魔物への猛攻
魔物が再び来る――そう直感した俺はすかさず結界を構成し、その動きを阻む。魔物の方は即座に反応して足を止めた。けれど、時間稼ぎにしかならないだろう。
「……アルザ」
「わかってる」
俺の言葉にアルザは答えた。主語のない会話だったが意図は察した。
すなわち――短期決戦がベストだと。
魔物の能力から考えると、俺達の動きを見て応戦する可能性が高い。そうなってしまえば心底面倒になる。現時点でさえ厄介なのに、こちらの動きを全て看破されてしまったら――魔王を相手にしたことがある以上、それと比べれば弱いわけだが、今回はレーテを守らなければならない。強化魔法があるとはいえ攻撃されないよう立ち回るべきで、そうなると当然こちらの戦い方に制限が生まれる。
だからこそ、これ以上相手に情報を与えない内に……会話の後、アルザが魔物へ仕掛けた。当然敵も応戦する構えを見せ、先ほど俊敏な立ち回りで間合いを詰めたためか、明らかにアルザのことを警戒している節があった。
「アルザ! 気をつけろ!」
その言葉に反応しつつもアルザはなおも踏み込んだ。退魔の力を可能な限り引き出して、魔物へ――そこで俺もまた動いた。本来は強化魔法による援護を得意としているが、シュウラへ見せたように……攻撃もできる。実際俺は魔王との戦いで……と、考える間に体が動いた。
アルザに任せても戦況的には問題ないと思う。だが、万が一という可能性を考慮して彼女の後を追った。魔物はアルザに狙いを定めて剣を振る。彼女はそれを見極めてかわし、再度懐へ潜り込んだ。
彼女が握る剣に集中した魔力は、剣そのものを震わせるほどに高まり、光さえ発していた。退魔の力……それが再び魔物へと直撃する。
金属音が響き、なおかつ凄まじい魔力が魔物の体を駆け抜けた……高位魔族であってもまともに食らえばタダでは済まない彼女の一撃。しかも渾身の剣戟であり、魔物は……耐えた。いや、その体は大きく損傷し、明らかに魔力が減ってはいるのだが、それでも魔物は体勢を維持した。
そして魔物は剣を振る――ここで俺は敵の魂胆を理解した。肉を切らせて骨を断つ……そういう言葉が似合うやり方だ。すなわち彼女の攻撃をあえて受け、反撃で仕留めようというものだ。
それは実際に成功していた。アルザは渾身の一撃を放ったことで動きが鈍くなっている。無論それは彼女の実力的に変化としては微々たるものだ。けれど魔物は――技量を有しているが故に、鈍い動きをするアルザの姿をしっかりと捉えた。
剣が振られる。アルザが避けられるタイミングは逸した。俺の目から見てもわかる。このまま野放しにしていれば、彼女に魔物の剣が届く。無論、アルザはガードするだろうけど、剣を受けてどうなるのかは未知数だ。もし剣同士がぶつかり合ったら、何かしら仕掛けが発動して手傷を負っていたかもしれない。
だからそれを――俺が阻んだ。豪快な魔物の一閃に対し俺はアルザの前に出ると杖をかざして防いだ。同時、俺は自分自身に強化魔法を付与した。
慣れた動作かつ、幾度となく使用してきた得意魔法……それによって俺は、杖で魔物の剣を受けきった。刹那、魔物が握る剣から魔力が拡散する。
やはり仕掛けはあった。アルザが剣で防御していたら、この魔力が彼女へ降り注いだだろう。その攻撃は言ってみれば硝子の破片が降り注ぐようなもの。生身の人間が受ければ相当な怪我を負うことは必至であり、アルザだって無事では済まなかったかもしれない。
だが、俺は大丈夫だった……というより、体の表層でまとわせた魔力の鎧によって、攻撃を完全に塞いだ。二段構えの魔物の策は、完全に防いだ。
「アルザ!」
俺は彼女に呼び掛けながら杖で魔物の剣を弾いた。同時、アルザが入れ替わる形で魔物と対峙する。俺は彼女に追随すると、さらに杖に魔力を集め――強化魔法にも厚みを加えた。
魔物が攻撃するよりも先に――アルザの斬撃と俺の杖が魔物の体に叩き込まれた。こちらの攻撃は退魔の力ほどではないが、それでも強化魔法の効果によって魔物の体に食い込み……その身を抉ることに成功する。
魔物は悲鳴にも似た咆哮を上げてどうにか後退しようとする……が、アルザがそれを許さなかった。後ろに一歩下がった時点で彼女は追撃を仕掛け、剣戟は魔物の体を縦に一直線に、入った。
それが決定打となって、とうとう魔物は動きを止めて倒れ伏す。短い時間ではあったが……俺もアルザも相当気合いを入れていた。その状況下でこれだから、本当に手強い相手だった。
「お疲れ、ディアス」
アルザが声を掛けてくる。次いで、
「それとごめん、助けてもらって」
「アルザなら防げたかもしれないけど……ま、とにかく無事で何よりだ」
そして、守護者と思しき魔物を無傷で倒すことができた……これでニックとの勝負は俺達の勝ち、かな?
「よし、それじゃあ……レーテの目的を果たそうか」
その言葉と共に名を呼ばれた彼女は一点を指さす。そこが最終目的地……というわけで、俺達はゆっくり扉へ向かって歩き始めた。




