第10話 文化祭 前編 P.11
先程の時間を使って、文化祭の委員会を決めた。委員会は半ば無理やり決められてしまった健斗と、くじで見事当選した結衣だった。麗奈、結衣、マナのいつもの三人はそのことについて話していた。
「あー、まさか当たっちゃうなんて思わなかったな。」
結衣が困ったように笑ってそう言った。確かに健斗を覗いて約30人の中から当選してしまうなんて、結構引きが良い。
「本当よねー。結衣、今株が上がってんじゃない?宝くじ買えば、一等は無理でも二等か三等は当たりそうじゃない?」
「嫌だよ、宝くじなんて。賭け事にお金出すなんて、おじさんっぽくない?」
まぁ、確かにそういうイメージはあるかもしれない。麗奈は健斗のお父さんのことを思い浮かべていた。健斗のお父さんは、パチンコとか大好きだ。たまにびっくりする額を使って、お母さんに叱られている様子を度々見る。
商店街にある、この街唯一のパチンコ店は健斗のお父さんだけではなく、多くの大人たちから支持を得ている。商店街に買い物に行くとき、たまに八百屋のおじさんや魚屋のおじさんがパチンコの話をしてくれる。麗奈にはその楽しさや良さが分からないが、あの表情で話すということは相当面白いのだろう。
パチンコのことを話すおじさんや健斗のお父さんの顔は、まるで子供たちが好きなRPGの攻略法を話して自慢するそれと似ている。
「そんなことないよ。若い人でも宝くじを買ったり、パチンコにはまる人だっているじゃない。うちのおじさんもギャンブル好きだし。」
「へー?マナのおじさんって若い人なんだ。いくつ?」
「え?今年で41だけど?」
「…………」
「マナ……そこでおじさんの話を持ってくるのは、変じゃない?」
「え?どうして?」
改めて知ったのだが、マナって意外なところで結構天然が入っている。人のことが言える立場ではないが、そのとき麗奈は強くそう感じた。
「そ、それにしても、もう一人の人が健斗くんで良かったよ。」
「でも、健斗で大丈夫かな?あいつ、そういうのすごい苦手そうじゃない?」
マナがそう言うと、結衣は少し考えるような仕草を見せた。
「んー……どうなんだろう?麗奈ちゃんはどう思う?」
「え、私?なんで?」
突然話を麗奈に振られて戸惑っていると、結衣が笑いながら言ってきた。
「だって、麗奈ちゃんが健斗くんのこと一番分かってるじゃない?」
「今更否定しても遅いぞ~?うっしししし♪」
マナに茶化されながら、麗奈は恥ずかしそうにはにかんだ。いつの間にか二人の間では、そういう立ち位置になっていたなんて……
「……どうなんだろう?私、健斗くんの小学生や中学生の頃とか全然知らないから。」
自分で言って、ふとそう改めて感じた。麗奈は確かに今の健斗に一番近しい存在の一人になったかもしれない。でも、昔の健斗を思ったよりも知らないのではないだろうか。
健斗のお母さんやお父さん、あとは結衣や円、そして南先生から少しずつ聞いたことはある。でも、健斗自身からどういう風に学校生活を送ってきたのか(もちろん、翔の交通事故が起こる以前の話を前提に)麗奈は思ったよりも知らない。
「健斗くん、中学のときは体育祭委員やってたな。確か。」
「体育祭?神乃中には毎年体育祭があったの?」
「うん、あるよ。毎年5月にね。結構盛り上がるんだよ。あー、でも健斗くんは委員会嫌々って感じだったね。健斗くんとヒロくん、そして……翔くんの三人でジャンケンしたの。その結果、ヒロくんの一人勝ち。翔くんがビリで文化祭委員、健斗くんが体育祭委員って感じで決まったんだった。」
懐かしい思い出を思い出しながら、結衣は楽しげにそう話した。麗奈はそれを見て温かい気持ちになりながら、ふっと笑った。
「じゃあ、健斗は基本的委員会をやるような人間じゃないってことか。」
「うん。少なくとも私はそういうイメージがあるな。小学生のときはどうかは知らないけど。」
「そんなんで大丈夫なの?健斗くん、足引っ張ったりしそうー。」
麗奈が冗談半分に笑ってそう言った。すると、結衣がそれに反論するように言ってきた。
「そんなことないよ。健斗くんは、すごく頑張り屋さんだってこと、麗奈ちゃんも知ってるでしょ?一度任された仕事はきちんとやり遂げるんだよ。体育祭委員だって、何だかんだで進行頑張ってたもん。だから、足を引っ張っるなんて絶対ないよ。」
