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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.66

大歓声を浴びながら、健斗は自陣へと戻っていった。神乃高が四点目を入れ、ついに同点に追いついたのだ。これほど盛り上がることはない。


「くそっ!まさかまだ動けたなんてっ!」


健斗にずっとマークをついてたやつが悔しそうにそう言い捨てた。確かに、彼の読みでは健斗はすでに走れるほどの体力なんて残っているはずがなかった。


なのに、健斗は力を振り絞って走った。そしてあろうことか、四点目をついに決めたのだ。


そいつは悔しそうにしながら、振り返って健斗を見た。すると健斗もゆっくりと振り返る。その目を見て、そいつはぞっと背筋が凍る気持ちになった。


目が……人の目ではなかった。まるで、それは獣の目をしている。鋭い眼光を光らして、もうほとんど動けないはずなのにものすごい威圧感を放っていた。


健斗はすっと前を向き、そのまま自陣へと歩いて戻っていった。健斗と視線を外したことで、そいつはどこかほっとしていた。


そして、それがまた悔しい気持ちを呼び起こした。歯軋りをすると、すぐにゴールの中に転がっているボールを片手に持った。


「すぐに取り返すぞっ!」


このままでは洗目高校の名が廃る。全員が一点を取りに気合いを入れ直した。最終決戦はここからだった。







「山中ぁっ!ナイッシューっ!お前マジですげーよっ!」


大歓声が鳴り止まない中、山下や森田、そして全員が健斗に抱きつこうと健斗に駆け寄ってきた。しかしそれを制したのは、まさかののんちゃんだった。のんちゃんは健斗とみんなの間に割って入った。


「な、何だよ、のんちゃん?」


「喜ぶのは分かるけど、もう時間がない。みんな、早くポジションに戻ってっ!」


「そうだ。」


のんちゃんがそう言うと、それに便乗するように今泉が言った。


「もう時間は五分もない。こっからさらに逆転するためにも、みんな早くポジションに戻れ。」


今泉の指示で全員が声を出しながら、自分のポジションに戻っていった。のんちゃんはほっとするようにため息をついて、健斗と向き合った。


健斗は大きく深呼吸をした。そしてその目を見て、のんちゃんは少しぞっとした。まるで、獣のような鋭い目をしている。健斗が土壇場であり得ないくらいの集中力を発揮しているときの目だった。


今、健斗は集中力でどうにか身体をもたせている。だが逆に言えばこの集中力が切れた瞬間、健斗は今度こそ本当に動けなくなる。


きっとこの大歓声とサッカー部を守るという使命感が健斗の中にある動物的本能を蘇えさせたのだろう。


いけるっ!


のんちゃんはそう思いながら、自分のポジションに戻っていった。








スタンドでは大歓声が起こっていた。まさに奇跡のゴールに近かった。あの洗目高校からボールを取り返し、そのままカウンターで攻撃。しかも最後は健斗がゴールを決めてみせた。


とにかく、これで同点となった。麗奈は嬉しくって仕方がなかった。


「やったっ!ついに同点だよっ!!」


「うんっ!すごいね?健斗の動きがまた戻ったよっ!」


マナが嬉しそうにそう言った。確かにさっきまでもう、ほとんど動けてなかったのに、あのゴールはすごい。グラウンドを一気に駆け抜け、まるでキーパーがどこに弾くのかが分かっていたみたいだった。


「……そうか。“ランナーズ・ハイ”だな。」


松本さんが嬉しそうに笑いながらそう言った。麗奈たちはその言葉を聞いて何のことだか分からないというような顔を浮かべた。


「ランナーズ……ハイ?」


「アスリートの選手とかに見られる傾向よ。」


その問いかけに、南先生が久しぶりに口を開いて言った。麗奈やマナ、そして結衣と奈津紀と円はほとんど同時に南先生の方を見た。


「身体が限界以上に酷使したときに見られる傾向なの。脳内でアドレナリンが大量に分泌されて、疲れを感じなくなる状態になるの。よく、マラソン選手とかがそうなるわね。」


「じゃあっ!健斗くんは復活ってことですね?」


結衣がそう言うと、南先生はちょっと苦笑いを浮かべて答えた。


「どうかしらね?アドレナリンで疲れを感じないかもしれないけど……身体には間違いなく限界以上に疲労が蓄積してる。だから、ランナーズ・ハイの状態が長続きすることはないの。もって一、二分ってとこかしら?」


「それじゃあ……」


麗奈の言葉の先を、南先生が頷きながら言った。


「そう。その時間が勝負よ。」


たった一、二分。だけどそれでゴールを決めなければ、洗目高校とは同点のまま。条件は次の試合に勝つことなのだから、結果的に廃部は免れない。


廃部を免れるには勝つしかないのだ。麗奈はこの大歓声の中、祈るような目で健斗を見た。


――頑張れっ!


