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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.62


結衣は麗奈が去っていったその後ろ姿を見つめていた。麗奈がこの場を立ち去った、その気持ちは痛いほどよく分かった。


自分も同じだ。こんなに苦しい試合を見ていたくはなかった。ただ、惨めな思いになるだけだった。すでに勝敗はほとんど決まっているかのように思えた。


「……やっぱりダメだな。」


松本さんがそう呟くように言った。結衣はそれを聞いて、ゆっくりと顔をあげる。松本さんは苦しそうな表情を浮かべていた。歯がゆさを感じながら唇を噛み締め、握り拳を強く握っていた。


彼もまた悔しい気持ちをこらえているように見えた。


「……くそっ……」


「……松本さん……」


結衣が松本さんに何かを言おうとしたときだった。


「……あっ!!」


隣にいたマナが驚くような声をあげた。そしてマナは結衣の注意を引くように強く叩いてきた。結衣は少し驚いてマナの方を見た。


マナは興奮していた。歓喜の声をあげた。


「ゆ、結衣っ!!ヒロが来たっ!!」


「えっ!?」


結衣はすぐにマナの指差す方を見た。マナの言うとおり、階段の辺りにヒロが急ぐように駆け下りていくのが見えた。そしてその後に……


「……あっ!!」


結衣は確かに見た。ヒロが降りて行った、少し時間差が開いてから、健斗が階段を降りていくのを……







健斗は急いで階段を駆け降りて行った。そしてグラウンドに降りると、走って神乃高のベンチに駆け寄る。


「のんちゃんっ!!」


健斗とヒロが叫ぶようにして名前を呼んだ。のんちゃんはぐったりとしたようにベンチに腰掛けていた。そして虚ろな目をしたまま、健斗たちの方を向いてきた。


のんちゃんは健斗たちの姿を確認すると、その表情は希望が宿るように明るくなり始めた。思わず立ち上がり、大きな声で叫んだ。


「健斗っ!!ヒロっ!!」


のんちゃんの声に反応するように、先ほどまで絶望を抱いていた他の部員たちが驚くようにして健斗たちの方を見てきた。そして瞬時に、彼らの表情に希望が宿り始めた。


健斗たちの登場により、神乃高のベンチは騒然とした。


健斗とヒロは肩で呼吸をし、焦る気持ちを抑えながらゆっくりと歩き出した。そして、その神乃高ベンチへとゆっくりと歩み寄る。


そしてのんちゃんの前に立つと、呼吸を整えながらゆっくりと笑った。


「ごめん。遅くなって……」


のんちゃんは嬉しそうに笑いながら大きく首を横に振った。薄らと涙を浮かべている。その涙を拭いながら、本当に嬉しそうに笑った。


「きっと来てくれるって信じてたよっ……」


「……うん。」


「……おい、のんちゃん。」


健斗の名前の知らない二年生の人がのんちゃんに言ってきた。


「……こいつらが、助っ人か?」


その問いかけに、のんちゃんは笑いながらゆっくりと頷いた。


「はい。健斗とヒロです。」


「……力を……貸してくれるのか?お前らが……?」


彼らは、特に健斗の実力は充分に知っているはずだった。そしてそれは同時に健斗に対してある種のわだかまりみたいなものがあるに違いない。


健斗は苦笑いを浮かべながらゆっくりと頷いた。


「はい。」


「……いいのか?」


「はい。俺らも試合に、出させてもらってもいいですか?」


すると他の部員たちは、戸惑いながらある一人の部員を見た。それは温厚な表情をして、随分と背の高い人だった。その人はゆっくりと健斗たちに歩み寄ってきて、小さく笑った。


「……松本先輩から話は聞いてるよ。君たちが力になってくれるって……僕は二年で現部長を務めてる今泉いまいずみだ。」


「……どうも。」


「君たちが来てくれたことは……非常に心強いよ。でも……」


今泉は頼りなく苦笑いを浮かべた。


「……正直相手との力の差は歴然だ。前半だけで……四点差……正直勝てる見込みは……」


「あります。」


健斗が力強くそう言った。すると今泉は顔を上げた。今泉だけではなく、他の部員たちも動揺しながら健斗を見た。健斗は座り込んでいる神乃高の部員たちを見渡して、にっこりと笑いながら言った。


