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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第10、11話 文化祭
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第10話 文化祭 前編 P.3


「あっれー?変だなぁー?上手くかけないー」


麗奈は目の前のキャンパスを眺めながら、ぼやくようにそう言った。一時間目は実技科目の芸術の時間で、麗奈は美術を選択していた。夏休みが明けてから、自画像をキャンパスに描いていくというのをやっている。自分で撮った自分の写真を元に描いていくのだが、これが中々難しい。


「結衣ちゃん、どう?上手く描けてる?」


麗奈は自分のものと見比べるために、結衣に話しかける。麗奈と結衣は他の三人と違って、美術を選択したのだ。結衣は困ったように笑った。


「うーん……正直上手く行ってないなぁ。」


「えー?でも、私のよりは全然いいじゃん。ほら、見てよ。」


そういって、麗奈は自分の書き途中の絵を結衣に見せる。結衣はそれを見て、1、2秒見ると苦笑いを浮かべた。


「これは……確かに……ひどいね。」


「むぅ~……私ってこんなに目、釣り上ってるかな?」


「麗奈ちゃんの目はもっとまん丸だよ。子猫みたいに。」


「じゃあ、目を直せばいいのかな?」


「うーん……そういう問題じゃないと思うけど……」


麗奈の絵について、二人で談義をしているところ、その目の前で黙々と絵を描き続ける円をみて麗奈は言った。


「円ちゃんのはどんな感じ?」


「え?あたしのは……こんな感じだけど。」


そういって円は自分の絵を麗奈と結衣に見せてきた。その絵を見て、麗奈と結衣は揃って驚きの声を上げた。


「何これっ!?」


「うまぁっ!写真みたい!」


「え、そうかな?」


麗奈と結衣の反応に対し、円はきょとんとして首を傾げた。明らかにこちらとあちらでの温度が違った。


円の絵は見事な出来栄えだった。もちろん、まだ未完なのだろうが、その絵はまるで写真をそのまま張り付けたかのようなものだった。影の色や、瞳の中の光具合も、全てリアルに描いている。


「えっ?すごい、すごい!何でこんなのかけるの?私のなんか、こんなんだよ?ほら。」


この絵を見たあとに麗奈の絵を見返してみると、それは愚の骨頂の傑作品以外何物でもなかった。健斗がいたなら……「何だ、これは。地底人か?」なんて言われて馬鹿にされるだろう。麗奈は一生懸命描いたというのに、あのデリカシーなしなら必ず言うだろう。