すでにグラウンドでは激しい攻防が始まっていた。健斗やヒロだけではなく、他の神乃高の選手も必死で守ったり、攻撃したりしている。


しかし相手が一番重視しているのは、やはり健斗へのパスだった。健斗にパスが送られないように、最大限に注意を払いつつ徐々に押していく。


麗奈はずっと、祈るような気持ちで試合の行く先を見つめていた。


「……それにしても、山中は本当にすごいな。」


松本さんが感服するような口調でそう言った。麗奈はその言い方が気になり、松本さんの方を見た。


「一点目のときもそうだった。あいつはほとんどボールを見なくても、ボールがどこに落ちるのかを分かってるみたいだった。今の四点目だって……そうか、そういうことだったのか。」


「何がですか?」


結衣が不思議そうに尋ねると、松本さんはゆっくりと頷きながら答えた。


「あいつがすごいところは、テクニックや足の速さなんかじゃないんだ。」


「え?」


「あいつの本当にすごいところ……それは、“予測”する力だ。」


予測する……力?麗奈たちはみんなそれがどういうことを意味しているのかがよく分からなかった。だが、松本さんはさらに続けた。


「相手がどういう風にプレスをかけてくるのか、それを“予測”して相手を抜く。どこにボールが来るか、相手がどう止めてくるか、それを見て“予測”してゴールを決める。俺とやったときもそうだった。自分で蹴って、跳ね返った場所を“予測”したんだ。だからあんなすごい動きが出来るんだな……」


麗奈は松本さんが何を言いたいのか、少し分かったような気がした。確かに、言われてみればそうなのかもしれない。


一点目だって、健斗はほとんどの人が気づかないくらい、ドンピシャにボールの落下地点にいた。前からそれを見るゴールキーパーなら、その落下地点を見ればすぐに分かるかもしれないが……健斗の場合はほとんど後ろ向きだった。


それなのにあんなにピッタリ落下地点を捉えたということは、本当ならばものすごいことだった。


そしてそれは松本事件の最後のゴールのときもそうだったし、今の四点目だって同じことが言える。


そして、相手を軽やかなテクニックで抜けるのも、相手が次にどのような動きをするのかが分かるからだ。だからあんなに容易く相手を抜くことが出来る。


健斗の本当にすごい……というより、真の力というのは、足の速さやテクニックじゃない。


全ては“予測”する力が源だったのだ。


「……違うよ。」


そんな中、佐久がそう呟くように否定した。麗奈やマナ、そして結衣や松本さんたちは揃って佐久の方を見る。


「健斗が本当にすごいのは、そこじゃないよ。もちろん、それもすごいんだけど……健斗はもっとすごい、他の人には持ってない力がある。」


「……それって何?」


麗奈が尋ねると、それを笑って答えたのは琢磨だった。


「……“人を惹きつける力”……」


「惹きつける……力?」


麗奈が復誦して尋ねると、琢磨は大きく頷いて答えた。


「そうだよ。健斗は、人を惹きつけるのがすごいんだ。敵味方関係なく、そこにいる選手たち、それを見る観客……他にもこのスタンドにいる人たち……みんなが健斗のプレーに惹かれて、興奮して、惹きつけられる。だからみんな必死になれるんだ。」


「……そっか……」


確かにその通りかもしれない。何故なら、あの松本事件のときだってそうだった。ほぼ全校生徒が、健斗のあの鮮やかなプレーに魅了されていた。あのときはあんまり意識していなかったが、麗奈もその内の一人となっていた。


そして今だってそうだ。いつの間にか、大勢の人がこの試合を見守っている。最初は全然人がいなかったのに、今はこんなに大勢の人が応援してくれているのだ。


そしてその中にいる選手たち。最初は殆ど諦めていた神乃高の人たちも、今は勝とうとして必死になっている。そしてその相手の洗目高校の人たち。最初は完全に見下していたが、今では一丸となって神乃高を負かそうと必死になっている。


みんながこうして試合に惹きつけられている。そしてそのきっかけとなったのは、間違いなく健斗だった。


それはどんなことよりも素晴らしいことじゃないだろうか……麗奈はそう感じていた。


「多分本人は意識なんてしてないんだろうけどね?あいつはただ、いつも一生懸命なんだ。あいつが一生懸命だから、他のみんなも自然と一生懸命になれる。そこが健斗の一番すごいところだって、僕らはそう思ってる。」