「勝てる見込みはまだあります。試合はまだ終わってない……本当に負けたって決まるのは、自分たちが今ここで諦めたときです。」


「そんなこと……言われてもな……」


一人の部員が戸惑いながら呟くように言った。健斗はそれでも胸を張ってさらに続けて言った。


「まだ諦めるのは早いです。確かに相手は強いかもしれないけど……この試合に勝てるかどうか、俺たちだけじゃなく、みんなにもかかってます。」


「……………」


「だからみんなに一つだけ聞きたいことがあるんです。」


健斗がそう言うと、今泉とのんちゃんを含めてここにいる、総勢14人の部員が顔を上げて健斗の方を見た。健斗は少し間を置いて、彼らの表情を伺った。


「……みんなはこの部を……残したいって思ってますか?」


「え……?」


「は……?」


「心の底から、廃部を阻止したいって思ってますか?のんちゃんのように……廃部にしたくないって思ってますか?」


健斗がそう訊くと、みんなは顔を見合わせながら戸惑っていた。だがやがて、みんなの顔つきが変わった。


「……そりゃそうだよ。学校側の都合で……廃部にさせられちゃ……な?」


「あぁ。このまま負けて惨めな思いなんてしたくない。そうだよな?」


「うん。何かこのままじゃ終われない……まだ俺、やり切ってないような気がする。」


みんなの活気が少しだけ戻ってきた。自分たちの本来の気持ちを取り戻したらしい。


このままじゃ終われない。


このまま惨めな思いをして終わりたくない。


彼らの中に残っている自尊心が彼らにそう言わせているのだ。健斗はそれだけ聞けば充分だった。


「だったら俺らは、そのみんなの気持ちに力を貸します。」


「……山中……」


健斗はヒロを見た。ヒロも健斗を見て、ゆっくりと頷く。健斗もゆっくりと頷き返すと、大きく息を吸った。


「……今日から俺、山中健斗は……この神乃高サッカー部に入部しますっ!!」


「俺、真中ヒロもこの部に入部します。よろしくお願いします。」


健斗とヒロはみんなに向かって頭を深々と下げた。しばらくみんなは唖然としていたが、やがて一人の部員が嬉しそうに言ってきた。


「ほ、本当かよっ!?」


「お前らなら大歓迎だっ!!なっ?」


「うんっ!!よろしくなっ!!山中、真中。」


みんなの元気が完全に蘇ったみたいだ。健斗とヒロはゆっくりと顔を上げて、互いに見合った。そしてゆっくりと笑い合う。


今日から……健斗とヒロは……神乃高サッカー部の部員となったのだ。そしてもう一度、サッカーを始める。今日はその第一歩なのだ。


こんなに嬉しい日はない。


すると今泉は覚悟を決めたように大きく頷いた。


「……よしっ!分かった。部長として、二人の入部を正式に認めるっ!二人とも、これからよろしくな。」


今泉にそう言われて健斗とヒロは大きく笑って頷いた。


「はいっ!」


「はい。」


「よし。じゃあさっそくで悪いんだけど、試合に出てもらえるか?えっと……二人のポジションは?」


今泉にそう言われて、健斗とヒロは迷わずに即座に答えた。


「俺はFWフォワードです。」


「俺はGKゴールキーパーでお願いします。」


「よし、分かった。平塚と長岡。この二人と代わってくれ。じゃあ二人は急いで準備をしてきてくれ。」


「はい。」


健斗とヒロは鞄を持って、準備に取りにかかろうとした。そのときだった。


「あ、健斗。」


のんちゃんは健斗だけ呼び止めると、すぐに反応して振り向いた。


「ん?」

「松本さんから預かってるものがあるんだ。えっと……はい、これ。」


「……えっ?」


のんちゃんから手渡されたのは神乃高の白いユニフォームだった。肩の部分に青のラインが入った、正式なユニフォーム。健斗はそれを受け取ってそれを広げてみる。


するとその背番号に健斗は目を見張った。それは紛れもなく、エースナンバーの証である10番のユニフォームだった。以前、松本が背負っていた番号だった。そして健斗が中学のときに背負っていた番号でもある。


松本事件のとき、二人はこの背番号を背負いながら戦った。そして今、その番号が一つになろうとしている。


健斗はゆっくりとスタンドにいる松本の方を見た。松本と目が合うと、松本はゆっくりと頷いた。健斗もそれを見てゆっくりと頷き返す。


「健斗っ!何してんだよ。行くぞっ!」


「おう。」


健斗はとりあえず準備に取りかかりに行った。






そして、それから四、五分が経った。そろそろハーフタイムが終わり、試合が再開される。


ところで麗奈は走ってスタンドの方に戻ってきた。そろそろ試合が始まるのだから、ちゃんと最後まで自分が見届けなければならない。


そして健斗はどこだろうと思い、麗奈は必死に探した。


――いたっ!


