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しろくま

教室のしろくま

作者: 相沢ごはん

pixivにも同様の文章を投稿しております。


(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

1.朝が早い理由


 二年生に進級してから同じクラスになったしろくまくんは、いつも教室に一番乗りだ。わたしも登校時間が早いほうなのだけど、わたしが教室に入るといつも既にしろくまくんがいる。

「おはよう、鈴原さん」

「おはよう、しろくまくん」

 わたしたちはお互い挨拶を口にし、それから朝のホームルームが始まるまで言葉を交わすことはない。

 しろくまくんは毎朝、教室で宿題をしている。今日は漢文の問題集。どうやら、宿題を家でやらないタイプの人らしい。わたしはしろくまくんの姿を横目にとらえながら二件隣の自分の席に座り、英単語帳を開いた。

「あれ。今日、単語の小テストあったっけ?」

 しろくまくんが焦ったような声で言った。

「ううん、ないよ。見てるだけ」

 わたしは答える。

「なあんだ。焦ったー」

 しろくまくんは白いもふもふとした手で、同じくもふもふとした胸を押さえ、ほっと息を吐き「安心」を表現した。

「鈴原さんは」

 今のできっかけができたのか、しろくまくんが続けて話しかけてきた。

「なんで、いつもこんなに早く学校来てるの?」

 わたしは言葉に詰まってしまう。なので、

「しろくまくんは?」

 逆に質問を返してみると、

「おれは、予習とか宿題とかするため。なんでか、学校のが捗るんだよね」

 予想通りの言葉が帰ってきたので、わたしは、そうだろうそうだろう、と納得して頷く。

 わたしが朝早く登校する理由、それは、一年生の岩渕くんだ。岩渕くんはバスケ部に所属している。バスケ部には朝練がある。一年生と、わたしたち二年生の玄関は同じで、靴箱は隣だ。うまく時間が合えば、靴箱で岩渕くんの姿を拝むことができるのだ。わたしが朝早く登校する理由。それは、岩渕くんの顔を見たいから。だけど、わたしは岩渕くんと話をしたこともないし、岩渕くんが学年の違うわたしの存在を認識しているかどうかも怪しい。ひっそりと、その姿を眺めるだけの恋なのだ。しかし、そんなことをしろくまくんに告白する義理もないので、「わたしは、なんとなくかなあ」と答えた。

「なんとなく早く来ちゃう。一番乗りって、気持ちがいいでしょ」

 わたしの場合は早く来ても、いつもしろくまくんがいるんだけどね。そう付け加えると、しろくまくんは、

「そっか。なんか、ごめん」

 と、しょんぼりしてしまった。謝られてしまっては、逆に申し訳ない。なので、

「他にも理由があるし、いいの、別に」

 ついうっかり、本当のことを言ってしまう。他の理由について詳細を尋ねられたらどうしよう。もうそうなったら、岩渕くんのことを話してしまってもいいかもしれない。大丈夫だよね、しろくまくんなら。口が堅そうだし。そんな心配をしていたのに、しろくまくんは、

「そっかー」

 と朗らかに納得した声を響かせただけだった。いささか拍子抜けして、わたしは曖昧な笑顔を浮かべる。あれ、しろくまくんはわたしにあまり興味がないのかな、と思ってしまう。自分から質問をしておいてこの反応だ。そこはもっと食い付いて然るべきじゃないか。そして、同じクラスのしろくまくんでさえこんな反応なのだ。学年も違い、話したこともない岩渕くんに、推定見ず知らずのわたしがもし話しかけたとしても、その反応はきっともっとドライなものなのだろうな、と想像する。ひかれたら立ち直れない気がする。こわいなあ。

「こわいなあ」

 声に出ていた。

「鈴原さんにも怖いものがあるの?」

 しろくまくんが言った。

「え、普通にあるよ。なんで?」

「なんとなく。鈴原さん、無敵そうだから」

 その返事に、わたしは深く傷付いた。そんな無敵の怖いもの知らずみたいに思われていたなんて知らなかった。

「無敵じゃないよ。わたしも一応、かよわい乙女なんだよ」

 そう主張すると、

「確かに乙女かもしれないけど、でも、おれ、鈴原さんは強いと思うな」

 しろくまくんはそう断言するのだ。

「どうして、そう思うの?」

 もしかして、外見からの印象だろうか。わたしはお世辞にも肌が白いとは言えず、眉も、どうしてそんなに説得力があるのかと自分でも思ってしまうほど、きりっと自己主張しているのだ。短い髪の毛は頑固に真っ直ぐで、うっかりすると皮膚に突き刺さってしまうほどだ。髪を伸ばせば少しはかよわく見えるのかもしれないが、伸ばす過程で、どうしてもヘルメットのような髪型になってしまう期間が半年ほどある。中学生のころ、一度、髪の毛を伸ばそうとしたことがある。姉に「ヘルメット期」と命名されてしまったその期間を乗り越えるには、かなりの精神力を要した。梳いても梳いてももっさりと増える無駄な髪の毛を、人類のためにどうにかして有効活用できる手はないかと本気で考えたほどだ。そして、伸ばしてみてわかった。わたしには致命的に長い髪が似合わない。地黒が悪いのか、このびしっとした眉毛が悪いのか。わたしにいちばん似合う髪型は、ショートなのだ。憧れの髪型と、似合う髪型が一致する人がこの世に何人いるのか知らないが、わたしはそれに当てはまらなかったらしい。ちくしょう。

