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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第10、11話 文化祭
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第10話 文化祭 前編 P.2

「はぁ~……あ~あ、俺の自慢の髪がぁ……」


「大して長さ変わんないだろ?」


ようやく笑いが納まり、一時間目を終えた休み時間に、ヒロは手鏡を見ながらそうため息をついていた。


元々ヒロは髪は短い方だったから、長さからしたらそこまで変わるものではないと思った。もちろん、感覚的にはだけど……でもヒロは自分の坊主頭を見ながら憂鬱そうに深くため息を吐いていた。


「めちゃくちゃ変わったよ。俺じゃないみたいだ……」


「まぁなぁ……それはある。」


「第一未だに信じられないしっ……お前に負けたなんてさ。出来なかったんじゃなかったの?」


「いや……まぁ……」


ヒロにそう言われて、健斗は困ったように曖昧に返事をした。確かに、ヒロの言うとおりだった。


正確に言えば、出来なかったという感覚すらなかった。出来栄えが自分でもよく分からなかったのだ。あの日、佐奈さんを見送りに行くために朝早く起きたものの、そのあとテスト中に激しい眠気に襲われた。


そのため、自分がどのように記入したのか全く覚えてなかった。だから完全にヒロに負けたと思い込んでいたのだ。


しかし、何と奇跡的に健斗は自己最高記録を叩き出した。無意識のうちに引き出された英語の力は我ながら感服の値に相当する。あの、模試の結果は紛れでも何でもなかったのだ。


「健斗っ!ヒロッ!」


そんなことを話しているところに、近寄ってきたのは佐藤だった。佐藤は手に教科書や何やらを持っていた。


「次音楽だから、移動しよっ!」


「え?あ、そうだっけ?」


「そうだよっ!早く早く♪……プッ……」


「お前はいつまで笑ってんだよっ!」


ヒロが怒鳴りつけると佐藤は耐えきれなくなったのか、再び声を上げて笑い始めた。どうやら佐藤にとってはツボだったらしい。その気持ちは充分よく分かる。


健斗は軽く笑いながら机の中に入っている教科書類や何やらを手に持った。


「ほら、早く行こうぜ。」


健斗がそう促すとヒロは不機嫌そうにブスッとしながら、同じように教科書類を手に持った。そして三人は教室を出て、この学校の音楽室に向かうため階段を上っていった。


実技という教科は、三つある。音楽、美術、そして書道だ。これらは選択制になっており、この学校に入学する際にあらかじめ決めておく。


この実技教科は二年の後期まであるから、結構慎重に選ばなくてはならない。


とは言っても、健斗は即座に音楽を選択した。理由は至って単純で、一言で言えば他の教科が駄目だからである。あまり絵とかは得意じゃないし、書道なんて持っての他だ。あれは小学生のときに墨を零して大変な目に合ったことがある。もう二度とやるつもりはない。


そうなったら残ったのは音楽だった。音楽は健斗からしたらむしろ得意でもある。それに、もしかしたら三つの中で一番楽なのではないだろうか、とも思っていた。


音楽がいっしょなのは健斗、ヒロ、佐藤だった。麗奈と早川は美術の方である。吹奏楽をやってるんだから、音楽にすれば良かったのに……と健斗は麗奈に言ったことがあった。しかし麗奈はそれを受けて……


『ん~……まっ、美術も面白そうだから。別にいいやぁ♪』


何という風にいつもの調子で言ってきた。何ていうか……本当に能天気のネコ型娘である。そこがあいつの良いとこでもあるし、ある意味悪いところでもある。


「それにしても、本当に笑えるわよねー。どうせならいっそのこと、出家でもすれば?」


階段を上りながら佐藤がからかうようにそう言った。出家という言葉に可笑しさを感じて、健斗は思わずプッと吹き出してしまった。するとヒロは「ふんっ!」と不機嫌そうな表情を浮かべて言った。


「何とでも言えっ!俺は今日からこういう感じで行くからな。」


「ずっと坊主ってこと?」


「ちげーよっ!もちろん頑張って伸ばすけど、しばらくはこういう感じで過ごしていくってことだよっ!」


「あっそう。」


「まぁ、坊主なんてそんなに珍しいものじゃないし。すぐに見慣れるもんだもんな。俺、何かもう慣れてきたもん。」


「十年近くも一緒にいるくせに、それもそれでちょっと寂しいわよね。」


確かにそう言われるとそうかもしれない、と思い健斗は苦笑いを浮かべた。でも健斗はこういう環境の変化にはすぐに順応する方だ。麗奈のときもそうだったし、容量がいいともとれる。


