第9話 新たなる決意 P.49
それから少し話をした後、松本は健斗たちの元から去っていった。健斗たちの意志を聞けて安心するような表情をしていた。
松本も健斗と同じような人間だった。自分のしたことに責任を感じ、なんとかしてその責任を果たそうとする。その思いはいっしょだった。以前とはまるで別人だった。
「ちょっと驚きだよな。」
ヒロは屋上へと続く階段を降りながら健斗にそう言ってきた。先を歩いていた健斗はゆっくりと振り返ってヒロを見る。ヒロは戸惑いながら苦笑いを浮かべていた。
「あの松本さんが、あんな風に言ってくるなんて。」
確かにその通りだ。あんなにプライドの高い人がわざわざ健斗たちの元を訪れて頭を下げにくるなんてめったにない。だがそれをしてきたということは、やはりそれくらい思いが強いということなのだ。
「あの人も、俺たちといっしょなんだよ。」
「……そうなのかね?」
「そうだよ。つーか、俺はそう信じたい。」
健斗はそれ以上何も言わなかった。あの人が過去がどうであったにしろ、今はもう違う。それでいいと思った。優しき心を取り戻した穏やかな人物になったのだ。
ヒロもそれを感じ取ったのかそれ以上健斗に何も言って来なかった。健斗たちはゆっくりとした足取りで昇降口まで階段を降りて行った。
昇降口に降りて革靴に履き替えると、健斗とヒロは揃って歩き出し自転車置き場へと自転車を取りに向かった。
「しかしお前も大きく出たよな。」
「何が?」
「俺たちに任せろって。随分自信あり気だよな。」
ヒロにそう言われて健斗は少し照れくさそうに笑った。確かに普段の自分らしくない言動のように思えた。
「まぁ……あんな風に頼まれたらああいうしかないだろ。」
「お前知ってる?その例の対戦相手。」
自転車置き場から自分の自転車を運び、校門の方に向かっているとヒロがそう言ってきた。当然健斗は知る由もなく、小さく首を傾げた。
「いや……どこ?」
「洗目……」
「洗目?洗目ってあの洗目高校か。」
「あぁ。うちがこの間の夏の大会で負けたところ。」
「そこって確か……」
「うん。この間決勝まで行ったってよ。相当強いらしい。立川には負けたけど……」
洗目高校は神乃高から隣町の駅からさらに離れた町にある高校で、スポーツが強いということで県内でも有名な高校だった。
松本がまだ現役だったときに運悪く当たった学校がそこだ。しかし決勝まで言ったが、やはり……あの立川高校に敗れて二次大会まで行くことは出来なかった。
立川高校……小山明信がいる高校だった。もっとも、小山さんはほとんどU-18(18歳以下な日本代表選抜チーム)の方に行っているから、その高校の選手として試合をすることは少ない。
そのときの試合も小山さんは出ていないことを健斗は知っていた。
だが立川高校はこの辺の地域では公立でありながら最も強い強豪高である。
その立川高校との差多少あるだろうが、洗目は間違いなく実力のある高校だ。
だが何故だか健斗は恐ろしさというよりも、どこかくすぐったい気持ちを感じていた。胸の中に熱い感覚が沸き起こる。ざわざわと身が震えてくすぐったかった。
この感覚はものすごく懐かしいものだった。幼い頃、健斗が抱いていたものと同じだ。
健斗は握り拳に汗が滲むのを感じながら、小さく口元で笑みを浮かべた。
するとだった。ヒロが突然足を止めて、呆然として校門の方を見た。
「おい。あれ……早川じゃない?」
「え?」
健斗はヒロにそんなことを言われて慌てて校門の方を見た。校門に寄りかかるようにして、早川が立っているのが分かった。寂しそうな表情で下を俯き加減でいた。一体何をしているのだろう。
「早川。」
健斗は歩み寄りながら早川に声をかけた。すると健斗の声に素早く反応するように早川は顔を上げて健斗たちの方を見た。
健斗たちの姿を確認すると早川はちゃんと健斗たちと向き直る。健斗とヒロはその様子に戸惑いを感じながら、早川と徐々に距離をつめていった。
早川の目の前まで来たところで健斗はゆっくりと微笑んでみせた。
「どうしたの?こんなところで。」
「……うん……」
早川は表情を緩めないまま俯き加減で健斗たちの前に向き直っていた。少し寂しそうな表情は何なのだろう。
するて早川は突然顔を上げて小さく消えるような声で言った。
「……あのね。待ってたの。いっしょに帰ろうと思って……」
「えっ?」
健斗は胸がドキッと高鳴って早川を見つめた。早川からそんな風に言ってくることは珍しかった。まして、校門の前て待っていたまで健斗と帰ろうと思った理由って……?健斗の頭の中で色んな疑問が浮かんでいると、急にヒロが陽気な調子で言った。
「あ、じゃあ俺先帰るわ。ちょっと用事思い出したし。」
「ぅえェッ?ちょ、おい、ヒロッ!」
健斗は驚きの声を上げてヒロを見た。ヒロは歩き出そうとする際に健斗だけに聞こえるよう小さな声で言ってきた。
「……早川にちゃんと話しておいた方がいいんじゃねーの?色々と……」
「あ……」
ヒロはそう言うと健斗から視線を早川に向けた。そして人懐っこい笑顔で言った。
「じゃあ早川、また来週な。」
「う、うん。またね……」
ヒロはそう言うと自転車に跨って一気に漕いで行き、気がついた時にはもうすでに見えなくなっていた。
戸惑いを隠し切れない健斗はチラッと早川を見た。早川は何も言わず、健斗の視線を見つめ返した。
「じゃ、じゃああの……帰ろっか?」
「……うん。」
健斗はそう言って早川と共に校門を出て行った。後方から野球部の声が聞こえた。