 しかし、こうして言葉にして並べてみると、わたしは確かに強そうだ。風邪なんか滅多にひかなそう。そして、実際に滅多に風邪をひかないのがわたしなのだ。さらに、自らヘルメットを作り出せるという特技まである。もう強いとしか言いようがない。やだ、なにそれ、へこむ。

「だって、鈴原さんは、わりといつも正直でしょ」

 悶々と考えていたわたしに、しろくまくんはあっさりとそう言った。

「素直っていうか、真っ直ぐな人って、無条件で強く見えちゃう」

「え、なにそれ。髪の毛のこと?」

 しろくまくんの言葉に思わず食ってかかってしまう。

「え、なにそれ。なんで髪の毛が出てきたの?」

 しろくまくんはきょとんとした様子でわたしを見た。わたしとしろくまくんの会話は、微妙に噛み合わない。

「ええっとね」

 しろくまくんはもふっとした両手を上下に動かし、噛み合わない会話の軌道を修正しようとしているようだった。

「鈴原さんは、嘘つかないでしょってこと」

「え、つくよ、嘘。めちゃめちゃ嘘つくよ」

「でも、今言ったそれって本当のことでしょ?」

「わたしがめちゃめちゃ嘘つくってこと? うん、本当のこと」

「ほら、正直じゃん」

 わたしの頭はこんがらがる。嘘をつくのに正直というのはどういうことだ。

「しろくまくん、なに言ってんの。わけわかんない」

 今の気持ちを正直に伝えると、

「ほら、正直じゃん」

 しろくまくんは、ドヤッと言わんばかりに胸を張ったのだ。



2.気になるあの子


 お弁当を食べるしろくまくんを、わたしは見ている。パンをかじりながら見ていたので、チョココロネのチョコレートが机にもったりと落ちたことにも気付かなかった。

「鈴原」

 ミミちゃんに呼ばれて、

「あ、うそ!」

 チョココロネがただのパンになってしまったことをわたしは知った。

「なにやってんの、鈴原」

 本当に、なにやってんだ。もったいない、悔しい、無念。そんな類いの感情がわたしの脳内を占拠する。絶望だ。チョコレートの入っていないチョココロネなんて、絶望以外のなにものでもない。机の上に落ちてしまったチョコレートを、一発逆転、どうすれば食べられるかということを考える。上のほうはきれいだから、指でこそげて食べればいいんじゃない? そんなナイスなアイデアを思い付いた途端、

「なんか、うんこみたいだね、それ」

 ミミちゃんが禁断の言葉を口にした。わたしは鞄からポケットティッシュを取り出し、机の上のチョコレートをいさぎよく拭う。抗議の意味も込めてミミちゃんを上目遣いに見ると、

「よそ見してるからだよ。自分が悪いんじゃん」

 ミミちゃんは、とっても正しいことを言った。

「あと、拾い食いはだめ」

 どうしてばれているのだろう。不思議に思っていると、

「あんた根が素直なのよ。全部顔に出てる」

 ミミちゃんが言った。それは、今朝しろくまくんに言われたばかりの言葉だった。

「なに見てたの?」

 ミミちゃんが言う。

「しろくまくん」

 正直に答えると、ミミちゃんが振り返り、わたしの視線の先を確認する。食事中のしろくまくんは、頭を外してロッカーの上に置いている。大きすぎてロッカーには入らないのだ。晒し首のように置かれたしろくまくんの頭部は、なかなかシュールだ。

「鈴原って、しろくまのこと好きだったの?」

 ミミちゃんが言った。

「なんで見てたからって好きってことになるの」

 反論すると、「だって」とミミちゃんはさらに言う。

「鈴原って、基本見るじゃん。好きな人のこと」

 岩渕くんのことを言われているのだと気付き、わたしは黙る。ただの巻き巻きパンになってしまったチョココロネを口に押しこみ咀嚼すると、わたしはそれをミニパックの牛乳で飲み下す。