その姿にドキッとした。


神乃高のユニフォームを着て、完全にサッカーをする格好に着替えていた。その背番号は、以前松本事件のときに着てたのと同じ……10番だった。そして体を慣らすように体操をしていた。


そしてその横にはヒロがいた。黄色いキーパー服に着替えて、グローブをしっかりとはめているようだった。


この二人がいるだけで、心なしかものすごく安心感が宿った。


するとホイッスルが鳴った。後半が開始するらしい。麗奈は祈るような気持ちで健斗を見つめていた。するとだった。


「……ヒロッ!!」


マナがスタンドからギリギリの柵まで来て、ヒロに声をかけた。するとヒロは驚くように振り向いてマナを見た。ヒロとマナは少し見つめ合った。そしてマナは祈るような目でヒロを見つめる。


「……しっかりねっ!!」


「……おう。」

ヒロはそう笑ってグラウンドの方へと歩き出した。すると健斗もそれと同じようにグラウンドに向かっていく。


「……健斗くんっ!!」


麗奈の声に今度は健斗が振り向いた。じっと麗奈を見つめる。しばらく見つめ合ってから、麗奈は何か声をかけなきゃっと思って必死に言葉を探した。


「……無理……しないでねっ……」


消えるような声で口から出た言葉がそれだった。健斗には聞こえてないかもしれなかった。


だけど健斗は麗奈を見ながらゆっくりと微笑んだ。それから何も言わずに、グラウンドの方へと向いて麗奈から遠ざかっていった。


無理しないで……


麗奈はただそれだけを祈るように心の中で呟いた。


「……おっ♪間に合った間に合った。」


突然麗奈の知ってる声が聞こえた。麗奈は慌ててその声のする方へと顔を向けた。すると階段の方から麗奈に向かって、歩いてくる人物がいた。


「南先生っ!」


そう。南先生が笑いながら歩いてきたのだ。突然の登場に麗奈は驚いていた。だが、もっと驚いたのは……


「南先生っ?」


麗奈のいる三段上のスタンドから結衣がそう声をかけた。すると南先生は結衣の方へと視線を向けると、結衣の姿を確認して懐かしそうに笑った。


「あら~っ!早川さんじゃないっ?元気してたぁ?」


「はいっ!」


「南先生、いつからいらしてたんですか?」


麗奈が目の前の南先生に訊くと、南先生はゆっくりと笑って答えた。


「今来たのよー。ちょっと仕事から手が離せなくってねー?でも結構いいタイミングだったみたいね。ギャラリーも結構いるし……」


麗奈はそれを聞いて、すぐに周りを見渡した。すると南先生の言うとおり、スタンドの周りに人が少し増えていた。


するとだった。


「間に合ったかなっ?」


「これから始まるみたいだけど……」


二人の高校生の声がした。違う制服だったから目立っていた。でも明らかに高校生。そんな彼らが麗奈たちのいるスタンドに近づいてくる。するとそれに気づいた早川がまた驚くような声をあげた。


「前田くんっ!横内くんっ!」


前田と横内と呼ばれた高校生二人はすぐに結衣の方を見た。そして彼らも同様に驚いたような顔を浮かべた。


「あ……もしかして、早川さんっ?」


「うんっ!」


「うわっ……久しぶり。っていうか髪切ったでしょ?随分雰囲気変わったね?」


前田と呼ばれた人がそう笑いながら結衣に言うと、結衣は照れくさそうに笑って頷いた。


「うん。少しね……前田くんたちも応援しに来てくれたの?」


「うん。まぁね……ヒロから事情は聞いてたし……って、あれ?もしかして南ちゃん?」


今度は南先生の方に気がつくと、彼らはこちらの方に近づいてきた。南先生は彼らの顔を見て、また懐かしそうに笑った。


「あら。琢磨くんに佐久くんじゃない。二人とも元気そうねー?」


「南ちゃん何でここにいんだよ?」


「あら、何よ?あたしがここにいちゃいけないってわけ?」


「そうじゃないけどさぁ~……仕事とかねぇのかよ?」


やけに親しげに話す彼らの正体が麗奈にはようやく分かった。健斗とヒロの話していた、神乃中サッカー部の部員だった、琢磨と佐久という人なのだろう。彼らも事情が知っている上に応援に駆けつけてくれたのだ。


