第10話 文化祭 前編 P.9
「もうすぐだね!」
「「……なにが?」」
健斗とヒロは箸を止めて揃って尋ねる。すると、目の前でウキウキしている麗奈が喜ばしくない顔をした。
「なにが?って、決まってるじゃん。文化祭だよ!文化祭!」
「「あぁ……」」
そういえばすっかり忘れていた。気がつけば学校は文化祭シーズンだった。この学校がやけにいそいそとしているわけだ。
「そっかー。麗奈ちゃんは神乃高の文化祭、初めてなんだよね。」
早川が笑みを浮かべながら、そう麗奈に言った。すると、麗奈は頷きながらちょっと不思議そうに尋ねてきた。
「うん……結衣は初めてじゃないの?」
「私はほら、地元がここだから。小学生のころから毎年何度か来てるの。健斗くんとヒロくんもね。」
「そーゆーことー。」
健斗が素っ気ない返事をすると、麗奈は面白くなさそうな顔をして健斗を見つめた。
「私も神乃高の文化祭は初めてだよ。」
「本当に?」
隣でお弁当をパクパク食べながら佐藤がそういうと、麗奈は嬉しそうにはしゃいだ。佐藤は中学までこっちの人間じゃなかったから、当然といえば当然か。
「神乃高の生徒になってからは初めてだから、私も実は結構楽しみなの。」
と、早川も笑ってウキウキと喜んでいた。仲間が増えたことが嬉しいのか、麗奈のウキウキ度はさらに増した。
「だよね!だよね!もう健斗くんなんて仲間に入れてあーげない。べーっだ!」
「麗奈ちゃん!俺は麗奈ちゃんの味方だよ、もちろん!」
そんなやり取りがされながら、健斗は興味なさそうに箸を加えたままため息を吐いた。
我が神乃高の文化祭は10月の後半にある、ビッグイベントの一つである。少し変わってるかもしれないが、神乃高は毎年でイベントが異なる学校だった。
つまり、一年毎に体育祭、文化祭かで変わる。体育祭の年ならば、五月辺りにそれが行われるが、今年はたまたま文化祭の年にあたる。
つまり健斗たちの代は文化祭が二回あり、体育祭は一度しかないということだ。スポーツ系の方が得意な健斗は、出来れば体育祭が二回ある方の代になって欲しいと願っていたが……こればかりは仕方がない。
文化祭は結構色々と本格的に行われる。健斗も小さい時から、神乃高の文化祭に度々足を運んだことがあるから分かるが、なかなかスケールが大きいものだった。さすがに七夕祭りよりは劣るが、それでも充分すごいものだった。
生徒が自ら働き、種類様々な出店を出しているし、その他にも軽音楽部やダンス部の活動なども面白いものがある。
他にも各部活でそれぞれ特色ある出し物もやっている。例えば野球部はストライクアウトをやるし、サッカー部はキックターゲットを毎年行っている。
これは余談だが、健斗はこの文化祭に足を運んだときにキックターゲットはやらないことにしている。というのは、小学校五年生のとき、健斗はいつもターゲットを全て倒してしまうために、さすがに顔を覚えられてしまった。
そのため、健斗専用の特設キックターゲットを設けられてしまったことがあった。何と、普通なら的は九個から十個のはずなのに、その特設ターゲットはその倍の数。しかも蹴り玉はたったのミスは五回まで……
そんなの無理だっ!と思い、健斗はそれからキックターゲットというものを辞めてしまった。
まぁ余談は置いておいて、そんなものがある。
「うちのクラスは何をやるのかな?」
お弁当を口に運びながら麗奈が不意に聞いた。その問いかけに、早川が少し考えるような表情を見せる。
「ん~……それよりもまず、委員を決めないとね。」
「委員?あれ、まだ決めてなかったっけ?」
「あ、麗奈ちゃんは遅れて入学してきたもんね。四月に学校代表の文化祭委員は決まったんだけど、クラスの文化祭委員はまだ決まってないの。」
「学校のとクラスのでわざわざ分けてるの?」
「うーん、やっぱり学校全体の役員は当日まで色々大変だと思うし。それにほら、今年は体育祭がないでしょ?その分を文化祭に回して効率よく進むようにするためじゃないかな?」
実際早川の言う通りだった。先程も説明したとおり、うちの学校は年毎に文化祭と体育祭で分けている。今年は体育祭がない分、文化祭に力を入れることができるため、学校のとクラスので委員を分ければ仕事も効率よく運ぶというわけである。
「委員は今日決めるみたいだよ?委員長が言ってた。」
「へぇ~、委員会かぁ……私、やってみようかなぁ?」
麗奈がそういうと、早川は可笑しそうにプッと笑った。
「麗奈ちゃんは、ほら、吹奏楽部の方を頑張らなきゃ。あるんでしょ?演奏会。」