「そういうんじゃなくて。しろくまくんて、いつもなに考えてるんだろうって、思って」

「他人の考えてることなんて、わかるわけないよ」

 わたしの言葉を、ミミちゃんは一蹴する。なんてドライな女だ。

「しかも、あいつ、しろくまだよ。その時点でもう一般的な何かからちょっと外れてんのに」

「そんなことないよ。それに、今はしろくまじゃないよ」

「頭だけじゃん。身体がっつりしろくまじゃん」

 薄茶色の目と、やわらかそうでさらさらな髪の毛、真っ白な肌。しろくまくんの色素は薄い。真っ黒で針金のように真っ直ぐな髪の毛と浅黒い肌を持つ私は、それをとても羨ましいと思う。こんなふうに言うと、どんな美形だよしろくまって感じに思えるけれど、しろくまくんは特に美形というわけはなく、かといって不細工というわけでもない。この言葉が正しいのかどうか自信はないが、しろくまくんは「普通」だ。いたって普通。他人に悪印象を与えるような顔ではないけれど、強く印象に残るような顔でもない。薄いのだ。色素も、顔の造作も薄い。

「鈴原が人知れず、一年の単独事故系男子を想ってるように、しろくまにだって人知れない悩みのひとつやふたつ、あるんじゃないの」

 ミミちゃんがそんなことを言う。

「ちょっと待って。単独事故系男子ってわたしの愛しいあの人のこと?」

「他に誰がいんのよ」

「そんな呼び方、初めて聞いた。ミミちゃん、あの人のこと、いつもそんなふうに思ってたの」

「いつもあいつのことを思ってんのは、私じゃなくてあんたでしょ」

「やめて、そんな本当のこと! うっわ、照れる!」

 ミミちゃんはあきれたようにため息を吐いた。

 単独事故系男子か。納得いかないけれど、ミミちゃんが岩渕くんのことをそんなふうに呼んだのにはちゃんと理由がある。

 移動で一年生の教室の前を通りがかった時だ。背の高い男の子が、何かうれしいことでもあったのか、「いえーい」だか「いやっふー」だか、楽しげな奇声を上げながら、ジャンプして教室に入ろうとしていた。しかし、彼は自分の身長と教室の入り口の高さの計算を誤ったらしい。彼は入り口の上の部分に頭部を強くぶつけたのだ。結果、彼の額はぱっくりと割れ、そこから血を無駄にだらだらと流すこととなった。それが、岩渕くんだ。ざわつく男子に、血を見て悲鳴を上げる女子。一年生の教室とその廊下には、ちょっとした非日常が訪れた。

「岩渕、早く保健室行けよ」

 数名の友人らしき男の子たちに言われ、岩渕くんは割れた額を右手で押さえ、背中をまるめて無言で頷いた。先程、楽しそうに奇声を上げていた人と同一人物とは思えないテンションの下がりように、わたしは一瞬で恋に落ちた。

「なにあれ。馬鹿なのかな。あんなんじゃ、いつか死んじゃうね」

 ミミちゃんのあきれたような声も右から左で、わたしは岩渕くんの足元のリノリウムの床に点々と落ちた鮮やかな血液をうっとりと眺めていた。そうだ、と思いつき、スカートのポケットからハンカチを出して、跪いて床の血を拭っていると、

「ちょっと、鈴原。授業遅れるよ。そういうのは一年にさせなって」

 ミミちゃんに急かされて、わたしは床の掃除を途中で断念せざるを得ず、名残惜しげにその場を後にしたのだ。あと少しだったのに。


「おはようって言ってみれば」

 唐突に、ミミちゃんが言った。

「単独事故系男子に?」

「単独事故系男子に」

 心臓が、どっ、と脈打った。おはよう。当たり前のように毎日口にするこの言葉を、岩渕くんに言う。それは、とても難しいことのように思えた。

 自分が岩渕くんに挨拶をするところを想像してみる。毎日のソフトストーキングが功を奏して、岩渕くんの登校のタイミングは既に掴めている。靴箱でいっしょになる確率も高い。わたしの脳内に、靴箱が現れる。少し奥にいる岩渕くんに、わたしは声をかけた。