無関心……本当はこれかもしれないが……


「何だっていいっ!どうせなら坊主キャラとして定着してやるよっ!」


「急に開き直ったわね……」


「麗奈が言ったからだろ……」


「あ♪バレた?」


ヒロがニヤリと笑ってそう言った。佐藤は納得するように頷くと呆れるように大きくため息をついた。健斗も全く同じ気持ちだった。


「だってさぁ?男らしいって言うんだぜ?それに似合ってるって言ってくれたしぃ~♪麗奈ちゃんがそう言ってくれるんなら、坊主も悪くないかなぁって思えるわけよ♪」


「あいつは他のやつと感性がズレてんだよ。正直マジで似合ってないし。」


「うんうん。それは同感。」


「何でそういうこと言うかなぁっ?」


「いや……だって事実だし。」


健斗が苦笑いを浮かべながらそう言うと、ヒロは憂鬱そうに大きくため息を吐いた。


「はぁっ……何とかして髪を伸ばす方法はないかなぁ……」


「あっ。あたし知ってるよ?」


「お前のはアテにならんからいい。」


「はぁっ?せっかく人が良いこと教えてあげようと思ったのにっ!」


「だったら言って見ろよ。」


ヒロがそう言うと、佐藤は得意そうな顔を浮かべてその良いこととやらを口にした。


「ひじきやワカメとか食べると髪の毛が伸びるのよ。」


「はぁっ?何だよそれ。何ゆえに?」


「それは知らないけど……カルシウムやミネラル豊富なものを食べると脱け毛予防になるって聞いたことあるし。」


「あ、それなら俺も知ってる。」


「ウソォッ?」


ヒロが驚いたような顔を見せた。確かに健斗もどこかでそのような話を聞いたことがあった。ひじきやワカメはミネラルやカルシウムが豊富だから毛根が強くなったり、一気に増えるとか何とか……


「本当だよ。いや、本当かどうかは分かんないけど……でも俺もそれ聞いたことある。」


「でしょっ?ほらぁっ!」


「マジか……よっしゃあっ!そうと分かればさっそく明日からひじきとワカメを食いまくってやるぜっ!」


「良かったな。勝手に頑張れよ。」




そんなことを話していると、健斗たちは音楽室の前まで来ていた。音楽室に入ると、いつものようにたくさんの生徒が集まっていた。


実はこの実技の時間、そしてあと体育の時間だけ他のクラス――すなわち、BクラスとCクラスと合同でやるのだ。そのため普段あまり見ないやつとかがこの教室に集まっている。


「おっ!山中ぁっ!」


健斗たちが音楽室の中に入ると、ある生徒が健斗たちに声をかけてきた。健斗はすぐにそれに気がついて、声のする方を見る。すると、二人の生徒が健斗たちに近づいてくるのが分かった。


一人は、山下久哉やましたひさや。ルックスが結構いい方で、背は健斗と同じくらい。サッカー部の部員である。同じ一年だった。何となく全体的にチャライ雰囲気があったが、根は良いやつらしい。


もう一人は守田剛もりたごう。名前の通り、厳ついやつだ。背も高く、というより全体的に何だかでかい。いつも無表情で笑っているのか、怒っているのか区別がつかないし、何よりほとんど無口なやつだ。初めて会ったときは年上だと思ったが、同じ一年らしい。こいつもサッカー部の部員だった。


二人とも高校に入って初めて知った顔、というよりあの日の試合がきっかけで知り合った。今では普通に話せるようになっている。


「山下と剛じゃん。お前ら音楽だったのか?」


「……うっす。」


「あ、ヒッデー。今頃気づいたのかよ。俺はお前らのこと前から知ってたぞって……あの、あなた誰?」


山下が唖然とした様子でヒロを見る。ヒロはむっとした表情になった。


「俺だよっ!」


「俺って……ちょっ……真中さんっすか?え~……何やってんの?お前……ど、どういう了見で?」


山下がヒロを引いた目で見ながらそう言ったので、側にいた健斗と佐藤が耐えきれなくなってプッと吹き出して笑った。再び笑われたことや、こういう反応を受けてヒロは苛立だしげに言った。


