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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.64


「ねぇ、どういうことなのっ?」


マナがもう一度訊いてみた。少し苛立たしげな様子を見せて、佐久や琢磨に詰め寄る。初対面とか、そんなことを気にしている場合ではない。


佐久と琢磨はまた顔を見合わせて困ったような顔をした。


「……見てれば分かるよ……」








ボールは洗目高校からだった。洗目高校はさっきと同じように、サイドからゴールに向かって攻めていった。健斗はその様子を、センターサークル付近で見ていた。


まだ呼吸が整わず、足が震えて力が入らない。


――くそっ……ヤバいなぁ……


健斗が心の中でそう呟いたときだった。


「“ホワイト・マジシャン”だろ?お前。」


相手選手の一人――センターバックで健斗にしっかりマークをついていたやつが健斗にそう話しかけてきた。


「ハァ……ハァ……え……?」


「三年前、神乃中にいたやつだろ?」


「……知ってんの?」


「知ってるも何も……俺はあの地区大会の決勝で負けたとこの出身だ。」


健斗は少し驚いた。まさかこんなとこで、あのときの話をされるとは思わなかったからだ。既に正体を知られてたか……


相手選手は沈黙を臆にせず、さらに続けて言ってきた。


「……まさかこんな高校で会うとはな……あの大会から、ずっといなかっただろ?」


「……まぁ……」


「どうしてだ?ユースに呼ばれて、部活を辞めたのか?」


本当ならそうなるはずだった。もちろん、神乃中サッカー部を辞めるつもりはなかったが、本来なら健斗はあのままU-15に選ばれても可笑しくなかった。


「……そういうわけじゃないよ……」


「そっか。じゃあ何でこんな高校にいる?お前なら、立川とか行ってもエース張れただろ?」


「……色々とあってな……それを全部話す気はない。」


「……あっそう。」


それからそいつは話さなくなった。その代わり、そいつはジロジロと健斗を観察するように見てきた。健斗は気づかれないように呼吸を小さくし、足の震えを何とか止めようと努めた。



ピンチなのは健斗だけじゃなかった。相手はサイドから、中央にボールを集めだした。本来なら中央は健斗が守りに加わりたいが……今の状態では無理だった。


相手は軽やかなパスワークで繋いでいく。やがてペナルティーエリア内に入った。ヒロはじっと、そのボールを持っているやつを見て構えた。


「おらっ!」


そいつはシュートを放った。シュートは空中に浮かんで、右サイドを狙った。しかしヒロはそれにすぐさま反応し、しっかりとキャッチする。今のヒロは最大限の集中力を発揮している。


「くそっ!何てやつだ、あのキーパーっ!」


シュートを放ったやつが悔しそうに叫んだ。確かに、今のシュートも普通なら入ってもおかしくはない。だが、ヒロには通用しない。ただそれだけだ。


ヒロはキャッチしたボールを持ちながら、全員が上がるのを待った。健斗をじっと見ていたが、ヒロは健斗にボールを渡そうとはしなかった。


逆にそれが相手に違和感を与えた。ついさっきまで、健斗がボールを持つことで攻撃の起点となっていたはずなのに……何故ボールを渡そうとしない?


――どうなってる……?


健斗にマークをついてる相手選手はそう心の中で呟いた。ヒロは苦々しい表情を浮かべていた。


「……今泉さんっ!」


ヒロは近くにいた今泉にボールを渡した。今泉はボールを受け取って前を向いた。すると、今泉に向かって相手が素早いプレッシャーをかけてきた。しかし今泉は相手にボールを取られる前に、今度は右サイドにいるのんちゃんにボールをパスした。


のんちゃんはボールを受け取ると、すぐ様健斗を見た。しかししばらく見てから、のんちゃんもまた苦々しい表情を浮かべて、違うやつにボールをパスした。


「……また……」


相手選手は健斗をチラリと見た。健斗の呼吸が荒かった。


するとボールを受け取った、森田がドリブルを始めたが、すぐに相手の選手にプレッシャーをかけられて立ち往生した。このままではボールが奪われかねない。


「……山中っ!」


山下はボールをついに中央にいる健斗にパスをした。健斗はパスを受け取って、前を向こうと思ったが、やはりマークをつかれてて前を向けない。


しかし何とかターンをしようとして、健斗は後ろに一旦下げると前を向いて走り出した。


「山下っ!」


MFの山下にボールを預け、走り出したところで声を出してボールを呼んだ。すかさず山下は健斗にスルーパスを送った。しかしすぐ傍には健斗にずっとマークをついているやつがいる。


