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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.65


「健斗っ!」


のんちゃんが完全に疲弊しきっている健斗の元に駆け寄ってきた。健斗は激しく呼吸を繰り返しながら、何とか顔を上げてのんちゃんを見た。のんちゃんもその事情に気づき、こうして心配をしてくれているのだった。


だが健斗の身に起こっている異変は、もうこのグラウンドに立っているほとんどのやつが気づいていることだろう。


「健斗。大丈夫?」


「ハァ……ハァ……ワリィ……大丈夫だから……ハァ……ハァ……」


どう見ても大丈夫ではない。体力の低下の上に、“剛”のドリブルを使っているのだ。“剛”を使った後の健斗の様子は、中学の時共に過ごしてきたのんちゃんが一番知っている。


身体には相当負荷がかかっているはずなのだ。本当はもう、ほとんど身体が動かない状態に違いない。


「……イッテ……くそっ!」


膝の痛みに顔を歪めた。その様子は痛々しいもので、とてもじゃないが見ていられなかった。


「健斗……無理しない方がいい。もう充分だよ……」


「ハァ……ハァ……ハァ……」


「もう充分だ。ここはもう……交代――」


「ダメだっ!」


健斗がのんちゃんの言葉を遮るように言った。のんちゃんはその勢いに呑まれて、思わず口を閉じた。


「ダメだっ……俺が……ここで下がったら……本当に勝つ可能性が無くなる……」


「……健斗。」


「それに……ハァ……約束したんだ……」


「えっ?」


健斗は大きく深呼吸をした。少しでも呼吸を楽にするために、大きくゆっくりと呼吸をする。このままでは過呼吸にもなりかねない。だからこうしてゆっくりと酸素を肺に送る必要があるのだ。健斗はそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。


「……ハァ……約束したんだ……ハァ……翔と……」


「健斗……」


「この試合、絶対勝つって……勝って……廃部を阻止するって……だから、俺がここで諦めるわけにはいかないんだっ!」


健斗の強い決意にのんちゃんは胸を打たれた。そこまで健斗はこの部のことを考えてくれていたのだ。嬉しさのあまり、言葉が出なかった。


「……ごめん……」


のんちゃんは小さくボソッとそう言った。すると健斗はゆっくりと呼吸を繰り返しながらのんちゃんの方を見た。のんちゃんは歯がゆそうな表情を浮かべ、悔しそうに言った。


「ごめん……僕、役立たずで……健斗やヒロがこんなに頑張ってくれてるのに……」


「……のんちゃん……」


「僕、デブで足が短くって足も遅い……いいとこないから……何も出来ないのが悔しい……」


健斗はそんなのんちゃんを見て、しばらく黙り込んだ。するとすぐに微笑んで、のんちゃんのがっしりした肩を叩いた。


「何……あのときと同じこと言ってんだよ……?」


「え?」


「前も言ったろ……?俺は、のんちゃんのこと……役立たずって思ったこと……一度もねぇよ。」


その言葉にのんちゃんはふとあのときの記憶を思い出していた。確か以前にも、のんちゃんは健斗に同じようなことを言われた。健斗はにっと笑ってのんちゃんの肩を数回叩く。


「のんちゃんには、のんちゃんなりのいいとこがある。俺は……それを信じてる。」


「………………」


「さぁっ……行くぞっ!後二点……死ぬ気で取りに行くっ!」


健斗はまるで自分にそう言い聞かせるように言うと、自分のポジションの位置に戻っていた。のんちゃんの胸の中で何かが燃えるような、そんな熱い気持ちが宿り始めていた。







佐久や琢磨、そして松本さんの言うとおり……試合の流れは完全に洗目高校だった。健斗がボールを持っても、人数をかけられて中々ゴールまでいけず、攻撃のときは低いシュートを放つようになり、ヒロは何度が肝を冷やす場面があった。


でもスタンドにいる人たちは何も出来ない。ただ祈るような目で見るしかないのだ。


――健斗くんっ……


麗奈はずっと健斗を信じていた。健斗ならこの苦しい状況でも、自力で克服してくれるはずだ。だって、あのときもそうだった。松本事件のときだって、もう誰もが駄目だって思ったとき……ものすごい奇跡を見してくれた。


だったら、今度だってっ……


「うわぁっ!すごい人だねぇっ!」


そう言いながら、麗奈たちの近くに来た人物がいた。麗奈たちはその声に反応するように見ると、それは円だった。


「円っ!何してたの?」


奈津紀が円にそう言うと、円は苦笑いを浮かべながら答えた。


「あ、うん……ちょっと転んじゃって、椅子とか色々倒しちゃったから……ねぇ、何かすごい人集まってるね?」


「え?」


麗奈はその言葉に驚きながら周りを見渡した。円の言うとおりだった。何故だか分からないけど、次から次へとざわめきながら、色んな人がこのスタンドに集まっていた。


部活の格好をした人や、制服の人……普通の私服の人だっている。一体どうして、こんなに大勢の人が集まったのだろう?