「おはよう」

 岩渕くんは、わたしのことを気にも留めずに行ってしまう。だめだ。岩渕くん、自分が言われたって思ってないわ。とすると、名前を呼ぶべきだろうか。

「岩渕くん、おはよう」

 岩渕くんは訝しげな表情をわたしに向ける。そして、なんだ今の、ていうか誰? そういう感じで首をひねって上履きの踵を直し、やはり無言で行ってしまう。

「だめだ、失敗した。悲惨すぎるシミュレーションがわたしの恋の邪魔をする」

「あんた、石橋を叩いて渡らないタイプだよね」

 ミミちゃんはおもしろそうに笑っている。確かに、他人の恋愛話はおもしろい。わたしも、ミミちゃんに好きな人ができたら、思いきりおもしろがってやろうと心に決める。

「おはようって言葉が、こんなに重たい言葉だとは思ってなかったな。認識不足だった」

「重くないって。大げさなんだよ、鈴原は」

 わたしは咽喉の奥に詰まったみたいになった「岩渕くん、おはよう」を、吐き出すこともできず高校を卒業してしまうのかもしれない。

「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」

「どうしたのいきなり」

 ミミちゃんが、きょとんとわたしを見る。

「わたしはこのまま単独事故系男子に存在を認識されないまま高校を卒業して、彼とは離れ離れになってしまうんだなあ、と思ったら、つい」

「それって、あんた次第じゃん。なんでもう諦めモードに入ってんの」

 わたしは朝のしろくまくんとの挨拶を思い出す。

「おはよう、鈴原さん」

「おはよう、しろくまくん」

 こんなふうに自然に、軽やかに、岩渕くんにも話しかけられたらいいのに。しろくまくんもミミちゃんも、わたしのことを素直だと言うけれど、好きな人には素直になれない。恋って、なんて難しいんだろう。この胸を焦がす痛みは……。

「鈴原。あんた今、恋する自分に酔ってるね」

 思考を遮るようにミミちゃんに言われ、ぎくりとする。

「なんで。なんでわかったの」

 もしかして、わたしはサトラレなのだろうか。今の脳内ラブポエムをみんなに聞かれてしまったのだろうか。あれ、でもわたし全然天才じゃないしな。よかった。わたし全然サトラレじゃないわ。

「顔に出てるんだって」

 わたしのくだらない心配をよそに、ミミちゃんはすぱっとした口調で言う。

「おはようのシミュレーション失敗したくせに目がうっとりしてた」

「サトラレでもないくせに、そんなことまでばればれだなんて。恥ずかしい。ポーカーフェイスになりたい」

「ポーカーフェイスになんかなってみ。あんたの魅力半減どころじゃないよ。魅力ゼロだよ」

「なんてこと言うの」

「ほめてるのに」

 ほめられたのなら許そう。そう思い、心の中で頷いていると、

「ぶつかって、血ぃ流すくらいしてみって」

 ミミちゃんが言った。その表現に、あの日の岩渕くんの姿が思い出される。

「単独事故系男子みたいに?」

 わたしの言葉に、

「単独事故系男子みたいに!」

 ミミちゃんはそう答えて、にんまりと笑う。いやっふー、いえーい。わたしとミミちゃんは口々に言い合った。



3.サトラセ


「あ、鈴原さーん!」

 放課後の校門、さあ帰宅するぞ、というところでしろくまくんに呼び止められた。わたしは自転車に乗っていたので、急いでブレーキを握り、すたっ、と我ながら俊敏に片足を地面につける。

「どうしたの?」

 自転車から降りて、しろくまくんに向き直ると、

「お昼のあれって、誰のだっけ?」

 と言われた。意味不明だ。

「お昼のあれ?」

 問い返すと、

「さよならだけが人生だってやつ。チューヤンかな」

 しろくまくんは重たそうな頭を傾けて、考えるような素振りをした。

「え、誰、チューヤンって」

 怪しげな名前が出てきたぞ、と身構えていると、

「中原中也」

 その返事にわたしは、ぶふっ、と噴き出してしまった。

「中原中也のことそんなふうに呼ぶ人、初めて見た」

「だって、あだ名とか付けないと覚えらんなくて」

 国語は苦手、と、しろくまくんが照れたように言う。しろくまくんは確か理系だ。

「井伏鱒二だよ」

 わたしは答える。

「『勧酒』っていう中国の昔の詩を、井伏鱒二が日本語に訳したの」

「まっすーか」

 しろくまくんは、ぽふんと両手を打ち鳴らして言った。

「『山椒魚』のまっすーでしょ」

 まるで二つ名みたいにしろくまくんが言うので、わたしは笑ってしまう。

「気安いな。友達なの?」

「おれの友達ではないけど、治ちゃんの友達だよね」

「太宰治のこと?」

「うん。太宰治と井伏鱒二は友達でしょ?」

「友達っていうか、井伏鱒二は太宰治の先生だよ。太宰と鱒二の関係は、太宰が『富嶽百景』っていう私小説で書いてるから、読んでみるといいよ」

「そうする。ちょっとまって、メモするから」

 そう言って、しろくまくんは右脇腹ポケットからメモ帳とペンを取りだした。勉強熱心だなあと思いつつ、わたしはしろくまくんの脇腹にポケットがあるなんて知らなかったので、ちょっと驚いた。

