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「思考実験の一つに、世界五分前仮説というものがあるんだよ、みぃちゃん。
自分も含めた世界の全てはたった五分前に産まれたばかりで、それまでの記憶も何もかも、その五分前の世界ができた瞬間に、一緒にできたものとする思考実験だ」
おにいちゃんは言いながら私の頭を撫でて、それから優しく鷲掴んだ。
「みぃちゃん、僕はみぃちゃんにも母さんにも父さんにも、ここいら一体の人にも、僕は最初からこの家族の一員だと暗示をかけていたんだよ。
世界五分前仮説と同じように、僕が君達家族に割り込んだ瞬間から、みぃちゃんは僕がずっと一緒に暮らしてきた家族の一員だったと認識している。
今はそれが少し中途半端に解けた状態だ。
つまりね、みぃちゃん、君の言う今までは本当にあったことか、それとも僕が君に植え付けた記憶か、それを知る術はみぃちゃんにはないってことだ」
おにいちゃんの纏う空気が怖いものでも、それでも私はおにいちゃんが怖くなかった。
だって、片手にずっと、醤油せんべいを持ったままだったのだから。
――その長命故か、おにいちゃんは本当に詰めが甘かったのだと、今思い返せば、ちょくちょく思い当たる節が多い。
それに、その論理の例外があることにも私はその時点で気づいていた。
だから、おにいちゃんがわざと怖くしてるのか、わざとでなくてもそういう空気を纏ってしまうのかとしか思えなかった。
端的に言って、私はおにいちゃんを、おにいちゃん自身が思っているような脅威とは一ミリグラムたりとも見なさなかったのである。
「……でも、それならゲームなんてしないでしょ?
私が今気付いたんだから、これは確実でしょ?」
しかも、こっちが凍ってる隙に勝利までしてるのだ。
腹立たしい事に、画面に表示された対戦結果こそが何よりの証左だった。
……醤油せんべいも持ったままだったし、今考えてもおにいちゃんは大人げない。