第11話 文化祭 後編 P.19
「えー、明日はいよいよ文化祭なわけですが。クラスの方も順調に進んでいるようで、先生はうれしいです。先生が何もしなくても、1-Aはしっかりやれてるみたいですね。素晴らしいことです。明日の文化祭が成功することを願っています。それでは、学級委員長、号令。」
「きりーつ、れい!」
今日は最後の文化祭準備期間だった。そのためかHRが終わるとすぐにクラス中が活発に動き始める。今までは早川が指揮をとっていたのだが、そんな早川の指示を待たずに自分の仕事にすぐに開始しようとする動きが顕著に表れていた。
「み、みんな、今日はシーン35からラストまでやります。配役の人はみんな多目的室まで来てください!」
あのおどおどとした態度をとっていた日村も今日に限っては自ら積極的にみんなに指示を送っていた。すっかり監督の仕事が板についているようだった。日村の言うことを聞いて、配役の人は次々と教室から出て行った。残ったのは裏方の仕事をする人と今日の出番はない人たちだけだった。もちろん、物語の冒頭でしか登場しない飛脚役のヒロもその場に残っていた。
「あ~あ、いいなぁ。良い役をもらってるやつらは楽しそうで。」
「……そうだな。」
そっけない返事を返した健斗を見て、ヒロはぼそっとつぶやくように言った。
「昨日のこと、気にしてんの?」
「……別に、そういうわけじゃないけど……」
それは嘘だ。ヒロの言うとおり、ずっと気にしている。段ボールで作った看板に文字を書き色を塗っている健斗を見つめてヒロは大きくため息をついた。
「早川も、ずっと元気ないよな。佐藤も……そして、麗奈ちゃんも。」
「……うん。」
「で、どうするわけ?お前は。」
ヒロの問いかけに健斗は何も答えなかった。ただ目の前の作業を淡々とこなしていた。
「何も考えてないの?」
「いや……考えてるは考えてる。でも……俺……」
「俺?」
「これ以上、麗奈を苦しめたくないって思う。」
「どういう意味?」
ヒロにそう聞かれて健斗はピタッと手を止めて上を向いた。
「俺が麗奈に何かを言うたびに、俺は麗奈を傷つけてたんじゃないかって思うんだ。麗奈の気持ちをわかったような言いぐさで、あいつの気持ちを勝手に決めつけてたのかもしれない。そのたびに、俺はあいつを苦しめてた。それが……それだったら、俺……」
「麗奈ちゃんのことをあきらめるってこと?」
ヒロがそういって健斗は眉をひそめた。
「あきらめるっていうか……麗奈の相手になるには、好きってだけじゃだめなんだよ。きっと……それだけじゃ思いは伝わらない。たとえ伝わったとしても、麗奈の傍にいてあげることはできない。もっとこう……違う何かを持っているやつじゃないとダメなんだ。あいつの心を埋めてあげる何かを持っているやつじゃないと、ダメなんだ。でも、俺はそれを持ってない。持ってないから、俺は麗奈の傍にいてあげることができないんだって思う。」
「……言ってることは立派だけど……それでお前はいいの?」
ヒロにそういわれて、健斗はヒロを見返した。ヒロは健斗を見つめてあきれたような顔をしていた。
「お前と麗奈ちゃんって、同じことをしてると思う。」
「同じこと?」
「昨日、早川が言ってたじゃん。麗奈ちゃんは、自分の気持ちを押し殺していっぱい我慢している。それを誰も分かってあげることができないし、わかってもらおうとしないって。」
「うん……言ってたな。」
「俺さ、それ聞いて……あぁ、確かにそうかもなって思った。それに、それはお前にもまんま当てはまることだとも思った。」
「俺が?」
健斗が聞き返すと、ヒロは小さくうなずいた。
「正直、俺もたまにお前が何を考えているのかわからないときがある。そんで、お前はそれをわかってもらおうとしなかった時期が……あったじゃん。」
「………………」
「でも、お前は気づいたよな。この前お前が俺に言ったように、お前はいろんな人に支えられている。そしてお前はそうさせたくなる何かを持っている。麗奈ちゃんも、同じだと思う。」
ヒロの言うことを聞いて健斗は下を俯いた。確かに、健斗もそんな時期があった。それは翔が死んでしまってから、高校に入るまでずっと悩み苦しんでいた。誰もその気持ちをわかってはくれなかったし、わかってもらおうとも思わなかった。でも、ついこの間健斗は気が付いた。いろんな人が健斗を支えてくれているということに。自分を取り巻くすべての人が、健斗に「頑張れ!」と言って応援してくれていることに。そして、その中には……やっぱり麗奈がいることに。
「麗奈ちゃんも、お前も……やっぱり似てるんだよ。麗奈ちゃんにもお前と同じように人を惹きつける何かを持っていると思うんだ。だから、みんなが何かをしてあげたくなる。早川がしたように。」
「………………」
「それがわかってるのに、お前はこのまま潔く引いちゃうのって……なんか違くないか?っていうかむしろ、麗奈ちゃんの本当の気持ちに近づけるのって、似た部分を持ったお前だけなんじゃないの?」
ヒロの言葉がすぅっと胸の奥に溶け込んだ。健斗はしばらく黙り込んでから、一時停止していた作業の手を再び動かし始めた。そんな健斗を見てヒロは小さくため息を吐く。そして、それ以上何も言おうとはしなかった。そして、ヒロはゆっくりと立ち上がって健斗のところからすっと離れて行った。
正直、ヒロの言うことはわからなかった。そこまで自分が高尚な人間だとは思えなかった。人を惹きつけるだなんて、そんなたいそれた力なんて持っていない。でも、健斗を取り巻くすべての人から支えられているとは思っている。それがどんなに嬉しくて、どんなに心強いのかも知っている。そうだ。自分は一人じゃ何もできない人間だ。そんなに強くない。むしろ弱くて、誰かに頼らないと生きていけない。今まではそんなこと思ったことなかった。
誰にも頼らずとも歩いて行ける、生きていけると思い込んでいた。でも、それは違う。麗奈に出会ってから、それは違うということに気付かされた。じゃあ、麗奈も……
「おーい、山中ー。ちょっとさ、こっち来てくんねー?」
クラスの男子生徒に呼ばれて、健斗は即座に反応した。
「え、あ、おう。」
「これなんだけどさー」
そいつは委員である健斗に背景の色を訪ねてきた。健斗はそれを見て、少し考えてからそれらに指示を送った。