表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
5/107

第9話 新たなる決意 P.5


更新めっちゃ遅くなりました!


「遅いっ!」


第一声がそれだった。健斗と麗奈は走って校門で待っている三人の元へ行った。するとヒロが健斗たちの姿を見るなりにそう言ってきたのだ。何だか少し機嫌が悪いようだった


「わ、ワリィワリィ。そんな怒んなって」


健斗が苦笑しながらそう言ってもヒロは表情を緩ますことはなかった。怒りの矛の先は健斗たちに向けられたものではない。恐らく佐藤に向けられているのだろう


「……で、結局どこ行く?」


健斗が話を変えるように言うと、佐藤が大きく頷いた


「それなんだけどね。三人で協議した結果……健斗のバイト先に行くことにしましたぁっ!」


「……は?」


バイト先……ってことは……健斗の脳内でピースが当てはまれていく


「えっ?Ryuに行くのっ?」


「だって、何だかんだ言ってあそこすごっく楽しかったしさ♪」


佐藤とヒロは一度麗奈の誕生日の日にRyuに来たことがある。その日確かに相当楽しい日になったし、佐藤に至ってはあの店の独特の雰囲気にはまっているようだった


「いいねっ!私もRyu行きたいっ!竜平さんに最近会ってないしぃ♪」


麗奈も気乗りでそう言ってきた。健斗は小さくため息を吐いて、後頭部を掻いた


「……まぁ、いいけどさ……」


「でしょっ!じゃあはいっ。決定っ!」


佐藤が手を叩いてそう言うことで、その提案は完全に決まった


「どーでもいいけど……何でお前そんなテンション高いわけ?」


ヒロが細めた目つきでそう言うと、佐藤は悪戯気に笑った


健斗は少し複雑な気分だった。すんなり了承はしてしまったけど、自分のバイト先に友達が連れて行くなんて少し気恥ずかしい気持ちがある。確かにあの日は麗奈の誕生日だったからそんなに気にはならなかったが……


いや……それよりも以前のことを考えれば、こんな流れなんて起こり得なかっただろう


そう考えると、一歩踏み出した自分がとてつもなく大きな存在に思えた


その一歩は小さいが、確かに大きな大きな一歩だったのだ


言っていることが矛盾してるな、と健斗は苦笑した


「俺、チャリ取ってくるわ」


健斗はそう言うと、鍵を持って自転車置き場へと向かった







三台の自転車が並んで道なりを走っていた。ヒロと健斗と佐藤の自転車である。麗奈は元々自転車に乗れないし、早川は……


「恥ずかしいんだけど……最近ちょっと痩せなきゃって思ってさぁ。学校まで歩くようにしてるんだ」


佐藤の後ろに乗りながら、早川は照れ臭そうにそう言った。恥じらいを持って話す早川は本当に可愛い……


「え~っ?結衣ちゃん、細いから大丈夫だよ」

麗奈が意外そうに叫んでそう言った


「そーかなぁ?でもこの間体重計ってみてびっくりしちゃったよ。やっぱこの間のプリンがいけなかったかなぁ……」


「早川は甘党だもんな」


「健斗くんもでしょ?」


早川にそう言われて、健斗は苦笑いを浮かべた。確かに健斗自身も無粋の甘党主義者である


談笑しながら、しばらくすると神乃崎商店街が姿を見せてきた。戦前の頃とその風景を変えることのない和やかなその商店街はいつ来ても賑やかである


商店街の中を歩いていく。すると、少し小洒落た喫茶店がある。カフェレストランRyuこそが健斗のバイト先である


健斗たちは自転車を止める、そのドアを開けた。中に入ると、ベルの音がしてそれは客が店の中に入ってきたのを知らせるものだった


「おや?」


健斗たちが入ると、低い大人しげの声が不思議に呟いた。カウンターに、この店のマスターの竜平りゅうへいさんが新聞を手に取りながらこちらの様子を窺った


「ども。こんにちはっす」


健斗が挨拶すると、竜平はにこっと相変わらずの笑顔を浮かべた


「こんにちは♪お久しぶりです」


麗奈もいつものように元気な態度で竜平に挨拶をした


「やぁ。平日に来るなんて珍しいこともあるもんだ」


そう言って竜平は少し不思議そうな顔をした


「今日は非番だろ?」


そう言いながら竜平は健斗の後ろに並んで立っている高校生四人を見て、表情を緩めた


「この前来た子たちだな。」


「はい。連れて来ちゃいました」


健斗が照れくさそうに笑った。竜平はカウンターから立って健斗たちに近づいてきた。ヒロと佐藤は一度会ったことがあるから、軽く会釈をしただけだったが、早川は初対面のためか表情が強張っていた。どうやら緊張しているみたいだ。


