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金魚鉢のテラリウム。

作者: たのし


 私の家の前の家と家の隙間から上がる煙突から白い煙が上がっている。一日に五回から多くて十回くらい。


「昨日もこれくらい死んだんだな」


 金魚鉢のテラリウムを見ながら私は彼の事を考えていた。


✴︎✴︎✴︎


 私は高校を卒業したのち、地元の事務員として働いていた。毎日淡々と働いては帰る。働いては帰るを繰り返し。しかし、情報をシャットアウトして来た私にはこの生活が性に合っていた。


 特別友達を作るとか、そう言った事を考える思考すらなく高校生活を送った事もあり、卒業と同時にあんな人いたねって思い出の片隅になる様な大人。それが私だ。




  そんなある日、ふと部屋の窓から見える花屋の前で男の人が花を眺めていた。その花屋は葬儀用の生花を主な生業としてるため、店頭用の花には力を入れていない。あの花屋の花を見るなんて…っと眺めていると、男の人は少し薄暗い店の中へきょろきょろ開いているのか確認するように入って行った。


数分後、男の人は小さな袋を持ち隠すかのように、作業着のズボンに押し込むと、薄暗い夜道に消えて行った。


  次の日も次の日も私が仕事から帰りカーテンを閉める時間帯、男の人は小さな袋を持って店から出てきている。男の人は青の作業着を着て、私が仕事から帰宅する頃に花屋を訪れているので、毎日仕事帰りにきているだろうと察しが付く。


 いつもの様に仕事から帰り、アパートの前の門を開けようとした時、あの作業着の男の人がシャッターが閉まっている花屋の前に呆然と立っていた。家の前の信号を渡り男の人の元に近づき「あっ。ここの花屋、木曜日は休みですよ」っと教えると「そうなんですか。じゃ、また明日来ます」っと一礼し帰って行った。


近くで見た男の人は見た目で言うと私より少しだけ年齢は上の様に感じ、油の匂いをさせていた。

胸元に白い布の名札が付けられており、油汚れと焦げいたが何とか『高田 省吾』っと名前だけは確認できた。


「ちょっと」


「はい」


男の人は振り返り何か?っと言う表情を浮かべる。誰かを呼び止める行動力にびっくりしながら、しかしこの後どう話をすれば良いか分からない私は「毎日この花屋に来てますよね?私、向かいのそのアパートに住んでいるので」


「そうなんですか。そうですね。毎日ここに来てます」


「花好きなんですか?」


「いえ。苔を買いに来てまして」


彼の声は太く良く通りそうな声だが何処か細い。そんな印象の声だった。


「苔ですか?」

 花屋の店頭のバリエーションは雑だか、一応花屋と言うこともあり色んな種類がある中で何故苔なんだろうって少し疑問に思った。


「もう、よろしいですか?」


高田さんは私を振り払う様に問うと薄暗い闇に消えて行った。


それから、数日。

毎日の様に花屋を訪れる高田さんをアパートの二階からよく見る様になった。


  いつも、小さな苔の入った袋を持ってトボトボと帰って行く。


そんなある日、私が帰ると同時に夕立が降ってきた。外に干してある洗濯物を急いで取り込んでいると、高田さんが花屋の前で空を見てそして、雨の中歩き出していた。傘を持っておらずただ、雨に打たれ、走るわけもなくいつもの様にトボトボと歩いている。


私はビニール傘を2本持つと高田さんの後を追った。

暗闇から高田さんの輪郭が薄らと見えてくる。


「あの」


私は高田さんの後ろ姿に声をかける。


「はい?」


高田さんは振り返る。

雨に濡れているのに何とも思っていない姿に少しだけ胸が締め付けられた。


「傘。使ってください」


私が傘を手渡すと「ありがとうございます。明日返しますので」っと言いトボトボと暗闇に姿を消した。


次の日、仕事終わり。

アパートへ帰ると、高田さんが傘と大きな袋を持って待っていた。


私に気づくと「傘。ありがとうございます。後、これお礼に」っと大きな袋を渡してきた。そして、「では」っと言うと、帰って行った。


  部屋に上がり、袋を開けると金魚鉢の中に綺麗な世界が広がっていた。横から見ると両サイドを囲う様に大きな石が敷き詰められ、洞窟を表現しており、下から見上げると満月が顔を出す。


  薄く張られた水には小さなボートが浮いていて、針金で丁寧に作られた木が強調感もなくひっそりと生えており、洞窟の中で苔が小さく生を謳歌している。そんな世界だった。


こんな綺麗ででも小さい世界。

これが彼の心の中なのか。


  夜、カーテンから漏れる街灯の光に照らされた金魚鉢のテラリウムは暗く、洞窟の中の苔はじっと朝を待っているようだった。




✴︎✴︎✴︎


ある日の休日。外を眺めていると、信号で停まっている一台の霊柩車。

見慣れた光景だが、いつもとは違う高田家の文字。後からついてくるタクシーもバスもない。


助手席にも誰も居らず、高田さんの見慣れない笑い顔だけが立てかけられていた。


「あっ……そっか。そんな顔で笑えるんだ」


金魚鉢のテラリウムを眺める。


「この小さなボートは誰は何のために作ったの?」


私は時間があの時のまま止まっている金魚鉢のテラリウムを窓際に置いた。




おしまい。

読んで頂けありがとうございました。

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