「なんだっけ。ふがく?」

「百景」

 しろくまくんの言葉の続きを口にして、わたしはさっきから気になっていたことを尋ねることにする。

「ていうかさ。お昼のわたしたちの話、しろくまくん聞いてたの?」

「だって、鈴原さんも海峰さんも声大きいんだもん。聞こえたんだよ」

 しろくまくんはメモ帳とペンを脇腹のポケットにしまって、歩き始める。わたしも自転車の向きを変えて、しろくまくんと並んで歩く。

「え、じゃあ、クラスのみんなにも聞こえてたってこと?」

「そうかも」

 しろくまくんが言い、

「恥ずかしい!」

 わたしは思わず叫ぶ。サトラレ以前に、声の大きさで周囲にサトラセていたなんて。

「単独事故系男子って、一年の岩渕くんのことだよね」

 そう、しろくまくんに言い当てられ、

「なんでわかったの?」

 思わず肯定としか取られないような反応をしてしまった。

「海峰さんが、ぶつかって血を流すって言ってたから、そうかと思って。単独事故系男子ってジャンル、なんかいいね」

 しろくまくんがおかしそうに言う。え、いいかな? と、わたしは首をひねる。

「岩渕くんが単独事故を起こした時ね、おれもいたんだよ」

 しろくまくんが言った。

「鈴原さん、岩渕くんの血を拭いてあげてたね」

「見てたんだ」

「うん」

 見られていた。岩渕くんの一部を回収しているところを見られていた。

「おれの足にも、ちょっと岩渕くんの血が付いちゃって。あれは取るのに苦労したなあ」

 しろくまくんはなんでもないことのように言う。わたしは、しろくまくんの立派に大きな白い足を見て、そこにもう岩渕くんの血が付いていないことを確認して、もったいないことをするなあ、と思っていた。わたしのハンカチは、岩渕くんの血が付いたまま、勉強机の引き出しに、鍵をかけて大事にしまってある。客観的に考えて、そんなことをする人間は気持ちが悪いと思うし、心の中に設置した棚の上から見て、自分がそういうことをされたらいやだな、とも思っているので、誰にも言わない。というか、言えない。ミミちゃんにも、もちろん、しろくまくんにも言えない。

「それじゃあ、おれ、こっちだから」

 十字路に行きあたって、しろくまくんは言った。

「うん。じゃあ、また明日ね」

 わたしはしろくまくんに軽く手を振る。しろくまくんも手を振り返してくれる。そして、

「あいさつできるといいね」

 と言う。

「どうかな」

 わたしの顔は、情けなく崩れる。

 しろくまくんのまるい背中を見送ってから、ちょっと待て、わたしも同じ方向だった、と気付き、気まずい思いでしろくまくんの後を追う。

「どうしたの、鈴原さん」

 わたしが追いかけてきたことに気付いたしろくまくんが振り返って言った。

「わたしも、こっちだった」

 間抜けすぎて、もう恥ずかしささえ通り越してしまった。

「鈴原さんて、ちょっと抜けてるよね」

「返す言葉もない」

 話してみると、しろくまくんはやっぱり普通で、そしてちょっと楽しい人だった。友達、ひとり増えたな。わたしは自転車を押しながら、となりのしろくまくんの顔を見上げて思う。



4.単独事故


 岩渕くん、おはよう。岩渕くん、おはよう。岩渕くん、おはよう。

 呪文のように、頭の中で何度も繰り返しながら、わたしは自転車を漕ぐ。ミミちゃんやしろくまくんに言われたからか、今朝のわたしは、あいさつしなきゃ! という妙な使命感に燃えていた。

 岩渕くん、おはよう。岩渕くん、おはよう、岩渕くん、おはよう。

 自転車置き場に自転車を停め、後輪の鍵かけよし、と確認を終えると、わたしは小走りに生徒用の玄関へと向かう。

 岩渕くん、おはよう。岩渕くん、おはよう、岩渕くん、おはよう。

 遠目に、靴を履きかえる岩渕くんの姿を発見し、わたしは速度を上げる。

 岩渕くん、おはよう。岩渕くん、おはよう、岩渕くん、おはよう。

 玄関にたどり着いたところで、

「あ、わ、ぎゃ」

 簀子に足を引っかけて前のめりに転んでしまう。がったん、と簀子がひどい音を立てた。

「大丈夫ですか!?」

 慌てたような声が聞こえ、足音が近付いてきて、目の前に大きな手が差し出された。身体を起こし、見上げると岩渕くんだ。

「岩渕くん」

 思わず呪文を唱えていた。

「はい?」

「おはよう」

「……おはようございます?」

 疑問形だが、挨拶を返してもらえた。わたしはやった。ミミちゃん、しろくまくん。わたし、やったよ! 感動を噛みしめていると、

「あの。それより先輩、大丈夫ですか? 鼻血出てますよ」

 岩渕くんが言った。

「え」

 鼻のあたりをさわると、ざらりとした砂の感触と、ぬるりと濡れた感触。手にべっとりと付いた血を見て、

「うわあ」

 思わず呟いていた。

「恥ずかしい」

「痛くないですか?」

 そう尋ねられ、

「痛いです」

 正直に返してしまう。岩渕くんの手が引っ込まないので、わたしはそれを遠慮なく握らせてもらう。わたしの手にべっとりと付着した血が、今、岩渕くんの大きな手にも付着した。わたしの体液が、岩渕くんの手に。そう思うと、すごく興奮した。