「うーん……ちょっと貸して。」


円がそう言ったので、麗奈は何も言わず素直に自分の絵を円に渡した。


「ここをこうして……目ももっと丸くして……それで、影も濃くして……ほら、どう?」


円はささっと麗奈の絵を直していった。見せられた絵は、先ほどに比べると劇的に良くなっていて、麗奈と結衣は感嘆の声を上げた。


「すごーい!これ、私になったよ!」


「確かにこれはすごいね……」


「何で何で?円ちゃん、何でこんなに絵が上手なの?」


麗奈がはしゃぎながら聞くと、円は少し照れるようにはにかんで笑った。


「あたし、中学のとき美術部だったの。」


「え?円ちゃん、吹奏楽部じゃなかったの?」


「正確に言えば、掛け持ちかな?神乃中の美術部はすごい緩かったの。だから、吹奏楽部に本腰を入れて、絵は趣味で描いてただけ。」


その説明を受けて麗奈が納得していると、結衣が思い出すような言い方で言った。


「そういえば、円ちゃん、結構絵の方でも表彰されてたよね?」


「うそ!本当に?」


確かにこのくらいクオリティーが高ければ、表彰されても可笑しくないだろう。麗奈が驚きで興奮していると、それを宥めるように言った。


「あ、あんなの大したことなかったんだよ?ちょっと審査員の人の目にひっかかっただけで、別に金賞とかじゃなかったし。」


「でも表彰されるのはすごいよ!いいなー、そういう特技って憧れるなぁー♪」


麗奈が羨望の眼差しを円に向けると、円は照れてるのか頬をほんのすこし赤らめた。


すると、結衣の方から「ボキッ!」と乾いた音が鳴った。


「あ……鉛筆折れちゃった……私、ちょっと削ってくるね。」


結衣はそう言うと、鉛筆を持って教室の前の方へと向かっていった。自動鉛筆削り機が教壇の横にある。麗奈と結衣、そして円の三人はいつも揃って後ろの方でグループ化してる。だから鉛筆が折れたら、わざわざ教室の前の方まで行かなくてはならない。


「高校では美術部に入らなかったの?」


麗奈が自分の作業を進めながらそう言った。すると、円の手が一瞬止まった。


「ここにも美術部あるでしょ?別に吹奏楽部と掛け持ちでやれないことはなさそうだけど……」


「えっと……それはね……」


円は何となく言いにくそうな様子だった。麗奈は単純に、何の意図ももたずに聞いただけに、円が返答に困惑するのは予想外だった。


「こ、高校では……その……吹奏楽部一筋でやりたかったの。何か……中途半端で嫌でしょ?掛け持ちなんて。」


「……ふーん……」


他にも何か理由がある。円の表情や仕草から分かる。でも、それをわざわざはぐらかすということは、何か言いたくない理由でもあるのだろう。だから麗奈はそれ以上何も言わないことにした。


「……そういえばさ、この間の試合、すごかったね。」


円がつぶやくようにそう言った。麗奈はそれを聞いて、作業する手を止める。


「あー、うん。ねー?本当に、よく勝てたよね

。」


この間の試合というのは、もちろん、サッカー部のことである。あれは麗奈がこの学校に来てから、最大級といってもいいくらいの事件だった。松本事件なんて、比にならない。


健斗がもう一度サッカーをやる。そう聞いたとき、麗奈はとっても嬉しかった。健斗がそう決意したということはすなわち、翔の死を本当の意味で乗り越えることができたということ。


でも同時にとても不安だった。麗奈にとって、健斗がまた苦しい思いをするのは見たくはなかった。それは、健斗が可哀想だったから……それもあるかもしれないが、麗奈にはそれ以上の気持ちがあった。そのことはまだ誰も知ることがない。


とにかく、健斗は見事試練を乗り越えることができた。本当にすごいことだと、麗奈だから分かる。


今じゃ、すっかりサッカー少年に戻っている健斗。毎日本当に頑張っているらしい。そして何より、健斗は以前よりよく笑うようになった。それは、つまり……純粋な心……健斗が中2以来失ってしまった純粋な心を取り戻したということなのだ。


「うち、びっくりしちゃったよ。みんなより遅れてきたから、最初は何事かと思って。」


「うん。私もあんなに大事になるとは思わなかった。」


しかし、あれだけ大事になったことが逆に良い方向に傾いたのだ。


「でもそれより……一番驚いたのは、山中くんがまたサッカーを始めたってこと。」


「え?」


円がそう言ったのを聞いて、麗奈はまた絵を書く作業を止めた。


「山中くん、もう絶対にサッカーはやらないと思ってた。それだけに、あのときは驚いたなー。」


「そっか。円ちゃんは全部知ってるんだよね?」


円と健斗は小学校からずっと一緒だって聞いた。ということは、円は健斗が昔はサッカー少年だったということを知ってるし、そんな健斗の身に何が起きたのかも全部知ってるということである。その分、驚きも大きかったことであろう。


