第9話 新たなる決意 P.54
麗奈は地図を頼りに、全く知らない道を歩いてた。部活が終わり、日が傾きかけていた。日が暮れるまでにはそこに着きたかった。
でもこの辺は麗奈は来たことがなかった。神乃高とは全く違う道で、麗奈は少し不安を感じながらも地図を読み取りながら先へ先へと進んでいた。
すると麗奈の左手に大きな坂が見えた。麗奈は少し小走りでその坂に前まで走って行った。
麗奈はその坂の前で立ち止まり、もう一度地図と見比べてみた。
この坂を上れば、神乃中だってこの地図には書いてある。少し不安だが、多分大丈夫だろう。麗奈は意を決してその坂を上り始めた。
緩やかな坂だったが結構長く、麗奈は息を切らしながら、長い坂を上っていった。ここまで来るのにかなり時間をかけてしまった。どうせだったら、元神乃中の人に案内してもらうんだった。それこそ、奈津紀とかに。
でも――
と考えていると、坂から子供たちが何人か下りてくるのが見えた。どうやらこの先に学校があるのは間違いないらしい。中学一年生くらいの四人組の男の子が麗奈を見ると、元気よく挨拶をしてきた。
「こんにちはー!」
「あ、こんにちは。」
麗奈は立ち止まってにっこりと微笑んで挨拶を返した。こうして挨拶をされると気持ちよいものだ。
「神乃高の人ですかぁ!?」
「バカッ!お前見れば分かるだろ。」
「うちの中学に何か用ですかぁっ?」
どうやらこの子たちは部活帰りらしい。何の部活かはちょっと分からないが……何しろ彼らは制服だった。麗奈はそう尋ねられて、微笑みながらゆっくりと頷いた。
「あ、うん。えっと……ここの先生に用があって……南先生っているかな?」
すると男の子たちは無邪気な笑顔を見せながら大きく頷いた。
「南ちゃん、いるよなぁ?」
「うん。どうせまた保健室でお茶でも飲んで暇してるんじゃない?」
「怪しい薬品作ってるかもっ!」
そう言って男の子たちは笑い合っていた。怪しい薬品って……一体どんな先生なのだろう。だが相当慕われている先生ではあるらしい。ともかく学校にはいるということが分かった。
「そっか。この先行けば学校なんだよね?」
麗奈がもう一度聞くと、寛太みたいな坊主頭の男の子が大きく頷いた。
「そうっすよ。」
「そっかぁ。ありがとうね♪」
麗奈がにっこりと微笑んで笑うと、男の子たちは表情を強ばらせた。すると突然四人で罵り合い始めた。
「あ、お前顔赤くなってんぞ!」
「はぁっ?なってないしっ!お前の方こそ赤いぞっ!お姉さんが可愛いからってさ。」
「お姉さんにドキドキしてんのかよー。」
「そういうお前だってっ!」
「お、お姉さん今度僕らとお茶しませんか。」
麗奈はそんな四人の様子を見ながらクスクスと笑った。中学一年生と言っても立派な男の子なのだ。何だか可愛かった。お茶なんて、どこで覚えた口説き文句なのだろう。
「ごめんね?お姉さん、彼氏がいるから。ありがとう♪みんな気をつけて帰ってね?」
麗奈はそう言いながら四人の男の子たちに手を振りながら歩いて行った。男の子たちは残念そうに唸りながら坂を下っていった。どうやら話題はすでに、明日のテレビ番組へと移っているみたいだ。
彼氏か……本当にそうなったらいいのにな。と麗奈は少し考えてみた。
だけどそんなこと起こり得ないだろう。何故なら健斗は麗奈のことをただの家族だと思ってるし、さらに健斗には結衣がいる。
麗奈は自嘲気味に笑った。それでもいいんだ。好きな人のために何かしてあげたいと思うのは当然だ。だから麗奈は今こうして神乃中に向かっているのだ。
坂を上り切ると、目の前に校門があって、それを通ると校庭と校舎が見えた。麗奈が予想していたのと違って、校庭は結構広々としていた。校舎からは生徒が出てきて、帰路についている。きっとあの男の子たちと同じ、部活か何かの帰りなのだろう。
麗奈は全体を見渡しながらゆっくりと学校の敷地内を歩いていた。すれ違う度、生徒から挨拶をされて麗奈もそれを笑顔で返していた。
――ここが健斗の通っていた中学か……
きっとこの中で楽しいこともあれば辛いこともいっぱいあったのだろう。
健斗にしたらそれがちょうど半々だったに違いない。
何だか健斗が持っている昔の世界を歩いているみたいで楽しかった。
どうやら校舎は小さな丘の上に立っているらしい。校庭からは見える景色は和やかで美しかった。自由な校風が感じられる。素敵な学校だ。
麗奈はそう感じながら校舎の中に入った。来賓用スリッパが置かれていて、麗奈はそれに履き替えるとふぅっと一息吐いた。さて……肝心な保健室はどこなのだろうか?
