第9話 新たなる決意 P.38
「よ~し!終わった終わった。」
今日の分のテストを終えて、クラスの皆はそれぞれ帰路についていく。健斗もその一人で筆箱や何やらを鞄の中に詰めていた。
今日は教科が二個あったため、すでに時間は昼前になっていた。
「終わった。終わった。もうばっちしだなぁっ!明日でこの地獄の期間から抜けるわけですよ。」
「寛太うるせー。独り言なら心の中で言え。」
「そんな冷たいこと言うなよぉ?あ、もしかしてまた出来なかったとか?」
「お前といっしょにすんなっつーの。」
「あっそ。で、今日何でヒロ休んでるわけ?」
寛太は空席であるヒロの席を指差してそう言ってきた。それを聞いて健斗は一瞬手を止めてチラッとヒロの席を見た。
ヒロは今日一日学校に来ていない。健斗自身、その理由ははっきり知らないが、何となく想像はついた。まさか風邪やそう言った類の理由ではないことは明らかだった。
健斗はわざと肩をすくめるようにして言った。
「さぁね。あいつ成績余裕だから受けるのが面倒だったんじゃない?」
「そんなことってある?急に?」
「俺が知るわけねーだろ。」
「でも昨日一番最後までヒロといたのはお前じゃん。」
「寛太。何が言いたいわけ?」
健斗はじれったくなって寛太を睨みを効かした目つきで見てそう尋ねた。寛太はその目つきを全く気にしないように、飄々とした態度でさらに健斗に言ってきた。
「いやさ。昨日あの後何があったのかなぁーって……」
「……お前には関係ない。」
健斗はぷいっと顔を逸らしてそう言った。しかしその態度は寛太の予想をさらに確信へと強める結果になった。
「俺、初耳だったよ。健斗とヒロがまたサッカーをやるつもりだなんて。てっきり二度とやることはないんだろうなぁって思ってた。」
「……俺もつい最近までそう思ってた。」
「ノブやリュウタたちとすげーもめたんでしょ?辞めるときも。」
「……まぁな。」
「そんなことあったのに、のんちゃんがお前たちをわざわざ訪ねてきた。まさかお話をしに来ただけじゃないっしょ?」
「……………」
「……サッカー部が廃部になる話と何か関係してたりして……」
寛太がぼそっと呟くのを健斗は聞き逃さなかった。すぐに寛太の方を見て驚いた顔をつくる。寛太はそんな健斗の反応が思い描いてたのと同じだったようで面白そうに二ヤッと笑った。
「お前……知ってたの?」
「俺、一応野球部ですから?そういう話、流れてくるんだ。」
なるほど……運動部ならではの情報の入手方法だ。それにサッカー部と野球部と言えば、その間にあるつながりも深いものなのだろう。
健斗は舌打ちするように寛太から顔を背けた。
「……それを知ってんなら。もうわかんだろ?」
「うんっ?のんちゃんに、助っ人を頼まれたとか?」
分かってんじゃねぇか。健斗は心の中でそう呟いてまた舌打ちをした。寛太に隠す必要はなくなったに等しかった。
「……そうだよ。」
「でも断ったんでしょ?」
「何で分かんのっ?」
「あんだけのことしといて簡単に受け入れる方が変だと思うけど……」
知らなかった。寛太がこんなに推理力があるなんて……その分の頭を勉強の方に使えばいいのに。と健斗は悔しさを感じながらそう心の中で呟いた。
「……正直迷ったんだよ。どうすればいいのか……そのまま受け入れるのも……何か違うって思ってさ。」
「ふ~ん。まっ、確かに俺だったらふざけんなって思うけどね。散々こっちに迷惑かけといて、高校に入ってから結局それかよっ!みたいな?」
「……………」
「でもまぁ、俺がお前の立場だったらそんなこと関係ねぇっとも思うけど。でも、お前無責任なこと嫌いだもんね。健斗らしいっちゃ、健斗らしいけどさ。」
