第9話 新たなる決意 P.15
ヒロは誰とも話すことなく、ただ机に座って窓の景色を眺めていた。今日はとても良い天気のようで、こっから見るだけでも青空が広がっているのが分かった。
けどそれと相反して、ヒロの心の中は曇っていた。もちろん、ヒロもサッカーのことで悩んでいるのだった。
健斗と屋上で話して以来、あいつとは口を聞いていない。別に喧嘩をしているつもりはない。ただ、言葉で言えない距離というものをヒロは感じていた。
今は健斗と距離を置く必要があるのかもしれない。一人でゆっくり考える必要がある。
健斗は何も間違ったことは言ってない。いや、むしろ健斗が全て正しいのだ。
もしこれからサッカーを始めるのなら、それはまず許されないことだろうということは分かっていた。
無責任にもほどがある。そして、ただの身勝手である。
神乃中サッカー部が崩壊すると分かっていながらも、ヒロは健斗と共にサッカー部を退部した。残された部員たちは、ろくな公式試合に出れなくなったと後から聞いた。
そしてその代は崩壊した。それは健斗とヒロに原因があったのだ。
そのことを放置したまま、サッカーをまた始めるというのは……どう考えても身勝手で無責任だ。よっぽど人間が腐っていないと、出来ないことだろう。
健斗はそれを言いたかったのだ。だからあいつもずっと悩んでいるのだ。
おそらく健斗はサッカーを始めることは出来ないだろう。人一倍、“責任”というものを重んじているあいつの性格から考えると、その考えにつながる。
――健斗がサッカーを始めなきゃ……意味ねーんだよ。
ヒロはそうとも思っていた。ヒロの中で最も望んでいること、それは――健斗ともう一度サッカーを楽しむことだった。
松本事件のあの日、ヒロは正直健斗は勝てないだろうと考えた。もちろん、本来の実力が出せれば間違いなく勝てる。しかし、精神的にも傷を負っている健斗には難しい問題だろうと思った。
そう思っていた。あいつはそんなヒロの考えとは反対に、昔のトラウマを克服し、全盛期の動きを取り戻したかのように鮮やかに勝った。
そのときサッカーに対する情熱を取り戻したのは健斗だけじゃない。ヒロも……ハンドボールでは決して味わえない、あの熱い気持ちを感じたのだ。
翔と健斗とヒロの三人で、いつも感じていたあの気持ちを思い出したのだ……
ヒロは大きくため息を吐いた。佐藤には申し訳ないことをしたな、と後悔していた。
佐藤はおそらくヒロが何を考えているのか、薄々分かっているのだろう。だからそれを心配してくれて、ヒロに色々聞いてきたのだ。
佐藤は何も悪くない。悪いのは全部自分だった。
そしてヒロはふと、佐藤と健斗といっしょに買い物に行ったときのことを思い出し始めた。
「かっこ悪い。」
「え?」
佐藤の言葉に健斗が思わず聞き返した。佐藤はげんなりとした表情で健斗とヒロを交互に見てきた。
「そんなのかっこ悪いよ。子供のわがままみたい。」
健斗とヒロは何も言い返せず、ただ佐藤を見つめていた。ヒロ自身、大きく驚いていた。今までこんなことを言ってくるやつなんていなかったのだ。
「だってそうでしょ?友達が自分のせいで死んじゃって、それが本当に辛いっていうのは分かるけど……でもだからってすぐに辞めちゃったの?楽しくないからって?そんなの……おかしいわよ。」
佐藤は呆れるように大きくため息をつくと、ヒロをまるで蔑むような目で見てきた。
「あんたなんて一番酷くない?ただ健斗に流されただけって聞こえる……」
ヒロは全身の血が上りあがってくるのを感じた。健斗とヒロの中ではそんな単純な話ではない。何も知らないくせにでしゃばってヘラヘラと軽い口を叩いてるようにしか聞こえなかった。
「お前っ……」
