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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.60

「じゃあ今日はこれで解散にします。明日までに各自それぞれのパートの部分を確認して、修正してきてください。特にクラリネットの人は少し遅れています。じゃあ、お疲れ様でしたー。」


全体練習を終えて、部長の解散の号令が出て、吹奏楽部の部員一同はみんなバラバラと散っていく。


麗奈はその中、いそいそと楽器をしまっていた。そして音楽室の時計に目をやった。お昼少し過ぎだ。良いタイミングに終わってくれたものだ。


そんなことを考えているとだった。


「麗奈ちゃーん。」


間延びした声で話しかけてきたのは、円と奈津紀だった。二人は既に帰る支度を済ましてあり、鞄をもって麗奈のところにやってきたのだ。すると奈津紀が微笑みながら言ってきた。


「これから暇?三人でお昼でも食べに行かない?」


「えっと……」


せっかくのお誘いだったが、麗奈はその誘いに乗るわけにはいかなかった。


「ゴメンね。私、ちょっと用事があるから……」


「え~、用事?用事って何の?」


「えっと……」


麗奈は返答に困るように戸惑った。こういうのって、一体どういう風に説明すればいいんだろう。


「これから……あの……サッカー部の練習試合を応援しに行くの。」


「サッカー部のっ?え、どうして?」


「どうしてって言われると……」


そこには色々と複雑な事情が絡んでくる。だから今ここで全てを説明することは難しかった。だが、その沈黙がいけなかった。奈津紀は戸惑う麗奈を見てニヤニヤと笑い始めた。


「あ、分かったぁ!サッカー部に気になる人がいるんでしょ?」


「えっ?そういうことじゃないよっ!ただ、ちょっと色々と事情があって……」


「嘘つきー。麗奈ちゃんにはもう山中がいるじゃーんっ。」


「ちょっとっ!何でそういうことになるのっ?もうっ、ナッチャンっ!」


すると、麗奈のことを面白半分でからかってくるナッチャンの隣で円が、何かを思い出したかのように「あっ!」という声をあげた。


「そういえば今日、すごく強いとことやるんでしょ?」


「そうなのっ?」


麗奈はその相手のチームがどのくらい強いのかは知らない。ただ、負けたらサッカー部は廃部だということを聞かされていた。


――とにかく行かなきゃ!


「ゴメンッ!私もう行くねっ!」


麗奈はそう言いながら、鞄を持って走って音楽室を後にした。


「あ、待ってよぉっ!」


奈津紀が麗奈にそう言ったときはもう遅かった。麗奈は音楽室をすでに後にし、すごい速さで階段を駆け下りていった。残された円と奈津紀は唖然としていた。


「……どうする?」


円が奈津紀の顔を見上げながら言った。すると奈津紀は面白そうに小さく笑って見せた。


「面白そうだからついて行ってみようか?」


そう言って、奈津紀も走り出して麗奈の後を追いかけ始めた。突然のスタートダッシュに円は驚き反応出来なかった。


「あ、待ってっ!」


そう言って奈津紀の後を追いかけようとして走った。すると椅子に当たってしまい、円は思わずこけてしまった。







麗奈は息を切らしながら階段を駆け下りて、グラウンドへと向かっていた。昇降口で靴を履き替え、さらに走ってグラウンドの方へと向かう。


グラウンドには何人もの人が集まっていた。サッカーゴールが設置され、神乃高サッカー部と、もう反面のコートにはユニフォームの異なったチームが声を出しながら練習をしている。


麗奈は呼吸を落ち着かせるようにスタンドの方へとゆっくりと歩いて、そこから立ちながらグラウンドを見下ろした。そして神乃高サッカー部の方を目を凝らして見てみる。


麗奈の知っている人はほとんどいない。しかし、十何人の人がゴールに向かってシュート練習をしている。それよりも、麗奈は周りを見渡したりしていた。


「……健斗くんたち……まだ来てないのかな?」


グラウンドの雰囲気から、もうすぐ試合が始まりそうだった。しかし健斗とヒロの姿は見当たらない。もしかしてまだ、こっちに帰ってきてないのだろうか?


そんな風に不安に感じているとだった。


「麗奈ちゃんっ!」

後方から麗奈を呼ぶ声がした。麗奈はすかさず後ろを振り向いた。すると、遠くの方から結衣が走ってくるのが見えた。部活の格好をしたまま、テニスラケットを持って走ってくる。


「結衣ちゃんっ!」


結衣は麗奈の隣に着くと呼吸を落ち着かせようと、胸を手で抑えながら大きく深呼吸をした。そして、身をかがめながら麗奈のことを見上げた。


「試合、まだ始まってないよね?」


「うん。そうみたい。でももうすぐ始まりそう……」


「健斗くんとヒロくんは?」


「……まだいないみたい。」


結衣はそれを聞くと口を閉じた。そしてゆっくりと体を上げて、麗奈と同じようにグラウンドに目を凝らし始めた。


「結衣ちゃん、部活は?」


「うん。まだ途中なんだけど……こっちの方が気になって……」


「そっか……」


そんなことを話しているとだった。後方から誰かが走ってくる音がした。健斗たちだろうか?そう思い、期待を込めた目で麗奈と結衣は同時に後ろを振り向いた。


しかしそこにいたのは、健斗たちではなかった。何と、袴姿のマナだった。トレードマークのポニーテールを揺らし、走りにくそうにたどたどしく走ってくる。


「おーいっ!二人ともぉっ!」


「マナッ?」


「マナッ!」


マナは麗奈と結衣の元にたどり着くと、大きく肩で呼吸をしていた。


「ま、間に合ったぁ……」


「マナも部活中なの?」


「うん。でもこっちが気になって、抜け出してきたの。」


マナは呼吸を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。そして麗奈を見上げると、不安そうな表情で聞いてきた。