「こんにちは。確かヒロくんとマナちゃんだったね?また来てくれて嬉しいよ。」


と言って笑って自慢の髭を撫でるような仕草を見せた。すると佐藤はにっこりと微笑んでまた会釈をする


「はい♪この前はごちそう様でした。」


「いやいや。楽しんでもらえた分、こっちも嬉しいさ。そうか……もう夏休みが終わったんだな。えっと……こちらのお嬢さんは……」


竜平は早川の方を見てにっこりと微笑んだ。早川は目が合い、びっくりするように「はいっ!」とまるで先生に授業中突然指されたような声を上げたので、みんなが笑った。


竜平は穏やかな表情でにっこりと微笑みかけた。


「こんにちは。ここの主人の大林竜平おおばやしりゅうへいです。」


「は、初めまして……えっと早川結衣はやかわゆいです。」


「早川さん……あっ!君が早川さんだね。」


竜平は大きく納得するように頷いた。早川は何故自分のことを知っているのか理解出来ないようでいたが、それをいち早く察した健斗と麗奈が顔を少し赤らめて言った。


「て、店長っ……」


「竜平さん、ダメですよ。」


早川は不思議そうに健斗と麗奈を交互に見る。ヒロはおそらく察したのか可笑しそうに後ろで笑っていたが、佐藤も早川と同じで事情が飲み込めず不思議そうな顔をしていた。


竜平には早川のことをよく話すことがあった。特に健斗は麗奈の告白を受けたことを話したときにぶっちゃけてしまった。おそらく麗奈も同じような話をしたのかもしれない。


それを分かってて、竜平はちょっとした悪戯心でそういう反応を示したのだろう。


すると竜平は小さく声を立てて笑ってゆっくりと頭を下げた。


「健斗の友達なら歓迎だよ。席についてくれ。今お茶を出すから」


竜平はそう言うと、再びカウンターの方へと戻った。健斗は緊張している早川を気遣いながら、四人用席へと案内する。四人用でも五人ならちょうどよく席につけるようになっている


どうやら早川は未だに挙動不審で辺りをやたらキョロキョロと見回している。優雅な環境になれていないからだろう。


「すっごいお洒落……私、こういうお店初めてだよ。」


「気に入らなかった?」


健斗が苦笑いを浮かべてそう聞くと早川は笑顔を浮かべて首を横に振った。


「ううん、その逆。いい雰囲気で、素敵♪私こういうの憧れてたの。」


早川がうっとりした感じでそう言ってきた。どうやらこの店の雰囲気に慣れてきたようだった。健斗は小さく笑って見せた。この店に初めて来た人は大抵同じことを言う。それを聞く度健斗はまるで自分のことのように嬉しく感じる


