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「とりあえず五。五回ずつにしよう。それで母さんにも申し開きが立つ」
「五回も?」
「十回がいいならどうぞ、みぃちゃんのお好きなように。あ、点忘れてる」
反対からノートを見下ろしながら、おにいちゃんは器用に私の書き間違いを指摘した。
「……おにいちゃんってさ」
「んー?」
さっきの会話で湧いた疑問を、私は漢字を書き取りながら、おにいちゃんにぶつけた。
「日本人なの?」
「……いいや、違うはずだよ。
もう、まともに覚えちゃないけど、一応はヨーロッパの方のはず」
すっと消しゴムを私の左手側に置きながらおにいちゃんは言う。
「ふーん。日本語上手だよね」
「それはまあ、それこそ時間だけはあったわけだし?
漢字もある程度覚えれば、後は偏とか旁とか、冠とか足とかの組み合わせだし」
随分と簡単に言ってのけてくれたもんである。
まあ、実際にどれだけ費やしたか、とかは結局聞かずじまいになってしまったのだけれど。
「じゃあ、英語できるの?」
「英語だけでなく、フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、ギリシャ、ラテンと、特にヨーロッパ系なら割となんでもござれかな?」
こいつの場合、多分、ラテン語とか古典ギリシャ語とか古ノルド語とか先祖レベルの言語も知ってたからできたんだろうな、と思い至ったのは後も後の事である。
より正確に言えば、おにいちゃんの遺した大量の古い紙切れを見つけて中身を確認した時だ。
最初、読めるか!とキレかけて、キレる相手もいないのだと少ししんみりしたのは、比較的記憶に新しい。
なお、最初「英語だ、読める!」と思ったら、古英語という紙切れもいくつかあって、それにもキレかけた。
「アジアは?」
「サンスクリット、中国、日本、一応韓国……ヒンディーもいけるかもレベルってとこかな。まあ、ヨーロッパは放浪してた期間長いからね。あ、そこ線足りない」
今ならわかる。印欧語族だから、そりゃサンスクリットもその気になりゃイけるよな、と。