を俯いたまま、クスッと笑った。どんな表情をしているのかは、定かではない。
「私ね、好きだよ。健斗くんのこと。」
「え!?」
突然告白をされて、健斗は大きな声をあげてしまった。
「特にここ最近、もっと好きになってきてる。すっごく……健斗くんのことが好き。私は……ね?」
「あ、あ……うわっ!」
あまりにも唐突な言葉の羅列により、健斗は動揺してバランスを崩してしまう。すると、麗奈がぴょんっと後ろから降りた。そして、手に持ってたアイスを一気に食べ尽くす。
健斗は突然の行動に理解出来ず、後ろを向いて麗奈のことを見た。
「もー、危ないなぁー。」
「だ、だってお前が急に変なこと言うから……」
「変なことじゃないよ。本当のことだもん。」
「だ、だとしたら、何で今それを言うんだよ。」
健斗が顔を真っ赤にしてそういうと、麗奈はクスッと小さく笑って健斗に再び近づいてきた。
「健斗くんは優しい人だから、私のことを突っぱねるのが可哀想だって思ってたんだよね?だから、健斗くんはいつだって私の側にいてくれた。他に好きな女の子がいても、私のことをずっと気にかけてくれてたんだよね。」
「それは……」
健斗は何も言い返せなかった。麗奈の言い方では、まるで麗奈の境遇に同情してるから……と言っている。でも、そんなことあるはずない。麗奈が可哀想だからなんて、思ってない。なのに……
「私ね、それでもいいと思ってた。健斗くんが結衣ちゃんのことを好きでも、私の傍にいてくれるなら、それでもいいって。だから、このブレスレットをもらったときはうれしかった。健斗くんの傍にいていいんだって、思えたから。」
そういって、麗奈はブレスレットの部分をぎゅっと握った。本当に大切そうに握った。麗奈の言ったとおりだった。健斗は、そのつもりで麗奈にブレスレットを渡した。そばにいてほしいから。自分の一番近くにいてほしいから。それも、言葉にすることが難しい。だから、その意味でブレスレットを……麗奈に渡したのだ。
「でもね……これからのことを考えると、それじゃ、駄目なのかなって……」
「……これからのことって?」
「健斗くんと結衣ちゃんが恋人同士になること。」
「……はっ!?」
突然の麗奈の言葉に、健斗はまたもや驚きの声を上げてしまう。
「な、なな、何言ってんだよ。そんなことあるわけないだろ?第一、早川が俺なんかのこと――」
「あるよ。健斗くんは鈍感だから、気づいてないかもしれないけど。結衣ちゃんはね、今、健斗くんにすごく惹かれてるよ。」
「え?」
健斗には信じられないことだった。そして、それを聞いたときありえるわけがないとも思っていた。麗奈は知っているはずだ。早川は、今でも翔のことが好きなのだ。しかし、健斗はその言葉を聞いたとき……あの日の早川の言葉を思い出していた。
『もう今は違うの。健斗くんは私の中で……翔くんと同じくらい大切な人……すごく大切な人なの。だから……』
でも、あれは友達の意味だといっていた。だから大した意味じゃない。友達として……そう、友達として。
「だからね、それを踏まえて……もう一度、健斗くんの気持ちを知りたい。これが……私の今の気持ち。」
「……俺の……気持ち?」
麗奈はまっすぐ健斗の瞳を見つめた。健斗もそれを見つめる。お互いしばらく何も話さない。
健斗の気持ちを、麗奈は聞きたがっている。それは、つまり……健斗が麗奈のことをどう思っているかということを聞きたがっているということだ。健斗の中で、はっきりした答えは決まっている。それは間違いない。なのに、どうして躊躇しているんだろう。
その原因は、健斗の迷いにあった。このまま麗奈に自分の気持ちを伝える。麗奈も健斗のことを好きだと言ってくれている。健斗も麗奈のことが好きだ。つまり、両想いだということが確定する。もうほとんど確定しているようなものだ。しかし、今健斗がその気持ちを伝えたことで……明日からどうなるのだろう。麗奈と恋人同士になるのだろうか。
健斗にはその自信がなかった。今、ここで麗奈に気持ちを伝えて、明日から二人は恋人同士。そんな簡単な間柄ではないはずだ。そんなものではない。今までずっと“家族”だった。その絆が壊れるのかもしれないのだ。そんな、簡単なものではない。
そしてもう一つ。早川のことだ。健斗はつい最近まで、本当に早川のことが好きだった。それを、そのままにはできない。早川に伝えると決めたばかりだ。それをしないまま、麗奈に告白しても自分の中の迷いが途切れることはない。だから……
だから健斗は何も言わなかった。麗奈の視線が痛くって、下をうつむいた。自分の心臓の鼓動だけが聞こえた。麗奈が今、どんな表情をしているのか、健斗にはわからなかった。
やがて、時がたつと……麗奈はさらに健斗に近づいてきた。と、思ったら突然自転車の後ろにゆっくりと乗る。健斗が麗奈を見ると、麗奈はさびしそうな表情で笑っていた。
「うん……分かった。健斗くんの気持ち。」
「……え?」
自分の気持ち?麗奈はいったいどのように解釈したのだろうか。まだ何も伝えてないのに、麗奈は本当に健斗の気持ちをわかったのだろうか?聞きたかったのに、それすら言葉が出なかった。
「変な話してごめんね。そろそろ、行こうか?」
「麗奈……」
「ほら、早く!もうずいぶん時間がたっちゃったよ。」
麗奈は顔を上げず、表情を見せようとしなかった。健斗も言われたとおりに、再び自転車をこぎ始める。すると、そのとき初めて風が全く吹いていないことに気が付いた。
いつもの帰り道をいつもの二人で帰っている。なのに、健斗は後ろに本当に麗奈が乗っているのか……もしかしたら乗っていないんじゃないか……そう思えてならなかった。
はい。
というわけで、とってもシリアスな雰囲気になってきました。読者のみなさまは、この健斗と麗奈のやりとりをどのように感じたでしょうか?
麗奈はどうして急にこのような話をし始めたのか、それは……やはり、過去のことと絡んでいるのかもしれないですね。そして、もう一つは結衣の存在が大きいのかもしれません。
さて、健斗の気持ちをどのようの解釈してしまったのか?そして、これから健斗はどうするのか?
次回、文化祭 前編のラストでございます。続いては、第11話文化祭 後半を御送りいたします。
楽しみにしててくださいねー!