「それって……」


結衣が何かを言いかけてから、口を閉ざした。そして真っ直ぐ健斗を見つめた。健斗は必死になってボールを奪おうとするも、人数をかけられていて、なかなか思い通りにはいかない。


「……よしっ!神乃高頑張れーっ!!負けるなぁっ!!」


「健斗ぉっ!!頑張れぇーっ!!」


佐久や琢磨が周りの歓声に乗っかるように声を出し始めた。麗奈とマナはそれを聞いて互いに顔を見合わす。そしてゆっくりと笑った。


「ヒローっ!健斗ーっ!みんなぁーっ!!ファイトーッ!!」


「頑張れーっ!!後一点っ!!」


マナと麗奈が声を出し始めると、今度は後ろのスタンドで立っていた結衣と円と奈津紀が声を出し始めた。


頑張れっ!負けるなぁっ!







激しい攻防が続き、洗目高校のチャンスが訪れた。洗目高校が先ほどよりも早いパス回しでボールを回す。左サイドから中央、そして中央から右サイドへとボールが送られた。


するとその送られたボールを、相手選手が雄叫びを上げながらダイレクトシュートを放った。強烈なシュートは地面スレスレで真っ直ぐゴールの左サイドへと走る。


これは入ったか……誰もがそう思った。しかし、それを何とヒロが飛び込んでキャッチをしたのだ。あの苦手なグラウンダーのボールを見事キャッチして見せた。


ヒロのまたもやスーパーセーブに歓声が起こる。ヒロはすぐに立ち上がると、ボールをそのまま放り投げた。


「健斗ぉっ!!」


名前を呼びながら放たれたボールは、ついに健斗の元へと渡った。健斗がそれをトラップすると、歓声が起こると同時に相手選手の何人かが健斗に詰め寄る。


健斗はそれらを瞬時に判断し、最も最短で抜けるコースを“予測”した。そして健斗はまるで風になったようにスピードで抜き、一気に三人抜きをした。


再び健斗のカウンターが始まった。本日、そして初めての二度目の“剛”のドリブルだった。健斗に追いつけるものはいない。そのはずだった。


「させるかぁっ!」


何と健斗の“剛”のドリブルの最中に身体をぶつけてきたのは、あの一軍の選手だった。やはり二度目の“剛”のドリブルは身体に相当負担がかかり、思ったよりもスピードが出せていなかった。


「……ぐっ!」


健斗のスピードが徐々に弱まる。するとこのタイミングで次第にランナーズ・ハイが途切れ、健斗に蓄積した疲労が襲いかかった。健斗は先ほどまで感じ得なかった息苦しさを一気に感じていた。


――構うもんかっ!


健斗は取られまいと必死になりながら、ボールをキープしながらゴールへとボールを運んでいく。恐らくこれが、ラストワンプレーだ。


ボールを取られるわけにはいかなかった。


しかし人数をかけられ、健斗は囲まれた。ペナルティーエリア内に入ったが、相手選手がシュートコースを塞いでいて、このままではシュートを打てない。


「終わりだぁっ!」


あの一軍のやつが足を延ばした。その瞬間、スローモーションになった気がした。相手の選手の足が健斗の持っていたボールに微かに触れた。クリアされる……


そう思った瞬間だった。健斗はニヤリと笑った。すると、触れたと思ったボールが消えた。


「なっ!」


ボールが突然消えたことに一軍のやつが驚きを見せた。そいつだけではなく、健斗を囲んでいた選手が全員ボールを見失っていた。一体どこにあるっ?


「後ろだぁっ!!」


それを見ていたゴールキーパーがそう叫んだ。その言葉がきっかけで全員が後ろを見る。すると、確かにそこにはボールがあった。何と健斗はそのままシュートを打つと思いきや、打つのではなく自分のやや右サイドの後ろ辺りにボールを送っていた。ヒールパスでボールを送っていたのだ。