「小さいときから、馴染みの店なんだ。母さんによく連れて来られてさ」


「へぇ~」


「ここのミルクティー、スッゴく美味しいんだよ?」


麗奈が早川にそう言った。麗奈はここのミルクティーを本当に気に入っている。もう何度もこの店を訪れているこいつだが、いつも決まってミルクティーを注文するのだ


「あとナポリタンはマジ最高だから」


竜平のナポリタンは健斗の大好物なのだ


「麗奈ちゃんはいつものやつでいいんだよな。他はどうする?」


竜平がカウンターでカップを並べながら聞いてきた。麗奈はミルクティーで、早川もぜひそれを飲んでみたいと言った


健斗はカフェラテにした。ヒロと佐藤はアイスレモンティーを注文した


しばらくすると、それらが竜平の手によって運ばれてきた。健斗が運ぼうとしたのだが、今日のお前はスタッフじゃなく客として来てるんだから座ってろ、だなんて言われた


「わぁ~♪いい匂い~」


早川がミルクティーを見ながらそう言った。竜平はそれを聞いて嬉しそうに笑った


「ありがとう。本当は色々してあげたいところだけど……すまないが今から仕込みの時間なんだ。健斗、私は裏方にいるから何かあったら呼んでくれ」


竜平はそう言うと、三人に笑顔を見せて、裏の方へと歩いていった


「いい人だね。竜平さん」


早川がミルクティーを飲みながら健斗にそう言った


「まだ会ったばかりだけど、すごく分かる」


早川がそう言ってくれるのが嬉しく、健斗は笑みを作った


「どんな人なの?竜平さんって」


早川にそう聞かれて健斗は返答に戸惑った。どんな人か……


「どんな人……」


健斗は少し思案してみることにした。竜平さんという人間を語る言葉はたくさんある。だが多すぎて逆に混乱してしまう


するとだった


「竜平さんは……健斗くんが今飲んでる、カフェラテみたいな人だよ」


麗奈が横からそう口を挟んだ


麗奈の言葉を聞いて、健斗は不思議に思いカップを口から離した。早川も不思議に思ったみたいで、麗奈のことを目を丸くして見た


「カフェラテ?」


「何だよ、それ」


健斗がおかしそうに言うと麗奈はきょとんとした様子で「え、だってそうじゃない?」と聞いてきた


「何だか竜平さんって、カフェラテみたいじゃない。ちょっぴり苦くて、でもほのかな甘味があって、柔らかい味がして……」


それから麗奈はクスッと小さく笑った


「それに白いお髭も、カフェラテの白い泡みたいだし」


健斗と早川は一旦目を見合わせた。それからお互いに可笑しく感じて、吹き出して笑った。麗奈は何で笑ってるのが分からないようで、笑ってる二人を不思議そうに見つめた


健斗は笑いながら麗奈を見た


「アッハハハハハハ。お前、本当に変なやつだな。何かそれが再認識出来た」


「えぇっ?」


「カフェラテみたいって……まぁ、でもお前の言うことは一理あるよ」


そう、麗奈の言うことは一理ある。大林竜平はカフェラテのように、少し苦味を含めたほのかな甘味があり、柔らかな舌触りがある。そんな人なのだ


だから健斗も救われた。そんな人だったから……


翔を自分のせいで亡くしたと自分を自分で追い詰めていた時期があった、そんなとき健斗はこのRyuを訪れた


竜平は健斗から話を聞き出そうともせず、カウンター席に一人ポツンと座る健斗に出してくれたのは、このカフェラテだった


「飲みなさい。少しは気が晴れるかもしれない」


健斗は今も忘れていない。あのときの優しい口調。何も語ることのない竜平の言葉。それから閉店になるまで、目の前に出されたカフェラテがすっかり出された頃に竜平は健斗の横に座った


「話は聞いたよ」


竜平はすべてを知っていた。健斗が語らず共、健斗の身に何が起きたのか……恐らく、交流の深い健斗の母から話を聞いたのだ


「友達のことは非常に残念だった」


健斗は何も答えず、下を俯いたままだった。竜平は小さくため息をついた


「お前は自分のせいだと責めるだろうが……それは違うよ。あれは事故だったんだ。ただ不幸な事故が――」


「止めてください」


低く唸るような声で健斗は静かにそう言った。早川も同じようなことを言った


健斗のせいじゃないって……


あの言葉が、そして必死に叫ぶ早川の様子が今でも脳裏に浮かぶ。だが、今健斗が欲しいのはそんな慰めの言葉じゃない


逆だ


自分をもっと汚して欲しい。自分の心を崩壊させて欲しい


お前のせいだ


お前が悪い


お前が死ねば良かったのに


お前が……


そう言って誰か自分の心を壊して欲しい


「……サッカーを辞めるというのは……本当か?」


竜平はやけに低めの声で健斗にそう聞いた。健斗は答えず無言で返した


「友達を亡くした。それは辛い。だが、それで全て投げやりにするのか?自分のことも……」


「投げやりにするわけじゃありません」


「いいや。それは投げやりって言うんだ」


健斗はこのとき頭に血が逆流するような気持ちになった。そして、酷く怒りを覚えた。だが、それはすぐにまるで残り火のように消えた


健斗は立ち上がった


「帰ります。長い時間お邪魔しました」


そう言って、健斗はドアの方へと歩きだした。竜平は止めようともせず、歩き去っていく健斗の後ろ姿を見つめていた



それから健斗は退部届を出して、サッカー部を辞めた。そしてしばらくしたある日、突然健斗の家に竜平から電話がかかってきた


呼び出しを食らって、何のつもりだろうと思いながら、健斗は再びRyuを訪れた


すると竜平は待ってましたと言わんばかりの笑顔になった。そしてこう言った


「うちでバイトしないか?」


「えっ?」


突然の提案に健斗は驚きを隠せず唖然とした。それから小さく苦笑いを浮かべた


「いや……俺まだ中学生ですよ?」


「そんなの構わないよ。バイトと言っても、最初は店の手伝いみたいなもんでいい。もちろん、給料は出すけどな」


「でも……」


「遊び感覚でいいんだ。そうだな……最初は時給500円ってところから。やってみないか?」






今思えば、どうして竜平が健斗にそんなことを言ってきたのか、少しわかる気がした


竜平は健斗に居場所を与えてくれたのだ。ただの居場所じゃない。心の居場所だ


深く傷ついた心をここに持ってくればいい


実際、ここには色々な人がやってくる。そう言った人たちの色々な顔を見ることができる


すなわち、色々な感情と触れ合うことができるのだ


それらが健斗の心を徐々に癒やしてくれたのだ




それに気づくことが出来たのは、自分にその感覚を自覚しはじめたときだった


だから健斗にとって大林竜平は感謝してもしきれない恩人なのだ








「本当……カフェラテみたいな人なんだよな」


健斗は一人でに呟くと早川と麗奈が不思議そうな顔を浮かべた


「な、何でもない」


ちょっぴり照れながらカップを口に運んだ


昔と変わることのない、ほのかな甘味と苦さが口の中に広がった



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