「あれ……山中くんだよね。」


円が健斗を指差しながらそう呟くように言った。どうやら円も驚いているようだった。奈津紀も最初は驚いていた。中学時代、あんなことがあった健斗が再びサッカーをやっていることが信じられないというような顔だった。


「すげーすげーやってるっ!」


「ねぇ、やってるよぉ?」


「本当だっ!頑張れーっ!」


それはともかく、いまだに人が増え始めている。どうしてこんなにたくさんの人が来るんだろうっ……


「すごい人だね……」


周りがざわざわしているので、聞き取りにくかったが結衣が呟くようにそう言った。すると円が振り返って頷きながら言った。


「うん。だって私も聞いたから来たの。サッカー部が、この練習試合に負けたら廃部だって……」


「えっ?誰から?」


「えっと……林くん。何か、林くんが学校中を回ってそう言ってるのを聞いたの。」


「林くんがっ?」


麗奈たちは驚くような声をあげて、もう一度周りを見渡した。じゃあ彼らはちゃんと事情を知った上で、ここに応援に来てくれたのだ。こんなに大勢の人が……







「あっ!」


健斗はまたボールを取られてクリアされてしまった。ボールは前に送られ、今度は洗目高校の攻撃が始まった。すると、さっきから健斗にマークをつき続けているやつが少し呼吸を荒くして、また不敵な笑いを浮かべて言ってきた。


「スタミナ切れしてんだろ?“ホワイト・マジシャン”にも弱点があったんだな?」


「ハァ……ハァ……ハァ……」


「……何でお前ほどのやつがこんな部のために、そんなに頑張るんだ?」


「ハァ……関係ないだろ……」


「関係ない……か……」


「……俺も一つだけ質問がある。」


健斗がそう言うと、そいつはきょとんとして不思議そうな表情を浮かべた。健斗は構わずそのまま続けた。


「……ハァ……あんた……二軍じゃないだろ?」


「……へぇ。よく分かったな。」


「そりゃ分かるよ。あんただけ技術がずば抜けてる……二軍のはずがない。」


「“ホワイト・マジシャン”に誉められるなんて嬉しいな。」


そいつは確かに他の選手より技術がずば抜けていた。ディフェンスも上手いし、他の選手に向ける指示も的確だ。まるで松本とやっているような感覚だった。もしかすると、松本も同等の選手なのかもしれない。


そいつはニヤリと笑いながらさらに続けて言った。


「うちは“負ける”癖がつかないように、二軍でも三軍の試合でも必ず一人一軍のやつが送られるんだ。今日はたまたま俺が選ばれた……」


「……あっそう……」


「選ばれたとき、面倒で仕方なかったけど……今は良かったって思ってる。お前に会えたしな……」


「……………」


「でも悪いけど、今回はうちが勝つぞ。」


そいつは自信あり気にそう言った。健斗は呼吸を激しくしながら、ゆっくりとゴールの方を見た。





ゴールではまたもやピンチが続いていた。軽やかなパスワークでペナルティーエリア付近まで近づく。ボールを触ることすら許さない。


ヒロは全神経をボールに集中させた。グラウンダーだろうが何だろうが関係ない。もうこれ以上、失点するわけにはいかなかった。試合時間はもうあまりない。


シュートコースが空いた。相手の選手がシュートを放つ挙動をする。


――右か!左か!


ヒロは挙動を見定めた。これは右だっ!ヒロは先読みするように飛んだ。だが……何とヒロの読みは外れ、ボールはやや右よりだったが殆ど真ん中に向けて放たれた。


まずいっ!


このままでは今度こそ入ってしまうっ!


ヒロは必死に足を伸ばした。グラウンダーのシュートなんだから、足さえ届けばっ……しかし、すでにヒロの身体は右に傾いていた。わずかながらに届かない。


ボールがゴールラインを超えようとした。もうダメだっ……誰もがそう思った……


するとだった。


そのボールを誰かがクリアした。クリアされたボールはラインを超えてスローインへと変わる。ヒロも相手選手もそして仲間たちもみんな唖然として、クリアした選手を見た。


それはのんちゃんだった。のんちゃんがゴールラインを超える瞬間、スライディングをしてそれを阻止したのだ。


このファインプレーに大歓声が起こった。チームメイトがみんなのんちゃんに駆け寄る。


「のんちゃんっ!ナイスクリアっ!」


「あっぶねぇっ!よく止めたなぁっ!」


のんちゃんは身体を叩かれながら、真っ直ぐと転がっているボールを見て唖然としていた。するとヒロはゆっくりと重い身体を持ち上げながら、苦笑いを浮かべて言った。


「ハァ、ハァ、ハァ……わ、ワリィのんちゃん……た、助かった……」


ヒロがそう言うとのんちゃんはヒロに視線を向けた。


「……僕だって諦めるわけにはいかないんだっ……」


「えっ……?」


のんちゃんは強い口調でそう言った。そしてはっきりした意志を持ち、チームメイトを見渡した。


「健斗とヒロが、こんなに頑張ってくれてるんだっ!僕たちだって、まだ頑張れるっ!そうだろっ?みんなぁっ!」


「……のんちゃん……」


みんながのんちゃんの言葉を受けて、言葉を出せないでいるときだった。突然、スタンドの方から大きな声がした。


「おーいっ!健斗っ!ヒロぉっ!!」


その声に聞き覚えがあって、健斗とヒロは同時にスタンドの方を見た。すると試合に集中していたから全く気づかなかったが、スタンドにいつの間にかかなりの人数の観客がいることに気づいた。


