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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.51


早川の話を聞き終えてから健斗はなんとなく不思議な気持ち――暖かくて、どこか切ない、そんな気持ちを抱いていた。


早川は頬を赤らめていて、笑っていた。その記憶を懐かしむかのように……きっと早川にとっては本当に素晴らしい出来事だったのだろう。


その後早川はその二つのメダルを持ちつつ、両親の元に行くと……早川の予想に反して、両親は早川のことをすごく誉めてくれたらしい。一番綺麗な色は、両親にもちゃんと伝わっていたのだ。


「中学生になったとき、本当はすごくドキドキしてたの。翔くんに会えることがすごく楽しみで……」


「そっか。」


神乃中は、言っちゃえば第一と第二が合併するようなものだった。そのため児童数だって一気に増えるし、新しい出会いもたくさんある。


「一年生のとき、クラス違ったから話すことはなかったけど……でも二年生になってから、同じクラスになれて嬉しかった。もうそれから、四年も経ってるわけだから、あっちは覚えてないかもしれないけど……私は翔くんと色んな話をしたくって、だから翔くんと同じ委員会に立候補したんだ。」


「……確か、文化祭委員だったよな?」


「うん。」


健斗はそれを聞いて可笑しさを交えてクスッと笑った。


「あれさ、翔のやつ、ジャンケンに負けてあの委員会になったんだ。本当は体育祭委員をやりたかったんだけど、俺とジャンケンして負けたから仕方なくって……」


「うん、知ってるよ。翔くんから聞いたもん。でも……私は何だってよかったの。翔くんと同じ委員会なら……」


「……そっか。」


健斗は小さく笑って見せた。すると早川も同じように笑って、さらに話を続けた。


「五月……初めての委員会の仕事のとき……すごく緊張したのを覚えてる。どうしよう。何を話そうって……胸がすごくドキドキした。」


「……うん。」


「でもね、翔くん。私のことちゃんと覚えててくれたの。」





『早川だよな?』


『え?』


『俺、翔だけど……覚えてる?四年生のとき、合同運動会で――』




「すごく嬉しかった。私のことちゃんと覚えててくれてたんだって……その日から委員会じゃなくっても、結構話すようになって……た、たまにいっしょに帰ったりしたこともあって……」


早川はそのことを嬉しさ反面恥ずかしさを抱きながら顔を赤くして言った。健斗はその様子を見てクスッと笑いながら空を見上げた。


「そっかぁ。きっとあいつも……ずっと前から早川のこと気になってたんだろうな。」


「え……どうして?」


「うん?いや、ほら。あいつ、結構不器用でさ、そういう気持ちとか隠したがるやつなんだけど……五月くらいかな?翔、急に言ってきたんだよ。好きな人がいるって。」


「……それって、私……なんだよね?」


健斗は笑いながら小さく頷いた。そのことは以前早川に話したことがあった。早川は恥ずかしそうにしてたけど、健斗はまた可笑しさを感じ小さく笑った。


「あいつあのときさ、好きな人が“いる”って言ったんだ。“出来た”とは言わなかった。だからもしかしたら……俺も早川も知らない、もっと前から早川のこと……好きになってたのかもしれない。」


少なくとも翔は中学に入ってから早川の存在に気づいてたはずだ。だが翔も早川と同じように、自分のことなんて覚えてないかもしれないという疑心があったのだろう。


だからあいつも簡単に早川に話しかけることが出来なかった。それが相互に偏って、時間をかけさせてしまったのだ。


と、あくまでも推測だが健斗はなんとなくそう考えた。


「……そうだったら……嬉しいな。」


早川は嬉しそうに小さくはにかんで笑って、下を俯いた。健斗はその様子を見て、また微笑んで笑った。


本当に好きだったんだな……翔のこと……


そう考えると、健斗は小さくため息をついた。


「……ごめんな。」


「え?」


健斗がそう言うと、早川は驚くように健斗を見上げた。健斗は苦笑いを浮かべながらまた空を見上げた。


「……俺のせいで、早川の気持ちを苦しめることになったんだもんな。俺があんな風にしてなければ、翔も死んでなかった。翔じゃなくって、俺が事故に遭ってれば今頃二人は……」


「止めてよ。」


早川が悲しそうな口調で健斗にそう言ってきた。健斗ははっと我に返って早川を見つめる。すると早川は今にも泣き出しそうな表情をしていた。その顔は、麗奈に同じようなことを言ったときと、麗奈と同じ表情をしていた。


