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「おにいちゃんさ、ヨーロッパのはずって言ってたけど、なんで?」
「時間だけは沢山あるけど、その分大量の思い出があるわけでね、みぃちゃん」
「……ボケ?」
「そういうわけではない。そういうわけではないよ、みぃちゃん。
僕は認知機能が衰えてるわけではない。
というか衰えやしないからオーバーフロー気味というか、その結果の今というか……ああ、いやこれはこっちの話」
わざと言ったのだけど、少しムキになっておにいちゃんは返してきた。
「まあいいや、よく覚えてないってことなんだもんね」
「……そもそも国として残ってないと思うけどね」
あの辺りは国の入れ代わり激しかったし。
そう呟いた割に、おにいちゃんは覚えてないこともあってか、さほど懐かしむわけでもなく、どちらかというと淡々としていた。
「やっぱり吸血鬼って本当に不老不死なんだ」
「うーん……それはちょっと違うんだなあ」
そう言いながらも、おにいちゃんは目敏く私の間違えた漢字を指差して続けた。
「逆なんだよね」
「逆?」
「そ。だって、僕は既に死んでるから」
私は素早く間違えた漢字を指しているおにいちゃんの手をとって、テレビで見たことがあると思った脈の位置に指を当てた。
「みぃちゃん、ズレてる。もそっと左」
面白がるような声音でおにいちゃんはそう指摘した。
けれど、それで位置を修正したとしても。
「……わかんないや」
結局、自分の脈を測ったこともないのに人の脈、しかもたぶん脈がない(注:慣用句でない)人の脈なんて分かるわけがなかったのである。
おにいちゃんは逆に、手を放した私の手をとって、迷うことなく私の手首の一点に指先を置いた。
「ここだよ」
おにいちゃんの手はひんやり冷たかった。
おにいちゃんは少し目を細めてから、今度は私の手をひっくり返して、私の指先を自身の手首の一点に置いた。
「……ほんとに、ないの?」
「そうだよ。生きてれば、ここが脈打ってる。
みぃちゃんのそれと同じように」
どこか底冷えするような冷たさを指先からも、掴まれた手の甲からも感じながら、私はそこになんの動きも感じなかった。
だから、脈の位置が本当にそこなのか、その時にはわからなかった。