「うるせーっ!成り行きでこうなったんだよっ!」


「どんな成り行きだよ……ま、まぁ、いいや。でもお前、全然似合ってねぇぞ?」


山下にそう言われて、ヒロは落胆するような顔を浮かべた。その一連の流れに耐えきれなくなり、健斗と佐藤は再び笑い出した。ヒロは側でガックリと肩を落としている。


「いやさぁ、それにしてもこの間の試合はマジすごかったよなぁ?うちのクラス――あ、Bだけどさ、もうその話題で持ち切り。なっ?剛。」


「……うっす……」


「ふ~ん……」


「俺なんかもう女子からの人気が半端なくってさ、マジ参っちゃうわ~?」


「そりゃ良かったな。」


健斗はまるで他人事のような感じで呟いた。率直に言えば健斗はそういう類のものにあまり興味を示さない方だった。


でも山下の言うとおり、ここ最近の話題はそればかりだった。それほどすごい試合になったというのは事実ある。考えて見れば、前半であれだけ差をつけられたのにも関わらずそこから一気に逆転して見せたのだ。


もちろん、逆転勝ちしたのは健斗とヒロの力が大きく関わってるかもしれないけど、でもそれが全部ではない。あのとき全体的に神乃高の力が一段上がった。負けたくない、諦めたくない。人の思いというのは時に限界以上の力を発揮する。


健斗が興味なさげに言うと、山下が健斗を小突いてきた。


「何、他人事みたいに言ってんだよ。言っておくけど、お前が一番すごいんだからな?」


「……は?」


「いや、だから、女子からの人気。うちのクラスで今お前のことが結構話題になってる。隠れファンとかもいるんじゃね?」


「あ、それ確かにそうかもね?」


佐藤が便乗して健斗にそう言ってきた。


「昨日とかも友達にね、“山中くんって彼女とかいるの?”とか色々聞かれたもん♪やるね~?」


「し、知るかよ……そんなもん……」


「ねぇっ?俺は?俺のことは?」


ヒロがその話を聞きながら焦るように佐藤に聞いた。佐藤はそれを受けて首を傾げて、わざとらしい言い方で答えた。


「あんたは~……特に何もなかったかなぁ?」


「そ、そんなっ!」


ヒロがショックを受けたような表情を浮かべて、またガックリと肩を落とした。何だか哀れに見えたが、同情すると調子に乗るから今はほっておこう。


「まっ!あたしはちゃんと“健斗はやめておいた方がいいよ。”って答えたけどね?」


「……何で?」


健斗が不思議そうに聞くと佐藤がニヤリと笑って言ってきた。


「あんたにはもう、“誰かさん”がいるでしょ?」


「え……あ……」


佐藤のその言葉を受けて、健斗は一気に顔を赤く染めた。その誰かさんというのは間違いなく……


「あ、お前っていえばあれか?あの~……A組の大森。あれとお前付き合ってんのか?」


「バッ……ちげーよっ!」


健斗は顔を真っ赤に染めて反論した。確かにそう見えるかもしれないが、事実はそうである。健斗と麗奈の間に、付き合っているというそういう間柄はなかった。


「え~?だってお前ら毎朝いっしょに来るし、ほぼ毎日いっしょに帰ってるだろ?しかも二ケツでさ。付き合ってんじゃないの?」


「それは……その……」


久しぶりにそういう言われ方をしてしまい、健斗は上手く反論することが出来なかった。いや、そもそも反論する必要はないのかもしれない。


以前は本当に違うから、こういう話になると真っ向から否定をした。でも今は事情が違う。


健斗は本当に……麗奈のことが……


「あんなに可愛い子といられるなんていいよなぁ~?今年の“ミス”は俺的に大森に決定だな。ほぼ間違いなく。本当に、羨ましいよなぁ。」


「……………」


「……否定しないんだぁ……?」


佐藤が囁くように健斗に言ってきた。それを受けて健斗はばっと振り返る。また健斗の顔が熱くなるのを感じた。佐藤は可笑しそうにクスクスッと笑っていた。


「お、俺は……あいつとは何でもねぇよっ!」


ついムキになってそう言ってしまう。やっぱりこういう感じは苦手だなぁ、と健斗が思っていると授業が始まるチャイムが鳴った。




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