「……うん。」
「で、結局どうするわけ?サッカー部の助っ人するの、しないの?」
寛太の直接的な質問に健斗はしばらく黙り込んだ。今はそれを口にしたくなかった。
だから代わりに顔を上げて真っ直ぐ寛太の目を見た。健斗の決意を、寛太に伝えようとした。すると寛太は小さく笑った。
「あっそ。」
「……昨日早川何か言ってた?」
健斗が恐る恐る訊きながら、早川の方をチラッと見る。早川も健斗と同じように筆箱や何やらを鞄にしまい帰る準備をしていた。健斗の方を全く見ようとしない。何となくだが、あえて見ないようにしている色が見える。
「何で早川が関係するわけ?」
逆に寛太が健斗にそう問いかけてきた。寛太は健斗の事情はよく知っているが、早川のことは知らない。知るよしがなかった。
だって早川は翔のこと……
「いや……別に。ただ……」
「……別に何も言ってなかったぜ?俺昨日帰りにさ、健斗がまさかサッカーをまたやるなんてなっ!って言ったら、“本当だよね。ちょっと驚き。”ってそんくらい。」
「……本当に?」
「嘘ついてどうすんのよ。」
まぁ……それもそうか。と思いながらもう一度早川を見た。早川は帰る支度が済んだようでゆっくりと立ち上がった。すると友達が早川に声をかけてきた。何やら話をして、早川は笑いながらそのまま友達と教室を後にした。
何てことなさそうだ。早川にとっては……もうすっかり過去のことになってるのかもしれない。そういえば松本事件の日以来、お互い過去のことを言うことなんてなかった。
ただ、早川はその日確かに言った。まだ翔のことが忘れられないって……
「……とにかく忙がなきゃ。時間がねぇんだ。」
健斗も立ち上がって鞄を背負う。すると寛太がさらに健斗に問いつめてきた。
「どうするつもりなの?」
「……ノブとリュウタに会いに行く。」
健斗がそう言うと、寛太が驚いたような声を上げた。
「これからっ?」
「まさか。まだ会えねーよ。あいつらだって忙しいんだし……ただ、近い内に会いに行く。そんで……今の気持ちを伝える。」
「……本気?」
「本気の本気。」
「あいつら怒るぜ?」
「かもな。でも……黙ってる方がもっと悪い。」
健斗の決心は変わらなかった。寛太は疲れるようにため息を深く吐いた。
「何て言うか……お前って本当にバカなのね。」
「お前ほどじゃねぇよ。」
そう言って健斗は軽く笑った。寛太もつられるようにして小さく笑う。
「そりゃそっか。でもテストとかどうすんの?試合は今週の日曜なんだよな?」
健斗は小さく頷いてから決まり悪そうに顔をしかめた。
「後の教科は今回諦めるよ。ヒロと昨日決めたんだ。やるべきことを全部やる。あと五日以内にどこまで出来るか分からないけど、今までのことを清算するっ!」
寛太はふぅーんっと言ってまた小さく笑った。
「そうっすか。まっ、俺も何か協力出来ることがあったら何でもするよ。」
「……サンキュ。」
「気にすんなよ。小学生の頃からの付き合いじゃん?俺は……そうですねぇ……サッカー部の一年全員に俺の方から概ねのことを話すわ。俺、全員友達なんだ。」
寛太はそう言ってニカッと笑った。その笑顔を見て、健斗はふっと表情を緩める。
「マジでサンキュー。恩に着る。」
「あれな?勉強教えてもらった恩返しってやつ。俺って誠実でしょ?」
「調子乗んな。じゃあ、俺も行くわ。」
「うん。じゃあまたな。」
「おう。」
健斗はそう言うと、急ぎ足で教室を後にした。寛太に背を向けて歩きだすとき、「頑張れよ。」っと声がした。
教室を出ると健斗は胸を張って、廊下を走っていった。