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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.58


「久しぶり……ノブ、リュウタ。」


健斗がそう言うと、ノブとリュウタは微かに頷いた。乾いた風が吹き抜ける。健斗は痛そうに目を少し細めた。ノブ――高橋信彦の姿がそこにあった。


中学のときはうんっと髪が長かったが、今はその髪もヒロと同じくらいの長さで、肌は日焼けで黒く染まり、背も中学のときから随分と伸びているようだった。そして大分筋肉がついている。体が大きく見えるのはそのせいだ。


だがそこには確かにノブの面影がある。やけに挑発的な視線で、健斗と度々意見の食い違いなどで衝突することもあったが……健斗は一度もノブを嫌ったことはなかった。


そしてもう一人……リュウタ――橋本龍太は髪型もほとんど変わってなかったが、こちらは大分背が伸びていた。中学のときから背の高い方だったが、高校に入ってから格段に大きくなっている。180センチはありそうだった。


二人とも制服姿だった。肩にはエナメルバッグをかけている。恐らくこの後部活なのだろう。


「……本当に久しぶりだな。中学卒業してからまだ半年も経ってないのに……もう随分長いことあってなかったような気がする……」


龍太が健斗たちにそう言ってきた。それを聞いて健斗は微かに口元に笑みを浮かべた。実質、あのことがあってから健斗はこの二人と会話をすることがなかったし、あまり姿も見かけることもなくなっていた。

だから変な話だが、感覚的に……少なくともこんな風に話すのは二年半振りだった。


「……姉ちゃん、ありがとうな。もう大学行けよ。」


ノブが健斗たちの隣で見ていた佐奈にそう言った。佐奈はノブにそう言われて、チラッと健斗のことを見るとやがて小さく笑ってみせた。


「そうね……じゃあ私はこれで……」


「あの……本当に色々とありがとうございました。」


健斗は佐奈に向かって頭を下げた。佐奈には本当に感謝しても仕切れない恩がある。佐奈は健斗のことを見ながら目を細めて微笑んだ。


「うん。またね、山中くん。あと真中くんも……それじゃあ。」


佐奈はそう言いながら踵を返して健斗たちの元から遠ざかっていった。健斗とヒロ、そしてノブと龍太はしばらくそれを見つめていた。


「……びっくりしたよ。」


「え?」


ノブが呟くようにそう言った。中学のときに比べると少し低くなった声で健斗を見ながら言ってきた。


「姉ちゃんとお前が知り合いだったなんてさ。こっちに帰ってきたときに、急に姉ちゃんお前の話をしたから……」


「あぁ……俺も本当に最近知り合ったんだ。ほら、あの商店街を抜けたとこのファミレスで……覚えてる?」


「ファミレス……あぁ、あそこ?なるほどね。」


ノブは納得するように頷いた。ノブもあのファミレスに健斗といっしょに行ったことがある。遠征の帰りとか空腹を満たすために部員でよく食べに行った。


そして健斗は少し戸惑いを見せて苦笑いを浮かべながら言った。


「えっと……元気だった?二人とも。」


健斗がそう言うと、ノブと龍太は互いに顔を見合わせた。そして分からないと言うように肩をすくめた龍太が言ってきた。


「元気って言えば元気だけど……強いて言えば部活が忙しくて大変かな。」


「そっか……」


「そっちは?」


龍太にそう聞かれて今度は健斗とヒロが顔を見合わせた。お互い困ったように肩をすくめた。その質問に答えたのはヒロだった。


「まぁ……そこそこかなぁ。ちょっと最近忙しいって言えば忙しいし……」


「そう……」


会話が途切れた。会話が一度途切れるとそこから取り戻すことが難しくなる。やはり健斗はそこに流れる気まずい雰囲気を感じていた。


健斗の脳裏に浮かぶのは、最後に神乃中サッカー部の部室を後にしたときに言われたノブの言葉だった。




――お前たち、絶対に許さないからなっ!!