「そんなこと言わないで。私は翔くんじゃなくって、健斗くんが……って思ったことは一度もないよ?」


「早川……」


「もう違うの。」


早川は途端に足を止めた。健斗もそれに応じるように足を止めて早川を見つめる。……違うって、何が?早川は俯き加減で、力強い口調で健斗に言ってきた。


「もう今は違うの。健斗くんは私の中で……翔くんと同じくらい大切な人……すごく大切な人なの。だから……」


「は、早川……」


早川ははっと我に返って一気に顔を赤く染めた。健斗も胸が大きく高鳴っていて、顔に熱を感じた。


「あのっ……もちろん、友達っていう意味だよ?」


「あ……あぁ、うん。」


健斗は高鳴る胸を感じながらほっと安心するようにため息を吐いた。早川は恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染めて俯いていた。健斗は気持ちを落ち着かせてゆっくりと早川を見て、小さく笑い「行こうか?」と言うと、早川は頷いてまたゆっくりと歩き出した。


少しの間沈黙が続いた。お互いどんな気持ちでこの沈黙の中にいるのだろうか。健斗は表情を緩めて、また空を見上げた。


「……翔のやつも同じこと言いそうだなぁ。」


「え?」


「今の早川が言ってくれたように。同じこと言ってくれそう。」


「……うん。」


すると早川はあっと声を上げて、恥ずかしそうに健斗を見上げた。


「あ、あの、ごめんね。何か、私ばっかりの話になっちゃって……」


「え?あ、いや、聞いたの俺だし……つーか、聞けて良かった。」


健斗がそう言うと早川は少し安心したのか、ほっとため息をついた。健斗はそんな早川を見ながら、呟くように言った。


「……俺も悩んでたんだよ。」


「え?」


「翔のこともある。神乃中サッカー部のこともある。そんな俺が……本当にまたサッカーを始めていいのかって思った。だから、最初は断ったんだ。のんちゃんからの頼み。」


「そう……なんだ。」


「うん……でも……」


健斗はゆっくりと目を閉じた。そこに浮かぶのは麗奈の泣いている顔だった。健斗に言った一言が今でも健斗の凍りついていた心を暖めてくれる。


「麗奈が言ってくれたんだ。もう迷わないで欲しい、苦しまないで欲しいって……だから俺も麗奈のおかげで……やっと決心することが出来たんだ。」


「……そっか。」


麗奈が健斗の決心を固めてくれた。麗奈自身、まったくそのつもりはなかったんだろうけど……でも逆にそれが嬉しかった。あいつの心から自分のことを思ってくれる気持ちが……健斗を変えてくれたのだ。


しばらく沈黙が続くと、ふと早川が俯いたまま言った。


「あの……一つ聞いてもいい?」


「うん?」


「……健斗くんは……麗奈ちゃんのこと、どう思ってるの?」


「え?」


一瞬胸が高鳴った。早川からそんなことを聞かれて健斗は驚いた。早川はゆっくりと顔を上げて、健斗を見つめる。


「……夏休みのとき、麗奈ちゃんのことなんて何とも思ってないって言ったでしょ?」


「あ……うん。」


「でも……本当はどうなのかなって……」


それは麗奈が風邪を引いた日のことだ。確か見空鷹から早川は麗奈は健斗のことが好きだって聞いて、それを健斗に確認してきた。


だが健斗は別に麗奈のことなんて好きでも何でもないって言った。本当にそのときはそう思っていたのだ。何故なら健斗はまだそのとき、早川のことを想っていたのだから……


健斗はそんなことを考えながら小さく笑った。


「……確かにあんときは俺、本当に麗奈のことなんて何とも思ってなかったよ。お節介で生意気で、そのくせ脳天気なネコ型娘だって思ってた……でも……」


でも今は違う。健斗は確かにはっきりとした強い思いを胸に抱いている。


「でも今は……俺……麗奈のことが……好きなんだ。」


「……………」


「いつからか分からないけど……いつの間にか俺はあいつのことが……」


「……そっか。そう……」


早川は小さく笑ってそう呟いた。健斗もそれ以上何も言わなかった。どうして早川は何も言わないのか、いやそれよりも……どうして早川は急にそんなことを聞いてきたのか……


健斗は疑問に思ったが、そのときは深く訊くことなんて出来なかった。







「じゃあ、私こっちだから。」


一本の道から別れ道がになったときに早川が振り返ってそう言った。健斗は戸惑いながらも小さく頷いた。


「今日はありがとう。」


早川は目を細めてにっこりと微笑んだ。眩しいくらいの笑顔で健斗は少しドキドキしてしまった。


「あ……いや、こっちこそありがとう。何か話聞いてもらったり聞かせてもらったり……」


早川は健斗がそう言うとゆっくりと首を横に振った。


「ううん。私も色んな話ができて良かった。……頑張ってね?」


「……おう……」


「うんっ!じゃあ……またねっ。」


「あ、うん。バイバイ。」


健斗は手を振りながら去っていく早川の後ろ姿を見つめていた。しばらく見えなくなるまでそこに佇んで、健斗は大きくため息を吐いた。


色んなことを話し、色んなことを聞いた。これで良かったのだろうか?


健斗は小さく一人で頷くと再び帰路へと歩き出した。気持ちは次第に、明日のことへと動き始めていた。



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