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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.46


そして次の日になった。ようやくテスト週間も終えて、いつも通りの日々に戻る。だが、健斗はそんな余韻に浸っているときではなかった。


健斗はヒロと共に学校の屋上にいた。柵に寄りかかるようにして、そこから見える景色を眺めていた。今日も相変わらずの良い天気だったが、昨日と比べると風が少し冷たかった。だがそんなに苦しいほどではない。


その景色からグラウンドを眺めることが出来た。今日でテスト週間も終わりなため、学校中の部活が再始動をする。サッカー部もそのうちの一つで、グラウンドの真ん中に集まっているのが見える。


その反面には野球部がいて、声を出しながらキャッチボールをしている。


少し懐かしい風景だった。中学の頃、サッカー部の隣であんな風に野球部がキャッチボールをしたりノック練をしたりしていて、健斗たちサッカー部は基礎練に加えて、パスの練習やシュートの練習……一日の練習の終わりにはゴールを設置して、3チームから4チームに分けてミニゲームをした。


そんなことを思い出しながら、健斗は昨日のことをヒロに話した。ヒロからも昨日佐久と琢磨に会い、どんな話をしたかを隈無く話してくれた。


「……そっか。もうおばさんとおじさんに言ったんだな。」


ヒロも同じようにグラウンドを眺めながらそう言った。


「あぁ。早めに言っておいて良かったよ。母さんのおかげで翔の両親に会えることになったしな。」


「……………」


「お前も行くだろ?翔のおばさんとおじさんに会いに……」


ヒロは頷かなかったが、その沈黙は了承の意味を込めていた。 健斗はそれ以上何も言わず小さくため息を吐いた。もう少しで全てをやり切ることが出来る。いや、これから始まるのだ。


「……琢磨たちさ……」


「うん?」


ヒロが呟くように言った。健斗はヒロの方を見ずに、しかし意識はヒロの方へはっきり向けていた。


「琢磨たちさ、最初は何か今更みたいな感じだったんだ。」


「……そりゃそうだろな。」


「お前もそれが分かってたんだろ?」


ヒロにそう訊かれて健斗は躊躇わずに小さく頷いた。そのとおりだ。だから健斗は迷っていた。


昔のことをそんな風に掘り返してもいいのだろうか?と健斗は疑問を抱いていたのだ。


ノブとリュウタも、佐久や琢磨も……もう健斗の知らない所で健斗の知らない生活を送っている。みんなそれぞれ未来に向けて、そして現在のために新しい生活を送っているのだ。


未だに先を踏み出せていない、過去に囚われてるのは健斗だけなのだ。そんな健斗が新たな生活を送っている人たちの邪魔をするようなことをしていいのか、と健斗は考えあぐねていたのだ。


現に佐久と琢磨は今はもうサッカー部に入っていないという。佐久は子供の頃から趣味だった囲碁を本格的にやるため囲碁部に所属し、琢磨は新たに興味を抱いていたバドミントン部に入っているらしい。なのに今更……健斗たちの都合で昔のことを持ち上げるなんて、相手を困らせるだけだと思ったのだ。


それは今回のことだってある。翔の両親も新たな生活を始めているのだ。二年半前の悲劇を思い返すようなことをしてしまって、本当にそれでいいのか健斗には分からなかった。だが父さんは迷うなと言った。


そして麗奈も言ってくれた。もう迷わないで欲しいと……


だからもう迷わない。自分の気の思うまま、とことんやろうと決めたのだ。


居心地のいい風が健斗の前髪を靡く。健斗は鬱陶しそうに前髪を横にかき分けた。


「でもさ、ちゃんと聞いたんだ。本当の気持ち……そしたら、やっぱり自分勝手だって言われてさ。」


「分かってるよ。」


「それを言われるために行ったようなもんなのにさ、はっきりそう言われたら正直……ちょっとゾクッとした。」


「……うん。」


「……きっとノブやリュウタにも同じようなこと言われるんだろうな。」


健斗はそれを聞いて少しの間黙り込んだ。佐久や琢磨には「今更」という気持ちがある分、健斗とヒロに対して許しを与えてくれた。しかし今でもサッカーに携わるノブやリュウタはなんて言うんだろう。


