第9話 新たなる決意 P.59
健斗は龍太とノブに今までの事情を全て説明した。二人は何も言わず、ただ黙って頷いていた。
神乃高サッカー部の廃部の危機のことや、のんちゃんから力を貸して欲しいと頼まれたこと。そしてそのために健斗たちが今までやってきたことも全て話した。
「そっか……佐久と琢磨にも会ってきたのか。」
龍太はヒロからその話を受けると、懐かしそうに小さく笑った。二人にとっても佐久と琢磨は半年くらい会っていない。
「二人はサッカーやめたんだな……」
「あぁ。今は違う部活に入ってる。でも二人とも、それなりに楽しいって言ってたよ。」
「ふ~ん……」
ヒロの言葉を聞いて、龍太はそう呟いた。もしかしたら、龍太からしたらサッカーを続けて欲しかったという気持ちがあるのかもしれない。
神乃中サッカー部ではろくに出来なかったサッカーを……今度は高校で思う存分やって欲しい。今の龍太とノブのように、サッカーを続けて欲しい。
その気持ちは健斗も同じだった。健斗も二人には、サッカーを続けて欲しかった。
「……で?二人が今日ここに来たのは、その佐久や琢磨と同じ理由?」
龍太がそう聞いてきて、健斗とヒロは瞬時目を合わせた。そしてその疑問に答えるように健斗が頷いて言った。
「……うん……まぁ、そういえばそうだけど……特に二人には色んなことを含めて謝りたかった。」
「………………」
「別に今更昔のことを掘り返そうとは思ってないし……許してもらおうとも思ってない。ただ俺……あのときのことをそのままにしておきたくなくって……それで……」
「健斗らしいな。」
龍太は吹き出してそう笑った。
「そんな理由だけで、わざわざこんな遠い場所まで来たのか?」
「……うん。」
「バカだなぁ。俺らのことなんか気にしなくってもいいのに……昔のことは昔のことだろ?」
龍太はノブに同意を求めるように「なっ?」と言って笑った。ノブは少し不機嫌そうな顔を浮かべていたが、黙って小さく頷いた。
「やりたいんなら、やれよ。迷うことなんて何もないし……俺はぶっちゃけ健斗とヒロがまたサッカーをやってくれるのが嬉しいよ。」
「龍太……」
「それに、こうして会って話せたことで昔のわだかまりもなくなったしな。俺とノブがそっちに帰らなかったのって、お前らのことがちょっと気にかかってたからなんだぜ?」
「そっか……」
健斗は龍太の言葉を受けて、小さく笑った。龍太もノブも、健斗のことを笑って許してくれた……昔のわだかまりが解消されると共に、また一つ健斗の心の負担が解消された。大きな安堵感が、健斗の胸の内に宿りつつあった。
「……もう大丈夫なのかよ?」
「え?」
ノブが健斗を見ながらそう言ってきた。健斗は突破のことで思わず聞き返した。
「その、何つーの?心のトラウマってやつ。もう大丈夫なのか?」
ノブにそう聞かれて、健斗は言葉を詰まらせた。そうだ。健斗が今までサッカーが出来なかった、その一番の原因はまさにそれだった。
翔の死に対する恐怖が生まれ、健斗はサッカーが出来なくなっていた。そんな状態では、とてもサッカーを続けることなんて出来なかった。
だけど……
「……ちょっと、変な話してもいいかな……」
「うん?」
健斗はそう言いながら、ゆっくりと目を閉じた。目の前は真っ暗で何も見えなかった。
「……今まではこうやって目を閉じたら……すぐに翔の顔が浮かんだんだ。笑ってる翔や、泣いてる翔……俺の中に残っている翔が……もちろん、あの事故が起こったときのことも……」
他の三人は黙って健斗の話を聞いていた。健斗は自分の胸に問いかけるような、そんな気持ちでさらに話を続けた。
「いつもそれが辛かった。つらくて怖くて……どうすればいいのか分からなかった……俺はずっと、こうやって生きて行かなきゃいけないのか?ずっと怖い思いをしながら……それって何の意味があるんだろうって思ってたんだ。でも同時に、それが俺の翔に対する償いだって思った。罪悪感と、失望感をこの先ずっと抱えながら生きていく。それが……」
でも……そんな健斗を心の闇から救ってくれたのは、やはりあの言葉だった。
健斗はゆっくりと目を開けて、ゆっくりと笑った。
「そんなときさ、あるやつが言ってくれたんだよ。“もう迷わないでよ。苦しまないでよ”って……俺、そんなことを言われたの初めてで……嬉しかった。」
「………………」
「それで、この間翔の両親に会いに行ったんだ。そのときに翔の仏壇の前で手を合わせた……そしたら、手を合わせ終わったら……俺の中で……翔がいなくなってた。」
そう。もう翔は健斗の中にいなかった。こうして目を閉じても、辛いことなんてまったく思い出さない。その代わりに思い出すことがあった。
麗奈の笑顔だった。
そして麗奈の泣き顔だった。
麗奈の……怒っている顔……
健斗の中で、今こうして一番先に思い浮かぶのは……麗奈の全てだった。麗奈との思い出だった。
「……だから俺はもう迷わないって決めた。俺は……強くならなきゃって決めたんだ。だから……」
「……そっか。」
ノブが初めて笑った。健斗のことを見ながら、穏やかな表情で健斗のことを見つめていたのだ。そしてそれは龍太も同じだった。龍太もノブと同じように慈愛の目で健斗のことを見つめていた。
「それなら大丈夫だな。……迷うことなんて、何もねぇよ。」
「……うん。サンキューな、二人とも。」
健斗は笑ってそう言うと、ノブと龍太は小さく笑い合った。そして呆れるようにため息を吐いて、ノブは健斗を見て言った。
「……ったく。長げぇ間心配かけやがってよ。本当に……勝手なやつだよな、お前は。」
そう言ってノブはニヤリと笑った。健斗もその微笑みに向けて、ニコッと微笑み返した。するとノブは健斗の胸にドンっと拳を当てた。
「ただ、次はもう迷うなよ?」
「え?」
「またびびって、サッカー辞めまーすなんて言うなってこと。男なんだからよ。一度くらい、自分で決めた覚悟を貫いてみろよ。それが……俺たちとの約束だ。」
すっとノブは健斗の前に拳を突き出した。健斗はそれを見て、目を細めて思いっ切り笑って見せた。
「……おうっ!」
健斗も拳を突き出して、ノブと拳を当てた。健斗にとって、この上ないほどの堅い約束だ。もう二度と迷わない。
健斗はそう胸に誓った。こうして出会えたことで、ノブや龍太たちとの、昔のわだかまりも消えた。佐久や琢磨とも、もう大丈夫だ。みんな、健斗とヒロの新たな一歩をこうして応援してくれる。
そして竜平さんのことも、翔のことも、早川のことも……全てをやり切った。もう健斗のやり残したことは何もない。あとやるべきことは、ただ一つだった。
これから健斗たちには大仕事が待っている。松本とも約束をしたのだ。それに対しても、健斗は健斗なりのある考えがあった。
――こっからだ。こっから全部また始まるんだ。
健斗は心の中でそう呟いた。自分に言い聞かせるようにして、何度も何度もそう言い聞かせた。
健斗の中で、“新たなる決意”がようやく固まったのだ。