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グッラブ! 3  作者: 中川 健司
第9話 新たなる決意
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第9話 新たなる決意 P.33

今朝の冷え込みは例年よりもきつかった。はぁっと息を吐くと、それは白濁色へと色を変えた。


まだ秋の真っ最中なのに、早朝のこの寒さ。さすが神乃崎だ。どこの都市よりも寒く感じる。


それに長い間帰っていなかったため、この寒さをすっかり忘れていたというのもあるかもしれない。


佐奈は暖かい缶コーヒーを片手に始発の電車を待っていた。後十分くらいで電車が来る。それから一時間乗り、そこからバスに乗り換えて三十分乗っていくと、ようやく市内に出れる。市内からは特急電車があるから、それに乗っていけば三十分もあれば県外に出れるだろう。


恐らくあっちに着くのは朝の八時くらいになりそうだ。時間はたっぷりある。

そんなことを考えながらコーヒーを飲み、冷えた体を温めていた。


するとだった。後方から、ざっざっと足音が聞こえた。佐奈はその足音に気づき、ゆっくりと振り返ると……そこには意外な人物が立っていた。


山中健斗だった。紺色のPコートを身に纏い、マフラーに顔を埋めながらゆっくりと佐奈に近づいてくる。次第に距離を縮めるに連れ、佐奈に笑顔を見せてきた。


佐奈もまさか来てくれるとは思ってなかったので、驚きと共に何だか少し嬉しい気持ちで健斗に微笑んだ。


「おはようございます。」


「おはよう。見送りに来てくれたの?」


佐奈がそう言うと、健斗は照れくさそうに赤い鼻をポリポリと掻いた。


「……せっかくですから。昨日は色々とありがとうございました。」


そう言いながら、健斗はゆっくりと佐奈に頭を下げた。佐奈はその姿を見てゆっくり首を振った。


「ううん。別にいいのよ。私もあなたと話が出来て、本当に良かったって思ってる。あなたの気持ちを、信彦に伝えることが出来るもの。」


信彦がこっちにやってきたとき、いつもより野心に満ちているのが分かった。元々少し気の強い子だったが、彼の目には何か強い覚悟が混じっているのを佐奈は感じていた。


母から信彦の聞いたときは驚いた。中学でサッカーを満足に出来なかったこと。部活が崩壊し、ろくな試合に出れなく、いつも悔し涙を流していたということ。


そしてその原因には、信彦と同年代の子が三人、サッカー部を辞めてしまったということ。


一人は事故で亡くなり、もう二人はそのショックからか自分から身を引いたという。


そしてその二人の中に、山中健斗の名前を聞いた。佐奈はその名前を聞き、すぐに誰なのかを思い出すことが出来た。


二年前の五月、佐奈は久しぶりに神乃崎に戻っていた。ちょうどそのとき、信彦の試合があるから家族で応援しに行くと言われ、サッカー自体をあまり知らない佐奈は軽い気持ちでついていった。


そしてそこでとても素晴らしい状況に出会った。ピッチの中で一際輝く少年を見つけた。


まるでボールを魔法のように操り、何点もの得点をあげた少年。鮮やかなドリブル、バス、シュート。どれもが完璧で、とても中学生とは思えなかった。


サッカーを知らない佐奈ですら、彼のプレーには魅力されたのだ。


その少年の名前が、山中健斗。まるで魔法を使ってるように鮮やかなテクニックでボールを扱う白いユニフォームの少年と、スポーツ人物で特集されてるのを読んでから佐奈はその名前と顔を忘れられないでいた。


そして信彦自身、よく健斗の話をしていた。


健斗はすごいやつだ。俺もいつかあいつのようにすごい選手になってみせる、と。


プライドの高い信彦が誰かをそんな風に褒め称えるのは珍しいことだったので、佐奈は思わず口にしていたものを喉に詰まらせてしまいそうになった。


そんな子が、サッカーを辞めてしまったということを聞いたときは佐奈自身もショックだったし……何より信彦の気持ちを推し量った。


きっと信彦が彼に裏切られたと思っているのだろう。彼を恨んでいるのかもしれない。


だが本当は違った。信彦は今でも健斗のことを慕っているということが分かった。


「俺はあいつを超えるんだ。中学では何も出来なかったけど……高校でめちゃくちゃ活躍して、すげー選手になって、あいつを見返してやる。後悔させてやる。目を、覚まさせてやるんだ!」