健斗はそれを考えると少し気が引けたが、そんな思いを振り払うかのように言った。


「仕方ないよ。そうなるって覚悟しとかなきゃ。例え許されることがなくっても、やるべきことはきちんとやる。そう決めたんだから……」


「……お前、何か変わったな?」


「え?」


ヒロが健斗に視線を向けてそう言った。再び風が吹いて、健斗は目を細めてヒロを見つめた。


「いや……何か昔に戻ったって感じ。この間までお前色んなことを投げやりにしてたじゃん?」


「そ、そうかな?」


「そうだよ。少なくとも、これまでサッカーをやろうなんて言わなかっただろ。毎日退屈そうにしててさ、それでもいいって感じだったじゃん。」


「また遠回しに言う……何が言いたいんだよ。」


健斗は高鳴る胸に気づきながらヒロにそう言った。するとヒロはニヤリと小さく悪戯気に笑った。


「気づいてるくせに。」


「……何をだよ。」


「隠すなよ。俺が一番驚いたのは、お前が全部を麗奈ちゃんに話すって言ったときだった。」


健斗は図星をつかれたような心地で決まり悪さを感じ慌ててヒロから目をそらした。


「今までのお前だったら、絶対そういうこと人に言うやつじゃなかっただろ?珍しいことするなーって思ったさ。」


ヒロの言う通りだった。今までの健斗だったら、こういうこと……特に昔の自分に関わるようなことは他人に言うような真似はしなかった。


別に話を聞いてもらってどうこうしてもらおうと思わないからでもあるし、中途半端に物を言って中途半端なことを言われるのが健斗はたまらなく嫌だったからだ。


自分のことは自分で解決する。他人なんかいらない。それが健斗のポリシーというか、今まで他人を頼るようなことをしてこなかった。


だが麗奈は違う。具体的に何が違うのか分からないが……


「……麗奈に言われたんだよ。」


健斗は呟くようにそう言った。多分今自分の顔は赤いんだろうと自覚しながら続けて言った。


「“私は健斗くんの……何なの?”って、そう言われたんだ。」


「へぇ……」


ヒロは何も言わなかった。黙って景色を眺めて、健斗の言葉に耳を傾けていた。


「お前も言ったじゃん?麗奈の誕生日の日さ……麗奈の気持ち、そろそろ真剣に考えろって。」


「……あぁ、言ったな。」


ヒロも呟くようにそう言った。健斗は気持ちを静かに落ち着かせて、目を閉じた。


「……それからずっと考えてたよ。麗奈の気持ち……麗奈は俺にとって、どういうやつなのか……」


今でもはっきりと思い出すことが出来る。麗奈がこの町にやってきた日のこと……麗奈がこの町にやってくる一週間前に父さんと母さんからそう話を聞かされ、有り得ないくらいに驚いた上に激しい嫌悪感に見舞われた。


そしてそんな健斗の気持ちなんて全く関係なしに、麗奈はこの町に、そして健斗の家にやってきた。


最初の第一印象は最悪だった。


妙に馴れ馴れしく、人のことを小馬鹿にしてくる。かと言ってかなり魅力的でそれを逆に健斗をさらにイライラさせた。


人の話は聞かない、自分勝手、その上に文句は多いし、自分を可愛いと思って調子に乗っている。周りに甘えれば自分を助けてくれると思い込んでいる……本当に健斗が一番嫌いとする女の典型的なやつだと思った。


だが決定的にそんなイメージが変わったのはやはりあのときだった。健斗が毎朝麗奈を自転車に乗せて学校に行かなければならない。そんなことに健斗は常に文句を言うようになった。


すると麗奈を怒らせてしまった……かと思えば、麗奈は健斗の考えてたことと全く違った行動を取り始めた。


誰にも言わず、ボロボロになりながらも苦手な自転車を懸命になって練習する麗奈を見て、健斗は驚きと共に大きな視点の変化を見いだした。麗奈は健斗の考えてるようなやつじゃないということが分かったのだ。


本当は思慮深く、負けん気と根性も備わっていた。


それから時を経て、麗奈と大喧嘩をしてしまったときがあった。……キス事件だ。突然されたキスを、女の子と初めてしたキスをあんな形でしてしまうとは誰が予想しただろう。


それと同時に激しい怒りを麗奈に抱いた。やっぱり誰にでもこういうことをするようなやつなのかと、健斗は落胆と共に麗奈に対して激しい怒りを覚え、関わりを完全に絶とうとした……


