第11話 文化祭 後編 P.17
グッラブ!3もついに、100部目に突入しました。
シリーズを総計すると、300部超えるから驚きです。
どんだけ長いんだ、この小説……
それではどうぞ!
音楽室のドアを開けると同時に、麗奈が歌をピタっと止めてこっちを見た。結衣の姿を確認すると、仰天した顔をした。
「結衣ちゃん……」
「麗奈ちゃん。」
結衣が声をかけると、麗奈は歯がゆそうに下を俯いた。どうやら少し困惑しているようだった。結衣も麗奈に会ったはいいとしても、なんという風に話せばいいのかよくわからなかった。つい勢いでここまで来てしまったのだが、あの状況をうまく説明できる言葉がほとんど思い浮かばなかった。
「えっと……麗奈ちゃん。その、話があるんだけど……いいかな?」
とりあえずそう切り出してみた。すると麗奈はちょっと困ったような表情をしながら、それでも小さくうなずいた。おそらく麗奈も昨日のことだということはわかっているはずだった。
「えっとね……その……昨日のこと――」
「昨日はごめんね。」
結衣がなんとか説明しようと口を開いたとき、麗奈が先に言いだした。麗奈を見ると、小さく笑っていた。
「昨日、あの……私、邪魔しちゃったというか……なんか、あんな場面に出くわしちゃうとは……」
そういうと麗奈は「あっ!」と口を開いてさらに続けた。
「あ、だ、誰にも言ってないからね。昨日のこと。もちろん。なんというか、その……ああいうのは当人同士の問題と言いますか。」
これだけでもうわかった。やっぱり結衣の予想通り、麗奈は少し勘違いしているようだった。確かに、昨日健斗に告白されたのは事実だ。でも、あれはそういう告白ではない。少し違ったタイプだった。昔の思いを今になって告げてくれた。おそらく健斗のことだ。結衣に多少なりとも罪悪感を感じていたのだろう。だから、あのとき思い切ってそのときの気持ちを教えてくれたのだ。
「あ、あのね、麗奈ちゃん。昨日のは……違うの!」
「え?」
結衣がそういうと麗奈はちょっと驚いた顔をした。それにかまわず結衣はさらに言葉をつづけた。
「昨日のは、告白じゃなくって……いや、告白なんだけど……その、麗奈ちゃんが思っているような告白じゃないの。」
「……それは昨日、健斗くんも同じこと言ってた。」
あのあと健斗は慌てて麗奈を追いかけた。ちゃんと捕まえてそのことを言ったということは、理由を話せたということなのだろうか。でも、今日の健斗と麗奈を見ていても二人の仲が元通りになったとは思えないし、麗奈も勘違いしているままだと思っていたのだが……
「そ、そうなんだ。」
「うん……でも、私には二人の言っていることがよくわからない。あれはどう見たって告白だし、健斗くんが結衣ちゃんのこと好きなの、結衣ちゃんもわかったでしょ?」
「え、その……違うよ。だって健斗くんの好きな人は……」
結衣はそれを言おうとして慌てて言葉を紡いだ。この先を言ってはダメだ。結衣が言うべきことじゃない。まだ本人に伝えているかどうかも分からないのに、それを結衣が言ってしまうのはよくない。
結衣がそんなことを考えていると、麗奈はまたふっと笑った。
「健斗くんね、ずっと結衣ちゃんのこと好きだったんだよ。」
「え……麗奈ちゃんはその……知ってたの?」
結衣がそう尋ねると、麗奈はニコっと笑って小さくうなずいた。
「うん。知ってた。っていうか、教えてもらったってのもあるし……その理由も全部知ってる。翔くんのお葬式の時に、結衣ちゃんに励まされたこと。それがきっかけで、健斗くんは結衣ちゃんのことを好きになったんだよ。」
健斗もそういっていた。ということは、今まで麗奈にも話していたということになる。
「松本さんとのこと覚えてる?」
「え……うん。それはもちろん。」
「あのとき、健斗くんが松本さんと戦ったのはね?何よりも、結衣ちゃんのことを守りたかったからなんだよ。」
「え……」
それは知らなかった。
松本さんは結衣がこの高校に入って初めて好きになりかけた人だ。でも、あのときああいう人だということを知ってとてもショックを受けた。けど、あのときはまだ……翔のことを忘れることができていなかったから、それはそれでよかったのかもしれないと自分で納得した。健斗が松本さんと戦ったのは、麗奈を守るためだと思っていた。
