第10話 文化祭 前編 P.5
そんなこんなで、今日も一日という時間が過ぎた。
帰りのHRも大したことはなく、健斗は自分の荷物をエナメルバッグの中に入れていた。放課後、いつもだったら麗奈の部活が終わるまで待つというのが日常だったが、今ではもう違う。これから健斗は部活に行く。ようやく、健斗は前に踏み出した。ついにサッカー部に入部したのである。
最初はなじめるかどうかが心配だったが、それは余計な心配だった。思ったよりも、サッカー部の人たちは健斗をすぐに受け入れてくれた。松本事件の時は、健斗の印象もよくはなかったのだが、この間の試合でその辺のいざこざはすっかり消えていた。むしろ、サッカー部は健斗に大いに感謝しているくらいだった。
「健斗ー!部活行こうぜ!」
ヒロが鞄を持ちながら、健斗の席に歩み寄ってきた。この感じも、健斗にとっては久しぶりの感覚だった。昔もこんな風に、ヒロが健斗のところに来て、そのあと二人で翔を呼びかけて、部活に行くのが常だったような気がする。健斗は鞄を背負って、ヒロと共に教室を出ようと思ったときだった。
「いやー、二人とも張り切ってますねー?」
と言ってきたのは、佐藤だった。佐藤も同じように鞄を持って、健斗とヒロのもとにやってきたのだ。
「なんか、新鮮ね。二人がこれから“部活行こうぜ!”なんて言ってるのを見ると。」
「何言ってんだよ。もうあれから結構時間経ってるだろ。」
「う~ん……それでもなんか新鮮。えへへ♪」
佐藤はなんだかうれしそうに笑顔で笑った。きっと、佐藤も嬉しく思っているのだろう。佐藤も健斗やヒロのことを最後の最後まで心配してくれていた。だから、その分こういう結果になったことが、佐藤もうれしくてたまらないのだ。
「あと、あんたのその頭も新鮮♪」
「てめぇ!まだ言うか!」
「きゃあ!」
途端にヒロと佐藤が追っかけっこを始めた。どうやら、ヒロの頭をこう……いじると、ヒロの逆鱗に触れるようだ。健斗は苦笑いを浮かべて、その様子を見ていた。と、そのとき、健斗の視界に麗奈の姿が映った。麗奈はスクールバッグに教科書などを入れて帰る支度をしていた。そういっても、麗奈もこれから吹奏楽部の部活動のはずだ。健斗はヒロと佐藤が追いかけっこが終わるのを待つついでに、麗奈に近づいた。
「麗奈。」
健斗が声をかけると、麗奈はすぐに振り向いた。そして、ぱぁっとその笑顔を健斗にふるまう。
「あ、健斗くん。これから部活でしょ?」
「まぁな。お前もだろ?」
「うん!あのね、あのね、もうすぐ文化祭でしょ?だから、最近練習で忙しくなってきたの。」
「その割にはうれしそうだな。」
「えへへ♪だって楽しみなんだもん♪」
「ふーん……そりゃご苦労なこった。」
すると麗奈は鞄を背負うと、再び健斗と向き直った。
「それで……なんか用だった?」
「用っていうか……、帰りのことだよ。帰り。お前は部活、いつも通りの時間に終わるの?」
「う~ん……うん!そうだと思う。」
ということは、六時半から七時の間には終わるのだろう。最終下校は、七時半……サッカー部も練習を切り上げるのは今の季節だと六時半だから……
「じゃあ、普通に七時くらいに会えばいっか。」
「うん!校門らへんで待ってるね。じゃ、私行くねー!」
「はいはい。」
麗奈は手を振りながら健斗のもとから離れていった。健斗も手をふりかえしたながら、去っていくその後ろ姿を見つめていた。
何だか、すごく楽しそうな顔をして向かっていったな。そんなに演奏が楽しみなのだろうか?
「……ぅあ……ぁう……ぁ……」
そんなことを考えていると、健斗の元に顔面がぼこぼこになったヒロが健斗の元に戻ってきた。どうやら返り討ちにされたようだ。まぁ、分かっていたことだが……
「ぁう……ぁうあぅあ……」
完全に口が3の口になってる状態でヒロは何かを伝えようと口を動かしている。健斗脳内特別翻訳機で翻訳にかけると……「あいつ……容赦ない……」うん。確かにヒロを見る限り、容赦ない。
「仲のいい証拠だろ。そろそろ行くぞ。」
「ぁう……」
ヒロは頷きつつ、フラフラした足取りで健斗についてくる。健斗はそれを見て呆れつつも、急いでグラウンドへと向かった。