すぐ目の前に職員室があって、そこで聞こうと思ったのだがどうやら必要なしだった。
麗奈の横を挨拶しながら通り過ぎようとしていた女の子二人組に声をかけた。
「あの、ちょっといいかな?」
「はい?」
三つ編みで眼鏡をかけた女の子が振り返って麗奈を不思議そうに見上げた。少し戸惑っているようだ。麗奈は安心させるようににっこりと微笑んだ。
「保健室ってどこにあるのか教えてもらってもいいかな?」
「ほ、保健室ですか?保健室なら……そこの角を曲がったところです。」
麗奈はその指で指し示しめされた場所を見た。そして視線をゆっくりと戻してまたにっこりと微笑んだ。
「そっか。ありがとう♪気をつけて帰ってね?」
「は、はい。」
三つ編みの女の子とショートカットの女の子は麗奈に素早く頭を下げてきた。麗奈も微笑みながらお辞儀を仕返し、保健室へと向かった。
「綺麗な人だったね~?」「神乃高の人かなぁ……素敵な人。」というような会話が聞こえて麗奈はちょっと気恥ずかしい気がした。
少し歩いて女の子の言われた通り、角を曲がったところに、保健室と書かれた標識を発見した。麗奈はその教室の前まで行き、ドアに貼られてる物を見た。
先生がいるかどうかというものを示す表だったが、何だか変なイラストがついている上に少し勝手が違った。
・暇ーっ!!ただちに入ってこいっ!!
・お茶飲みたいんなら入れば?
・暇じゃないけど、別に入ってもいいよー。
・めちゃくちゃ忙しい!!出来れば来るなっ!!
・新しい薬品を開発中……死にたくなかったら入るべからず……
・いませーんっ!テヘッ☆
「な、何だろう……これ……」
あの男の子たちが言っていたことってこのことだったのか……
一応「・お茶飲みたいんなら入れば?」という表の横に緑色のマグネットが置かれていた。
「……入って……いいんだよね?」
麗奈は少々戸惑いながらドアを軽く二、三回ノックをした。しかし返事がなかった。なのでもう一度ノックをする。
しかしまた返事がない。いないのだろうか?
「……失礼しまーす……」
麗奈はおそるおそるドアを横に引いて開けて、中を覗いてみた。すると、神乃高の保健室とほとんど変わらない至って普通な保健室だったが、その中に白衣を来た女性が一人背中を向けているのが見えた。何かブツブツ言っている。
「……っし……っし……こだ……」
「あ、あのー……」
麗奈がおそるおそるその女性の背中に声をかけた。しかし女性は全く振り向きもしなかった。聞こえていないのだろうか?麗奈は戸惑いながら中に入ってからドアを閉め、ゆっくりと周りを見渡した。入ってから分かったが、少し薬品臭かった。
「……っし……よしっ!そうだっ!」
「ほぇっ?」
女性が突然歓喜の声を上げ始めたので麗奈は驚くようにしてその女性を見た。女性の耳からイヤホンが垂れているのが見えた。
「そうっ!!やったぁ!!きゃ~っ!!来たぁ~!!さっすがあたしのエンブレム!!そうよっ!そのまま突っ走りなさいっ!!……あら?」
女性が踊るように振り返ると、麗奈の存在に気づいたらしく目を丸くした。麗奈はポカーンと口を開けて唖然としていた。女性の手には古めいた黒のポータブルラジオがあって、そこから長い黒いコードが女性が耳にしているイヤホンまで伸びていた。
「……えっと……どちらさん?」
女性は首を傾げて麗奈に尋ねた。麗奈はしばらく驚きと戸惑いで言葉が出なかった。
健斗やヒロの恩師である、南先生の登場です。
色々と個性溢れるキャラにしたくって前話までとは打って変わったギャグ要素満載に溢れさせていただきました。
それにしても、麗奈がここまで圧倒されるなんてなかなかない光景で書いてて自分でも笑っちゃいました(笑)
ちなみに南先生の言っていた「エンブレム」とは、「アースエンブレム(Earth Emblem)」という実在する競走馬です。
別に何でも良かったのですが、名前がめちゃくちゃかっこいいので完全に作者好みで使わせてもらいました(笑)
競馬、全然知らないけど、アースエンブレム頑張れーっ!!