健斗はそのボールを受け、一気にスピード勝負をしようと力を入れた。


ところがだった。


健斗の足が一瞬ガクッと折れた。息が苦しく、力が入らない。スピードが出せなかった。


「……くっ!」


しかし何とかしてスピードを上げようとした……しかしそれは遅く、マークについていたやつが健斗が持つボールに触れてクリアをする。ボールはラインを越えた。


何と健斗が初めて相手側の選手に止められてしまったのだ。その事実に相手選手たちも、または神乃高の仲間も少し驚いていた。


健斗は肩で呼吸を激しくしながら、震える足を叩いた。


「ハァ、ハァ、ハァ……くそっ!」


「………………」


健斗を止めたやつはそんな健斗の様子を見ていた。それから、その疑惑を確かめるようにゆっくりと学校の時計を見た。後半が始まってから、20分が経過している。残りはあと15分以上あった。


――こいつ……もしかして……


「おいっ!ナイスディフェンスっ!よく止めたなぁっ。」


相手選手の仲間がそいつにそう声をかけた。するとそいつは健斗を見ながら、不適な笑みを見せた。


「……おい……分かったぞ。」

「ん?何が?」


声をかけてきたやつが不思議そうに尋ねると、健斗を止めたやつがニヤリと笑った。


「10番の弱点だよ。」


「じゃ、弱点っ?」


そいつは素っ頓狂な声を上げた。まるで信じられなかった。こんな化けものみたいなやつに弱点があるなんて到底考えられなかったのだ。


だが健斗のことを見ながら、そいつは確信しているようにニヤリと笑った。


「あぁ……多分こいつ――」








「スタミナだよ。」


松本さんがそう言った。健斗が初めてボールを取られて、みんなが動揺していたところに突然それを口にした。


「スタミナ?」


結衣が聞き返すと、松本さんはゆっくりと頷いて歯がゆそうな表情を浮かべた。


「あぁ。山中は多分……スタミナが不足してるんだ。」


「ど、どういうことですか?」


麗奈が慌てて聞くと、その問いに答えたのは意外にも琢磨だった。


「……さっき見せた健斗のドリブル。“剛”のドリブルって言うんだけど……健斗はあのドリブルを使うには色々と条件があるんだ。」


きっと琢磨は先ほどのものすごいスピードのドリブル……松本事件のときに最後に見せたあのものすごいドリブルを言っているに違いなかった。


「……条件って?」


マナが聞くと、琢磨はゆっくりと頷いて答えた。


「一つはグラウンドの半分くらいから始めること。ある程度の距離と広さがないと勢いがあり過ぎて、事故になりかねない。二つ目は……ボールに慣れること。あのものすごく早いドリブルでボールを扱うのは、すごく難しくって……ある程度時間が経ってからしか使えない。」


「そ、そうだったんだ。」


「うん……それで一番大切な三つ目の条件があって……それは……」


「……それは?」


琢磨はぎりっと苦々しい表情を浮かべながら歯ぎしりをした。


「……ある程度の体力が残っている状態で使うこと。」


「えっ?」


「健斗の足の速さは、確かに超人並み。けど……その速さのせいで、当然体にはものすごい負担がかかる。だから……いつも健斗が“剛”を使った後、体力はほぼゼロになるんだ。本当なら、あれは捨て身の技みたいなもので、試合終盤にならないと使っちゃダメなんだ。」


「そ、それじゃあ……」


「……うん……多分、今健斗にはほとんど体力が残っていない。歩いてられないくらいね。」


「そ、そんなっ!」


確かに今思い返せば、松本事件のときもそうだった。あのものすごいドリブルを使ったのは、最後の勝負のときで、健斗はあのあと倒れ込んで体が動かすことが出来ないでいた。


麗奈を守るために、何とか立ち上がってはいたけど……本当はほとんど何も出来ない体だったんだ。それが、今の状況が証明している。


健斗は今、歩くことさえ難しい状態であのグラウンドに立っていることになる。


「……でも、それを使うざるを得なかった。」


「えっ?」


松本さんがボソッとそう言ったのを、麗奈たちは胸を驚かせた。使うざるを得なかった……って、一体どういうことだ?


「そうなんだろ?」


松本さんがそう聞くと、琢磨は大きく頷いた。


「そう。さっきも言ったとおり、“剛”のドリブルはある程度体力が残ってないと使えない。逆に言えば、ほとんど体力がなかったら使えないんだ。だから健斗は、今の場面でしか使うざるを得なかったんだ。」


「それってどういうこと?だって健斗くんは……」


「だからスタミナの問題なんだよ。」


松本さんが麗奈の言葉を遮りながらそう言った。麗奈たちはみんな松本さんの方を見た。


「山中はもう、二点目辺りから呼吸が激しかった。後半が始まってから、10分くらいしか経っていないのに……おそらく、体力が不足してるからだ。」


「そうだったの?」


「あぁ。テクニックやそういうのは、辞めたからって言ってそう安々と落ちるもんじゃない。俺だって、現役を引退してから二カ月くらい経つけどまだ全然やれる。だけど……体力は全然別だ。あればかりは、毎日地道な練習を積み重ねてでしかつけることは出来ないし……逆に言えば、何もやってなければ極端に落ちる。」


