第9話 新たなる決意 P.21
健斗たちは昇降口で靴を履き替えて、校舎から出て、自転車が止めてある校門へと向かっていた。
「つーか毎日大変だな。こんなに真っ暗になるまで残ってんだもんな。」
健斗が歩きながら麗奈にそういうと、その後を懸命に追いかけながら麗奈はいつものように能天気な笑顔を見せた。
「えへへ~♪偉いでしょ?」
「まぁな。」
「今吹奏楽部何やっての?」
健斗も同じことを思った。今の時期、吹奏楽部はコンクールとかそういうのはないと聞いている。夏のコンクールが終わり、今度コンクールがあるのは冬だ。(と、麗奈から聞いていた。)
「今は文化祭に向けての練習だよ。」
「文化祭?へぇー、発表とか?」
「それもあるし、前夜祭や後夜祭でも色々とあるの。今全部で六曲練習してるんだ。」
「六曲も?何やんの?」
「それは内緒。発表見に来てね。」
と言いながら、麗奈は健斗とヒロにウインクをする。どうやら内緒にしときたいらしい。それほど頑張っている、ということなのだろうか。麗奈の意図を汲んで、健斗はそれ以上深入りせず「あぁ。」と答えた。
「文化祭かぁ……うちのクラスは何やんだろーな?」
「さぁ……今度決めるんじゃね?」
「お前何か考えてる?」
「いや……さっぱり。」
「委員とかどうするんだろうな?」
「お前やれば?」
「無理無理。麗奈ちゃんは?」
「う~ん……面白そうだからやってみようかなぁ。」
「お前が委員のクラスは崩壊するだろ……」
「はぁ~?それってどういう意味~?」
「どういうも何も言葉通り……」
グランドの前を通り抜けるときだった。
健斗は言いかけの言葉を飲み込み、少し離れた距離から健斗たちを真っ直ぐ見つめて歩いてくる人物を見た。
健斗はそれが誰だか確認すると、冷や汗が身体中をかけめぐる感覚がした。健斗の横で騒いでる麗奈も、健斗の様子が変わったことに気づき、きょとんとした様子で健斗を見上げる。
「どうしたの?」
そう言ってからヒロの方を見ると、ヒロも同じように前を見つめて固まっていた。そして麗奈は二人が見ている人物を、二人に向かって歩いてくる人物を見る。
知らない顔だった。長袖のスポーツウェアにハーフパンツとソックス。髪は短めで、背は麗奈よりちょっと大きいくらい、そして頬がふっくらとしてるのが印象的だった。外見からして、サッカー部らしき人間だ。
その人物は健斗とヒロの前で立ち止まった。穏やかな顔をしているが、彼もまた健斗たちと同じように困惑の色を見せていた。
「……久しぶり。のんちゃん。」
「久しぶり。」
健斗とヒロがその“のんちゃん”という人にぎこちない笑顔で挨拶をした。
「……うん。久しぶり。元気……だった?」
「うん……まぁ。」
健斗・ヒロ、そして“のんちゃん”との間にはどこかぎこちない空気があった。お互い気まずそうに作り笑いを浮かべている。
「部活終わったの?」
健斗がそう聞くと、のんちゃんは小さく頷いた。
「そっか……」
「この間……」
「え?」
「この間……夏休み前のとき。松本先輩と……」
「あ……」
健斗は決まり悪そうな表情を浮かべている。のんちゃんはそんな健斗を真っ直ぐ見つめながら、ポツリとつぶやいた。
「すごかった。さすが健斗だな、って思ったよ。」
「……たまたまだよ。でも、サンキュー。」
「うん……じゃあ、僕行くよ。」
「おう。またな……」
のんちゃんは鼻をすすり、小さく頷いて健斗たちを過ぎ去ろうとした。ところが不意に振り返って健斗たちを見た。
「そういえばヒロ、ハンド部辞めたんだって?」
ヒロはのんちゃんの方へと向き直した。そして決まり悪そうに後ろ頭をガリガリと掻きながら「うん。」と一言だけ答えた。
のんちゃんはそれを聞くと少し寂しそうな表情で「そっか……」と呟いた。
「それじゃ……またね。」
それだけを言い残し、今度は本当に健斗とヒロの元から遠ざかっていく。麗奈はその後ろ姿を見つめていた。そしてその姿が見えなくなると、今度は二人の顔を見上げる。
その表情は強張っていた。先ほどの和やかな雰囲気など全く感じさせないものだった。そして麗奈は瞬時に察した。
麗奈は二人がただたんに喧嘩をしたのだと思っていたのだが、そうじゃない。
麗奈はそのとき、ホタル池を見ながら健斗と話したことを思い出していた。