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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.7


健斗は残された食器たちを片付けていた。五人分のティーカップ、シルバー類や皿をキッチンの方へと持っていった。これらの食器類は全てカウンターの下に設置されている自動洗浄機へと入れる


麗奈はテーブルの上を綺麗にダスターで拭いていた


「テーブル拭き終わった?」


健斗が声をかけると、麗奈が小さく頷いた。麗奈からダスターを受け取って、水道で丁寧に洗うと、それをいつもの定位置に戻しておいた


そこで裏から足音が聞こえた。やれやれとため息をつきながら、竜平が戻ってきた。健斗を見ると、苦笑いを浮かべた


「片付けてくれたのか。そのままでよかったのに」


「いえ。一応長く使わせてもらったので」


「真面目だね。お前は。ありがとうな」


麗奈ちゃんもありがとう


と竜平はにこっといつもの調子で笑った。麗奈もにこっと笑顔で返した。すると竜平はおや?と不思議そうな顔をし、辺りを見回してみた


「友達は帰ったのか?」


竜平にそう聞かれて健斗は麗奈と目を合わした。それから苦笑いを浮かべた


「えぇ。もう遅いからって」


時刻は六時近くになっていた。いつの間にか二時間近くここに滞在していたのだ。竜平は納得するように頷いた


「そうか。あまり相手してやれなくって悪かったなぁ」


「いえ。仕込みの方は順調ですか?」


「まぁまぁだな。良い豆を厳選するのは骨が折れるよ」


竜平はそう言いながら朗らかに笑った。健斗も薄く笑ってみたが、何だか自分でぎこちない笑い方をしているな、と自覚出来た


「じゃあ俺らも帰るか」


と麗奈に言うと、麗奈も大きく頷いた


「そうだね。じゃあ、お邪魔しました」


麗奈は笑顔で竜平にそう言うと竜平もにっこりと笑顔で返してくれた


「あぁ。またいつでもおいで。……あぁ、そうだ」


すると竜平は何か思い出すようにカウンターの方へと向かい、棚から何かを取り出した


「麗奈ちゃん、これを持っていきなさい」


と言って渡してきたのは、麗奈のお気に入りの竜平オリジナルブレンドのティーパックの詰め合わせだった。麗奈は喜んでそれを受け取った


「わぁっ♪ありがとうございます〜」


「どういたしまして」


竜平は麗奈の喜んだ顔が好きだという。こういうことをするのも麗奈のこういう顔がみたいからだろう。健斗はふと頬を緩めた


「じゃあ帰ります。何かお邪魔しました」


「お邪魔しました」


「あぁ。またいつでもおいで」


竜平に笑顔で見送られながら、健斗と麗奈は店を後にした。


外を出ると、少し寒気がした。昼間は暑いが夜は少し冷え込む。空も暗くなりかけていた


健斗は鞄を籠に入れて、自転車の鍵を取り出した。するとだった


「……竜平さんに、さっきのこと言わなくてよかったの?」


麗奈がそう言ってきて、健斗は一旦動きを止めて麗奈を見つめた。そして、深くため息をついた


「言っても仕方ねぇだろ。俺らの問題なんだから」


「俺ら?」


「あぁ。俺ら、のな」








その夜、健斗は家で机に向かって勉強をしていた。もうすぐ期末テストがあるため、今の内にその準備をしておこうと考えたのだ


そのとき数学の勉強をしているときだった。健斗の部屋のドアがコンコンと二回音を鳴らしてノックされた。そう思ったら、カチャっと少しだけドアが開いて麗奈が顔を覗かせた


「健斗くーん」


「ん?」


「ちょっといい?」


「いいけど……どした?」


健斗が聞くと麗奈はゆっくりと部屋に入ってきた。そして健斗に歩み寄った


「あれ?何してんの?」


「見ての通りの勉強。もうすぐ期末試験だろ」


「もうやってるんだ。早いね」


「まぁな。中間試験はサボったけど、今回はちゃんとやらなきゃって思って」


「健斗くん、頭いいんだからちゃんと勉強すればいいのに」


「受験期になったらちゃんとやるよ。それより何?何か用なの?」


健斗が聞くと、麗奈はうんっと小さく頷いた


「用ってほどのことじゃないんだけど……」


「……もしかして今日のことか?」


健斗が聞くと、麗奈は戸惑いながらゆっくりと頷いた。健斗はやっぱりかと小さくため息をついた。健斗のその反応を見て、麗奈は拗ねるように頬を膨らませた


「だって……気になるじゃない」


「そんなに気にかけることねぇだろ。ただの言い合いの喧嘩で……」


「でも……あんな風に怒った二人初めて見たもん。メールしてみたけど、返事返ってこないし……」


「だから大丈夫だって。二人ともガキじゃねぇんだから。ただの喧嘩だろ。すぐ仲直りするさ。俺とお前みたいに」


「……………」


健斗がそう言って見るも、麗奈は納得したような表情は見せなかった。健斗は面倒くさそうにまたため息をついた


「そんなに気になるなら会いに行けば?ヒロん家も佐藤ん家もすぐそこだし……」