そしてそこに走り込んでいたやつがいた。


「……のんちゃんっ!!」


味方選手が驚くようにそう叫んだ。相手も全く予想していなかった動きに対応が遅れていた。何と、右サイドのDFである。のんちゃんがこんなところまで上がっていたのだ。


そしてそれは明らかに意図的なパス。健斗が相手のDFを引きつけていて、のんちゃんが完全にフリーになっていたのだ。


のんちゃんはボールにめがけて必死で走りながら健斗の言葉を思い出した。



――のんちゃんにはのんちゃんなりのいいとこがある。俺は、それを信じてる。



あの言葉の真意はこれだったのだ。そしてのんちゃんは“あのとき”のことも思い出していた。健斗とのんちゃん、そしてヒロの中であの日の記憶が交差した――








「いってぇっ!」


「ハイ、また俺の勝ちぃ!」


健斗とノブが部活の後に必ず1対1をやるのが通例となっていた。ノブがいつも、健斗に今日こそは、今日こそはと言って勝負を挑むのだ。


しかしやはり今日も健斗の勝ちだった。健斗は気分良さげに倒れ込んでいるノブを見て笑っていた。


「懲りねーなぁ?ノブ。これで何戦何勝だよ?100回くらいはやったんじゃない?」


「うるせーっ!!もう一回勝負しろっ!!」


「今日はおしまい。また明日な。」


健斗が軽くあしらうと、ノブの元から去っていった。ノブは健斗の後ろ姿を見ながら悔しそうに唸っていた。残念ながら、ノブでは健斗の足元に及ばないくらい二人の差には歴然とした差があった。


「お前も容赦ねぇーなぁ。」


ヒロと翔と龍太、そしてのんちゃんが健斗に近づきながら、翔がそう言った。健斗は頭でリフティングをしながら呟くように言った。


「当然じゃん。手なんか抜いたら逆に失礼だろ?」


健斗がそう言うと、四人は声を立てて笑った。ノブは佐久と琢磨に慰められているが、どうやら不機嫌ではあるらしい。


「しかしお前どんどん上手くなって行くよなぁ……先輩たちもお前には勝てないって嘆いてたぞ?」


龍太が苦笑いを浮かべながらそう言った。健斗は興味なさげに適当に返事をした。


「う~ん……何かね?」


「じゃあ次は俺と勝負する?」


翔がニヤニヤしながらそう言った。すると健斗が顔をしかめてボールを手にとって言った。


「イヤだね。お前とやったら勝負つかねーもん。」


「まっ!そりゃそうだな。」


そう。このとき、神乃中では健斗と翔が二大エースを張っていた。健斗はFWとしてチームの攻撃力の要となり、翔はDFとしてゴールを守る。二人の間に実力の明確な差はなかった。だから二人が1対1をすると全く勝負が決まらないのである。それはただの体力の浪費に過ぎなかった。


「そういえばもうすぐ地区大会の一回戦だね?」


のんちゃんがみんなにそういうと、健斗はニヤッと笑って言った。


「おうっ!マジでちょー楽しみなんだけど。」


「そう?相手相当強いみたいだよ?」


「関空ねぇよ。つーか強ぇー方が燃えんじゃん。」


「そうそう。そっちの方がやってやんよって気になるよなぁ?」


健斗と翔は朗らかに笑いながらそう言った。二人のレベルになると弱者とやるよりも、相手が強者であればあるほどいいと思うらしい。それは絶対的な自信の表れでもあった。そんな二人が頼もしく見える一方、のんちゃんは少し歯がゆい気持ちだった。


「……羨ましいなぁ……」


「え?」


のんちゃんが二人を見ながらそう笑って呟いた。


「二人が羨ましいよ。僕も二人みたいに、サッカーがすごく上手ければそう言えるんだろうけどなぁ……」


「……そ、そっかな?」


「うん。僕なんて、全然役に立たないし……試合ではいつも足を引っ張ってるし……だから試合がいつも怖いんだよね……」


のんちゃんのネガティブ発言に、みんなが少し言葉を詰まらせた。のんちゃんの気持ちは分かるが、健斗と翔のレベルを比べても何とも言えないのだ。この二人はたまたま、レベルが格段に違いすぎるのだ。


でも確かにのんちゃんは試合中よくミスをするのもまた事実だった。別に足手まといとかそんなことを思ったことはないけど、試合中のんちゃんのミスを怒ってしまうこともあることから、今ここで慰めるように言ってものんちゃんにとっては空言にしか聞こえないだろう。


これはのんちゃんの気持ちの持ちようなのだ。


しかしだった。その中一人だけ違うやつがいた。


「何言ってんだよ。」


健斗が呆れるようにしてのんちゃんを見た。


「俺、のんちゃんのこと役立たずだなんて思ったこと、一度もねぇぞ?」


健斗は一切のお世辞を交えず、心の底からそう言ったつもりだった。


だけどのんちゃんはそれをお世辞と捉えてしまったのか、否定するように笑った。


「そんなことないよ……僕なんて足が短くて、デブで……いいとこなんか――」


「あるよ。」


健斗がのんちゃんの言葉を遮るようにして言った。するとのんちゃんが驚くようにして健斗を見た。健斗の目はお世辞でも何でもなく、本気でそう言っているようだった。


「……よしっ!おい、ヒロっ!」


「あん?」


「ちょっとお前、ゴールの前に立て。キーグロもちゃんとつけてな。」


健斗がそう言うとヒロは顔をしかめて不満そうに言った。


「えーっ?せっかく手洗ったのにー?」


「つべこべ言うなよ。ほら、早く。」


健斗に促されると、ヒロはぶつくさ文句を言いながら仕方なさそうにゴールの方に向かっていった。健斗が何を企んでいるのか、のんちゃんはおろか、翔や龍太もよく分かっていないようだった。


