第9話 新たなる決意 P.8
松本事件の過程で、健斗は精神的な問題を克服出来たかのように思えた。だが実際のところはわからない……
あのときは守りたいものがあったし、何より卑劣な相手に負けたくないという従来の正義感と負けず嫌いがあのとき染み付いた恐怖を抑え込んだだけなのかもしれない
「そうだったんだぁ……今考えてみれば本当に残念だね」
「うん……でもやっぱ後悔はしてないよ」
健斗は雑誌をパタンと閉じると苦笑いを浮かべていた
「あのまま続けててたら、俺は逆にそっちの方を後悔してたような気がする」
「……そう」
「分かんないけどな。さっ、話はこれでおしまい。もう遅いぞ。明日も学校なんだから、寝坊しても知らねーぞ」
健斗がそう言うと麗奈は小さく頷いた
「うん……」
何だかその様子からまだ何か気にかけているようだった
「何だよ。まだ何か気になることでもあんの?」
「気になるっていうかさぁ……健斗くん、やっぱりサッカー大好きなんだなぁーって」
「へ?」
麗奈が薄く笑みを浮かべながら、健斗にそう言ってきた。健斗はいまいち意味を理解することができなかった。そんな健斗の意図を汲み取ったのか、麗奈はクスクスと笑った
「だって、昔の話をするときの健斗くん、何だか楽しそうなんだもん。それにそれ、去年買ったんでしょ?」
といって雑誌を指差してくる
「きっと健斗くんはサッカー辞めてからも、心のどこかでサッカーを忘れずにいたんじゃない?」
健斗はそう言われて、しばらく考えてみた。そして小さく笑って見せた
「……あぁ……かもな」
麗奈の言うとおり、自分はサッカーを辞めてサッカーから離れても、心のどっかでずっとサッカーを忘れられないでいたのだ
翔のスパイクだけ捨てないでいたのも、翔のことを忘れないためだけではなく、おそらくサッカーのことも捨て切れないでいたのだろう
それが最近になって、ようやく素直になったのだ
「きっと……ヒロくんも同じなんだろうね」
「…………」
答える代わりに健斗は沈黙で返した。しばらく呆然とした。何も考えてないわけではない。ヒロのこと、そして自分の今の気持ちを振り返る。そして麗奈を見て、また笑った
「お前って、何か何でもお見通しだよな」
「うん?」
「何でもねー。ほら、早く自分の部屋に戻って寝ろよ。もう十二時回ってんぞ」
健斗はまた麗奈にそう促した。麗奈は今度はゆっくりと笑った。納得したような表情だった
「うん。おやすみー」
「おやすみ」
麗奈は立ち上がってドアの方まで行くと、この部屋を後にした。麗奈が去ったあと、健斗は深いため息をついてベッドに寝そべった
そして目を閉じた
遠くの方から、声が聞こえるような気がした