しかしそれは出来なかった。時間が経つにつれ、麗奈のことが気になりだしている自分がいた。最終的にはキスされたことなんてどうでもよくなっていた。


そしてその夜、麗奈に少しだけ自分の過去のことを話した。どうしてか自分でも分からなかった。麗奈と喧嘩している間、翔のことをずっと思い出していたのだ。


そしてそれを話したとき麗奈は健斗に言ってくれた。過去に戻りたいなんて言うな、と。


その言葉が健斗にとってどれだけ嬉しかったのか、おそらく麗奈は知らない。でもその日から麗奈は健斗の中で少しずつ大きな存在へとなりつつあったのだ。




松本事件のときも麗奈は自分を支えてくれた。どうすればいいのか分からない。サッカーをやることに怯えを感じていた。こんなに苦しいことに何故立ち向かわなければならないのか……?だが麗奈は諭すように健斗に言った。


変わるために必要なのは、勇気……だと。その言葉のおかげで健斗はほんの少しだけ変わるための一歩を踏み出すことが出来たのだ。


そして夏祭りの日、花火を見るためにみんなが待つ場所へ向かっていた。そんなとき麗奈が健斗の背中を掴んで消えるような声で言ってきた。


――健斗くんのことが……好きだよ……?


好きという言葉が信じられなかった。こんな自分を好きになってくれる人がいるなんて思いもしなかった。しかしそのことに動揺を感じた。


麗奈は家族なのだ……それ以上でもなければそれ以下でもない。


でも麗奈は健斗を今のように心の底から思ってくれている。そのことに居心地良さを感じたのも、また事実だった。


そしてそれから夏休みに入り、あの帰省事件が起こった。初めて知った麗奈の苦悩と事情。あの元気のいい笑顔の裏に秘めていた、悲しい過去……それを話してくれなかった麗奈、そして何よりも今までそれに気づけなかった自分に激しい怒りを覚えた。


それと同時にある思いが生まれた。


麗奈の笑顔を守りたい……守ってやりたいと、そう思ったのだ。


それから色んなことがあった。目を閉じれば全てを思い出せる。


楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、辛いこと……その全てに、健斗の一番近くにいて支えてくれていたのは麗奈だった。麗奈は健斗にとって、何よりもかけがえのない存在へとなっていた。



健斗はゆっくりと目を開けた。そして目の前の景色を見ながら呟くように言った。


「麗奈は……いつも俺を助けてくれた。今だってそうだ……挫けそうになったときや、辛いって思ったとき……そんなときはいつもあいつが傍にいて、支えてくれて……」


麗奈の笑顔があったから今まで来れた。麗奈がこの町に来てくれたから、健斗は変わることが出来た。


「俺はいつの間にか……本当にいつの間にか……あいつが誰よりも、何よりも大切だって思うようになってた。だからあいつに全部話したい。あいつに知って欲しいってそう思ったんだ。」


「……そっか。」


ヒロはゆっくりと頷いた。ヒロはきっとすでに、いやもっと前から……健斗の本当の気持ちに気づいていたのかもしれない。健斗は景色を眺めながら、遠い地平線に向けて言うように言った。


「多分俺は……俺は麗奈のこと……好きなんだと思う。誰よりも、一番麗奈のことが……好きだ。」


健斗がそう言うと、また風が吹いた。健斗はまた目を細めて地平線の彼方を見つめた。目の前に大きな野鳥が飛んでいる。


その野鳥は翼を羽ばたかせ、青い空へと消えて行った。健斗は何故かそれを目で追っていた。




健斗の気持ちはいつの間にか、麗奈の方へと向いていたようです。


実は今回のお話、「新たなる決意」というのはこういう意味も含んでいました。


新たな麗奈への気持ちをはっきりさせる。今回そういう伏線も張らせていただきました。


ずっと麗奈は健斗のことを思い続け、健斗の苦悩をいっしょになって考え、健斗を支えてきました。


健斗もそのことに気づき、麗奈に対して徐々に、着実に気持ちが傾いていたのです。


さて、では皆さんが恐らく疑問に思ったのは当然結衣のことだと思います。ですがここではまだその内容がどうなるのかは言えません。


新年を迎えると同時に健斗の気持ちもすっきりさせたいなぁと思って、今回のお話でようやくカミングアウトさせていただきました。


以前健斗と結衣にくっついて欲しいという感想やメッセージをいただいたのですが、結衣派の人ごめんなさい!


でもこれから健斗と麗奈の関係がどう変わっていくのか、ぜひ着目して読んでいって欲しいと思います。もちろん、結衣のことも。


では続きをお楽しみください。



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