「ごめん、ありがとう」

 手を引いて立たせてもらって、謝罪とお礼の言葉を言うと、

「俺も、この間おでこ割っちゃって。すっごい血、出て。痛いですよね」

 岩渕くんが笑う。

「知ってます。見てたから」

 わたしはスカートのポケットからハンカチを出して、岩渕くんの手に付いたわたしの血を拭う。さすがにこれは、申し訳なかった。

「そっか。先輩、あの時いたんですね。もしかして、ええと」

 おとなしく手を拭かれながら岩渕くんが言った。

「うん?」

「や、なんでもないです」

 気になったけれど、岩渕くんは続きを言うつもりはなさそうだった。

「お互い、単独事故には気を付けようね」

 わたしがそう言うと、

「単独事故」

 岩渕くんは繰り返して、笑った。

「血が止まらないようなら保健室行ったほうがいいですよ」

 そう言われて、わたしは頷く。

 朝練に遅れそうだ、と急ぐ岩渕くんを見送って、わたしは、むふふ、と笑う。岩渕くんとたくさん喋ってしまった。うれしい。

 スキップしそうな勢いで廊下を進み、教室の扉を開けると、今日もしろくまくんがいた。

「どうしたの、鈴原さん!」

 わたしの姿を見るなり、おはようも言わずに、しろくまくんが声を上げた。

「顔と制服、血だらけだよ」

「え」

 そう言われ、鞄の中から手鏡を引っ張り出して、自分の顔を確認する。

「本当だ、血だらけだ!」

 こんな顔で岩渕くんと顔を合わせていたのかと思うと、うれしさが吹っ飛んだ。もう五月を過ぎて、わたしはセーラーの合服を着ていたので、白いその胸元に、ぽつぽつと付着した血痕がやけに目立つ。

「顔洗ってくる」

 わたしは机に鞄を置き、トイレに向かう。顔をばしゃばしゃと洗い、どうせ誰もいないし、タンクトップを着ているのだからと気にせず合服を脱いで、血の部分だけに水をしみこませて洗う。手洗いのレモン石鹸を使うと、なんとか目立たなくなった。もう一度それを着て、冷たいな、と思う。スカートのポケットから出したハンカチにも血が染み込んでいるのに気付き、そういえばハンカチはさっき岩渕くんの手に付けてしまった血を拭うのに使ったんだと思い出し、そのままポケットに突っ込んで教室に戻る。