結衣が結構早口で反論してきたので、麗奈は不意を突かれたような気持ちになり、きょとんとした。そんな麗奈に気づかず、結衣は嬉しそうに頬を赤らめて言った。
「健斗くんと作る文化祭、すごく楽しみだなー。フフフ♪」
そんな風に言って笑う結衣を見て、マナも嬉しそうに笑った。
麗奈も表面上は笑っていたけど、内心は複雑な気持ちだった。確かに、健斗が本当に頑張り屋さんだってことは誰よりも知っているつもりだった。そして、結衣の言う通り中途半端なことは嫌う。だから、与えられた仕事は一生懸命やるし、そんな健斗に麗奈は惹かれてしまう部分がある。
"人を惹きつける力"……それが健斗の元来備わっている、不思議な力。それは健斗が一生懸命だから、周りの人間も自ずと惹かれていく。
それを一番知っているのは、一番近くで見ていた麗奈のはずだった。それを考えると、先程の言動は浅はかだったな、と自分を戒めたい気持ちになった。
麗奈はふぅっと小さくため息を吐いて、楽しげにマナと会話をする結衣を見つめた。結衣は本当にすごい。全てを包み込む、聖母のような女の子だ。同じ女の子の麗奈ですら、結衣といっしょにいると心地よさを感じる。
きっと、今ごろ健斗はとっても喜んでいるんだろう。大好きな人と同じ委員会になれたってことは、今までよりもずっと多く二人の時間がとれる。今までよりも良い仲になるように進展しようとするだろう。
自分はそれに対して一体何をすればいいんだろう。健斗に対して、何をしてあげることが……二人にとって一番いいんだろう。そんなことはわかってる。でも、それを拒んでいる己がどこかにいるからだ。
それは単純な理由。麗奈の中に住み着く純粋な女の子の部分が、それを嫌がっているのだ。麗奈はそんなことを思うと、軽く自嘲気味になった。
純粋な女の子の部分……か……そんなもの、自分にはもうとっくにないだろうと思っていた。それでも、汚れなき自分を大切にしたがっているのか。それとも……
「麗奈ちゃん?」
「え?」
結衣に突然話しかけられて、麗奈は思わず変な声を出してしまった。結衣を見ると、結衣は不安げな表情を浮かべていた。
「大丈夫?何かすごくぼーっとしてたから。さっきは言い過ぎちゃったね。ごめんね?」
「え、あ、あぁ……ううん!ち、違うの。ちょっと考えごとをしてただけ。全然、そんなんじゃないから。」
「本当に?怒ってない?」
「怒ってないよ~♪本当にちょっと考えごとをしてただけ。私こそごめんね?変な雰囲気出しちゃって。」
いつものように、麗奈は明るいトーンで話すと結衣は安心したかのように、いつもの可愛らしい笑顔を見せてくれた。それから、三人の話題は全く別のものへと移り変わっていった。
今日はいつもより早めに部活が終わった。麗奈は楽器と鞄を片手に昇降口で靴を履き替えていた。革靴に履き替えて、スタスタと薄暗い道を歩き始める。
恐らく、まだ健斗は練習中だろう。このまま待つのも暇だし、健斗の練習を見てみようかなと思った。ということで、麗奈はグラウンドの方に行くことにした。
グラウンドの階段を降りていくと、やがて比較的広いグラウンドが露になった。ふと気がつくと、横のスタンドに何人かの人が集っている。一体何の集まりだろう。明らかに学校内の人たちではなかった。
「あ~!ちょっと、君!」
そのうちの一人の男性に声をかけられた。やけに髭が濃くてサングラスをかけ、口には煙草をくわえている。麗奈は一瞬驚き、その隙にその男は一気に距離を詰めてきた。
「君、ここの生徒だよねー?ちょっと、話を聞かせてくれないかなー?」
「話……ですか?一体何の?」
まさか、刑事かな?と思ったが、それは違ったらしい。刑事ならこんなに群れを作らないし、まず警察手帳を見せてくるのが義務だ。それに職質系統ならば任意同行のため、拒否だって可能だ。
だが、その男性はそういうのではない。単純に話を聞きたいという表情を浮かべている。
「いや、知ってるかな?この間の洗目との練習試合。いやー、あれには我々も結構驚いていてね、まさかこんな無名校が二軍や練習試合とはいえあの洗目を負かす実力があるとは到底思えなくてね。それに、残念ながら我々がその事実を知ったのは後日のことだから。いやー、何か面白い匂いが香っていてね。もしよかったら、その日の感想とかお聞かせいただけないかなー?」