ヒロが怒鳴り声を上げる寸前、健斗が手のひらをヒロの目の前に持っていき、それを抑止した。「黙って聞け。」と無言で言っているのが分かった。
「きっと所詮、健斗とヒロはサッカーをあんまり好きじゃなかったんじゃない?ただ約束とか友情とか言って勝手に盛り上がってただけ……幼稚な気持ちに動かされてただけなんじゃない?」
ヒロの怒りが有頂天に達した。目の前のこいつが心底憎いと感じた。
「てめぇ……それ以上言ったら……」
「だって違う?悪いけど少なくともあたしにはそう聞こえたよ?」
「このっ……!」
「辞めろよ、ヒロ。」
健斗の落ち着きを払った声調がヒロの怒りを抑止した。ヒロは健斗を見ると、驚いたことに健斗は笑っていた。
「お前っ!むかつかねーのかよ!何も知らねー他人にここまで言われてんだぞっ!」
と言ってから、ヒロは佐藤を睨み付けた。佐藤は一瞬ビクッとしたが、負けずに強い目つきで睨み返してきた。
「あんまり大きな声上げんなよ。他の人に迷惑だぞ?」
「お前……っ、何なの?少しはむかつけよっ!」
「いや……俺は佐藤の言う通りだって思うから。」
「……はっ?」
健斗は小さく笑っていた。その笑みは確かに佐藤の言葉を全て受け入れていた。
「俺が佐藤だったら、多分同じようなことを言うと思うし……佐藤がそう聞こえるのももっともだと思う。」
「でも……」
「それに……」
健斗はヒロを見ると、また薄く笑った。ヒロはそのときの健斗の表情に寂しさや悲しさを込めた笑みに見えた。
「それに、“同じこと”言われたじゃん。辞めるときに……だから、佐藤の言うことは間違ってはないだろ?」
健斗のその言葉にヒロは一気に冷静さを取り戻した。そして一気に蘇った、あのときの記憶……今の状況よりもっと酷かった。
健斗は最初からそれを感じていたのだろう。だからこんなにも落ち着いていられたのだ。ヒロはゆっくりと座って、健斗を見ると穏やかな表情を浮かべた。
「……そうだな。お前の言う通りだ。ワリィ、佐藤……怒鳴ったりして。」
「え……?」
ヒロの急な変わりように佐藤は驚いたような表情を浮かべた。
「う、ううん。っていうかあたしの方こそゴメン……ちょっと出しゃばっちゃったよね。」
「いや……いいんだ。佐藤は何も悪くないよ。……つーか、どっちが正しいとか悪いとかないし。」
健斗は佐藤に笑いかけてそう言った。ヒロも健斗の言葉と共に頷いて見せた。佐藤は少し不思議そうな表情を浮かべたままだった。しかし、それを敢えて聞いてこようとはして来なかった……
健斗はもしかしたら、あのときから……いや、それよりもずっと前から分かっていたのかもしれない。
いずれ健斗とヒロがサッカーに対する気持ちが芽生えてしまったとき、色々な問題にぶつかると言うことを……
だから敢えて佐藤にあのとき話してみたのだ。そして佐藤の反応はあいつの予想通りだったに違いない。
あいつは昔からそういうところがある。食えないところがあるのは本当に昔から変わらない……
あいつは今、ゆっくり答えを探しているはずだ。当然、中学の時のことを思えば簡単に済まされる問題ではないのだから。
それならばヒロ自身も今一度自分を見つめ直す必要があるように思えた。健斗もそうしているように……ヒロも答えを探す時間を要さなければならなかったのだ。
ふ~……(≧ε≦)
ここまで書いてみましたがいかがでしょうか?
おそらく、「一体そんなに何を悩んでるんだろう?」とか、「やりたいならさっさとやればいいのに。」とか、「長ったらしい」とか思うかもしれません……汗
ですがっ!実はかなり複雑な問題を今健斗とヒロは抱えているのです。
え~……第9話に入ってから突然シリアスな話になってしまってることをお許しください。
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