第9話 新たなる決意 P.11
ヒロは健斗を見つめ直した。健斗の言葉がヒロの気持ちをそのまま映し出しているようだった。
そしてそれが今まで冷静を保っていたヒロの気持ちを高ぶらせた。
「サッカーやりたいんだろ?」
健斗はもう一度そう尋ねた。ヒロは健斗から視線を外すために、わざと俯いてみせた。
「……そうだよ。お前には悪いけど……」
そして一呼吸置いてから、健斗と向き合った。
「俺、またサッカーやろうと思うんだ。」
ヒロの真っ直ぐな瞳を健斗は受け止めていた。そしてその奥にある決意も、「健斗だから」感じ取っていたのだ。
健斗とヒロがサッカーを辞めるとき、二人はただ気まぐれにサッカーを辞めたわけではない。
色々な人に反対された。チームメイトには泣きつかれた。辞めないでくれ、と。
ただでさえ、人数が少なかった神乃中サッカー部。翔が死んだ日、サッカー部員全員一言も口を開くことがなかった。健斗とヒロも含めて、現実としては受け止めきれず、しかし確かな喪失感を感じ取っていたのだ。
そこに健斗とヒロの退部。残された部員たちに加わる衝撃的な出来事……
今、詳しく語ることは出来ない。しかし間違いなく、神乃中サッカー部を「崩壊」させたのは……健斗とヒロであった。
だから二人はサッカーをやることを拒んでいた。二人がサッカーをまた始めることは無責任にもほどがあり、勝手すぎると思われても仕方がないことで……
そしておそらく……
サッカーをまた始めればこれから先、健斗たちには何らかの「罪悪感」がつきまとうことになるだろう。
「……ヒロ……分かってるよな?」
健斗は静かにそう尋ねた。ヒロは何も言わず、俯き加減で健斗の言葉に耳を傾けた。
「俺たちがサッカーを辞めた後、神乃中サッカー部は新人戦に出れなくて“不戦敗”……それから引退するまで、あいつらはろくな公式試合に出れずに終わった。俺らは……俺らはそうなることが分かってて、それでも退部したんだぞ。」
「分かってるよ……」
「本当に分かってんのかよ?お前がまたサッカーをやるってことは……ただの身勝手だぜ?散々意地を突き通して、色々な人に迷惑かけて……結局高校入ってから気が変わって、またサッカー始めるって……無責任にもほどがある……」
ヒロは何も言わなかった。健斗の言うことは何一つ間違ってることはないのだ。
「“ノブ”や“リュウタ”のことも考えてみろよ。あいつらだって俺たちと同じくらいサッカーが好きだった。今でも……だから、この町を離れて違う高校に行ったんだ。中学のとき、サッカーらしいサッカーも出来ずに……それでも高校じゃ本格的なサッカーをやりたいからって……」
健斗は言葉を切って、ヒロを見つめた。これ以上何を言えばいいのか、正直分からなかったのだ。ヒロだってバカじゃない。今、健斗が何を言いたいのかちゃんと分かってるはずだった。
健斗は大きく深呼吸をした。
「だから……俺も迷ってんだよ。」
「え?」
ヒロは思わず声をあげた。目を丸くして、意外なことに驚いたようだった。
「俺も……あの松本さんと勝負したときから……ずっと……ずっと……サッカーがやりたいって思ってたんだ。」
「お前……」
「あのとき、思い出したから……すげー楽しかったから……俺、ずっと考えてた。サッカーをやろうかどうか。」
麗奈にも話したことがあった。松本事件をきっかけにサッカーに対する熱意が芽生えている自分に気がついた。
そしてそれをずっと悩み続けていた。
“まだ麗奈にも言ってないこと”があるのだが……大部分のことは話したつもりでいた。
母さんや父さんのこと、竜平さんや、ヒロのこと……そして、翔のことも……
しかし麗奈は結局は自分次第だと言ってくれた。自分が後悔しないような選択をすればいいって、そう言ってくれたのだ。
「お前はまだいいけど、俺は色々と問題あんだろ?松本さんとのこともあるし……そんな……簡単じゃねーんだよ。」
健斗はそう言うと、何だか急にむしゃくしゃした気持ちを感じた。ヒロに対してではなく、自分に対する気持ちだった。苛々して自分を自分で殴ってやりたいと思った。悔しくてたまらなかった。
健斗はヒロの下から離れて、屋上のドアへと向かった。そしてドアを開けてヒロの下から姿を消した。
一人残されたヒロは去っていく健斗の後ろ姿をただ見つめていた。するとそこでとても奇妙なものを感じた。
何だか妙にその健斗の後ろ姿が、懐かしかったのだ。
一人になったヒロが今聞こえるのは、爽やかな風の音だけだった。
教室のドアを開けると、一斉にみんなが健斗の方を向いた。既に一時間目の授業が始まっていたみたいだった。国語総合の教師であり、吹奏楽部の波高先生が不思議そうな顔を浮かべた。
「あら山中くん。どこ行ってたの?」
「ちょっと保健室に……すみません。」
「大丈夫なの?」
「……はい。」
健斗は無愛想に返事をして自分の席へと向かった。
「健斗、どこ行ってたんだよ?」
健斗が自分の席に座ると後ろの席である林寛太がちゃかすように言ってきた。寛太は健斗と小学校の頃からの友達だった。
小学校のときからいたずら好きで、現在でもたまに被害を被るときがある。短めの髪が特徴的で、細い目つきが何故だかむかつく。
「別に。今何ページ?」
波高はすでに授業を再開していた。健斗は机の中から教科書を取り出した。
「93ページ。つーかヒロは?お前ら二人で教室から出てったじゃん?」
健斗は答えずに、教科書をめくっていった。
「黙秘かよ。小学生の頃からの仲だって言うのによぉ……」
「何行目?」
「え?えっと……あ、ねぇ今何行目?」
寛太はあまり授業を聞くようなやつじゃない。隣の女子に健斗と同じ質問をした。
健斗は小さくため息を吐いた。すると……麗奈がこっちを見ていることに気がついた。
変わらない表情で健斗を見つめている。健斗は少しも目を合わすことが出来ず、わざと教科書の文体に視線を向けた。
そしてその視線は麗奈だけではなく早川も同じように健斗を見ていた。
そして……佐藤もだった。
健斗がヒロに向けて語っている内容。おそらく読者のみなさまには急過ぎてよく分からないと思います。
久しぶりだと思ったら急に登場人物が増えた!とか。
徐々に解明していきますのでご安心ください。
あ、実は健斗の周りの人物を少しずつ出していこうと思います。
今回のサブキャラは林寛太くんでした。皆さん覚えてねー(笑)