「あ、うん!今ね、それに向けてすごい頑張ってるの!前夜祭と後夜祭を含めて、六曲もやるからもう大変だよ~♪」
「それにしては楽しそうだね。」
「えへへ。練習がすごく楽しいの。本番も楽しみだなー♪」
「じゃあ、本番は絶対に見に行かないとね。楽しみにしてるよ?」
「うん!楽しみにしててね!私、頑張るから!」
麗奈が意気込みを言うと、みんな可笑しそうに笑った。健斗は弁当を摘まみながらそんな麗奈をじっと見つめていた。
すると、麗奈と健斗の目が一瞬合う。健斗は慌てて麗奈から目をそらした。
そして、HRの時間がやってきた。健斗はぼけーっとして目の前の教壇を見ていた。教壇にはすでに学級委員長が立っていてHRの司会を務めていた。
「知ってる人もいると思いますが、季節は文化祭シーズンとなりました。今日はそのための委員を二名決めようと思います。」
「委員……ねぇ」
絶対にやらないことを前提に健斗はボソッと呟いた。みんながざわめき始める。文化祭委員なんて健斗はやったことがない。中学のとき体育祭委員なら一度やったことがあるが、本来健斗はそういうアグレッシヴな委員会を好まなかった。
「誰か立候補する人はいませんか?」
学級委員長がそう言うが、誰も手を上げる人なんていなかった。そりゃそうだ。こういうのって、自らやろうとする人はあまりいないだろう。みんなは「お前やれよ。」とか「嫌だよ。お前やれよ。」とか言い合っている。
健斗はため息を吐いた。早く終わらないかなぁっと思ってその光景を見つめる。するとだった。少し離れた席から、ヒロがじっと見ているのが気がついた。健斗とヒロが一瞬だけ目が合う。するとヒロはニヤリと笑って、親指を立ててきた。
――な、何だ?
「じゃあ、立候補じゃ決まりそうにないので……推薦にしたいと思います。誰かこの人がいいと思うって人いますか?」
「はいっ!」
学級委員長がそう言った瞬間、ヒロが元気良く手を上げた。クラスのみんながヒロを見た。
「真中くん?」
「俺は、山中くんがやったらいいと思いますっ!」
「はぁっ?」
ヒロのその提案に健斗が慌てて反応した。その名前を聞くと、みんながざわざわと騒ぎ始めて健斗の方を見てくる。するとヒロはニヤニヤと笑いながらさらに続けて言ってきた。
「理由は、山中くんは決断力もあり、統率力もあります。また、中途半端なことを嫌うので、彼なら最後まで責任を持って仕事をこなすと幼なじみである僕が保証します。」
「おいっ!ヒロッ!お前っ――」
「それに山中くんは僕にテストで勝つくらい頭もいいので、適切だと思いまーす♪」
ヒロがそう言い終えると、クラス中のみんながざわざわと騒ぎ始めた。健斗は思わず息を呑んだ。この空気……まずいっ!
「おぉ、いいんじゃね?山中なら上手くやってくれんべ?」
「この間もサッカー上手だったもんねー?ただものじゃないって感じぃ?」
「山中くんならすっごいの考えてくれそーだよねぇ?」
「ちょ、ちょっと待てっ!俺はやるなんて一言も言ってねーぞっ!つーか絶対やんねーぞっ!」
健斗は必死になってそう反論したが、誰も健斗の意見なんて少しも耳を傾けてはいなかった。すると、指揮するのが上手な委員長が手をパンパンと叩いて注意を引かせる。
「はい。じゃあ、多数決とりまーす。山中くんで良いと思う人は手を上げてください。」
委員長がそう言うと全員の人が手を上げた。満場一致で健斗が委員の一人になるということで決定してしまった。健斗はこの出来事にポカンと呆然としていた。
「はいっ!じゃあ満場一致ってことで、一人は山中くんに決定っていうことで。」
「だ、だからちょっと待てって!俺はヤだぞっ!絶対ヤだぞっ!大体――」
「つべこべ言うなっ!」
委員長が健斗を睨みつけながら、チョークを投げ飛ばしてきた。チョークは健斗の頬掠め、後ろに座っていた寛太に直撃した。
「痛いっ!」
寛太は思わずおでこを押さえた。健斗の額に嫌な汗が滲んだ。全員がシーンと黙り込んだ。委員長はニヤリと笑いながら、コンコンと黒板を叩く。そこにははっきりと“山中健斗”と書いてあった。
「山中くん?やってくれるよ……ね?」
「ハ、ハイ……」
実は言うと委員長――黒澤茜(くろさわあかね――は、小学生のときから空手をやっていて、すでに黒帯を取得しているほどの有段者だった。あの佐藤よりも恐ろしい女でカリスマ性も優れている。今逆らったら、マジで殺される……健斗は受け入れるしか術がなかった。