「か、感想ですか?えっとー……」
麗奈は返答に困っていた。麗奈自身、そこまでサッカーに詳しいわけじゃないし、あのときは夢中だったから、何が何だかんだはっきり覚えていない。ただひたすら勝利を祈ってただけだ。
「何でもいいんだよ?例えば、どの人がすごかったーとか。このプレーがすごかったーとか。なんか、あるでしょ?」
「えっと、私……」
本当に困っていた。そのときだった。
「はいはい!うちのマネージャーに、手を出さないでくれますかー?」
突然後ろから肩を掴まれた。同時に土と汗の匂いがした。後ろを振り向くと、そこには寛太が麗奈の一段上に立っていた。
「この子はうちのマネージャーなんすよー。あの日野球部は遠征に行ってたもんすから、この子は試合を見てない。何も知らないし、何も話せない。お分かり?」
寛太の咄嗟の詭弁にその男性は唖然としていた。それは麗奈も同じ気持ちだった。
「よし!マネージャー行こうかー?ちゃっちゃとユニフォーム運んでくださいねー?マジ、ホント。」
そういいながら、寛太は麗奈を押すようにいっしょに階段をゆっくりと降りていった。全部の階段を降りて、グラウンドに降りると寛太はにぃっと抜けた歯を見せて笑った。麗奈もその笑顔を見て、安心するように笑った。
「ありがとう、寛ちゃん。助かったよー♪」
「なんのなんの!これしき!」
「でも、びっくりしたよー。何?あの人たち。」
麗奈が上を見上げて、その何人かの人を見つめた。すると寛太もそれを見つめて嫌そうな顔を浮かべた。
「隣町の新聞記者たちだよ。この間の試合のことで、色々取材に来てるんだ。ここ最近ね。」
「そうだったんだ……」
「健斗から何も聞いてない?」
寛太の問いかけに麗奈は黙って首を横に振った。それを見て、寛太はあきれるようにため息を吐いた。
「全くあいつは。」
「私に話すまでもなかったんじゃない?一々大げさにするようなことじゃないもん。」
「それでもこうなることを予想して、一応話しておくべきだと思うけどな、俺は。」
健斗の雑さに少し憤りを感じているようだ。麗奈も、出来れば話してくれても良かったなと次第に思い始めていた。
「あ、健斗呼びに来たんだろ。俺、呼んできてやるよ。」
「あ、いいよ。まだ練習中でしょ?」
「だいじょーぶ。今、サッカー部も野球部も自主練の時間だから。ちょっと、待っててな。」
そういうと、寛太はひゅーっとサッカー部の方へと走っていった。寛太の走っていった方向を見ると、そこには確かに健斗がいた。健斗は何やらグラウンドの横を何度も往復しているようだった。それから、寛太が健斗のところへ行くとほんのちょっと会話をしたあと、二人そろって麗奈の方を見た。麗奈は小さく手を振った。すると、健斗は麗奈の方へゆっくり走ってきた。
「はぁ……はぁ……ごめん!もう部活終わったの?」
健斗が麗奈の前に立って息を切らしながらそう言った。
「うん。ちょっと早めに終わったの。はい、これ。」
健斗は大部汗を流していたので、鞄に入れてあったタオルを健斗に渡した。健斗はそれを素直に受け取って、「サンキュー」と軽く言うとそれで流した汗を拭った。
「俺、今自主練の途中なんだ。つっても、あと10分くらいで終わるんだけど……」
「いいよ。ここで待ってる。」
「そっか。ワリィな。本当にあと10分で終わるから。」
そういうと、健斗はまた元のグラウンドの位置へと戻っていった。それと入れ替わるかのように、寛太が再び麗奈の元にやってきた。
「頑張ってんだろ?あいつ。もう、かれこれ10往復はしてんじゃないかな。」
「10往復!?」
それは驚きだった。グラウンドの横とはいえ、推定100メートルくらいはあると思われる。100メートルを10往復だから、合計すると2キロ近く全力でダッシュしていることになる。とんでもない根性だ。
「すっかり元通りになったなー。あいつも。」
「やっぱり、そうなの?」
「んあぁ。小学生のころも、中学生のころも、あんな風にグラウンドを駆け回ってたよ。馬鹿みたいにさ。野球やってる俺ですら、サッカー付き合わされてさ。もう散々だったよ。」
そんな風に言うけど、寛太はどこか嬉しそうに笑っていた。それを見て、麗奈も嬉しそうに小さく微笑む。