「……あ~~っ!!」


突然ノブが苛立ちを抑えられないと言ったように、頭をガリガリと掻きながら突然大声をあげた。健斗とヒロ、そして龍太も突然のノブの行動に驚いて三人ともノブを見つめた。


ノブは大きく息を吸い込んでは吐いて、すると健斗とヒロをきっと睨みをきかした目つきで見てきた。その視線に健斗はビクッと体を震わせた。


「……やめだっ!やめっ!」


「え……」


健斗が呆然としているとノブが健斗とヒロのことをビシッと指さしてきた。


「俺、お前らに会ったら昔のこと、とりあえず色々文句言ってやろうと思ってたんだ。……でも気が変わったっ!!こんな気まずい雰囲気、俺には耐えられんっ!!」


「ノ、ノブ……」


「だからとりあえずっ!!昔のことは水に流すぞ。お前らも、俺らに変な気ぃ遣ってんじゃねーよっ。調子狂うだろっ!!」


健斗とヒロ、そして龍太は呆然としてノブのことを見つめた。そして健斗は可笑しさを感じてぷっと吹き出した。それに乗じるようにヒロも、さらには龍太も笑い出した。


可笑しくって仕方なかった。風貌は結構変わったのに、中身はまんま昔のまんまだった。健斗は次第に耐えきれなくなって腹を抱えて笑った。ノブや龍太に対する気まずさが一気に解消されたような気がした。


「そうだな。」


龍太が笑いながらそう言った。


「ノブの言うとおり、とりあえず昔のことは忘れようぜ。健斗とヒロも俺らに話があってわざわざ来てくれたんだもんな。……とりあえず、あっちで座って話すか。」


「いや。」


「へ?」


ノブは突然を身をかがめて肩にかけていたエナメルバッグを開けた。そして中から取り出したのは、紛れもなくサッカーボールだった。龍太はそれを見ると驚いたような顔を見せた。


「おまっ!それ部活のじゃんっ?」


「いいんだよ。今日返せばいいだろ?……ほら。」


ノブはそう言いながら、健斗に向かってそのボールをパスしてきた。健斗は戸惑いながらボールを受け取ると、もう一度ノブの方を見た。ノブ笑って、健斗のことを見ていた。


「久しぶりに1対1やろうぜ、健斗。」


「は?」


「いいだろ?やりながら話せばいいじゃん。その俺たちに話したいことってやつ。久しぶりに会ったんだから、俺がとうの昔にお前を抜いてることを証明してやるよ。」


健斗は戸惑っていると、ノブは制服のブレザーを脱いでカーディガン姿になった。そして滑り台から離れて、健斗のことを誘うような目で見る。


「ほら。早く来いよ。」


「……………」


健斗はボールを蹴りながらノブの前に立った。数メートル、お互いに距離を取り合った。ノブは少し歩いて、線を足で引いた。そして徐に健斗のことを見て言ってきた。


「この線までいったらお前の勝ち。止めたら俺の勝ちな。」


「……分かった。」


健斗が了承すると、ノブはネクタイを緩め始めた。動きやすいようにするためだ。そしてまた、健斗と数メートルの距離を取る。


健斗は胸が高鳴った。まさかこんな展開になるとは予想していなかったからだ。昔はノブと1対1をよくやったのを健斗は覚えていた。しかし、健斗はノブに一度も負けたことがない。


そこまで言うということはよっぽどの自信があるのだろう……胸の中に何か熱いものを感じた。ドキドキ感が、ワクワク感へと姿を変えていた。





ヒロと龍太は少し離れたところで二人の様子を伺っていた。まさかこういう展開になるとは、ヒロも龍太も予想はしていなかった。


「なんでこうなるかな……」


龍太は呆れるように大きくため息を吐いた。ヒロはそんな龍太を見ながら、可笑しさを感じて吹き出して笑った。


「変わってねーな、ノブ。ああやっていつも健斗に1対1を申し込んでたよな。“今日こそ勝ってやるっ!”って。」


「一回も勝ったことないけどな。」


「でもすげー自信ありげだったじゃん。あいつ、今すごいの?」


ヒロの問いかけに龍太は少し黙り込んだ。


「……見てれば分かるよ。」





健斗はぐっと力を込めた。いつも1対1をやるときはそうしていた。松本とやったときもそう。目の前には相手しか見えなくなる。相手をどう抜こうか考えてみる。健斗は私服が動きにくいと感じたが、条件はあっちだって同じだ。


「……行くぞ。」


「来いっ!」


健斗はボールを蹴ってノブに向かっていった。久しぶりの感覚だった。以前松本と勝負したときと同じような気分……いや、そうではない。あのときはまだ迷いを感じながらやっていた。


