第9話 新たなる決意 P.16
帰りのHRが終わると、一斉に生徒たちは帰る支度を始めた。健斗もそれと同様で、鞄に荷物を入れていた。早く帰りたいのだが、そういうわけにはいかない。
「健斗くん。」
健斗が鞄に荷物を詰めていると、麗奈が近づいてきた。相変わらず、無頓着な笑顔で健斗を見てくる。
「今日部活あるんだけど……」
「知ってるよ。何時まで?」
「えっとねぇ~……多分七時くらいかなぁ?」
健斗は時計をチラリと見た。今日は授業が最後まであったためか、時計の針は四時ちょっと過ぎを差していた。七時まで三時間近くある。いつものことだが、気が滅入る。
「……分かった。待ってるよ。」
「本当っ?」
麗奈は嬉しそうに笑った。麗奈の笑顔を見たのは久しぶりのような気がして、なんとなく安心感を感じた自分がいた。
何だか気恥ずかしい思いになって、麗奈から目をそらした。
「あれ?何か顔赤いよ?どうかした?」
麗奈にそう聞かれて健斗は少し慌てて答えた。
「べ、別に何でもねぇよ。」
「……あっそ。じゃあ私行くね?」
「おう。」
「部活終わったらメールするから。」
「はいはい。」
「“はい”は一回っ!」
「はぁい……ってお前は母さんかっ!」
健斗がすかさず突っ込むと、麗奈はクスッと可笑しそうに笑った。
「うそうそ。じゃあ行ってきまーす。」
そんなこと言い置き、麗奈は健斗から離れて行き、教室から姿を消した。健斗は麗奈が去った後に小さくため息をついた。今、気分は沈んでいるのに……麗奈と話すとペースに引き込まれてしまう。
まぁ、それがあいつの良いところでもあるのだが……と健斗は思って軽く笑った。
そんなことを考えていると、ふと目の前を早川が通りかかろうとするのに気がついて、すぐに目が合った。すると早川はにこっと微笑んできて、健斗はその笑顔に胸が高鳴るのが分かった。
「健斗くん、今日も麗奈ちゃん待ち?」
「あ、うん……そうなるみたい。早川はこれから部活?」
「うんっ。」
「そっか。頑張ってな。」
「うん……」
早川は少し寂しそうな表情を浮かべて健斗を見つめてきた。潤んだ瞳を健斗に向けてきて、健斗は少し首を傾げた。
「どした?」
「……健斗くん、大丈夫?」
「え……?」
健斗が思わず聞き返すと、早川は一歩健斗に近づいて声のトーンを少し下げた。
「ほら、最近何だか元気ないから……私、心配だったの。」
「……元気……ないように見える?」
健斗が苦笑いを浮かべて、早川にそう言うと、早川は小さく頷いた。
「うん……休み時間もどこかに行っちゃうし……何だか、ずっと一人でいるみたいだから。ヒロくんとも、最近話してないでしょ?」
「……うん……まぁ……」
健斗は上手く答えることが出来なくって、笑って誤魔化した。早川はそんな健斗を見て、表情をふと緩めた。
「私……健斗くんが何を悩んでるのか知らない……何も知らないけど……」
「うん……」
「けど私、健斗くんの力になりたいから……」
「早川……」
健斗は高鳴る胸の音を感じながら早川を見つめていた。早川は顔を赤らめて、健斗から視線を外す。
「だからもし、気持ちの整理がついたら、遠慮なく言ってね?こんな私だから力になれるか……分からないけど……」
健斗はしっかりと早川を見て、しばらく黙っていた。本当に、何だか、くすぐったい気持ちを感じていた。暖かいような柔らかいような嬉しくて、甘酸っぱい気持ち……
やっぱり……俺は……
「……ありがとう、早川……」
健斗は小さく笑って早川に気持ちを込めてそう言った。本当に感謝していた。健斗の気持ちを汲んで今は何も聞いてこない。けれど健斗のことを気にかけてくれている。それだけで嬉しかった。
「うん。」
早川もにっこりと微笑んでそう返した。そしてしばらく見つめ合った後、早川がクスッと笑った。
「えっと……じゃあ私行くね?また明日。」
「あ、うん……また明日。」
早川は微笑み、手を振りながら健斗の元から離れて行った。健斗は早川が教室から去っていくその後ろ姿をただ見つめていた。
改めて、早川に対する気持ちを確認した。そうだ。健斗が好きなのは、早川のこういうところだった。
翔の葬式の日、もしかしたら健斗よりも辛い思いを抱いてたのかもしれないのに……健斗のことを気にかけてくれた。
そういう優しくて強いところを持つ早川を好きになったのだ。
そして健斗はふと決意した。
そろそろけじめをつける必要がある。自分の気持ちに……そして二年間の時に……
早川に告白する。
そのために、今の自分の問題を解決する必要がある。
だから……
「お前って意外にモテんだな。」
「え?」
今度は健斗の後ろから声がして、すぐに振り向くと……そこには寛太がニヤニヤしながら立っていた。
「寛太っ……!」
「“私、何も知らないけど……だけど健斗くんの力になりたいから……”“早川……”」
健斗の目の前で寛太が憎たらしい顔をして先ほどの場面を再現してきやがった。
「だって。か~っ!見せつけるね~!」
「お前っ……見てたのか?」
「ずっと見てました~!何なら全部再現しましょうか?」
ニヤニヤしながらそう言ってくる寛太をぶん殴ってやろうかと思ったが、健斗は何とかこらえた。ここで手を出したら、何とか負けのような気がする。
「何の用だよ……部活は?お前野球部だろ?」
寛太は小学校のときから野球一筋のやつで地元の野球チームにも入っていた。それから中学、そしてこの高校でも野球部に入っている。
しかし寛太は基本スポーツは何でも好きらしい。運動神経もよくて、体育でもかなり目立つ方だ。
「今日は定休日。」
「あっ……そうだっけ?」
「んでさ、どう?たまにはいっしょに帰ろーぜ?ヒロも誘って飯でも食いに行かね?」
「ん~……」
健斗は少し考えた。これから麗奈を待たなきゃいけないのだが、別に学校にいる必要はない。三時間もあるのだから、その間学校の外で過ごすのが得策だろうと思った。
それにたまには寛太の相手をしてやらないと、拗ねてしまうかもしれない。
しかし……問題はヒロだった。別に喧嘩をしているわけじゃなかったのだが……何となく気まずかった。
「……どうしよ……」
「え~っ!?いやなの~?つれないなぁ~……健くんは~……たまにはさぁ……いいじゃあん?ねぇ~っ?」
くねくねしながら寛太が健斗に迫ってきた。案の定、寛太の禁断症状が出て、健斗は苦笑しながら言った。
「わ、分かった。分かったからくっつくなって!」
「ほんとっ!やったぁ~!お~いヒロ~!」
寛太はすぐに健斗から離れて、ヒロの方へと向かった。ヒロはずっと席に座ったままだった。そして寛太の声でこっちを向いて……
そのとき、ヒロと目が合った。