第11話 文化祭 後編 P.22
さて、ついに文化祭の日がやってきました。
予定では今回のお話も、残り4、5話くらいとなります。(予定が違うと、少し増えるかもしれませんが。)
文化祭当日になり、健斗と麗奈の仲が解消されぬまま、迎えてしまったわけですが……はたしてどうなるのか……
それでは、どうぞ!
ピピピピピピピピ……
目覚ましが耳に痛いほどに鳴り響く。健斗は虚ろいた意識で手探りで目覚ましの位置を探した。そして掌にその感触を見つけて、上のボタンの部分を押すと目覚まし時計のアラームが鳴りやんだ。健斗はゆっくりと上半身を起こして、目をこする。時計は六時半ぴったりを指していた。カーテンを開けると、まだ昇りきっていない朝日が差し込み目を細めて景色を見た。まだ少し薄暗かったが、文句なしの気持ちよさそうなほどの快晴だった。
いつもなら七時半くらいに起きるのだが、今日はいつもよりも早く学校に行かなくてはならない。なんたって、今日は文化祭だ。委員である健斗は一昨日からずっと委員の仕事に追われていた。こんなに委員会が大変だなんて思いもしなかった。
今日は土曜日。母さんも父さんもまだ寝てるかもしれない。あまり物音を立てないようにしなくてはならない。健斗はそんなことを考えながら、ゆっくりと腰を上げた。そして大きく欠伸をしながら階段をゆっくりと降りる。するとだった。健斗の足跡以外にほかの物音が聞こえた。誰か起きているらしい。
健斗は階段を降り切って、玄関の方を見た。すると、そこには……すでに着替えと用意を済ませて靴を履いている最中の麗奈がいた。おそらく健斗が起きてきたことに気付いていない様子だった。健斗はそんな麗奈を見ながら、小さくため息を吐いた。
「……おはよう。」
健斗が声をかけると、麗奈は後ろ姿からでもわかるようにびくっと全身を震わせた。そしてゆっくりと後ろを振り向いた。健斗の顔を見ると、なんとなく笑ってきた。
「お、おはよう。早いんだね。」
「あぁ……まぁ、委員の仕事があるから……」
「そう……なんだ。」
「うん……えっと……」
「………………」
二人は沈黙になった。すごく気まずい沈黙だ。お互いに目をそらして、何を言おうか迷っている感じだった。無理もない。あの日から、ほとんどまともな会話をしなかった二人がこうして母さんも父さんもいない二人きりになったのだから。
「……今日、文化祭だね。」
先に口を開いたのは麗奈だった。健斗はそれを聞いて少しためらってから「うん。」と一言言ってうなずいた。
「その……私さ……主役、頑張るから。」
「……え?」
麗奈の言った言葉を健斗は思わず聞き返した。すると麗奈は顔を上げて健斗を見つめた。
「主役になって嬉しいって……言ってくれたから。だから……頑張るから。」
「……あ……えっと……うん……」
もっと気の利いた言葉が言いたかったけど、健斗はそれが浮かばなかった。ただ麗奈の言葉を飲み込んで、うなずくことしかできなかった。すると、麗奈はにっこりと笑ってきた。
「それじゃ私、先行くね。」
「学校に?」
「もちろん。今から出ないと、吹奏楽の練習に間に合わないから。」
―じゃあ、いっしょに行こう。
その言葉が咄嗟に頭に思い浮かんだけど、健斗はそれを口にするのをやめにした。
「そっか……分かった。」
「うん。じゃあ……またあとでね。」
麗奈はそれだけ言うと、立ち上がって玄関の戸をあけて家から出て行った。麗奈の徐々に消えゆく足跡を聞きながら、健斗はしばらくそこに立ちすくんでいた。するとだった。今度は真後ろから足跡が聞こえた。後ろを振り返ると、そこには寝間着姿の母さんが眠そうな目をこすりながら立っていた。
「おはよう。あら、麗奈ちゃんまた先行っちゃったの?」
「……あぁ……吹奏楽の練習があるからって。」
「そう。あんたも今日早く出るんでしょ?朝ご飯作るから、先に顔洗ってきなさい。」
母さんはそういうと、ゆっくりとした足取りで居間の方へと向かった。健斗はそれを言われて、洗面所の方に向かう。洗面所は濡れていて、おそらく麗奈が使った後なんだろうと思われた。あいつは今日何時に起きたのだろうか。そんなことを考えながら、ひやりとする冷たい水を手にためて眠気で垂れている顔を一気に洗った。
今日は文化祭だ。だけど、どうしても心が晴れやかというか……ウキウキと楽しめるような気分ではなかった。きっとこうなって文化祭の日を迎えると思っていたのだが、それはやっぱりそうだった。予想としていたよりも、ひどく気分が悪い。なんだか、こんな日が前にもあった気がした。
それを考えて、思い出して……ふと頭の中に浮かんだ。あぁ、そうだ。こんな気分は松本事件のときもそうだった。松本さんとの勝負の日、本当は目が覚めていたけどひどく気分だけは悪かった。体調とかそんなんじゃなくて、もっと内面的な問題にあることくらいわかっていた。