ヒロが面倒くさそうにゴールの前に立った。すると健斗は、ペナルティーエリアより少し離れたところにボールを置いた。


「よしっ!のんちゃん。」


健斗が振り向いてのんちゃんを見た。のんちゃんはビクッとして健斗を見た。健斗は笑って、のんちゃんに言った。


「このボール蹴ってみ?もちろん、ゴールを決めるつもりでな?」


「え……」


健斗の突然の要求に、のんちゃんは少し驚いたようだった。のんちゃんは右のサイドバックだから、あまりそういうゴールを決めるとかいう感覚はなかった。


だから何故それをのんちゃんに求めるのか、健斗の意図がよく分からなかった。のんちゃんのいいところを証明するつもりのはずだろうが、それがこれとどう繋がるのかが分からない。


「でも……僕……」


「いいから、やってみ?」


健斗はのんちゃんの肩をポンッと叩いてそう言った。のんちゃんはゆっくりと健斗を見上げる。


「ただし……のんちゃん。」


「え?」


「“思いっ切り”撃てよ?」


その“思いっ切り”という言葉に何かが引っかかっていた。だがのんちゃんは強く頷いた。健斗はそれを見ると、にやっと笑った。


「おーい、ヒロっ!今からのんちゃんがシュートを撃つからなぁっ?本気でとれよぉっ!」


ゴールの前に立っているヒロが大きく手をあげてひらひらと振った。


健斗はそれを見るとにやっとまた笑って、のんちゃんから離れて、翔や龍太の元へ行った。


「おい、健斗。どういうつもり?」


龍太がそう聞くと、健斗は二人の間に立って面白そうににやっと笑った。


「見てりゃ分かるよ。」


するとしばらく風が流れて、それが沈黙へと移り変わった。のんちゃんがぐっと力を込める。ここにいる二人は、あまりのんちゃんがシュートを撃つとこを見ない。だから、何が起こるのかが分からず二人は少し戸惑っているようだった。


するとのんちゃんが助走をつけて、シュートを撃つ体勢に入った。そしてまさに撃つ瞬間、のんちゃんは健斗に言われた通り“思いっ切り”力を込めた。雄叫びを上げながら、のんちゃんはボールを蹴り上げた。


するとボールを蹴った瞬間、まるでダンプカーが正面衝突をしたようなものすごい音を発した。するとボールはものすごい速さでゴールへと走っていく。


「うわっ!」


「うっ!」


そのとてつもない威力と音に驚き、翔と龍太は思わず目を閉じた。のんちゃんから風が吹いているようだった。


ボールは真っ直ぐゴールへと突き進む。決して良いコースではないけど、ものすごい勢いにヒロは戸惑っていた。


「ぐっ!!」


ヒロはキャッチは無理だと判断し、ボールを弾こうと右手を延ばした。しかしだった。そのボールは何とヒロの手を逆に弾き飛ばし、ボールはものすごい回転がかかりながらゴールネットを揺らした。すると反作用の作用でボールがこっちに戻ってきた。