「そのとき松本さんが、結衣ちゃんのことを悪く言ってたらしくって……健斗くんはそれをたまたま聞いて、それがすごく許せなかったみたい。だから、あのとき松本さんに立ち向かっていったんだよ。」
「私は……その、麗奈ちゃんを守るためだと思ってたんだけど……」
「違うよ。一番は結衣ちゃんだもん。私じゃない。」
麗奈の言うとおりならすごくうれしい。自分を守るために健斗は人知れず戦っていたということになる。どれだけ良い人なのだろう。いや、好きな人のためならそれくらいしたくなるというのも分かる。
「それくらい好きなんだよ、健斗くん。そして……私は知ってるもん。結衣ちゃんも、同じ気持ちだってこと。」
「え、えぇ!?」
麗奈は優しい笑顔で結衣を見つめていた。結衣は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。好き……誰が?私が……健斗くんのことを?そんなこと、考えたこともなかった。でも……どうしてなのか、結衣はすぐに否定することができなかった。
「そ、そそ……そんなの……違う……よ……私は……」
「隠さなくっても大丈夫。健斗くんを好きになる気持ち、私もよくわかるもん。」
結衣はそれを聞いて、はっと思った。健斗を好きになる気持ちがよくわかる。ということは、やっぱり麗奈は健斗のことが好きになるのではないだろうか。考えてみれば、結衣は麗奈の気持ちを聞いたことがなかった。二人を見ていて、麗奈も健斗のことが好きなんだろう。とあくまで憶測というか、ほぼ確信に近い気持ちで見ていた。でも、麗奈自身の口からそのことをきいたことはない。いつも、マナが茶化しても麗奈は顔を真っ赤にして否定するだけだった。
昨日のことを説明することよりも、いつの間にか結衣の頭はそっちに傾いていた。麗奈の気持ちが、知りたかった。
「じゃ、じゃあ……仮に健斗くんが私のこと好きで、私も健斗くんのこと好きでね……」
「え?」
「それ、それだったら、麗奈ちゃんはどうなの?」
「………………」
麗奈は静かに黙った。結衣はきっと顔を真っ赤にしているだろうが、強い目で麗奈を見つめた。その目に耐えられないのか、麗奈は少し下を俯いた。
「麗奈ちゃんは、それでいいの?どう思うの?」
ちょっともの強い言い方になってしまった。我ながら自分らしくないと思った。麗奈になんて思われるんだろう。嫌な女だと思われてるかもしれない。でも、それくらい麗奈の正直な気持ちを知りたかった。
しばらく沈黙が続いた。麗奈は下を俯いたまま、結衣はそんな麗奈を力強い目で見つめていた。窓が開いているようで風が吹き込んでカーテンの布が掠れる音が音楽室に響いた。結衣がそう尋ねてからしばらくして、麗奈はようやく顔をあげた。その表情は、また優しい笑顔だった。
「……うれしいよ。」
「……え……」
予想外の返答だった。麗奈の気持ちは、悲しいとか嫌だとか……そんな風な気持ちではなく、その正反対のうれしい……と答えたのだった。
「どうして……うれしいはずない。嬉しいはずないでしょ?」
「ううん。嬉しいよ。だって、健斗くんも結衣ちゃんも、ようやくこれで幸せになれるんだもん。」
幸せ……?麗奈の言っていることがよくわからなかった。麗奈はスタスタっと窓の方を歩き出した。そして窓から外の景色をぼんやりと見つめて、何か物思いにふけっているようだった。
「健斗くんも、結衣ちゃんも……ずっと見てきたからわかる。今まで二人は、ずっと……翔くんのことで縛られてきたんだなーって……」
「……っ!」
胸が痛んだ。麗奈の言うことがそのまま胸に突き刺さったような感覚を覚えた。
「翔くんが事故で亡くなったその日から、二人はかけがえのない大切なものをなくしたんだよね。そのことをずっと、ずっと二人は思い悩んでいた。取り戻せるなら、取り戻したい。でも、それはできないから……ずっと苦しんできたんだよね。私ね、わかるんだ。だって……私も同じだから。」
麗奈の言うことはそのとおりだった。麗奈の言うとおり、結衣も健斗も翔というかけがえのない存在を失ってから、心に穴が空いてしまったのだ。本当に好きだった。大好きだった。小学校の合同運動会のときから、片時も頭から離れたことがなかった。それを恋だと知ったとき、最初は戸惑ったけど、でも前よりも自分のことがもっと好きになれた。そんな気がしたのだ。