あの日は、前日の夜に早川が家に来て……ついはずみで早川を怒らせてしまったのだ。早川のためにって思って言った言葉が、早川にとっては全くの逆効果だったのだ。あのときも、そう。早川の気持ちを考えずにひどい言葉を言ってしまった。そして、今回も同じことなのかもしれない。同じことを繰り返しているのかもしれないのだ。
「……弱いなぁ……俺って……」
そんなことをつぶやいて、健斗はそのまま座り込んだ。あれからいろいろと考えてみたけど、やっぱり一人じゃ何の策も思い浮かばない。本当によわっちい人間だ。自分が本当に嫌になる。
そんな風に自己嫌悪に浸っていた。するとその時、庭の方でゴンタが吠える声がした。何に吠えているのかわからないけど、ゴンタが吠えるのは見知らぬ人が目の前に来たときとか、そう……人が来た時だけだ。
誰か来たのか?健斗はそんなことを思って、タオルを手に取り顔を拭きながら庭の方へと足を運んだ。縁側は締め切っていて、たぶん朝は冷え込んでいるらしく、戸の窓は霜で見えにくくなっていた。健斗は取っ手に手をかけ、ゆっくりと開けると冷たい空気が一気に流れ込んだ。神乃埼のこの季節はとても寒かった。しかし、そんなことはどうでもよく、吐く息が真っ白になっていくのを眺めながら、ゴンタの方を見ると……ゴンタはひどくうなっていた。
「あ、お、おはよっす。」
そんな健斗に声をかけてきたやつがいた。健斗は目を細めて、その人物に焦点を合わす。すると、ゴンタより数メートル先で離れて立ち往生していたヒロがいた。健斗と同じように、真っ白い息を吐きながら困ったように笑って健斗に言ってきた。
「ヒロ?」
「そう。俺。」
「え?なんでお前ここにいんだよ。いや、いてもおかしくないけど……いや、おかしいだろ。こんな朝っぱらから。何してんの、そこで?」
健斗がそう聞くと、ヒロはそれを静止するように両手で「まぁまぁ」っと言いながら笑ってきた。
「そ、そんなことよりも……こいつどうにかしてくんない?ゴンタ、俺のこと嫌いになったのかしんないけど、めっちゃ唸ってくんだわ。」
健斗はそういわれて、チラッとゴンタを見た。すると、普段穏やかなゴンタがひどく唸っている。これは警戒しているのだ。人見知りで臆病な性格のゴンタは知らない人間を目の前にすると、最初はこんな感じでひどく警戒してしまう。でも、相手はヒロだ。ヒロはこいつがここに拾われてから何度も顔を合わせている。
「ゴンタ、びびってんだよ。知らないやつがこんな朝っぱらから来てんだもん。」
「知らないやつって……おいおい、ゴンタ。俺だよ、ヒロだよ?何度も来てるでしょ?この家に。」
「いや、今のお前はゴンタじゃなくっても分からないだろ。その頭は……」
そう。ヒロを知らないやつとみなしている原因は、ヒロの頭にある。こんなちんちくりんな頭をした眼鏡なんてゴンタの記憶にはないのだ。今じゃヒロの面影が、ゴンタの中にはないらしい。まぁ、気持ちはわからなくもない。
「ちょっとそれひどくない!?こんな頭にしたのは誰のおかげだと思ってんだよ!」
「知るかよ。それより、何しに来たわけ?」
健斗が面倒くさそうに欠伸をして聞くと、ヒロは照れくそうに笑って言ってきた。
「いやー、たまにはいっしょに学校に行こうと思って。今日、いつもより早く出るんだろ?」
「そうだけど……なんで急に?」
健斗が不可解な顔でそう聞くと、ヒロはぎくしゃくした様子で答えた。
「え、い、いや、特に変なあれはないよ?ただ、大好きな幼馴染と久しぶりにいっしょに学校に行きたくなったわけよ。それだけ。うん、本当にそれだけよ。」
「……なんか、キモいなお前。」
「き、き、キモいだと!?お前、たった一人の幼馴染にキモいだと?ひどい……ひどすぎる……うぅ……」
「わ、わかった。わかったから。とりあえず、まだ俺何の支度もしてないから。玄関から上がってこい。んで、居間で待ってて。準備するから。」
「ひゃほーい!!」
朝っぱらからテンションを上げて大声を出すと、ゴンタはさらに驚いて警戒レベルをマックスまでに上げた。思いっきり吠えて、ヒロにとびかかろうとする。ヒロはそんなゴンタに驚いて、逃げるように玄関の方へと向かった。健斗はその様子を見て、あきれるようにため息を吐く。なんか変だが、まぁたまには悪くない。いつもなら麗奈といっしょに学校に行っていたのだが、その麗奈も今はこんな感じだ。別に勘を潜るような真似をしても、仕方ない。
健斗は興奮しているゴンタに近づいて、ゆっくりと宥める。次第にゴンタが落ち着いてきたところっで、家の中に戻り、二階へと上がって行った。