少ないチャンスの中、佐奈の通っている大学の附属高校が信彦に目をつけたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。現に今、信彦は大好きなサッカーを思う存分やれている。その気持ちの余裕からか、自己を冷静に見つめ直せることが出来たのだろう。


そして今度はいつか……健斗が信彦のことを、そして今どう感じているのか聞いてみたいとも思っていた。


そしてその願望が今回の帰省で叶うことになろうとは佐奈は予想だにしていなかった。


ファミリーレストランで久しぶりに高校時代の同級生と食事をし、ドリンクバーでドリンクを入れようとしたそのときに、偶然にも彼と出くわしたのだ。


最初は確信がなかった。本当にあの山中健斗なのだろうか、と。何せ二年も経っているのだから、風貌が変わっていても可笑しくなかった。実際、今の健斗は以前見たよりも随分と身長が伸びていた。


そしてそこで健斗の今の気持ちを聞くことが出来た。


信彦には悪いことをしたと申し訳なく思っている。後悔しているということ。そして、無責任かもしれないが……もう一度サッカーをやりたい……その気持ちが芽生えているということ。


すぐに帰って、信彦に報告したかった。信彦が望んでいる通りになっていたのだ。




「……一つお願いがあります。」


健斗が静かにそう言ってきた。佐奈は不思議そうに首を傾げた。


「何かしら?」


「……ノブに……俺とヒロがまたサッカーをやりたいって思っているということを……黙ってて欲しいんです。」


予想外のお願いに佐奈は驚いたような顔を見せた。冷たい風が健斗の前髪を揺らしていた。


「あいつ……あいつらには、俺自身の口で言いたいんです。」


健斗は続けてそう言った。その言葉には強い決意が込められていた。


「俺自身であいつらに言いたい。そして、あいつらから直接許しを得たいんです。」


佐奈は言葉を出すことが出来なかった。健斗がどれだけ信彦たちに対して遺憾の念を抱いてるのか、はっきり分かったような気がしたからだ。


「近い内に、あいつらに会いに行きます。だから……それまで待ってもらえないでしょうか?お願いします。」


健斗は深々と頭を下げた。何て素晴らしい子なんだろう……佐奈は年下である健斗に敬意を払いたい気持ちになった。


自分がしたことを深く悔やみ、そして背負っている責任をしっかり果たそうとしている。曖昧にはせず、しっかりと……自分の責任を背負っているのだ。


佐奈の答えは決まっていた。


「……分かった。信彦には、あなたに会って話をしたっていうことだけを話すわ。」


健斗はそれを聞くとすぐに顔をあげて、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。いつになるかは分からないけど……近い内に絶対に会いに行きます。他にもやること……全部終わってから……あいつらに。」


「分かった。私もそれまで待ってるわ。……山中くん、頑張ってね。」


「……はい。」


健斗が小さく笑った。佐奈も嬉しそうに微笑んだ。


すると、遠くから電車が近づいてくる音が聞こえた。そろそろ行かなくてはならない。


佐奈は鞄からメモ帳とボールペンを取り出し、そこに番号を書きつけた。そしてメモ帳からメモを切り取り、ぎゅっと握って健斗にむかってそれを差し出した。


「これ、私の携帯の番号を渡しておくね。ここでやるべきことが全部終わったら、連絡してちょうだい。私も信彦と会えるように取り計らうから。」


健斗は差し出されたメモを静かに受け取り、じっと番号を見つめた。そしてそっとそれをポケットにしまうとゆっくりと頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます。」


「ううん。これは……私のためでもあるの。だから、お礼なんかいらないわ。」


そう言うのと同時に、電車が駅に到着した。空気が抜けるような音を出しながら電車の出入り口が開いた。佐奈はそれに素早く乗り込むと、健斗の方に向き直した。


「頑張ってね。」


「はい。」


その会話を最後に電車の出入り口はしまった。そしてゆっくりと電車は動き出し、やがて彼の姿はどんどん小さいものとなり、ついには見えなくなってしまった。


佐奈はしばらく窓の外を見ていたが、やがてくるりと踵を返してほっとため息をついた。


自分のやるべきことはやった。後は健斗と……信彦の問題だ。


佐奈はどこか晴れやかな心持ちで、県外へ出る旅に気持ちが向き始めていた。



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