第9話 新たなる決意 P.29
「あぁっ!もうやべーよ……マジでヤバいよ……」
健斗の後ろの席で寛太が頭を抱えてそう唸っていた。健斗はわざと聞かないふりをして、毎週借りている週刊の漫画雑誌を読んでいた。
「……ヤバいよ~……ヤバいよ~……」
「…………ぷっ……クハハハハハッ」
「ヤバいってばよ。マジで。螺旋丸並みだってばよ。」
「うるさいなぁっ!俺は今違うやつ読んでんの。」
健斗はうんざりするように言い、漫画雑誌をパタンと閉じた。ようやく健斗が反応してくれたのが嬉しかったのか寛太はニヤリと笑った。
「だってお前が無視するんだもん♪」
「聞こえてるよ。無視はしてるけど。」
「ほらぁっ!ねぇ?お前はヤバくないの?」
「俺はお前みたいにならないようにベンキョーしましたし。」
「そうやってさ、裏切るんだ?赤点常習同盟組んだのに……」
「そんなクソ同盟に入った覚えはねーし、俺が赤点を取ったのは前回のテストだけですぅ。」
「今回は?数学どうだった?」
「…………」
正直出来はよくないかもしれない。健斗は数学が苦手だった。前回も数学の点数がヤバすぎて今回で挽回しようとしたつもりだったが、もしかしたら挽回の「ば」の字も行ってないかもしれない。
「黙ってるってことはぁ~?」
「余裕だっつーの。マジ問い五とか出来たし。」
「え……答え、何にした?」
「……‐3……かな?」
実際は自信がなかった。計算式が複雑過ぎて、どこかで計算ミスをしたような気がするのだ。だが意外なことに寛太がパンッと手を叩いた。
「俺も‐3にした!」
「マジッ?」
同じ答えになるやつがいるとこれほど心強いやつはいない。健斗は安堵感が胸の中に溢れるのを感じた。挽回の「ば」の字は行けるかもしれない……が……
「答え、あれ‐8だぞ。」
ヒロが健斗たちの席に近づいてそう言った。さっきまでの安堵感が見事に崩れ落ちて行った。ヒロが言うなら間違いがなかった。こいつはいつも成績優秀者として名を馳せる。
元々寛太と答えが同じでも意味がない。出来ないもの同士で盛り上がっても……それがしかも寛太だ。
「お前っ。俺に一瞬だけの幸福感を与えんなよ。」
健斗はそう言って寛太の坊主頭を漫画雑誌で叩いた。「イテッ」と寛太は言って頭を抑えて陽気に笑った。
「残念だったな健斗。諦めて追試を受けに行こうぜ?」
「うわぁ……」
健斗は諦めたように頭を抱え込んだ。英語や国語なら得意なのに……数学だけはダメだった。理科や社会なども平均ぐらいならとれるのに……
神乃高は今週からテスト週間に入った。今日から一週間、午前中を使って二学期の中間テストがあるのだ。前期の数学の成績がヤバかったため、今回は一生懸命勉強したのに……ヤバいかもしれない。螺旋丸並みに……
「俺は赤点常習同盟なんかに入りたくねぇっ!」
「うへへぇ~。こっちに来いよぉ~。」
「逆に寛太は清々しいな……」
ヒロが苦笑いを浮かべてそう呟いた。
「まっ!でも明日は英語だけじゃん?それなら楽勝だろ。」
「おうっ!マジ満点狙うよ、俺。」
健斗は親指を立ててそう言った。自分で言うのも何だが、英語だけは得意科目だ。しかも今回は得意である不定詞が範囲。満点も夢じゃないと思った。
「ふ~ん……じゃあ勝負する?」
ヒロがニヤリと笑って健斗にそう言った。ヒロも英語は相当得意だと言う。だがそれでも、負ける気はしなくもなくなくない。
「いいよ。負けた方は?」
健斗は揺るぎない自信を持って答えた。ヒロは負けた方に対する罰ゲームを考え始めた。
「……寛太の坊主頭をリスペクト。」
「はぁっ?それはヤバいだろっ!」
「嫌ならいいんだぜ?まぁどうせ俺勝つからいいんだけど……」
そう言われると健斗の負けず嫌いに火がついた。たまにはこの眼鏡ヤローの鼻を折ってやるのも悪くはない。そしてみんなの前で恥をかかせてやろう。
