第9話 新たなる決意 P.30
自転車に乗って猛スピードで商店街を抜けた道路の向こうにあるファミリーレストランに向かう。
今は昼時のためか、結構混んでいる様子だ。駐車場にいくつか車が止まっている。健斗たちはそこで自転車を止めて、すぐに店の中に足を運んだ。
「いらっしゃいませ。三名様ですね?」
中年の女性店員が健斗たちのとこに来てすぐに対応をした。健斗は「はい。」と軽く返事をすると、禁煙席の場所まで案内される。
窓側の席に座り腰を落ち着かせた。とりあえず三人はすぐにドリンクバーを店員に注文した。ここのドリンクバーはセルフサービスで自分で好きなドリンクを入れることが出来る。
「俺何か入れて来るよ。何がいい?」
「コーラ。」
「オレンジジュース。」
健斗は了解すると、そのままドリンクバーの場所に向かった。店内を見渡すと、結構混んでいると思った。昼時はここも混雑するんだなぁっとちょっと新鮮な気持ちでそう思った。というのは、健斗は普段はあまり夕方にしか来たことがないからだ。
昼は大抵学校や家で済ます。あまりこっちまで来ること自体が少なかった。寛太のおかげで最近は頻度が増えたが……
とりあえず頼まれた分のドリンクを入れようとした。コップを手に取ってドリンクバーにセットをしようとした。
するとだった。他の別の小さな手が健斗と重なった。健斗はびっくりして手をすぐに引っ込めた。
「あ、すみません。」
「ごめんなさい。」
それは綺麗な若い女性の人だった。肩にかかるくらいの髪にふわっとした柔らかい香りを漂わせている。
大学生くらいの人だろうか?あまりこの辺では見かけない人だ。
「あ、お先にどうぞ。」
健斗は小さく笑って譲ろうとした。女の人はにっこりと微笑んで健斗に小さくお辞儀をした。そしてドリンクバーにコップをセットし、ボタンを押した。
本当に綺麗な人だ。どこか大人の女性という雰囲気を漂わせている。首もとが妙にセクシーだし、スラッと伸びる足も白い肌を際出させて綺麗だと思った。
どこかの町から来た人だろうか?神乃崎の人ではないように思った。だが、何だろう。どことなく知っている面影があった。
ドリンクを入れ終えた女性はコップを手に取ると健斗に笑いかけた。
「ありがとうございます。」
「あ、いえ。」
その可愛らしい笑顔に健斗はドキンッと胸を高鳴らせた。照れを隠すために苦笑いを浮かべて小さく会釈をする。そして、スタンバイしていたコップをドリンクバーにセットしてボタンを押した。
その女性はすぐに行ってしまうだろうと思った。だが、女性はドリンクを手に持ったままじっと健斗を見つめていた。何だろう……自分の顔に何か着いているのだろうか?
健斗は一つ目のドリンクを手に持ってチラリとその女性を見た。目が合って、女性ははっと我に帰ったような表情を見せた。ちょっと困っているようだった。どうしたのだろうか。
健斗は二つ目のコップをセットして再びボタンを押した。
「……あ、もしかしてまだ使うとか?」
健斗は何気なく聞いてみると、女性は少し慌てて首を横に振った。
「あ、いえ。そういうわけじゃないんです。ただ……神乃高の人なんだなって。」
「え……?」
「制服。そうですよね?」
「あ……まぁ。そうですけど……」
神乃高のことを知っている。ということはもしかすると地元の人なのだろうか。健斗は少し警戒心を見せた。
「地元の人ですか?」
健斗が三つ目のコップをセットして、ボタンを押すときにそう聞いた。すると女性は小さく笑って頷いてきた。
「はい。私も神乃高に通ってたんです。」
「へぇ~……」
この神乃崎にこんなに綺麗な女性がいるとは知らなかった。一体どの辺に住んでいるんだろうと思って健斗は少し興味が湧いた。
ドリンクを入れてコップを手で取ったときだった。
「あの……」
「はい?」
「もしかして……山中……健斗くんですか?」
「えっ?」
健斗は驚いてその女性を見張った。どうして自分の名前を知っているのだろう。健斗はこの女性とは面識がない。なのに、あっちは自分のことを知っている。全く心当たりがなかった。
「そう……ですけど。」
「やっぱりっ!」
女性は歓喜の声をあげた。手に持っているドリンクが揺れて、少し零れるのを健斗は見た。だが、そんなことよりも何故自分のことを知っているのだろう?
「えっと……どこかで会ったことありましたっけ?」
健斗が気まずそうな恐る恐るそう尋ねてみた。あっちはこっちの名前を覚えてくれているみたいだが、正直こっちは名前も顔も覚えていなかった。すると女性はにっこりと微笑んで頭を下げた。
「いえ。多分私が一方的に知ってるだけです。あの……高野信彦のこと覚えてますか?」
「――っっ!」
その名前が出たことも健斗は驚きを隠せずにいた。高野信彦――ノブの顔がぱっと思い浮かんだのだ。どうしてノブのことを知っているのだろう……もしかして……
「私、信彦の姉なんです。」
呆然としていた健斗は全身の力が抜けるような感覚になった。するりとコップが手から床に落ちた。
パリンッ!と割れる音と女性の「きゃっ!」という悲鳴で健斗はすぐに我に返った。
「うわっ!」
「大丈夫ですか?」
ガラスの割れた音に店内にいた客が健斗たちを見てきた。それとほぼ同時にそばにいた店員が健斗たちの元に駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?すぐお片付けいたします。」
「す、すみません……」
健斗は謝りながら、その女性を見た。女性は手に持ってたコップをそばに置いて片付けを手伝おうとしている。
そうだ。
どこか見たことのあるような顔……それは、ノブとイメージが重なっているからだった。