でも今は違う。あのときとは違うんだ。


健斗はノブに向かっていくと、ノブもDFの体勢を取った。健斗の抜くコースを右に限定する。その感じはまさしく松本と同じだった。


しかしコースの限定なんて健斗には関係ない。健斗には相手にボールを取られないくらいのキープ力、そしてテクニックがある。


健斗は一気にノブを抜きにかかった。ところがだった。


ノブは健斗のボールに足を伸ばして微かに触れた。健斗は思わず驚いて、ボールをノブから遠ざけた。ノブはニヤリと笑いながら、ボールを遠ざける健斗にプレッシャーをかけに来た。


――こいつ……DFが上手くなってる。


それもそのはずだ。ノブは今やスポーツ推薦で名門私立校でサッカー漬けの毎日を送っている。ノブのかけてくるプレッシャーは並み大抵のものではなかった。


健斗は思わずボールを遠ざけながら相手に背を向けてしまった。完全に守りの体勢に入った。






「健斗が背負ったっ!」


ヒロは驚いていた。健斗のドリブルを止めて、ああやって自分に背を向かせるやつなんてそうはいない。健斗のドリブルはいつも切れがよすぎて、足を出すことさえできないからだ。

少なくとも、ノブは松本と同等か、もしくはそれ以上の実力を持っているということを意味していた。


「……へぇ、でも健斗やっぱすげーな。簡単には取られないなぁ……」


本来なら、あのボールに足が触れられた時点でバランスを崩しボールを奪われるのだが、健斗は違った。それは本来備わっていたボールをキープする力に優れているからであった。






ノブを背負ったまま、健斗は動けずにいた。その間、ノブは足を伸ばしたりして健斗にプレッシャーをかけてくる。


「……へっ!やっぱお前も落ちたなぁ。」


ノブがそんなことを言ってきたので、健斗はむっと心の中で何かが疼いた。そして、ノブがさらにプレッシャーを入れようと力を加えた、まさにその瞬間だった。


健斗はその力を利用するように、するっと紐を解くような感覚でノブを抜きにかかった。


これぞ健斗が相手を背負った状態に、相手の力を利用し、相手を受け流して抜きにかかるテクニックの一つだった。


“柔”のドリブルを始めた。


このまま加速を加えれば、あとはもうあの線を超えるだけだ。そう思って健斗は一気に力を込めた。


ところがだった。


ノブが体を当ててきた。あのテクニックではノブは怯まなかったらしい。大した反射神経だ。


が、健斗も当然それを読んでいた。ボールをピタッと止める。それにつられてノブの体も一瞬硬直するかのように止まった。その瞬間を見定めて、健斗は瞬間速度で加速を加えた。


「ぐっ!」


ノブの苦しげな声が聞こえた。


ストップ&スタートというテクニックだった。人間、瞬間的に体のスピードを緩めるとそれに反応することが難しい。これで決まると思った……ところがだった。


「おりゃぁっ!!」


ノブをほとんど抜きかけていたのだが、最後にノブがそれをさせまいと足を伸ばしてきた。その足がボールを捉えた。ボールは横に蹴り出された。


「あっ!」


健斗は体の動きを止めた。ボールは横に流れて、ヒロと龍太が立っているとこに転がっていった。


健斗は呼吸を荒くしながらその転がっていったボールを見つめた。止められてしまった……ということは……


「……ハァ……ハァ……ハァ……」


息遣いを荒くしながら、ノブの方を向いた。ノブも息を荒くしながらスライディングの形で座り込んでいた。そうか……最後はスライディングをされて止められたのか……


ノブはゆっくりと立ち上がって、額に溜まった汗を拭った。呼吸を荒くしながらゆっくりと健斗と向き直る。健斗は呼吸を落ち着かせるため、ゆっくりと目を閉じた。やがて呼吸が落ち着くとゆっくりと目を開けて、小さく笑った。


「……やられたよ。すげー上手くなったなぁ……ノブ……」


「………………」


ノブは何も言わなかった。何も言わず呼吸を整えながら、健斗のことを黙って見つめていた。


するとそんな健斗たちの元に、ヒロと龍太が近寄ってきた。龍太はボールを片手に持ちながら小さく笑いながらノブに言った。


「ノブ、もういいだろ?」


「……………」


「え……何が?」


健斗はきょとんとして龍太のことを見つめた。するとノブは悔しそうに「くそっ!」と言い捨てた。健斗は何のことか分からず、龍太のことを見つめた。


「こいつ、ずっと言ってたんだよ。まずお前に会ったら、1対1をやるって。自分の方が上だって見せつけるんだって。」


「あぁ……そっか。確かにな。ノブの方が一枚上手だったな。」


健斗はそう言いながらノブにゆっくりと笑いかけた。しかしノブは納得がいかないような顔をして健斗を黙って見つめていた。


「いいんだよ、健斗。気遣わなくっても……」


「え……」


龍太の言葉に健斗は思わず目を見張った。その視線の範囲にヒロも映って、ヒロも同じように健斗のことを見ていた。龍太は穏やかな顔でそう言った。健斗は胸が一つドクンと高鳴った。