健斗とヒロは胸を驚かせながら、その声のした方を見た。するとそこには野球部を率いて、部活の格好をした寛太が汗を流しながらそこに立っていた。


「寛太……?」


「……寛太。」


寛太はにやっと笑って健斗とヒロに向けてさらに大きな声で言った。


「学校中にいるやつらに声かけて連れてきたぞぉっ!!どうせなら、ギャラリーがいた方が盛り上がんだろぉっ!?」


「……あいつ……」


寛太はそう言いながら、一呼吸置いてさらに続けた。


「こんな大勢の前で、もうへばる気かっ!?らしくねぇなぁっ!!まだいけんだろぉっ!!ぜっっってぇぇ勝てよぉっ!」


寛太の必死のエールが響くと、それに便乗するようにスタンドから大歓声か起こった。みんな、ちゃんと事情を知った上でここに集まってくれた人たちなのだ。


「頑張れーっ!!サッカー部っ!!」


「負けるなぁっ!!」


「意地でも勝てぇっ!!」


「頑張ってーっ!!」


健斗たちはその歓声を受けてしばらく唖然としていた。健斗はしばらくその大歓声を聞きながら、やがてニヤッとおかしそうに笑った。


「……バカじゃねぇの……あいつ……」


寛太の行動力には本当に恐れ入る。でも同時に健斗は大きく感謝をしていた。力がみなぎっていくような気がした。


そしてそれはヒロも同じだった。みんなが自分たちを支えてくれている。見守られている……だから、自分たちはここにいるのだ。


相手が戸惑いながらスローインを入れて試合を開始する。すると相手はすぐにゴールを奪いに来た。


しかしだった……


「ぐっ!」


突然神乃高選手の動きが厳しくなった。さっきはなんともなかったプレッシャーも、今は重い。パスワークが上手く働かなかった。


みんな必死だ。思いは一つだった。


のんちゃんの言葉通り。健斗とヒロがこんなにも苦しみながら頑張っている。なのに、自分たちが頑張らないでどうする。まだやれるっ!!


ついに今泉が相手のボールをパスカットした。同時に歓声が起こる。今泉はすかさずボールをのんちゃんに繋いだ。のんちゃんは森田にボールを渡し、さらにそのボールは山下へと素早いパスワークで繋がれた。


すると山下が中央でボールを持ち、周りを見渡した。すると相手がプレッシャーをかけてきたので、取られる前に左サイドのスペースにボールを出した。


神乃高のチャンスが始まった。左サイドはがら空きでそこにすかさず神乃高の8番が走った。相手が追いつけないくらい、必死に走って見せる。


「くそっ!カバーに入れっ!油断するなっ!」


健斗にマークをついていたやつがそう指示を出す。健斗はそれを聞きながらグラウンドを見渡した。相手の選手の配置、自分の味方の位置……


すると左サイドにカバーが入り、そこで神乃高の攻撃が一瞬行き詰まった。このままではまたボールを取られて、相手の反撃が始まる。


だがこっからなら、多少遠いがシュートが撃てる。どうせ撃たれるくらいならっ!


「いっけぇっ!」


8番はシュートコースを見定めて、シュートを放った。意外にもそのシュートは強烈で、真っ直ぐゴールに突き進む。意外なところから打ってきたことに、相手ゴールキーパーも突然の対応に強いられた。


「くそっ!」


キャッチは出来ず、ボールを弾くしかなかった。相手のゴールキーパーはそう判断すると、迷わずシュートを跳ね返した。ボールはキーパーの前に転がり、それを仲間のDFがクリアしようとした……


「……何っ!」


相手が驚きの声を上げた。何と、彼よりも先にボールに触れようとしたやつがいた。それは、さっきまでほとんど動けないでいた健斗だった。


健斗が予め、まるでボールがここに来るのを“予測“していたような動きでボールに詰め寄る。呼吸が一瞬間止まった。しかし健斗は思いっ切り力を込めて、ボールを蹴り上げた。


「ああぁぁぁぁっ!!」


健斗は声にならない声をあげながら。ボールを蹴り上げた。すると、そのボールは今度こそゴールネットを揺らした。四点目がついに入り、それを証明するかのようにホイッスルが鳴った。


ついに同点に追いついた。スタンドもグラウンドも、大歓声が起こった。




さぁ、ついに神乃高が同点に追いつきましたっ!


しかし健斗も相当力を使い果たしてしまっている上に、試合時間も残りわずか……


逆転まであと一点なのに、決めることが出来るのか……?


そんな中、ある人物が“あのとき”のことを思い出します。


次話でサッカーの試合のクライマックスとなりますっ!



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