第9話 新たなる決意 P.18
「あ~!疲れたぁ!」
麗奈の横でフルートを吹いていた北村円が突然声を上げた。それの影響で驚いた麗奈は音を外してしまった。
「ちょっと~……急に大声出さないでよ。びっくりするでしょ?」
麗奈がそう言うと、円はおかしそうに笑いながら「ゴメン、ゴメン。」と言って謝ってきた。
今麗奈は部活中で同じパートである円といっしょに、曲の練習をしていた。実は10月の半ばにある文化祭に向けての曲を練習しているのだった。
吹奏楽部は全体練習の日にちが定まっていて、大体披露する日の二週間前から全体練習を開始する。
しかし当然今はまだ9月の序盤。文化祭まではまだまだ時間があるため、各パートでの練習時間が多く取られる。
その中で麗奈はフルートを使っている。ニューヨークから送られてきたお父さんのお金を使って、市内に出て買った大切なフルート。まだ使い始めてそこまで日にちが経っていないため、綺麗のままだった。
麗奈と円は麗奈のクラスである、一年A組で練習をしていた。
「ねぇ~?ちょっと休憩しない?かれこれ二時間はやってるよ?」
円がそう言ってくるので、麗奈は時計をチラリと見た。確かにすでに6時近くになっている。
健斗と帰る約束は7時。あと一時間だ。それまでに今日の課題が終わるか、少し心配だった。
「……う~ん……ま、そうだね。休憩しよっか?」
とは言っても円はすでに集中力が切れているし、正直麗奈も切れかかっていた。少し休憩をして、ラストスパートをかければ大丈夫だろう。……ちょっとくらい時間過ぎても、健斗は許してくれるだろうし。多分、愚痴は言われるけど……
円は縁の部分をタオルで吹き始めた。フルートはこうやってタオルで吹かないと、唾が溜まって汚い。その辺はリコーダーと同じ原理なんだけど、当然音を出す複雑さはフルートが勝っている。
事実、麗奈は最初は全く吹けなかった。
それはそうと……
麗奈は少し気になっていた。というのは健斗の姿が全く見あたらなかった。てっきりこの教室で暇を潰してるのかな、と思って来たのだが、いなかった。一体どこに言ってるのだろうか?
麗奈は鞄からケータイを取り出して、メールのボタンを押した。
本文:
健斗くん、今どこにいるの?
送信っと……健斗はあんまりケータイを見ない。いつもマナーモードにしてるし、もしかしたら返事が遅いかも。
「けど、麗奈ちゃん本当に上手になったよね?三カ月前が嘘みたい。」
円が麗奈にそう言ってきて、それを聞いて少し嬉しそうに笑った。
「えへへ♪そうかなぁ?」
「そうだよ。本当に高校で初めてなの?」
「うんっ。でも、小さいときお母さんからピアノを教えてもらってたから……」
「ピアノと吹奏楽とじゃ全然違うよ!絶対音感ってやつだね。」
「そんな大袈裟なものじゃないよぉ。」
と言いながら、実は自分でも凄いなぁっと思ってたりする。夏奈からピアノを教えてもらったのは、確か麗奈が小学校二年生のときだった。
家にあったグランドピアノ……お母さんが趣味で色々な曲を弾いて、麗奈に聞かせてくれた。それを見た麗奈が何となく興味本意でやってみたいと思った。
確か……「ネコふんじゃった。」を教えてもらったのが最初だった。
「うちなんか中学のときから吹奏楽やってるんだけど、何かもう追いつかれそうって感じ。」
「そんなことないよ。円ちゃんがリードしてくれてるからだよ。」
「本当?まぁ……フルートだからリードも何もないんだけどね。」
「まぁね。」
と、冗談を言いながら笑い合っていると、麗奈のケータイが鳴った。麗奈は少し驚いてケータイを開いてみると……意外にも健斗からだった。
件名:お疲れ様。
本文:
今、ちょっとファミレスにいる。部活終わったのか?
ファミレス?
ということは、健斗は学校に今いないということだ。この辺のファミレスと言えば商店街を抜けたとこにあるやつくらいしかないから、きっとそこにいるんだろう……けど、一体誰といるんだろう?
件名:Re.ありがとう♪
本文:
まだ終わってないよ。
ファミレス?誰と?