「……お前、手ぇ抜いてただろ?」


龍太にそう言われて健斗は微かに戸惑った。


「別に……そんなこと……」


「隠すなよ。お前が本気でノブを抜きにかかるんだったら、最初から“柔”の方じゃなくって“剛”の方を使ってただろ?」


健斗はそれを言われて返答に困った。確かに、健斗は本来自慢の足の速さを使ったスピードで抜きにかかるドリブル……“剛”のドリブルが得意である。


健斗には二種類のドリブルを持っている。一つは、さっきのようにあらゆるテクニックを使い、相手を翻弄して抜きにかかるドリブル……それを健斗は“柔”のドリブルと呼んでいる。


そしてもう一つは、最後の松本との勝負のときに見せた、テクニックなんてほとんど使わないスピードだけで相手を抜いていくドリブル……それを健斗は“剛”のドリブルと呼んでいる。


でも“剛”の方はある程度の条件がないと使えない。感覚が以上に研ぎ澄まされている……そう、あの松本との勝負のときや、グラウンドの広さにもよる。


少なくとも、この公園くらいの広さでは“剛”は使えない。使ってしまえば、勢いが余り過ぎて怪我をしかねないからだ。


でも……理由はどうあれ、健斗は本当の意味で本領を発揮していない。つまりは、ノブに対して手加減をしたということになってしまう。これほどの屈辱はないだろう。


こっちは二年半サッカーから離れ、ノブの方はずっとサッカーをやりつづけ、今や名門私立校で高いレベルで練習をしている。


努力が天才を超えることはできなかった……ということになろうか。


健斗はそれを思うと、胸が痛んだ。


「そんなことねーって。俺は精一杯やったよ。確かに“剛”は使わなかったけど、でも“柔”で俺は――」


「もういいよ。」


健斗の言葉を制したのはノブだった。ノブは溜まった唾を地面に吐き捨て、空を仰いだ。


「どっちにしろ、俺はお前にほとんど抜かれかけた。足がボールに当たったのはたまたまだ。」


「……ノブ……」


「……あ~あっ!!お前にそろそろ勝てると思ってたんだけどなぁっ!!くそっ!!本当にお前は化け物だよ。」


ノブはそう言いながら、健斗に悔しそうに背を向けた。だがしかし、健斗は一瞬だけノブの表情を見た。ノブはどこか嬉しそうに笑っていた。


そのとき健斗は、佐奈が言っていた言葉を思い出した。


――あの子は今でも、あなたに憧れています。


……そういうことか。健斗は表情を緩めてノブを見た。


「……さて、じゃあそろそろ本題に入ろうか。二人とも……」


龍太がやけに真剣な表情になって健斗たちを見てくる。健斗はぐっと表情をまた強ばらせて龍太を見つめた。


そうだ。自分は二人に話があってここに来たんだ。健斗はヒロのことを見ると、ヒロはゆっくりと頷いてきた。


健斗はゆっくりと息を吸い込んだ。


「……あぁ……実は……」


健斗がそう口を開くと、公園の側に親子が通りかかった。親子は楽しげに歌を高らかに歌っているのを、健斗はなんとなく聞いていた。




久しぶりに健斗のサッカーをやる場面を描きましたが……伝わったでしょうか?


サッカーをあまり知らない人のために、今回出た“ストップ&スタート”というテクニックを説明いたします。


これは本文中にも書いてあった通り、ドリブルのテクニックの一つです。


名前通り、ドリブルをしているとき並んでいる相手に対して、ドリブルの緩急をつけることで相手を抜くというテクニックの一つです。


野球で言えば……チェンジアップのようなものです。緩急の差をつけて、相手の意表をつくのです。




“柔”のドリブルと“剛”のドリブルは自分が勝手に想像したものなので、サッカー用語にはそんなものありませんので御了承ください



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