「鈴原さん、びしょ濡れ!」

 しろくまくんがぎょっとしたように言った。

「しろくまくん、ハンカチ貸して」

 しろくまくんは、左脇腹のポケットからハンカチを出して貸してくれた。しろくまくんの新しいハンカチを見て、なんだか情けなくなってしまい、涙が出た。

「あいさつ、失敗したの?」

 しろくまくんが言う。

「うん」

 頷いて、わたしは顔を拭う。

「でも、がんばったんでしょ?」

 しろくまくんは、そう言ってくれたけれど、がんばっても失敗したんじゃ意味がない。

「ぶつかって血を流しただけだった」

 わたしは、ぐずぐずと泣きながら言う。しろくまくんはなにも言わずに、もふ、と、わたしの頭に重い手を置いて、すぐにどけた。なぐさめてくれたのかもしれない。そう思い、

「ありがとう」

 と言うと、

「ハンカチ、あげる」

 しろくまくんが言った。汚しちゃったからかな。悪いことしたな。そう思いながら、

「ありがとう」

 わたしは、もう一度言う。

「鈴原さん、下着透けてる」

 しろくまくんが言いにくそうに言った。白い制服を水で濡らせば、そりゃそうなる。

「タンクトップ着てるから大丈夫だよ。それに、ホームルームまでには乾くよ」

「でも」

「気にしないでよ、しろくまくんのすけべ」

「心外だ! 撤回して!」

 しろくまくんが焦ったように言うのがおかしくて、わたしは少し笑った。



5.ピチピチ期間


「もう、元気出しなよ。鬱陶しい」

 お昼休み、いちご牛乳のパックにストローをぷつんと挿しながらミミちゃんが言う。

「あんたがしょんぼりしてたんじゃ、つまんないよ」

 そう言われても、今朝の流血地獄絵図が脳裏に蘇るたびに死にたくなる。元気なんか出るはずがない。

「現在進行形で自殺を考えている」

 わたしが言うと、

「こんなくだらないことで自殺なんて、いい笑いものだよ」

 ミミちゃんが辛辣な言葉を返してきた。

「ミミちゃんが挨拶してみればって言うからだ!」

「あんたが転んだのは私のせいじゃないでしょ!」

「むきー!」

「うがー!」

 ふたりで言い合っていると、少し元気が出た。わたしは飢えた獣のようにがつがつとサンドイッチをたいらげ、元気を補給する。

「でもさ、顔は覚えてもらえたんじゃない?」

 ミミちゃんが言う。

「すっごい進歩だよ。鈴原、がんばったじゃん」

「え、どうだろ。血だらけだったからな。すっぴんじゃわかんないかも」

 わたしは鏡で見た自分の顔を思い出しながら首をひねる。あんな状態で顔を合わせていたんであれば、本当に元の顔がわからないだろう。

「すっぴんって」

 ミミちゃんが笑う。

「でもさ、せっかく単独事故系男子に親切にしてもらったんだから、お礼を言うという口実で話しかけるきっかけができたわけじゃない」

 ミミちゃんの言葉に、わたしの視界はぱあっと開けた。

「ミミちゃん、頭いいね!」

「なに言ってんの。恋する乙女ならこのくらい普通に考えるでしょ」

「わたしは考えつかなかったけども」

「鈴原は、もっと計算高くならないと。これから先、女なんてやっていけないよ」

 ミミちゃんがなんだかささくれたことを言うので、わたしは悲しくなった。

「ミミちゃん、わたしたちまだ十六だよ」

「私は来月、十七になる」

「あ、そっか」

 そう言われると、大人になるなんて、あっという間のような気もする。ミミちゃんが十七になったあと、続いてわたしも十七になる。わたしたちは生き物なのでどんどん年を取る。三年間、たっぷりあると思っていた高校生活も、気付けば、あっという間に一年が過ぎていた。そしてまた、あっという間に過ぎるであろう一年が、あと二回。その内一回は、もう既にちょっと消費してしまっている。そう気付くと、ピチピチの女子高校生でいられるこの時間は、もしかしたらとても貴重なものなんじゃないかと思えてきた。

「わたし、明日お礼言おうっと」

「あれれ、前向きじゃん」

 ミミちゃんが長いまつ毛を瞬かせる。

「高校生活なんて、すぐに終わっちゃうんだもんね」

「どうしたの急に老けたこと言って」

「老けてないよ、ピチピチよ」



6.そして教室


 岩渕くん、おはよう。昨日はありがとう。

 そう言おうと気張って向かった生徒用玄関で、岩渕くんが女の子と話している姿を目撃してしまった。わたしは思わず靴箱の影に隠れてしまう。まさか、漫画やアニメでよく見る、この「隠れる」という行為を自分がやってしまう日がくるなんてさっきまでのわたしは思いもしなかった。女の子は俯いていて顔は見えないけれど、どうやらかわいいっぽい雰囲気だ。いい匂いがしそう。そう思い、無意識にすんすんと鼻息を荒くしてしまう。上履きの色から、女の子が一年生だということがわかる。岩渕くんも、ここからじゃ横顔しか見えないけれど、困ったような、でも真剣な表情をしていた。

「ごめん」

 低いトーンの、岩渕くんの声が聞こえてきた。

「俺、いま気になってる人がいて」

 これは。この言葉は、告白を断る時のそれじゃないかな、と、わたしはふたりを覗き見しながら思う。急なことで、わたしの脳内は混乱していた。岩渕くんが、あの子の告白を断ったことを不謹慎ながら喜べばいいのか、それとも、岩渕くんに気になる人がいるということを悲しめばいいのか。どっちだ。

「鈴原さん、なにしてるの」

 背後からひそひそと呼ばれ、思わず悲鳴を上げそうになる。

「びっくりした、しろくまくん。今日、いつもより遅いじゃん。どうしたの」

 しろくまくんの腕を掴み、靴箱の影に引き込みながら、ひそひそと尋ねると、

「昨日、深夜ドラマ見てたら寝坊しちゃって」

「ドラマ? なに観てたの?」

「女の人が仕事帰りにお酒飲んで、ぷしゅーって言ってるドラマ」

「ああ、あれ。あれ、いいよね。わたしは録画してるよ」

「うち、ハードディスクないんだよね」

「原作の漫画も持ってる。今度貸そうか」

「え、いいの? やったあ」

 ひそひそ声とはいえ、普通に会話を続けていたら、いつの間にか女の子はいなくなっていて、岩渕くんはひとりになっていた。困ったように右手で襟足をわしわしとやって、靴箱から上履きを出している。

 そうだ、お礼を言うんだった。そこで、わたしは当初の目的を思い出す。

「岩渕くん、おはよう!」

 さも、いま来たところですよと言わんばかりに登場するわたしを、しろくまくんが苦笑い気味に見ているのが横目にわかる。

「おはようございます」

 岩渕くんは少し笑顔を浮かべ、首だけでぺこりとお辞儀をした。

「岩渕くん、昨日はありがとう。なんか、みっともないところを見せちゃって」

 今日はひとりではなく、しろくまくんがそばにいる妙な安心感からか、なぜかすらすらと言葉が出てくる。

「いえ、大丈夫でしたか?」

「うん、ありがとう」

 岩渕くんの受け答えからして、すっぴんのわたしを見ても、昨日の血まみれ女だと認識してくれているようで、安心する。

「俺、ちょっと言いたかったことがあって」

 岩渕くんからなにか話題を振ってくれている。どうしたことか。不幸すぎる昨日の辻褄合わせで、今日は幸福すぎる日なのかもしれない。そういうことなら不幸も大歓迎だ。そんなのんきなことを考えつつ、

