第9話 新たなる決意 P.17
「いや~?小学校からの知り合い同志だから何か照れくさいなぁ~」
「あぁ……」
「そだな。」
寛太を挟んで、健斗とヒロは揃って廊下を歩いていた。確かに中々揃わない面子だろうと健斗も感じていたのだが、重要なのはそこではなかった。
「しかしさぁ、この町って本当に狭いよなぁ~?普通高校に入ったら、周り知らない人ばかりじゃん?なのにここはほとんど知ってるやつだし。まったく、ここじゃあグローバルな視点が持てないっつーかさぁ~……」
健斗とヒロは寛太の話を半分だけ聞きながら、互いに二人のことを意識していた。寛太は二人を見比べて、ばつが悪そうに頭を掻いた。
階段を下って昇降口に着いたときだった。突然寛太が「あっ!」と声を上げた。
「ワリィッ!ちょっと部室に忘れもんしたわっ!」
「はぁっ?お前今日部室行ってねーだろ。」
ヒロがそう言うと寛太はニヤリと笑った。
「いや、めっちゃ大事なもん忘れたんだっ!俺取ってくるから、ちょっと待ってて!」
寛太は全く有無を言わさず、健斗とヒロを置いて部室の方へと走っていった。健斗とヒロは寛太が走っていた後、互いを見て小さくため息をついた。
「仕方ねぇ……校門で待ってようぜ。」
「……あぁ。」
そう言って、健斗とヒロは下駄箱から靴を取り、それを履くと昇降口から出た。そしてそのまま校門を向かって行く。その途中、ネット越しからグランドが見えた。「そういやもうすぐテストだな。勉強してる?」
「ぼちぼち。勉強なんて受験期に入ってからでいいし。」
「え……お前大学行くの?」
「当たり前じゃん。お前行かないの?」
健斗がそう聞くとヒロは少し考えるような仕草を見せた。
「どうなんだろうなぁ……」
ヒロは他人事のように聞き返してきた。まだ一年だし、大学のことまでは考えていないようだ。
「別に大学行ってまでやりたいことなんてなさそうだし。」
「逆じゃね?普通やりたいこと探しに大学行くんだろ。」
「そんなもんなのかねぇ……」
ヒロはそうぼやきながら突然立ち止まってグランドの奥を見つめた。健斗もつられるようにグランドの奥をネット越しに見てみると、そこにはサッカー部が何人か集まっていた。
ヒロと健斗はしばらく黙り込んでサッカー部を見ていた。何人か集まって体操をしているみたいだ。
「お前知ってる?」
「え?」
ヒロが突然口を開いてそう聞いてきた。何のことか分からず、すぐに聞き返した。
「サッカー部、三年が引退してから人数が一気に減ったらしいよ。」
「……そうなの?人数足りてない?」
「そこまでじゃないだろうけど……ギリギリ大会に出れるくらい。」
「そっか……考えてみれば、俺らの代が少ないのか……」
健斗はそう呟いて、グランドの奥にいるサッカー部を見つめていた。
「……あれから色々考えてた。」
「…………」
「お前に言われたこと。……間違ってないよ。間違ってない……」
健斗は答えずに、グランドを見つめながらヒロの言葉を聞いていた。
「だけど……やっぱりまたサッカーをやりたい気持ちもある。だから、どうすりゃいいのか……わかんねぇよ。」
「……ヒロ。お前勘違いしてない?」
「え?」
健斗はヒロにそう言うと、ヒロは一体何のことだか分からないという顔をした。
「俺、別にお前がまたサッカーを始めることを悪いことだとは思ってないよ。」
健斗のその言葉にヒロは本当に意外そうな顔をして、小さく笑みすら浮かべた。
「そうなの。てっきり反対してんのかと思った。」
「んなわけねぇだろ。むしろ逆。お前がまたサッカーをやりたいって思うようになって、嬉しいよ。……けど……」
健斗はまたグランドの奥を見て、小さくため息を吐いた。
「……けどさ、やっぱり……あの時のことをうやむやにしたままじゃ駄目だと思うんだ。」
あの時とはもちろん、健斗とヒロがサッカーを辞めた時のことだろうとヒロは思った。
「あの時のことを無視してまたサッカーを始めたって、また辛くなるって……少なくとも俺はそう思う。」
「……うん。」
「でも、だからと言って今更どうにかなるわけじゃない。過去は……変えられないんだから……」
健斗のその言葉がヒロの胸に突き刺さる。過去は変えられない。だから……どうしようもないのか……本当に……?
「俺らがサッカーをまた始めるのには、何か……色々とすげー覚悟がなきゃ駄目だ。じゃないと、またすぐ辞めることになる……って俺は思う。」
「うん……そうだな。そうだよな。」
ヒロは大きく頷いた。健斗の言っていること全てが正しいように思った。しかしそれがヒロにとって苦しく、自分の気持ちを抑えなければならない壁になっている。
ヒロは大きく息を吸って、それをそのままため息として吐いた。
「はぁ~……過去は変えられないかぁ~……」
ヒロは頭を下げたかと思うと、ふっと健斗を見た。
「俺タイムマシンがあったら、あんときに戻ってさ、ぶん殴ってでもお前がサッカー辞めるの止めるわ。」
ヒロのそんな言葉に健斗は眉をひそめて言い返した。
「お前なぁ~……そうやって後悔してるよ発言止めろよな。」
「冗談だって。たださ、俺……」
ヒロは健斗と向き直して、小さく笑った。
「お前がサッカーをやらない限り、俺もやらないよ。」
「はぁ?」
健斗は呆れたような声を出して、小さくため息をついた。
「馬鹿じゃねぇの?俺なんかに構うなよ。やりたきゃやれよ。自分次第だろ?」
「いや、確かにお前の言う通りの部分もある。けどそれ以前に……お前もいっしょに俺とサッカー始めんだよ。」
「ヒロ……」
「俺がどうにかしてそうさせる。お前も絶対サッカーやらせるからな。」
健斗はヒロの目を見つめた。そこにはヒロにとって何らかの深い決意が読み取れた。自分のことをそこまで考えてくれているとは思わなかったし、何よりそれが一番嬉しく感じた。
健斗はふっと表情を緩めた。
「……馬鹿じゃねぇの、マジで。」
「馬鹿で結構コケコッコウ♪」
「古っ……!」
健斗が笑うとヒロも笑った。そして互いの拳を差し出して、コツンと当てる。子供の頃からずっといっしょにいる。
やっぱり、こいつは俺の親友だ。心の底から何でも分かり合えるような存在。
それを改めて確認したような気がした。