ヒロは倒れ込んで、痛そうに唸っていた。


「……イ……ッテェェッッ!!折れたぁっ!!ぜってー折れたぁっ!!イテェーッッ!!」


まず折れてることはないから、健斗はそれを無視した。隣の二人は目の前に見せつけられたとてつもないシュートに言葉を失っていた。


もちろん、それを放ったのんちゃん自身もこのことに驚いていた。今でもヒロが痛そうにゴール前で転がっている。


健斗はニヤッと笑った。


「思った通りだ。」


「ちょ、ちょっとっ!今のものすごい音、何っ?」


反対のコートから佐久と琢磨とノブが今のものすごい音に驚き走ってやってきた。


「お、おい……これって。」


「あぁ、そうだよ。」


健斗は笑いながら頷いてのんちゃんに近づいた。そしてのんちゃんの足を指差した。


「のんちゃんは、ものすごいキック力を持ってるんだよ。誰にも負けないくらいのキック力だ。」


そう。今のシュートも、のんちゃんしか持ち得ないキック力から生まれたものなのだ。


「のんちゃんの足、太くて短いけど……それは筋肉がすごくついてるからなんだ。それに、のんちゃんは全体的に身体に筋肉が良い具合についている。」


「なるほどな……」


翔が納得するように頷いた。


「つまりその全身の筋肉をバネにして、ものすごいキック力を備えてるってことか。」


「そういうこと。」


「僕が……」


のんちゃんは未だに自分の持っている凄まじい力を信じられないというような顔をしていた。


「あれが何よりの証拠だよ。」


と言って、未だに転がり続けているヒロを指差していった。確かに、キーパーの手を弾くくらいの強烈なシュートは常人では出せるものではない。


ヒロを見ながら、みんなおかしそうに笑った。


「結構のんちゃんさ、パスミスするじゃん?でもあれ、のんちゃんのキック力が強すぎて、上手く制御出来てないだけなんだよ。」


「じゃあ逆にこのキック力がコントロール出来るようになれば……」


翔の言葉の続きに、健斗は頷きながら続けて言った。


「そう。のんちゃんのこのキック力をコントロール出来るようになれば、足手まといどころか、ものすごい戦力になる。」


「健斗……」


健斗の力強い言葉に、のんちゃんは嬉しそうに笑った。これは本当にお世辞でも何でもなかった。健斗はのんちゃんの中に秘められていた可能性に気づいていたからこそ、はっきりとあのようなことが言えたのだ。


「確かにな。のんちゃんのキック力はものすげー戦力になるよ。」


龍太が頷きながらそう言った。


「ミドルシュートなんかもそうじゃん?例えば、健斗がボールを持って相手を引きつける。そこで健斗が後ろにパスして、そこにのんちゃんが走り込んでミドルシュート。……これってかなり強いよ?」


「そうだな……それは攻撃のパターンとしてありだ。むしろ、うちの攻撃力が飛躍的に上がるはずだ。」


翔が龍太の戦略に同意するように頷いた。翔だけじゃなく、そこにいた誰もがその攻撃パターンに納得する。未だにのんちゃんは唖然としていた。そんなのんちゃんを見て、健斗は笑いながら肩を叩いた。


「だからさ、のんちゃん。自分は役立たずだからとかそんなこと言うなよ。実際違うんだし……」


「健斗……」


「のんちゃんにはのんちゃんなりのいいとこがあるんだ。俺は、それを信じてる。」


健斗はそう言いながら、おかしそうに笑った。


「まっ!それでも練習は必要だけどな?でもそれはのんちゃんの努力次第だよ。俺も付き合うからさ、今言った攻撃パターン、練習してみようぜっ?」


健斗の言葉によって、先ほどまで抱いていたネガティブなイメージが消えていくようだった。のんちゃんはそれが嬉しくって、涙が出そうになった。こんな自分でも役に立てるどころか、チームの力の一つになれるんだということを初めて知れた。


「……うんっ!」


のんちゃんは力強く笑って頷いた。







健斗はいつもそうだった。


のんちゃんが落ち込んでいたり、自信を無くしているときもそうやってしっかりした根拠を持って自分を励ましてくれるのだ。


適当なことは言わない。だからこそ、健斗にそう言われると心の底から安心出来た。


今日だって同じだ。本当は勝てるかどうか分からなかった。そういう疑心を持っていた。


一番やる気がある自分が、そういう疑心を持っていた。


だけど健斗はそんなのんちゃんの気持ちにいつも気づいている。そして自信を取り戻させる言葉をかけてくれた。


そんな健斗が……神乃中サッカー部を辞めたとき……一番ショックだったのはのんちゃんだった。いつものんちゃんは健斗に憧れていた。サッカーにおいても、人間においても、健斗は常にのんちゃんの中での目標となっていたのだ。


でも今はまたこうして同じグラウンドに立ち、健斗といっしょにサッカーをやっている。そして、こうしてあのとき見つけた攻撃パターンとなっていた。


こんな土壇場で、健斗は最後の最後までのんちゃんのことを信じていた。


そしてのんちゃんは健斗に託された、正真正銘、最後のチャンスを迎えている。これを決めるか決めないかで全てが決まる。


のんちゃんは精一杯力を込めた。そしてダイレクトでシュートを放つ。その撃つ瞬間、全てがスローモーションになった。心臓の鼓動がうるさいほどに鳴った。


今まで色んなことがあった。翔のこと、そして神乃中サッカー部のこと……


でもそれはついに今日、そしてこの瞬間に全てが終わる。今までのことを振り払う気持ちを込めて、健斗ものんちゃんもヒロもその最後のシュートに全身全霊の気持ちを込めた。


――のんちゃんにはのんちゃんなりのいいとこがある。俺は、それを信じてる。







「「「イッッッッケェェェッッッ!!」」」








健斗とヒロとのんちゃんが同時に叫び、のんちゃんによってシュートが放たれた。


まるでダンプカーが正面衝突したようなものすごい音、そして空を切るような風の音がグラウンド上に鳴り響いた。グラウンドを疾走するボールは、ものすごい威力を保ったまま、相手ゴールネットに突き刺さった。