「違うよ。今はそっちじゃないの」


「え?」


健斗が聞き返すと麗奈はまた戸惑うような素振りを見せた


「私、サッカーのことが知りたいの」


「は?何を?」


「今日言ってたじゃない。小山さん……だっけ?そのこととか……聞きたいなぁって」


「あぁ……」


健斗はその名前を聞いて、ゆっくりとため息を吐いた。そういうことか、と心の中で納得した


「そうだな……えぇっと……ちょっと待って」


健斗はそれを聞いて、また小さくため息を吐いた。しばらくしてから立ち上がって、押し入れの方へと向かう。埃臭い押し入れの中から何かをガサゴソと取り出した。埃被った古びた雑誌だった


「座れよ」


健斗は麗奈をベッドの上に腰かけるように座らすと、自分もベッドの上に腰掛けた


健斗が手に持っている雑誌は高校サッカーの情報雑誌だった。どうやら去年に発売された雑誌のようだ


それからペラペラとページを捲っていく


「……あった。ほら、これ」


そう言いながら、麗奈にその雑誌の見開きを見せた。麗奈は不思議そうにその雑誌を見た


立川高校エースストライカー小山明信こやまあきのぶ(16)。U-18の強化合宿に参加。そのセンスを見せつける


その見出しと共にボールを蹴っている男の人の写真が写っていた。顔立ちがよく、凛々しい目に堂々とした雰囲気。短髪で背がかなり大きいように見える。高校生には見えない


でもこの人が……


「この人が……小山さん?」


「そう」


「……U-18の強化合宿に参加。そのセンスを見せつける……」


「すげーだろ?16歳でU-18の合宿に参加してんだぜ?普通ありえねーよな」


健斗は笑いながら、まるで誇らしげにそう言った。サッカーをよく知らない麗奈だが、なんとなくその凄さが分かる


「サッカー上手なの?」


麗奈がさりげなく聞いてみた。すると健斗はまた笑った


「上手いなんてもんじゃねぇよ……あれほど洗練された人はいないってくらい」


「……健斗くんよりも?」


「そりゃ……な」


麗奈はそれを聞いてさらに驚いた。この写真の男はこの健斗よりもサッカーが上手なのだ


あの松本事件で思わず見とれるような華麗なボールテクニックを見せつけた健斗よりも……


「健斗くんとはどういう関係なの?」


麗奈の問いかけに、健斗は少し考える素振りを見せた


「どういう関係……かぁ……一言で言えば憧れの先輩ってやつかな?歳が一つ上でさ。小学校と、サッカークラブがいっしょだったんだ。中学に名門私立に行ったんだけどな……」


「へぇ~……」


「小学校で別れてから……中二の5月の大会でさ……偶然再会したんだよね。そのときこの人、すでにU-15で活躍してて、たまたま合宿の場所が近かったらしくてさ」

「へぇ~……」


麗奈は感心したように頷いた


「俺、U-15にスカウトされたって話ししただろ?」


「うん」


「あれ、小山さんのおかげなんだ」


「え?」


どういうこと?と次に麗奈が言う前に、健斗は答えた


「大会で俺のプレーを見ていた小山さんが、U-15の監督にかけ合ってくれたんだよ。何て言うかなぁ……多分俺のプレーを見て欲しいって、そんな感じでさ」


「そうなんだ」


「それで何か見てくれたんだって。その監督の人が……で、気に入られちゃったみたいで、ぜひ夏のU-15の合宿に参加して欲しいって大会が終わったあとに直接電話かかってきたんだ」


「すごいじゃない!じゃあ、それで健斗くんはU-15に……」


「行ってないよ」


麗奈が言う前に、健斗はそれを笑って否定した。麗奈は驚いたように目を丸くした


「えっ……何で?だってせっかく……」


「うん……最初は俺もすげー嬉しかったよ。U-15の強化合宿に参加できるんだから……でもな……」


健斗は苦笑いを浮かべた。あまり言いたくないことだったから……


「夏休み前に、翔が死んだんだ……」


「あ……」


健斗がそう言うと、麗奈はぐっと黙り込んだ。翔が死んだときの話はすでに麗奈にしてある


「翔が死んで……俺はサッカーを辞めたんだ。だから夏のU-15の強化合宿も断った……」


「そう……なんだ……」


「色々な人に非難されたよ。ヒロにだって……もったいないって。でももったいないなんて、俺は思わなかった。続けることが俺にとって苦痛になってたんだ、あのとき……」


健斗がサッカーを好きな理由はただ一つ。楽しいからだ。心の底から、楽しいと思えるからである。例え下手くそでもいい、あのボールを追いかけ、自由に駆け回る感覚が好きなのだ


翔が死んでしまったことにより、罪悪感に苛まれた健斗はその感覚を失ってしまった


それどころか、グランドに立つと、やけに心拍数が上がり、呼吸が苦しくなる。そこにいることであの無惨な光景を思い返す


つい最近までそうだったのだ。あの松本事件のときまで……




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