第9話 新たなる決意 P.3
「うわっ!この時代男子みんな坊主頭だったんだ」
健斗は古びたアルバムに写っている男たちの写真を見てそういう。どうやら制服は昔から変わっていないみたいだが、頭髪や身嗜みについてはかなり厳しかったらしい
今ではすっかりそんな面影など残ってはいない。時代の流れというのは恐ろしい
「女の子はお下げをしてるね。今時の子とは全然違う」
麗奈が静かにそう口にする
確かに、この時代に茶髪やら金髪やらにしてる方が何だか可笑しい
完全に浮いた存在になるよな、と健斗は想像して見てちょっと笑う
「どしたの?」
「いや、別に」
「言っておくけど、私のは地毛だからね。元々こういう髪の色なんだから」
と言いながら、栗色の柔らかい髪を示してくる。ふんわりと甘い香りが漂った
「誰も聞いてねぇよ」
と健斗が素っ気なく答えると、一つの写真が目に飛び込んできた
「……あっ!これ、父さんだ」
「え?」
健斗はそう言いながら指を指して示す。そこに写っている男の写真は、堀が深く、髪型はオールバックにして学ランの制服を全部開け、中にはYシャツではなく、赤いシャツ。かなり厳つい表情をしているが、確かにその顔は若き父の顔だった
麗奈は驚いて口を開け、それを手で覆い隠した
「これお父さんっ?」
「父さん、昔はヤンキーだったらしいぜ。笑っちゃうな。これがあのオヤジだぜ?」
健斗は声を立てて笑った。今ではまったく感じ取ることの出来ない昔の父さんと今とのギャップが激し過ぎて、健斗は堪らなくなって腹を抱えて笑った。隣で麗奈も可笑しそうに笑う
「あ、ねぇ。これお母さんだよ」
笑いながら麗奈はまた一つの写真を指し示した。そこには何人かの友達と共に写る女の写真があって、確かにその中の一人には見覚えのある顔があった
紛れもなく母さんだった
「ふ〜ん。これが母さんね」
「美人だね」
「そうか?」
「今もだけどね」
「あのなぁ、そうやってお世辞言うからああやって調子に乗るんだぞ」
健斗がそう言うと、麗奈は口をとがらせて言った
「別に本当のこと言ってるだけだもん」
「あっそう」
健斗が投げ捨てるように言う。麗奈も早川も、何故あんなおばさんを褒めるのか、まったく理解が出来ない
親の心、子知らず……少し違うな。この場合だと親の心、他人知らずになる
「……あ……」
健斗がそんなことを考えていると、麗奈がアルバムを捲る手を止めて小さく声を上げた。そんな麗奈を見て、健斗は不思議そうに顔を覗き込む
「どした?」
しかし麗奈はまったく反応示さず、一つの写真を見つめる。健斗はその視線の先にある写真を見る。麗奈が今開いているページはクラス写真のようだ。一人一人の顔写真と、下には名前が乗っている
そして健斗は気づいた。そこにある写真。眼鏡をかけて、厳かな表情で写っている人。健斗はそれを以前、麗奈の部屋にある三人の家族写真で見たことがある
下には大森達也と書いてあった
「これお前の父さんじゃん」
「うん……顔知ってるの?」
「いや、下に名前書いてあるし……あと、前見してくれたじゃん。家族写真」
「そっか」
健斗はもう一度若き日の大森達也を見た。厳かな雰囲気は以前見た写真とまったく変わらなかった。そうか、そういえばかなり前に父さんが言っていた
父さんと達也は高校までいっしょだったけど、達也の方が東京の大学へと行ってしまったと……この神乃崎は達也の故郷でもあるのだ
健斗は先ほどのヤンキー親父と達也を比較してみる。この二人がもし、仲良さげにしていたらそれこそ異様な光景だったろう
明らかに不釣り合いなのが、時代を経てもよく分かる。健斗はまた可笑しくなって笑った
「お前の父さん、すっげーな。何か、如何にも優等生みたいって感じ」
しかし健斗がそう言っても、麗奈は笑わなかった。ただ達也の写真を見つめるだけ
健斗はそんな麗奈の横顔を見ながら、ふとあのことを思い出した
夏休みに入って、すぐ麗奈は遠縁の親戚の葬式に出るために一時東京に戻らなければならないときがあった
だが、麗奈はそれを拒んだ。理由は東京には帰りたくないという麗奈の強い拒否意識があったから