相手のゴールキーパーは文字通り一歩も動けなかった。それどころか、全員がゴールネットに突き刺さったボールを見つめていた。


そして少し間が置かれてから、ホイッスルが高らかに鳴った。その後、すぐに試合終了をつげるホイッスルも鳴り響いた。





「「「「やっったぁぁぁっっ!!」」」」





グラウンドとスタンドから大歓声が起こった。ついに試合が終わり、しかも最後の最後で神乃高が逆転した。まさに奇跡の瞬間だった。


同時にのんちゃんの目から溢れんばかりの涙が流れた。目の前が涙でぼやける。のんちゃんの胸の中には、言葉では言い表し難い深い感動を覚えていた。


神乃高のメンバーが大喜びしながら、のんちゃんに駆け寄った。


「のんちゃんっ!!すげーよっ!!」


「すげーよ、のんちゃんっ!!」


「勝った……勝ったぞぉぉっ!!」


みんなが嬉しそうに泣きながら肩を抱き合った。のんちゃんは少し呆然としたまま、ゴールを見つめていた。




スタンド側も大歓声で包まれていた。あまりの劇的な試合、そしてそこから生じた感激に麗奈は溢れんばかりの涙を流して言葉を出せずにいた。


マナも結衣も同じように感動をしているのか、涙を流している。素晴らしい試合だった。


「やったっ!!やったよぉっ!!」


麗奈は嬉しさのあまりそう叫んだ。本当に嬉しかった。健斗の過去の全てを知っていたからこそ、このような結果となったことが本当に嬉しかった。しばらく大歓声は鳴り止むことはなかった。麗奈は涙を拭いながら、真っ直ぐ遠くの健斗を見つめていた。






「……のんちゃんっ!」


「のんちゃんっ!」


健斗とヒロの声がした。健斗はヒロに支えられて、何とか立っていると言った様子だった。健斗は本当に限界を超えていたのだ。でも二人ともゆっくりと笑って、のんちゃんに近づいてきた。


二人ともボロボロだった。それはどんなにこの試合で身体を張ってくれたのかを表していた。


「……やったな。のんちゃんっ!」


「……ヒロ……」


「信じてたよっ……最後に絶対、のんちゃんが走り込んでくれるって!」


健斗は呼吸を激しくしていたが、そう確かに笑っていった。


言葉はそれ以上いらなかった。三人の間には、それを超えた強い絆があったのだ。


「……うんっ!」


のんちゃんは嬉しそうに笑いながら、健斗とヒロと拳を交わした。


晴れやかな青空だった。その青空を通して、暖かい日差しが彼らを包み込んでいる。胸が朗らかな気持ちで溢れていった。




試合を終えて、互いに礼を交わした。あの健斗のことを知っていたやつは、悔しそうにしていたが、どこか嬉しそうにして健斗に言った。


「……“ホワイト・マジシャン”……いや……名前を教えてくれ。」


礼のあと、そいつが健斗に近づいてきてそう聞いてきた。健斗はヒロに支えられながらゆっくりと振り返った。


「……山中、健斗……」


「……山中……今回もやられたけど……次こそ容赦しない。今度はうちの一軍で、お前を負かすからな。」


そう言ってそいつはニヤッと笑うと、自分のベンチの方へ帰っていった。結局健斗はそいつの名前を知ることはなかったけど、もしかするとまた近い内に会うのかもしれない。


「……誰?お前の知り合い?」


「……さぁな。」


健斗はおかしそうに笑ってそう言った。






スタンドは未だに歓声が鳴り止まなかった。麗奈はようやく涙を拭い、ほっと息をついた。


「やったねっ!健斗とヒロっ……全部をしっかりやり終えたんだね?」


マナが麗奈に向けてにこっと微笑みながら言ってきた。麗奈もそれを見て嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。


「うんっ!」


麗奈はそう大きく言った。するとだった。


麗奈の目にある人物が映った。このスタンドで大勢の観客に混じってこの試合を見物していた。どこかで見たことのある人だった。短く爽やかな髪型に、大人びた雰囲気を漂わす顔つき……麗奈はそれを見て、思い出すかのように「あっ!」と声をあげた。