「分かったよ。俺やんよ。やってやんよ。言っとくけど、三ミリだかんな。こいつと同じで。」
「じょーとだしっ!勝ったやつが負けた方の頭をバリカンで剃る。はい、決定!」
こうしてわけのわからない意地の張り合いで負けた方は剃髪ということ決まってしまった。だが健斗は何よりもプライドにかけて負けるわけにはいかなかった。ここまで言った以上、バリカンで剃ってやるのは自分だと士気を高めた。
「お前ら……人の頭を罰ゲームにするなんて……」
寛太は悲しそうに涙ぐんで自分の頭をさすった。しかし健斗たちはそんなことを全く気にしない。
こんなことしてられないっ!さっさと帰って勉強をしなくてはならない。
健斗は鞄に荷物を詰め始めた。が……それを制したのは寛太だった。
「あぁんっ!待って!帰らないでっ!」
寛太は泣きながら健斗の腕を掴んできた。
「な、何だよ?いきなり。」
「ねぇっ!お願い!俺にもう一回英語教えてっ!」
「はぁっ?」
非常に迷惑な話だ。今のやり取りを聞いてなかったのだろうか。健斗は今それどころではない。
「あのなぁ寛太。この前教えたことが全部。それに、俺には剃髪がかかってんだよ。お前に構ってる暇はないの。」
「そんなこと言わずにさぁ~っ。このままじゃ俺、また赤点だよぉ。」
「し、知るか。そんなもんっ!離せってば。」
「同盟国を裏切んのかよぉ。」
「人を勝手にお前の同盟に入れるなっ!」
「そんなこと言わずに教えてやれよ。」
ヒロがニヤニヤと笑いながら健斗にそう言ってきた。無責任な物言いに健斗はカチンと来た。
「てめっ……他人事だと思いやがって。」
「ねぇ健たぁ~ん。お願ぁ~い……」
デレデレとしてさらに距離を詰め寄ってくる寛太。もうダメだ……健斗は心が折れて、呆れるように大きくため息を吐いた。
「分かった……分かったからくっつくな。その坊主頭を見るだけでイライラする。」
「ひゃほ~いっ!」
調子のいい寛太は歓喜の声を上げると、飛び跳ねるようにして健斗から離れた。それと対称に憂鬱な心持ちの健斗はがっくしと肩を落とした。
「まっ、頑張ってくれたまえよ。剃髪くん。それじゃ。」
すでに勝ち誇った顔をしているヒロはそのまま笑って帰ろうとした。が……健斗はガシッとヒロの肩を掴んだ。突然のことに驚いて振り返った。
「な、何?」
「……あのね?ヒロくん。彼に英語を教えるのには、僕一人では力不足なんだよ。」
「や、やだよ。頼まれたのはお前だろ?俺は関係ない。」
「……寛太くん。」
「ハァーイ♪」
寛太はノリがいい。すぐに空気を察してテンションに合わせてきた。
「寛太くんは僕とヒロくんのどっちの方が分かりやすかったなぁ?」
「えっとぉ~……健斗くんの教え方も上手だったけどぉ~、ヒロきゅんもいてくれると助かりまぁ~す♪」
「だってさ。ヒロきゅん♪」
ヒロは引きつった笑いを見せて、健斗と寛太を交互に見た。……とても逃げられる様子ではない……観念したのかヒロはさっきの健斗と同じようにガックシと肩を落とした。
観念したヒロを余所に健斗は寛太とハイタッチをした。こんな辛い目に合うのに、ヒロだけ良い思いをさせるわけにはいかない。ヒロを巻き込んだことで心持ちがかなり楽になった。
寛太は本物のバカだから理解するのに手間がかかる。それには膨大な時間もかかる上に、一人では気が萎える。
「うっしゃ!仕方ねぇっ!パパっと終わらせて、パパっと自分の勉強すんぞっ!」
ヒロは顔を上げてガッツポーズをした。目が久しく燃えているのが分かる。当然、健斗も同意見だった。こんな面倒なことはパパっと終わらせるのに限る。
そうと分かればすぐに行動。健斗たちは揃っていつものファミレスに行くことに決めた。