一気にギャラリーも増えたような気がした。そして麗奈はゆっくりとグラウンドの方に目を向けた。







「……おい、健斗。見てみろよ。」


健斗が体を慣らすように体操していると、ヒロが近寄ってきてそう言ってきた。健斗はヒロの方を見て不思議そうに言った。


「何を?」


「スタンドのとこ。何かめっちゃギャラリー増えてんだけど……」


「え?」


健斗は思わず驚いた声をあげながらスタンドの方を見た。確かにさっきよりギャラリーが徐々に増えている。部活の格好をした人や普通の制服の人などがいる結構増えている。どうしてだろうか……?


それにその中に知っている人もいた。間違いなかった。


スタンドの一番下の段に、南ちゃん、そして佐久と琢磨がいた。三人とも応援にかけつけてくれたのだ。健斗は照れくさそうに小さく笑った。


「……こりゃ負けられないな。」


「そうだな……しっかし手厳しいなぁ~?洗目相手に四点差だろ。いくら二軍とはいえ、お前的にどうなのよ?」


確かに厳しいと言えば厳しいのかもしれない。相手は二軍とはいえ、あの洗目高校だ。それなりの実力はあるのだろう。


だが健斗は鼻を鳴らしてふんっと言って笑った。


「……関係ねぇよ。四点取られてんなら、五点取り返す。ただそんだけだ。」


「……あっそう。」


「……あっ!そうだ、ヒロっ!これ。」


「うんっ?」


健斗はヒロにあるものを投げて渡した。ヒロは不思議そうにそれを受け取った。それはあのスポーツブレスレットだった。ヒロはそれを見ると驚くようにして健斗を見た。


「お前っ……これっ!」


「つけとけよ。俺らにとって、すげー大事なもんだからな。」


健斗がそう言うと、ヒロは少し戸惑っていたが、やがてふっと表情を緩めるとグローブを取ってそのブレスレットを腕につけた。


健斗はそれを確認すると笑って、同じようにブレスレットを腕につけた。久しぶりにつけたこのブレスレット……健斗とヒロ……そして翔との三人の絆の証……


「うわっ!やっべぇっ!俺すっげーやる気が上がってきた。」


ヒロは子供のようにはしゃぎながらそう言った。不思議と健斗も同じような気持ちだった。ドキドキ感というよりも、そうだ……ワクワク感の方が強い。


相手が強いだの、そんなの関係ない。むしろ強いとことやる方が燃えるじゃないか。健斗はニヤリと笑った。


そしてそろそろみんながポジションにつき始める。健斗はそれを見ながら、相手のポジション配置をじっと見つめた。頭の中を冷静にし、観察する。


明らかに相手はこちらを下手だと見ているらしい。ニヤニヤと笑っている。


「……ふ~ん……」


健斗は太陽の位置を確認した。そしてキーパーの位置、そして相手のDFの最終ラインの位置……


「……ヒロ……」


健斗がボソッと声をかけると、ゴールの方に向かおうとしたヒロがすぐに振り向いた。


「あん?」


健斗はヒロの耳元に囁くように何かを呟いた。すると、ヒロは少し驚いた顔をして健斗と同じように太陽の位置、そして相手のキーパーとラインの位置を確認した。


するとヒロは面白そうにニヤリと笑った。


「……なるほどね。」


「行ける?」


「任せとけ。」


ヒロはそう言うと、ゴールの方へと走っていった。


健斗はふぅっと高鳴る鼓動を抑えるようにため息を吐いた。キックオフはこちらからのようだ。


健斗はセンターサークル内に入って、ホイッスルが鳴るのを待った。


あのときと同じだ。心臓が大きく高鳴っている。


ドックン……ドックン……ドックン……


するとホイッスルが鳴った。


後半戦が開始された。




ついに健斗とヒロが加わりました。こっからさらにスポーツの色が強くなっていきます。


要所要所でサッカーの用語等などの解説も加えていきます。


あと質問などもしっかり受け付けます。


それでは第9話、ラストに向けて……どうぞっ!!



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