「うん、なに」

 胸を高鳴らせて、わたしはうっとりと問い返す。

「俺が単独事故した時って、先輩、廊下に落ちた俺の血を拭い……」

 そこで岩渕くんの言葉が止まってしまった。どうしたのだろう。わたしが岩渕くんの血を拭いたハンカチを大事に大事に隠し持っていることがばれたのだろうか。まさか、そんなはずはない。だって誰にも言っていないのに。背中にじんわりといやな感じの汗をかいてしまう。だけどそうではなくて、岩渕くんの視線の先には、しろくまくんがいた。わたしのとなりで足の裏の泥を掃っているしろくまくんが視界に入ったらしい。岩渕くんは、驚いたように目を見開いた。

「しろくまさん。初めて間近で見た」

 岩渕くんが、しろくまくんのことをまるで天然記念物のように言う。

「あ、こちら見ての通り、しろくまくんです。同じクラスなの」

 岩渕くんがしろくまくんを気にしているようなので、紹介する。しろくまくんは、血を流さなくても岩渕くんにその存在を認識されているみたいで、わたしは少し羨ましく思う。

「どうも」

 しろくまくんが片手をあげて明るく言う。岩渕くんも、軽く会釈をしている。

「しろくまくん。岩渕くんです。わたしの好きな人」

 わたしはしろくまくんにそう言って、しろくまくんが、

「え、鈴原さん、いいの?」

 戸惑ったような声を発して、わたしは我に返り、固まってしまった。

 待って待って待って。なにナチュラルに好きとか言っちゃってんの、おい。

 顔面にぶわっと血がのぼる。岩渕くんの顔を見ることができず、わたしは急いで上履きに履き替え、しろくまくんの腕を掴んで走って教室へ向かう。岩渕くんは置き去りだ。

「また、失敗した!」

 教室に着くなり、出たのはそんな言葉だ。

「そうかな。むしろ成功なんじゃないの」

 しろくまくんが息を切らしながら言う。身体が重そうだ。

「先輩」

 その時、上のほうから降ってきた声に、

「わ!」

 思わず叫んで、わたしはしろくまくんの腕にしがみついてしまう。

「岩渕くんだよ、鈴原さん」

 しろくまくんが自由なほうの手でわたしの肩をぽんぽんと叩いた。どうやら、岩渕くんは逃げてしまった私を、ここまで追いかけてきてくれたらしい。

「あの、さっき俺、あのとき俺の血を拭いてくれてありがとうございますって、言おうと思ってて」

「あ、え、ああ、どういたしまして?」

 わたしは、しどもどと裏返ってしまう声でそう受け答えをする。

「顔おさえてたから、よく見えなかったんだけど、廊下の血を拭いてくれた人、ずっと気になってて。先輩なんですよね?」

 そう尋ねられて、わたしはこくこくと頷く。そして、

「あと。あの、さっきの、うれしかった、です」

 きゅうっと眉根を寄せて、岩渕くんは不機嫌そうにそう言った。

「それだけです」

 そう言って、しろくまくんにしがみついているわたしの腕をそっと掴み、もふもふから引き剥がした。

「うっは、やきもち? ねえ、やきもち?」

 しろくまくんがそう言って笑い、岩渕くんは、そんなしろくまくんを困ったように無視して、

「じゃあ俺、朝練あるんで」

 と行ってしまった。

「ちょっと、しろくまくん。わたし、なにが起こったのか把握できてないよ」

 わたしはしろくまくんの腕を掴んでゆさゆさと揺さぶる。

「おれはできてる!」

 しろくまくんは揺れながら、飛び跳ねんばかりにして言った。

「鈴原さん、やったね! やっぱり、鈴原さんは無敵だ!」

 しろくまくんが、自分のことのようにうれしそうに言った。

「きっと、海峰さんもよろこぶね」

 そう、しろくまくんが言うので、

「うん!」

 わたしは、がくがくと顔を上下させて頷き、しろくまくんの両手を取ってくるくると回っては机をがたがたと倒してしまった。


 ふたりで机を直し、さっきまでのテンションが落ち着くと、わたしとしろくまくんは、いつものように、それぞれの席についた。

 わたしは、しろくまくんは理系だから、三年生になったら、文系のわたしとはクラスが別れてしまうんだなあ、ということを、ぼんやりと考えていた。しろくまくんのいない教室なんて、なんだかつまらない。

「わたし、しろくまくんのいる早朝の教室、好きだったな」

「おれも、鈴原さんが、おはようって扉を開けて入ってくるの、好きだったよ」

 わたしたちは、へらへらと笑い合い、友情を確かめ合う。



ありがとうございました。

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