三日月に座る天使の歌
にぃっ、と笑った。
金の光で縁取られた、夜より深い闇色のローブ。
ばさり、と透き通る翼を広げて、それが夜空に舞い上がる。
美しいを通り越し、神々しいその姿。
空に浮かぶ三日月に当たり前のように腰かけて、ゆっくりとフードを下ろす。
白銀に光る髪が、冷たい夜風に泳ぎ出す。
気持ちよさそうに目を細め、赤い瞳でひたりと私を見据える。
はるか天空から見下ろす存在。
それをなんと呼べばいい。
言葉を探したが見つからない。人が積み上げた言葉では、到底届かない場所にいる存在。だけどそれを認めたら、その瞬間に私は消える。
言葉を探す。探して探して、死にものぐるいで探して、ようやく見つけたのが。
天使。
「座りなさい」
遠く離れた空の上から、水晶のような声で命じられた。
圧倒的な力。
逆らえるはずもなく、私はその場にへたり込む。
全身が震える。
恐怖か、歓喜か。そのどちらなのか、どちらでもないのか。
わかるわけがない。
ひと目見た瞬間に、私は狂った。ただひれ伏し、涙を流し、許しを請うて両手を重ねるしかなかった。
さあ、どうしてくれようか、と。
楽しげに私を見下ろして、天使が首を傾ける。
私が何をしたのですか――そう問えば、きっとこう返ってくる。
見た。
それがお前の罪。
「不服?」
天使が笑う。
慈悲などという不純物のない、どこまでも澄み切った笑み。
「不埒者」
天使が断罪する。
底冷えのする笑みを浮かべ、ひたりと私を見据えたまま――天使が静かに歌い始めた。
「――♪」
息ができない。
ぽたり、と鼻から血が流れ落ち、視界が赤く染まっていく。
座りなさい。
不服?
不埒者。
その三言でパンク寸前だった私に、三日月に座る天使が歌を浴びせてくる。
想いを込めて。
情感豊かに。
まるで、至高の存在に捧げるように。
「あ……ああ……」
一小節で限界に達した。二小節で亀裂が入り、三小節で破裂した。
「――――!!!」
私の絶叫では、天使の歌をかき消すことなど到底できず。
光が弾け、私は闇に沈んだ。
◇ ◇ ◇
歌い終えた天使は、三日月をゆるりと降りた。
翼をはためかせ、上機嫌で夜空を飛んでいく。
もはや地上になど目もくれない。
己を見た卑小な存在のことなど、きれいさっぱり忘れてしまった。
「――♪ ――♪」
天使が歌う。
その歌声が響く度に、数多の命が消え失せていく。
だが。
天使には、どうでもよいことだった。