「だから健斗はそれが分かってて、最初から全力で飛ばしてたんだ。自分のスタミナが切れる前に逆転するために……でも、さすがの健斗も四点の壁は高かった……だから一点でも多く取ろうと……自分のスタミナがゼロになる前にあのドリブルを使ったんだ。」


「そ、それじゃあ……」


麗奈が言葉を詰まらせると、琢磨はすっと目を閉じてゆっくりと頷いた。


「……多分、健斗が今攻撃の起点になるのは難しいと思う……だから、このままじゃ……」


「そんなっ!健斗くんっ……」


麗奈は祈るような目で健斗を見つめた。確かに、健斗は本当に苦しそうな表情を浮かべていた。








「……なるほど。」


相手の選手もそれに気がつき始めた。確かにまだ残り15分以上もあるのに、もうあんなにバテてるなんて変だ。それは間違いなく、スタミナが原因だ。つまり、健斗の弱点は意外にもスタミナ不足というところにあったのだ。


「今からみんなであいつにどんどんプレッシャーをかけるぞ。あいつさえ押さえておけば、攻撃の起点は作れない。」


「なるほど……分かった。」


「……あぁ、あとあのキーパーのことだけど……」


そいつがそう言うと、もう一人のやつが苦々しい表情を浮かべた。


「そうなんだよ。あいつもすげーんだよ。打ったシュートを全部止めて来やがる。」


「分かってる。でももしかして……」


「……え?」







試合はスローインから始まった。森田によってスローインが行われた。そのスローインは健斗に送られた。健斗はそれをトラップして、前を向こうとした。だが息が苦しく、体に力が入らない状態であるため、身体が思うように動かない。


すると、健斗はあっという間にプレッシャーをかけられた。


「……あっ!」


健斗が声をあげたのもつかの間。健斗はマークをつかれていたやつにボールを悉く奪われてしまった。


するとボールを奪ったそいつから洗目高校の攻撃が始まった。健斗が守りに加われないことが分かったのか、大胆にも中央で崩しにかかる。


あっという間にペナルティーエリア内に入られて、相手のFWにボールが渡った。シュートコースを防ごうとこっちの選手がプレッシャーをかけるが、そんなものを意ともせず抜き去っていく。


「そりゃっ!」


同じようにシュートを放ったが、球種が違った。今までは浮かんだシュートだが、今回のシュートは地面すれすれのグランダーのシュートだった。ヒロの動きが一瞬止まった。


「……くっ!!」


ヒロが苦しそうな表情を浮かべながら、そのグラウンダーのシュートに飛び込んだが反応が遅い。そのシュートは左サイドへと向かって、ヒロの手がわずかに届かない。このままでは入ってしまうっ……そう思った。


ところがだった。幸運にもボールはポストに当たって跳ね返った。ゴールには入ってない。跳ね返えったボールをのんちゃんがすかさずクリアする。ボールはスローインとなった。


ヒロはゆっくりと立ち上がって溜まった唾を吐き捨てた。そしてシュートを放ったやつは確信するようにニヤリと笑った。


やはりそうだ。このキーパーにも、弱点があった。


――グラウンダーに弱いんだな。こいつ……


ヒロは感づかれたことに気づいて、苦々しい表情を浮かべた。弱点に気づかれた以上、相手はどんどんグラウンダーの シュートを打ってくるだろう。こればかりは仕方ない。何故なら、ヒロは半年間ハンド部に所属していて、グラウンダーに対する処理機能が極端に低下してしまったからだ。ハンドにはグラウンダーのシュートなんてない。


実は健斗もそのことに気づいた。だからあの後の三本をそれで試してみたところ……三本とも入ったのだ。


「……こりゃやべーな……」


ヒロが本当にヤバいというように汗を一滴垂らし、苦笑いを浮かべながらそう言った。






それから洗目高校の猛攻が続いた。弱点が分かった以上、完全に洗目高校のペースだった。


健斗がボールを持てば人数をかけて時間をつぶし、隙をついてボールを奪う。健斗は全く攻撃の起点にはなりしなかった。


ヒロに対してはグラウンダーのシュートを放ち続けた。ヒロは必死になって、何とか触って止めたり、幸運に救われたり、とにかくピンチになる場面が立て続けになって起こった。


そんな状態が続いて10分くらいが経過した。試合時間も残り少ない。だが状況は最悪だった。


健斗もヒロも完全に疲弊し切っていた。中々四点目が奪えず、無駄に体力を消耗しているだけ。ドロドロになりながら、苦しそうな表情を浮かべる。それは他の部員も同じだった。


「……行けるな。後一点取れば、相手も心が折れるはずだ……」


「おうっ。ちゃっちゃと決めるか?」


相手に余裕の色が見え始めた。このままでは肉体的にも、精神的にも不利になる。


だが対処のしようがなく、状況はさらに悪い方向に進んでいくしかなかった。



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