もしかすると……あの人……


しかしその人はふっと笑うと、観客に紛れて姿を消した。だからもう確かめようがなかった。でも、麗奈の記憶が正しければさっきの人は……


「あっ!健斗たちが戻ってきたよっ!」


マナの言葉を聞き、麗奈はすぐに反応してそちらを見る。すると健斗がヒロやのんちゃんに支えられて、歓声に包まれながらこちらに向かってくるのが見えた。


「健斗くんっ!」


麗奈が名前を呼ぶと、健斗は苦笑いを浮かべながら麗奈を見た。ヒロとのんちゃんは麗奈たちの近くまで来ると、健斗をゆっくりとスタンドに座らせた。


麗奈はかがんで健斗を見つめた。


「健斗くんっ……」


「よう……俺、やってやったぜ?」


子供のように健斗が笑ってそう言った。そんな仕草が可笑しく、そして愛おしく思って、麗奈は目を細めて笑った。


「……うんっ……お疲れ様……」


「……おう……イテッ……くそっ……うごけねー……」


健斗が痛そうに表情を強ばらせながら、ぐったりとして身をかがめた。すると結衣や奈津紀、円、そして松本さんたちが上の方から降りてきた。そして遠くからは寛太も走ってくるのが見えた。みんな、健斗に近寄ってきた。


「山中くんっ!大丈夫?」


「健斗くんっ!」


心配そうに結衣と円が尋ねてきた。健斗は苦笑いを浮かべながらゆっくりと頷いた。


「あ……うん……ちょっと無理しちゃったかも……」

「ったく……体力がなくなってるなんて……情けねーなぁ……」


そう言いながら、ヒロとのんちゃんもぐったりとして健斗の横に座り込んだ。三人とも相当身体を酷使したに違いない。


「……こりゃ明日は筋肉痛だな……」


「あぁ……」


そう言って健斗たちは笑い合った。本当に身体の隅々までが痛かった。健斗に至っては“剛”のドリブルを二回も使ったのだから、肉体的疲労が半端なかった。


「……あ、そうだっ!南先生っ!」


結衣が名案とばかりに南先生を呼んだ。南先生は名前を呼ばれると、ニヤッと笑った。


「まっかせてぇ~♪実はねー、こうなるだろうと思って身体の疲労を取り除く薬を注射タイプにしてもってきたのよ~?」


「「「え゛……」」」


三人の動きが固まった。すると南先生が鞄から三本の注射を取り出した。中には怪しい緑色をした液体が入っている。


「……それって……南ちゃんが調合したやつ……?」


ヒロが恐る恐る聞くと、南先生は当然と言わんばかりに自慢気に言った。


「当たり前でしょ?」


「ちょっ……ちょっと待てっ!ふざけんなっ!あんた、まだそんなこと続けてたのかっ?」


健斗が焦りながらそう言った。南ちゃんが健斗の腕を掴みながら頷いてそう言った。


「そうよ~?今度ばかりは成功したのよねぇ~。」


「嘘つけっ!あんたいつもそうやって……おいっ!やめろっ!ちょ……」


「大丈夫よぉ~?実験体になったつもりで打てばいいじゃない。」


「ふざけんなっ!犯罪だぞ、それっ!大体あんた医師免許持ってないくせにっ!!」


「あら、博士号なら持ってるわよ?」


「関係ねぇよっ!俺があんたの薬品でどんなに酷い目にあったか……お、おいっ!ヒロッ!見てないで助けろっ!」


健斗は身体が動かせないために、南ちゃんのなすがままになっていた。すると、ヒロとのんちゃんは健斗と違ってまだ立てるため、まるで逃げるように立ち上がった。


「……のんちゃん……おれらは部室に戻ろうぜ?」


「……うん……」


「ちょっ!おいっ!どこに行くんだよっ!待てってぇっ!」


「行くわよ~?」


南先生により、健斗に注射が刺された。その瞬間、緑色の液体が健斗の中に注がれていく。健斗は恐怖の雄叫びを上げた。


それを麗奈たちは可笑しそうに腹を抱えながら笑って見ていた。




だぁっ!!ついに終わりました。サッカー編っ!!


いかがだったでしょうか?分からないところとかがあったらどんどんお聞きください。


さて、ついに第9話も残りわずかとなっております。こうして振り返ってみると感無量です。


ついにグッラブ!がこれまでとまた違った世界に方向が動き始めるのですから。


さて、後書きはこれくらいにして、ここまで読んでくださってありがとうございました。


残りわずかですが、ぜひお付き合い願います。



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