「全部というか……なんとなくは分かるよ。うちらにとってもね、やっぱり衝撃的だったの。」


「健斗くんってそんなにすごいサッカー好きだったんだね。みんなに心配させるくらい。」


麗奈がそう言うと、円は首を横に振った。


「そうじゃなくって、その……翔くんのこと。」


「あ……」


麗奈は声を出せず、円を見つめた。円は笑みを浮かべていたが、それはどことなく悲しいものだった。


「本当に急だった。いつもと変わらない日常だったはずなのに、それが一気に崩れていくような……そんな感じだった。」


円は翔の死報を聞いたのは、その晩の連絡網を通じてのことだった。突然のクラスメイトの死に、円は酷く頭を打ち付けられたような気になった。


「すごくショックだった。うん……身近な、自分と同い年の子が死ぬなんて、考えたこともなかったから……」


「……円ちゃんは、翔くんと仲良かったんだね。」


麗奈がそう言うと、円は少し笑みを浮かべた。


「仲がよかったというか……やっぱり小学校もいっしょだったし……でも、うん、仲は良かったかな。」


「へぇー……」


「でもそれ以上に、一番仲良しだったのが、山中くんだったの。」


その仲良し振りは他の人の目から見ても、目に余るほどだった。それに、健斗と翔、そしてヒロの三人はクラスでも常に中心にいる存在だった。


「だから、すごく心配だった。山中くん、相当精神的に来てるって。でもまさか、サッカー部を止めたって聞いたときは、あの山中くんが!?って、ちょっと事件になったよ。しばらくサッカー部の人たちともめてたし……」


そのことは、健斗から直接聞いた。サッカー部を止めるとき、ノブという人と殴りあいにまで発展したと聞いたから。


「うちらの中でも、翔くんのことはタブーって感じになってた。うちらにとっても、悲しい出来事だったし、何より山中くんたちのためにって。暗黙の了解的に、いつの間にかなってたんだ。」


「……そうだったんだ。」


確かに今まで円やナッチャンからこの話を聞いたことはなかった。それどころか、いつもいっしょにいるはずの結衣からも聞いたことがない。結衣は翔のことが好きだった。だから、翔のことをもう思い出したくないという気持ちから話そうとはしなかったんだろう。だが、それは結衣だけではなく、翔の友人みんながなんとなくそれに触れたくはなかったのだ。それほどもまでに、翔の事故死はほかのみんなにとってもショッキングな出来事だったに違いない。


その気持ちは十分にわかる。人の死に直面することの恐ろしさを、麗奈はもう十分というほど知っている。


「でも、山中くんが昔のように戻ってきたのは、やっぱり麗奈ちゃんがこの町に来てからだと思うの。」


急に円にそんなことを言われ、麗奈は照れるように笑った。それはヒロにも、そして結衣にも言われたことだった。自覚はなかったが、円にまで言われるとは思わなかった。


「山中くんは、きっと……麗奈ちゃんにすごく感謝してると思うよ。」


「……そうかな……」


確かに、あの日の夜……健斗にお礼を言われた。麗奈のおかげでようやく決意が固まったって。


そして、健斗はこれを渡してくれた。翔が使っていたという、スポーツブレスレットである。健斗のとは色違いのやつだ。白に緑色のラインが入っていて、麗奈のサイズにもピッタリである。麗奈はこれをいつもつけるようになっていた。健斗に持っていてほしいと言われたからだ。


麗奈はそれに触れながら、健斗のことをなんとなく考えていた。


あの日の出来事から、健斗と麗奈の関係は大きく変わったのだろうか。健斗は麗奈のことを、家族以上のつながりがあると言ってくれた。それはどういう意味なのか。深い意味はないのかもしれないが、それは麗奈がずっと望み続けてきたことのはず。しかし……健斗は、結衣のことが……


「……羨ましいな……」


円がぼそっとそう言った。しかし、その言葉は麗奈には届かなかった。


「え?何か言った?」


「……ううん、何でもない。」


円は笑顔で首を横に振って、自分の絵の作業に取り掛かった。麗奈は円を見ながら、ふっと笑って、同じように自分の絵の作業に取り掛かるのだった。












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