そんな翔を中学校二年のときに失ってから、結衣の心は荒んでいた。悲しみと孤独感が一気に押しよってきてどうしようもなかった。何度逢いたいと願っただろう。どれくらい泣いたんだろう。今となっては思い出すこともつらかった。立ち直ったと思っても、やっぱり立ち直れない。自分も、健斗と同じだった。翔のことを忘れられずに、ずっと孤独だったのだ。
「そんな二人が、お互いを思いあえる人にようやく出会えた。それって、とても素敵なことだよ。私はやっぱり何よりも、二人に幸せになってほしい。そう思うから……」
「麗奈ちゃん……」
麗奈の気持ちはすごくうれしかった。麗奈の優しさ、思いやり。そのすべてが伝わってくる。この子は、誰よりも他人を思いやれる心の優しい人なのだ。それがとってもよく伝わった。
でも、同時に悲しかった。麗奈の言うことは正しい。正しいし、すごくうれしい。でも、他人を思いやりすぎて大事なことを見失っているのだ。
「それじゃ……麗奈ちゃんは、幸せになれる?」
「え?」
結衣はそうつぶやいた。すると麗奈は振り向いて結衣のことを見た。
「麗奈ちゃんは、幸せになれるの?私と健斗くんが幸せになったら、麗奈ちゃんも幸せになれるの?」
「それは……どうかな。幸せとはいえないかも……だけど、でも私は今の生活がすごく気に入っているし、それも幸せといえば幸せ――」
「そうじゃなくって!」
つい感情が高ぶって声を荒げた。麗奈はさらに驚いた顔で結衣を見つめた。きっとこんな風に声を荒げて言う結衣を初めて見たからなんだろうと思う。でも、結衣はあいまいな言葉で答えを避けようとする麗奈にいらだちを感じていた。
「そうじゃない。そういうことじゃなくって、麗奈ちゃん自身が思う人と幸せになることはできないって言いたいの。」
麗奈は自分の気持ちに嘘をついている。健斗と結衣がくっついて、幸せになってほしい。それが嬉しいという気持ちは本当かもしれない。でも、もっと根本的なところに嘘をついている。そして、大事なことを見失っている。
結衣がそういうと、麗奈はまた小さく笑った。
「幸せなんて……一辺には無理だよ。みんなが一斉に幸せになんて、なれないもん。」
「じゃあ、麗奈ちゃんはその幸せの犠牲になるっていうの?そんなの、変だよ!私、そんなのちっとも嬉しくないよ。幸せになれないよ!」
「……そういう風に言えば、変な感じになっちゃうけど。でも、もっと単純な話だよ。」
「単純だよ?麗奈ちゃんだって、健斗くんのこと大好きだから……だから……」
結衣がそういうと麗奈は黙った。結衣は心臓がバクバクと高鳴って、呼吸が荒くなっていた。
「お願い……私と健斗くんのことは置いといて。麗奈ちゃんの気持ち。麗奈ちゃんの“本当の気持ち”が知りたい。」
「……私は、二人が幸せになれるならそれでいい。」
「嘘!それだけじゃないでしょ?」
「本当だよ。それだけ。それに、私は――」
麗奈はそういうと、言葉を紡いだ。
「その話は……いいや。」
「え?」
「ううん。何でもない。私、もう行くね。そろそろ教室戻らないと。」
「ちょっと待って。麗奈ちゃん!」
麗奈はその場から立ち去ろうとしたとき、結衣は必死に声を荒げて麗奈を引き留めようとした。すると麗奈はドアのところで振り返らずにピタッと止まった。
「自分の気持ちに嘘はつかないで。もっと……正直になってよ。」
「……ごめん。もう行くね。」
麗奈はそれだけ言うとドアを開けてその場から立ち去った。一人音楽室に残された結衣はその後ろ姿を見つめていた。
結衣の気持ちは、麗奈には届かなかったのかもしれない。でも、これ以上自分が踏み入ってはいけない領域のような気がした。これ以上、麗奈に……そして、健斗にしてやれることはないのではないだろうか。あとは……健斗と、麗奈同士の問題……
「……無責任だな……私……」
結衣は一人でそうつぶやいた。そして近くにあった椅子にゆっくりと腰をかけた。
はい。というわけで、結衣の気持ちを麗奈にぶつけるという非常に貴重な場面でしたね。
今回のお話で、結衣の印象が少し変わったのではないでしょうか。
そして、結衣は麗奈との会話であることに気づきます。それが悲しくって、結衣は思わず感情が高ぶったのですね。
さて……これからどうなることやら。
文化祭編もついにラストスパートに突入します。これからもよろしくお願いします。