送信してケータイを閉じる。するとほとんど間髪を入れずにまた麗奈のケータイが鳴った。
件名:Re.Re.ありがとう♪
本文:
あっそ。
誰とでもいいだろ。部活中にケータイいじってていいのかよ?(笑)
麗奈はちょっとむっとしてすぐにメールを打ち返した。
件名:Re.Re.Re.ありがとう♪
本文:
ムッキー(≧ヘ≦)
学校にいないから心配してやったのに……何てやつだっ!
「誰とメールしてんの?」
麗奈がメールの文章を書いていると円がそう聞いてきた。麗奈は送信ボタンを押してケータイを閉じた。
「あ、ゴメン。ちょっとね?」
「もしかして、彼氏~?」
「えっ?そ、そんなんじゃないって。健斗くんだよ、健斗くん。」
「あっ……山中くんかぁ……」
円はシュンとして大人しくなり、麗奈を見つめた。
「もしかして、今日も山中くんと帰る約束してるの?」
「え?」
円がそんなことを聞いてくるのが珍しいと思って、麗奈は思わず聞き返してしまった。
「うん……そうだけど……」
「……そっ……かぁ……」
円がちょっと物憂げな顔をしたのを麗奈は見逃さなかった。何だか寂しそうな顔を浮かべてる。
「えっと……ほら、私自転車乗れないからさ。健斗くんがいないと帰れないし。」
「ふ~ん……」
円は再びタオルで縁の部分を拭き始めた。下を俯いて何かを考えているようだった。
すると再び麗奈のケータイが鳴った。麗奈はすぐにケータイを開くと、やはり健斗からのメールだった。
件名:Re.Re.Re.Re.ありがとう♪
本文:
ハイハイ( ̄∀ ̄)
終わったらメールしろよ。迎えに行くから。じゃあな~。
麗奈はケータイを閉じて、ふぅっと息を吐いた。何だか大人な対応をされた気がした。
「……あのさ、麗奈ちゃんさぁ。」
「うん?」
麗奈がケータイから目を放して円を見ると、円は何だかもじもじした様子で麗奈をチラチラ見ていた。顔を少し赤らめて、何かを言いたげな様子だった。
「麗奈ちゃんってさ、その……山中くんと付き合ってるんだよ……ね?」
「えっ?」
麗奈は声を上げて驚いてしまった。円がそんなことを聞いてくるとは思わなかったので、何だか不意を突かれたような気がしてびっくりしていた。
すると急激に恥ずかしくなり、心臓が高鳴るのが分かった。
「つ、付き合ってないよ。別に、健斗くんとは何でもないよ?」
「……でも、スッゴく仲いいでしょ?いつもいっしょだし……」
「えっと……それはほら、健斗くんは家族だから……必然的にそうなるというかぁ~……」
「そう……」
寒気が体中から上がってくるのを感じた。この胸の高鳴りは何を意味しているのだろう……何だか嫌な予感がした。女の子だから分かる、確かな予感だった。
円は縁の部分をただひたすら拭いてた。同じ動作を繰り返し繰り返し、ただひたすら繰り返している。
「あの……円ちゃんさ……」
「うん?」
「その……もしかして……」
麗奈が言いかけたその瞬間だった。突然教室のドアが開いて、誰かが入ってきた。麗奈と円はドアが開く音に驚いて、揃ってドアの方を見ると、そこには同じ部員の高木奈津紀がいた。
「二人ともお疲れ様。今休憩中?」
そう言ってくる奈津紀に対して、麗奈は少し慌てた様子で返事を返した。
「あ、えっと、うん。少しね。どうかしたの?」
奈津紀は麗奈や円と違って、トロンボーンを扱っている。普段パート練で奈津紀といっしょに練習することはなかった。
「うん。あのね、今、先生が急用で学校にいなくなるから、各パートで切りのいいところで終わりにして帰っていいって。」
「あ、そうなんだ。じゃあ……どうしよっか?」
「う~ん……」
円にそう聞くと、円は目の前にある楽譜をペラペラとめくり始めた。
「ここと……ここのテンポがちょっとずれるんだよね。」
「あ~……そっか。じゃあここやって終わりにしよっか?」
「そうだね。なっちゃん、ちょっと見てくれる?」
「うん。分かった。」
奈津紀は麗奈と円の近くに座り、二人の演奏を聞くことにした。
奈津紀が座ったのを確認すると、麗奈は円と目を合わせて再び練習を開始した。