大好きな母親との思い出がいっぱい詰まった場所、だからこそそれを思い出してしまうのが果てしなく辛い
当時十歳かそこらの女の子の心に忌まわしい傷をつけてしまったのだ
だが、それだけではなく……これは健斗も知らないのだが、麗奈が自ら言う「嫌なこと」というのが多いに関係しているように思える
その「嫌なこと」とは何か。想像してみるだけ無駄なのだが、恐らく今になっても、それが麗奈の心に闇を作り出す原因となっているのだ
やはり麗奈は自分の父親のことをあまり良く思っていないのだろうか。と健斗は考えた
だとしたら、やっぱり悲しい
誰よりも家族の暖かさを知っている。誰よりも家族の大切さを知っている
そんな麗奈がたった一人の家族を……その家族の大切さを見失っている。そんな気がした
だから健斗は言った。自分だって家族だと。自分だけじゃない。父さんや母さん、ゴンタ。いっしょに住んでいる家族……みんな家族だと
そしてお前を心配してくれている仲間たちも、みんなお前の大切な存在なんだと
お前が……大切なんだ
心配なんだ
だから、お前の笑顔を俺は守りたい
健斗はそのときそう思った。その気持ちは今でも色褪せることなく……胸の中に生きている
「麗奈」
「ん?」
「大丈夫か?」
健斗が優しげな口調で訊ねた。すると麗奈はきょとんと目を丸くしたあと、可笑しそうに笑った
「大丈夫。この間のことで、私分かったんだから。別に何とも思ってないよ。ただ、お父さん今も昔も変わんないなぁって思ってただけ」
「そっか……」
「そうだよ。もう、そんな辛気臭い顔しないでよ」
麗奈が笑いながらアルバムを閉じると同時に、学校に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。正確には予鈴だが、健斗と麗奈はその予鈴により一気に現実に引き戻された
「やっべっ!次体育じゃんっ!早く片付けなきゃ!」
健斗は一気に散らばった本やら何やらをかき集め段ボール箱にしまう。そして棚の上に置くと、息を吐いた
「早く行こうぜ」
健斗がそう言って、部屋を後にしようとしたときだった。麗奈が健斗の服を掴んだ。健斗はすぐに後ろを振り向いた
「何だよ?」
健斗が苛ただしく訊ねる。すると麗奈は少し伏し目がちな目をゆっくりと上げた
「ねぇ。一つ聞いていい?」
「え?」
「健斗くんの中で、私ってただの思い出になるのかなぁ?」
「は?」
意味が分からなかった。こいつは突然訳の分からないことを言い出す
「自転車に乗って、毎日いっしょに学校に行くことも。いっしょに暮らしていることも。こうやって笑ってアルバムを眺めたのも……全部ただの思い出になるのかな?」
「……ちょっ……待てよ。全然意味分かんない。急に何?」
健斗は本当に困ったような顔でそう言った。しかし麗奈の瞳は揺らぐことなく、健斗の返答を待っているようだった
すべてが思い出になる
この温もりも
その存在も
すべてが ただの 思い出となる
急に麗奈がにこっと微笑んだ
「ごめん。やっぱ何でもない」
「え?」
麗奈は服を離し、健斗を通り越して部屋を出る。そして振り返ると、怪訝そうな顔を浮かべた
「こら~、何やってんの?鍵かけちゃうよ」
「え……あ、あぁ……」
健斗は少し慌てて部屋を出た。麗奈はドアを閉めて鍵をしっかりと閉める。それから健斗の方を向き直して、もう一度ゆっくりと笑った
「私、鍵返してくるから。先教室に戻っててよ」
「あ……うん。分かった」
「ほら、分かったんなら。ダッシュダッシュ。体育に遅れるよ」
麗奈はにこっと微笑んで健斗から離れて行き、職員室へと向かうため廊下を走っていった
健斗はその後ろ姿を見つめながら、しばらく動けないでいた
最近の麗奈……何だか変だと思う
この感じ……前もどこかで感じたことがあった
分かりかけていたのに、また急に分からなくなる
近づいていたのに、あいつはこうやってまた俺を置いていく
「……何なんだよ……」
健斗は苛ただしい口調でそう呟いた
しばらくすると、本鈴のチャイムが鳴った