消えるダンジョン
翌朝、俺とミリア、そしてアルザの三人はダンジョンに残るレーテへ会いに行く。彼女は最下層にいて、何も残っていない大広間にぽつんと一人、佇んでいた。
「今日、ダンジョンを消すそうだ」
「うん、昨日聞いた」
いつのまにか冒険者ギルドの人間とも話をするようになったらしい。
「元々、消えるつもりだったから何も思わないけど」
「……そうか」
例えば、消えることについて怖くないのかとか、そんなことを尋ねたい気持ちもあるにはあるけど……他ならぬ魔族自身が折り合いを付けているのだから、言及は控えることにする。
「目的は達成できなかったけど、失敗したから誰かに咎められるわけでもない。異界化が進むダンジョンの中で好きにやれたし、まあまあ満足な形で終わりを迎えられるかな」
「……満足、なのか」
「うん。ダンジョンが広がっていく姿を見るのは楽しかった」
――それは、ダンジョンの主から生み出された存在として許された唯一の娯楽かもしれなかった。彼女の存在は徹頭徹尾このダンジョンと関わりがあり、ダンジョンと命運を共にする。彼女がさっぱりした雰囲気をまとっているのは、そのことが深く関係しているのだろう。
「そうか……ちなみに聞きたいんだが、ダンジョンの主が何をしようとしていたのか……それについては知らないか?」
「そこは頑張って資料を精査しなよ。あいにく私は何も知らない」
「残念だ……結局資料を調べて回ることもできなかったし、後で城と連絡をとって話を聞くか」
「聞けるの?」
アルザが問い掛けてくる。まあ普通なら情報なんて教えてもらえないだろうけど、
「知り合いもいるしなんとかなるだろ……まあ、魔王に関する情報があるとしても、当該の魔王が滅んでいるんだ。俺達にとってはあまり関係のない事柄かもしれないけど」
と、会話をしつつレーテの姿を眺めるのだが……どこかさっぱりとした表情。こちらが思い悩む必要はないなと断じ、俺は彼女に背を向けた。
「共闘したことにより情報をもらったことは感謝しているよ」
「こっちも最後の最後まで狙い通りだったからいいよ。ま、失敗したけど」
「……何か言い残すことはあるか?」
「別に。あ、でもこのダンジョンのことは三日くらいは憶えておいて欲しいな。一応、私はここの管理を任されて生まれた身だから、すぐに忘れられると少し悲しい」
「ああ、そこは心配しなくていい」
背中越しに一度振り返って、レーテへ告げる。
「俺はダンジョンへ潜る専門の冒険者というわけじゃないが……二十年もこんな稼業をやっていればそれなりに攻略もした。そして俺は全部憶えている」
「へえ、そうなんだ。じゃあこのダンジョンはどうだった?」
「攻略難度は……真正面からやっていればそれなりにあったかもしれないが、やっぱり異界化が進んで大規模になっていても、勝手に拡大していくだけだと魔族がいるダンジョンと比べれば見劣りはしていたな。ただ」
俺は広間を――ダンジョンの最奥を一瞥してから、告げる。
「最下層を守る魔物はなかなかに手強かったし、結構歯ごたえのあるダンジョンではあったよ」
「そっか。なら嬉しい」
……俺はアルザとミリアに目配せをして、広間から出た。そこから転移ゲートで地上へと戻る。
彼女達は終始無言ではあったが、別に感傷的というわけではない様子だった。このダンジョンにおける出来事や経験を糧にしよう……そんな風に思っている雰囲気さえあった。
俺達が外に出た段階で冒険者ギルドと国側の騎士がダンジョンを消す準備を始める。それを黙って見守っていると、やがて騎士の誰かが号令を掛けた。
それにより――魔法が発動する。とうとう消える……そう認識した矢先、ダンジョンの入口に変化があり、奥にある構造物が消え去って洞窟に変化した。
いや、変化というよりは元に戻ったと言うべきか……中にいたレーテも消滅した。これで本当に、ダンジョン攻略は終わりだ。
「……さて」
俺はミリアとアルザへ声を掛ける。
「ニックの誘いでダンジョン攻略に参加してみたけど、どうだった?」
「感想を聞くならまずディアスから、じゃない?」
と、アルザが言及。俺は「確かに」と言った後、
「まあ、ここで得られたものは大きいな。何よりミリアの魔法が一番か」
「こんなに早く対策が見つかるとは思わなかったし、私としても驚きね」
「それだけここにいた魔族が優秀だったという話だな……俺個人としては、改めて冒険者として色々活動した経験を思い出した。戦士団に所属はしていたけど、単独で行動することもあったし」
「楽しかった?」
ミリアが聞き返してくる。それに俺は、
「楽しい……という感情なのかは微妙だな。ただ、勝負のために探索して回るというのは、冒険者にしか味わえないものは確かにあった。まあだからといって冒険者稼業を続けるかどうかはわからないけど」
「――そういう発言をするのなら」
と、会話を聞いていたのかニックが近寄ってきた。
「俺との勝負に意味はあったかな?」
「だからといって、ニックについていって勝負とかはしないぞ」
「む、それは仕方がないな」
もう一度勝負だと誘う気だったらしい。まったく……などと考えていた時、馬の蹄の音が耳に入ってきた。