健斗が頷くと黒澤はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、はい。山中くんに決定っていうことで、みんな、拍手~♪」
委員長の合図でみんなが次第に健斗に拍手を送ってくる。健斗はそんな光景をただ呆然と眺めていた。
すると突然、ポケットに入れてあったケータイのバイブが鳴り健斗はそれを取り出して見た。宛先は……ヒロだった。
件名:ブッフー(^3^)ゞ
今日はてめぇに散々こけにされたからな。まっ、頑張りたまえよ?しょーねん♪(≧◇≦)
その文面を見ると健斗はすぐにきっ!とヒロを睨みつけた。ヒロはニヤニヤと笑いながら健斗に手を振ってくる。
その調子こいた面に腹が立ち健斗は悔しさをこらえながら歯を食いしばった。
するとだった。委員長が自分に注意を引かせるために、また同じように手をパンパンと叩いてきた。
「はい。じゃあ委員をもう一人決めたいと思います。って言っても、どうせ決まらないだろうから、実は平等になるようにあらかじめ全員分のあみだくじを作っておきました。これを使って決めたいと思いまーす♪」
「だったら最初からそれを使えよっ!」
健斗が立ち上がってそれを指差して抗議した。最初からそれを使っておけば健斗が委員になることもなかったかもしれない。
しかし健斗が抗議した瞬間、再び健斗の頬をチョークが掠めた。先程と全く同じで、寛太の頭にそれが直撃する。
「何でッ!」
「山中くん?まだ……何か?」
「な、何でもないっす……」
健斗は大人しく座ることにした。これ以上何か言うと、今度こそ本当にやられるかもしれない……
委員長は鼻歌を歌いながら、そのあみだくじを黒板に広げてマグネットで止めた。よく出来ている……
「じゃあ名前順で名前書きに来てくださーい。」
委員長がそういうと、みんながざわめきながらそのあみだくじに名前を書きに行く。健斗はその様子をため息を吐いて眺めていた。これから面倒臭いことを色々と任されてしまうのか……しかも今決めようとしているのは、その一緒にやるやつだ。
――頼むからまともなやつになってくれよ……
麗奈とか寛太とか、そういういわゆる面倒臭いやつと一緒になってしまえば倍の苦労になってしまうかもしれない……
「お前も災難だね。」
名前を書き終わった寛太がこっちに戻ってきてそう言った。おでこが薄ら赤くなっている。健斗は大きくため息をつきながら言った。
「本当だよ……アノヤロー……後で叩き潰してやる。」
と呟きながらヒロを睨みつけた。ヒロは頭のいいやつだから、あれは戦略的だった。
ああいうのは大抵、誰かが推薦されれば面倒臭いのを避けようとしてみんな便乗してくる。となると、もうそれを断ることが空気的に不可能になる。そうなったらもうなすがままにされるのがオチだ。
あいつはそれを見計らって、わざとあんな言い方をしたのだ。本当にずる賢いやつだ。
そんなこんなで、全員が名前を書き終わった。委員長がその結果を素早い動作で確認していく。
「……はいっ!もう一人の委員が決定しました。」
十分もかからないで、委員長がそういうとみんなが再びざわめき始めた。一体誰になるんだろう……と健斗も興味津々だった。
「発表します。もう一人の委員は……」
委員長の発表をみんな待つように、沈黙が流れた。一体誰が委員に決まったのだろう?
「もう一人の委員は……えっと~……早川さんですね。早川さんですっ!」
「えっ?」
「え!」
その名前を出されて健斗、そしてもちろん本人である早川も思わず驚きの声を上げた。まさか……早川になるなんて誰が予想していたのだろう。健斗にとって最も意外な人物が当選してしまった。
「早川かぁ~?早川ならいいんじゃね?」
「しっかり者同士でちゃんとやってくれんべ~?」
みんながざわめきながらそういう。確かに、早川ならむしろ適任かもしれない。健斗は心の中でほっと安心もしていた……が、同時に複雑な気持ちも起こる。
「じゃあ、早川さんやってもらえますか?」
委員長が微笑みながら早川にそう言う。早川は少し戸惑っていた。
「は……はい……私で、いいんなら……」
「じゃあはいっ!これで委員が山中くんと早川さんで決まりました。みんな、拍手っ!」
委員長の合図で再び拍手が起こる。すると早川が振り返って健斗のことを見てきた。健斗と早川が目を合わすと、早川はにっこりと可愛らしい笑顔を見せてきた。
すると口の先で声を出さずに言ってくる。
――よろしくね。
それを読み取って健斗はゆっくりと笑いながら、小さく頷いた。