「健斗とヒロは?来てるっ?」


「あ……ううん……まだみたい。もうすぐ始まるみたいなんだけど……」


そうなのだ。本当に一向に健斗たちは姿を見せない。このままでは本当に試合に間に合わないかもしれない。


そういえば昨日の夜も、健斗は苦笑いを浮かべて、間に合うかどうか分からないと言っていた……それにもしかすると……上手くいかなかったのかもしれない。


色々な不安が麗奈の中にこみ上げていた。


「健斗とヒロ、今昔の友達に会いに行ってるんだよね?」


マナが麗奈にそう訊いてきた。どうやらマナも、その辺の事情を詳しく知ってるらしい。麗奈はその言葉に応えるようにゆっくりと頷いた。


「うん。私が起きたときにはもう……健斗くんはいなかったから……」


「そっか……」


「確かすごい遠いとこなんだよね。県外だって、健斗くん言ってたよ。」


結衣も心配そうにそう言った。結衣の言うとおり、ノブと龍太という人は県外の名門私立校に今通っているという。


そこでサッカー一筋に頑張ってるとか……もしかしたら、会えなかったのではないか?と麗奈はまたそう思った。


「大丈夫だよ。」


マナが力強い口調でそう言った。澄んだ目で、まるで自分に言い聞かせるようにして言ってくる。


「大丈夫。健斗とヒロは絶対来るよ。何だかんだ言って、松本事件のときもちゃんと来たんだからっ!」


「……そうだよね。」


マナの言葉に、麗奈は表情を緩めて小さく笑った。全ての不安がぬぐい去れたわけじゃないけど、幾分か気持ちがましになった。


今麗奈に出来ることは、二人を信じることだけなのだ。


「あれ?」


するとまた、麗奈たちの後方から声がした。麗奈たちはすぐに振り向くと、そこには奈津紀がいて、ゆっくりと麗奈たちのとこに近づいてきた。麗奈は少し驚いたような声をあげた。


「ナッチャンっ?来たの?」


「うん……面白そうと思ってついてきたんだけど……マナと結衣もいたんだね?」


奈津紀はそう言いながら、マナと結衣のことを見た。マナと結衣は顔を見合せて困ったように笑った。


「うん……こっちのことが気になってさぁ。」


「みんなして?そんなに気になることでもあるの?ただの練習試合でしょ?」


奈津紀の言葉に、結衣とマナは揃って麗奈の方を見た。二人の考えていることはなんとなく分かっていた。


奈津紀は事情を何も知らないのだ。だから奈津紀からしたら、ただの練習試合にどうしてこんなに集まるのかを不思議に思うらしい。結衣やマナなんて部活着のままだ。


「あのね、ナッチャン……今日の練習試合は、ただの練習試合じゃないの。」


「え……どういうこと?」


「あのね、今日の試合に負けたら……サッカー部は廃部になっちゃうの。」


マナがそう言うと、奈津紀は驚きの声を思わず呑み込んだ。


「嘘っ!本当に?え……なんで?」


「えっと……それには色々と事情があるんだけど……」


麗奈がそう言いかけると、麗奈の目に知ってる人の顔が飛び込んだ。少しぽっちゃりして、神乃高のユニフォームの背番号2番を背負っている人だった。


のんちゃんだ。のんちゃんは靴紐をしっかりと結んでいた。本当にもう試合が始まってしまうらしい。


そう考えていると、突然結衣がスタンドからグラウンドに続く階段の方へと駆けていった。突然のことだったので、麗奈もマナも奈津紀も驚いてしまった。


「あっ……結衣っ!」


麗奈が呼び止めたが結衣は止まらず、階段を下りていった。そして、一つ高い段の上からのんちゃんのことを見下ろした。


「野村くんっ!」


結衣が呼びかけると、のんちゃんはふと顔を上げて結衣の方を見た。のんちゃんは突然のことに驚いたように目を丸くした。


「早川さん?」


結衣はのんちゃんの目を真っ直ぐ見ていた。そして高鳴る鼓動を感じながら、ゆっくりと息を吐いた。


「野村くん……あの……頑張ってねっ!」


「え……?」

「負けないでっ!健斗くんたちなら絶対来る……だから、頑張ってっ!」


結衣からの激励の言葉を受けて、のんちゃんはきょとんと目を丸くしていた。だが、やがて事情を全て察したのかゆっくりと笑って見せた。


「……ありがとう……出来るとこまで、やってみるよ。」


そう言うとのんちゃんは静かに結衣の近くから去っていった。そしてのんちゃんは神乃高のベンチの方へとゆっくりと歩いていった。



その意外な状況を麗奈たちは唖然として見ていた。普段の結衣らしくない行動だった。あんな風に興奮したように、感情を露わにするなんて……何かこの試合に、結衣なりにも特別な何かがあるのだろうか……麗奈はそんな風に感じていた。