「大森がこの町に来てからだな。」
「え?」
麗奈が聞き返すと、寛太はにやりと笑った。
「大森がこの町に来て、健斗の家に住み着くようになってから、あいつ段々変わっていった。大森が来る前のあいつは、完全に駄目だったんだぜ?すごい暗くて、生きていること自体がつまんなそうな面してた。」
それはヒロからも言われたことがある。麗奈が健斗を変えたって。それは、健斗の心に空いた大きな穴を埋めてくれているからだって。でも、そんなこと、麗奈にはよくわからなかった。ただ、誰よりも一番近くで健斗といっしょにいたい。本当にそれが一番の気持ちだ。
「健斗も実はめちゃくちゃ感謝してんだ。あんまり口にはしないけど。そういうやつだからなー。」
寛太の言いぐさに麗奈は可笑しそうにクスッと笑った。本当に、無愛想で意地っ張りで、口下手なのだ。でも……
「感謝してるのは、私の方だよ。」
麗奈がそういうと、寛太は健斗から麗奈に視線を向けた。
「ここに来るまで私……本当は心がずたずただったの。大袈裟かもしれないけど、本当はすごく怖かった。色んなこと。こっちでちゃんとやっていけるのかな、とか。そんなこと考えてたの。」
「…………」
「でも、そんな私にね?健斗くんは、"家族"の温かさで癒しをくれたの。私に一番必要だったものを、健斗くんはいつの間にか私にくれていたんだ。健斗くんだけじゃない。結衣も、マナも、ヒロくん、そしてもちろん、寛ちゃんや円やナッチャン。みんなが、私に優しくしてくれたから……だから、本当に感謝してるのは……私なんだよ?」
「俺……あんまり知らないけど、少しは健斗から聞いてる。大森がどうしてこの町にわざわざ来たのか。父ちゃんの、仕事の都合とか。」
「……………」
「あと、小っちゃい頃に母ちゃんを亡くしたことも。」
「……うん。」
寛太は後ろ頭をボリボリと掻いた。
「……俺も、なんだ。」
「え?」
寛太は少し苦笑いを浮かべて、恥ずかしげにつぶやいて言った。
「俺もさ、小っちゃいころに、父ちゃん亡くしてんだ。交通事故で……」
「そ、そうだったの?」
「うん。あんまり覚えてないんだけどな。うんと小っちゃいころだったから。ただ、俺、その……父ちゃんって、どんな感じなのかも忘れてるけど、なんつーかな。やっぱ、物足りねーよな。やっぱ。親は二人いねーと。」
「……寛ちゃん。」
寛太を見上げると、寛太は恥ずかしそうに笑っていた。
「だから、その……なんとなく分かるよ。いや、分かってる気になってるだけかもしんねーけどさ、大森の……なんつーか、寂しさっつーか……うん。ごめん。やっぱ、俺、こういう話苦手だわ。」
麗奈はそんな寛太を見ながらふっと笑った。寛太の精一杯の優しさが胸に溢れてくる。それだけで充分だった。
「……ありがとう、寛ちゃん♪」
「……おう。」
麗奈と寛太は二人そろって笑いあった。遠くに見える夕日が完全に地平線に沈んでいく瞬間、麗奈はなんとなく寂しい気にもなった。
ちょっとほのぼのとした感じになっちゃいましたね笑うん、でも、これがグッラブ!の良さなんだ!
寛太の父不在は最初から決めてあった設定でした。ちなみに今回のお話しでは出なかったですが、彼には五つ下の弟がいます。
彼は常に明るいでしょ?それって、父不在から来ているんです。父がいない分、自分が家族の明るみを保とうと健気に頑張っているところから来ているんです。
実際にも母子家庭っていっぱいいると思います。その中の長男の立場、非常に複雑だと思うんです。色んな欲求を我慢しながら、常に家族の柱でいなければならない。非常に辛い立場だと思います。
父子家庭にしろ、母子家庭にしろ、残された家族だけで生活をやりくりしていくことはきっと僕なんかが考えているよりも遥かに大変なことなんだと思います。僕なんか、三人兄弟の中間だし、親もちゃんといるから、実際は何不自由なく暮らしてきたなと思います。そんな僕が、母子家庭や父子家庭のことを語っていいのかな?とさえ、思います。
ただ、その中で塞ぎ混んでしまう子―それが麗奈です。そして、その中で常に明るくいようとする子―それが寛太。そんな二人が互いの心境を話し合ったとき、お互いどんな風に影響するのかな?と考えます。
麗奈に、良い影響が与えられてたらいいな♪