「ねぇねぇ、あれって何?もしかして結衣ってば……そういう感じ?」


奈津紀が面白おかしそうにそう麗奈に言ってきた。どうやら奈津紀は今の場面を全然違った解釈で捉えたらしい。麗奈は呆れるようにため息を吐いた。


「もうっ……ナッチャンっ!」


「あはっ……じょ、冗談だよぉ~。」


すると結衣が麗奈たちの元に戻ってきた。それとほぼ同時に、ピーッというホイッスルが聞こえた。その音を聞いた瞬時、麗奈たちは身体を強ばらせた。


とうとう始まってしまった。それぞれの選手が、それぞれのポジションにつき始めた。相手の選手はみんな身体が大きく、その逆にこちらの選手はみんな小さく見えた。本当にもう始まる寸前だ。

麗奈はもう一度周りを見渡した。健斗たちはまだ来ていない。麗奈は電話をかけようと思って、鞄の中からケータイを取り出そうとした。


そのときだった。


「……松本さんっ!」


結衣の驚いたような声とその名前に、麗奈はドキンッと嫌な心臓の高鳴りを覚えた。おそるおそる振り向いてみると、その高鳴りは一気に仰天へと変わった。


松本絢斗だった。相変わらずのイケメン振りで、さらついた髪を風に靡かせながら……松本絢斗が制服姿でゆっくりと麗奈たちのところに近寄ってきた。


「……よう。」


松本は結衣に穏やかに微笑んで挨拶をした。結衣も嬉しそうに笑った。そのやり取りに麗奈とマナは思わず目を疑った。


麗奈の頭の中には、あの忌々しい事件しか浮かんで来なかった。狂気の沙汰にいた松本に手を掴まれたときの恐怖を、麗奈は忘れることが出来なかった。


すると、松本がゆっくりと視線を麗奈に向けた。麗奈はビクッと体を震わせた。胸が痛いくらいに高鳴って、恐怖でいっぱいだった。


「……久しぶり……麗奈ちゃん。」


「え……あ……お、お久しぶりです……」


穏やかな口調に麗奈は戸惑ってしまった。しかしさらに驚いたことが続いた。


「あのときは、本当にごめんな?俺……君に酷いことをして……本当に申し訳ないって思ってる……」


そう言って松本は深々と頭を下げてきた。麗奈は突然のことに激しい動揺に駆られた。もちろんマナもだし、それを見ていた奈津紀も同じように驚いていた。

まるで人が変わったようだった。あのときの傲慢さが嘘のように消えている。一瞬、演技だろうかと思ったがそうではないらしい。それくらい、松本からの真摯さが伝わってきた。


「あ、あの……えっと……私、別に気にしてないので……その、顔上げてください。」


麗奈がそう言うと、松本はゆっくりと顔を上げてふっと微笑んだ。


「ありがとう。」


麗奈はその言葉にゆっくりと会釈をすることしか出来なかった。本当にまるで人が変わった。一体どうしてこんなに、穏やかな人になったのか……麗奈には不思議で不思議でたまらなかった。


でも、もう気にしていないというのは本当だった。あの事件は忌々しい記憶だったが、あの事件から得たものも色々とある。だから麗奈はそんなに気にしてはない。当然、松本に対する恐怖は残っていたけれども……


「あの……松本さん。」


結衣が松本に声をかけると、松本はすぐに結衣の方を見た。


「ん?」


「あの……相手の高校って強いんですか?」


結衣の質問には麗奈も同然だった。そういえば、円も言っていた。今日の相手は強い……と。でもそれがどのくらいの強さかは分からない。それが知りたかった。


松本はそう聞かれると顔をしかめてゆっくりと頷いた。


「……あぁ。強いな。俺らの代も、大会でここと当たって負けた。」


「そんな……」


麗奈は息を呑んだ。松本は県で三本の指に入るくらいの実力がある選手だって、健斗がそう褒め称えていたのを麗奈は思い出していた。


そんな松本のいるチームを、破った高校ということは……麗奈が想像しているよりもはるかに強いに違いなかった。


「ただ……あれは二軍だよ。」


「え?」


「あれは二軍だ。一軍じゃない。一軍は今頃自分たちの学校で練習してるんだろうな。わざわざ一軍がこんなとこまで来るわけがない。」


「じゃあ……」


二軍と聞いて麗奈は安心感が宿った。まだそこまで絶望的とは言えないのだろう。そう思った矢先だった。松本がさらに続けて言ってきた。


「ただ……二軍と言っても洗目の二軍だからな……少なくとも、うちよりはずっと強いと思う。」


松本がそう言った瞬間、ホイッスルが鳴った。グラウンドの中心で、ボールが動かされ始める。


ついに……試合が始まったのだ。



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