幕間:戦士団の状況
「――どういうことよ!? これは!?」
バン! と机を叩きながら、女性は怒気を発する。彼女の視線の先には、一人の男性――戦士団『暁の扉』の団長であるロイド=マーヴェンの姿があった。
「落ち着いてくれセリーナ。今団員が話を聞いている――」
「そんな悠長に構えている場合!?」
ロイドの言葉に対し彼女――戦士団の副団長にして『六大英傑』の一人、セリーナ=ランジェルスは、さらに声を発した。
「これで三十人目よ!? いくら魔王を倒したとはいえ、今後も国と付き合って仕事もある……なのに、これだけの団員が抜けているのよ!?」
――そう、現在ロイド達は相次いで団員が脱退していくという問題に直面していた。魔王との戦いが終わり、ならばと戦士団を抜ける。そんな選択をとる人だっていてもおかしくはない。
だがロイド達はそれを考慮して、団員に声を掛けることにした。一昼夜続いた宴会の翌日から早速行動を開始し、団員達に残ってもらおうとした。
だが健闘むなしく、およそ十日ほどで全体のおよそ四分の一ほどが脱退した。しかもその理由は、単に魔王を倒し一区切りついたから、というものだけではない。
「……思った以上に、影響が大きかったな」
その呟きはセリーナの耳には入らなかったらしく、追求はこなかった。
ロイドが考えたのは、戦士団から半ば追い出したディアスの存在。彼が脱退したと告げた後、戦士団の中で噂が生まれた。それは「団長達はディアスを煙たく思っていて、追い出した」というもの。ディアス自身は進んで受け入れたが、噂そのものは真実であり、あっという間に団内に拡散した。
そしてディアスが抜けたからと、彼の後を追うように辞めていく人が続出した。彼は団長経験もなく、役職にも就いていなかった身ではあったが、やはり古参で団内の影響力は大きかったと言うべきか――
(いや、本質的な理由はそこじゃないな)
ロイドは断定する。現在『暁の扉』は『六大英傑』の一人、セリーナを中心に据えているのだが、彼女と共にディアスの存在が大きかったと言うべきだ。
(でも、それは承知の上だった……セリーナだって戦場に立てばディアスさんの能力に助けられ認めていた……)
ただ、その彼女が今後ディアスの存在は目の上のたんこぶになると……脱退させようという意見を表明した。最終的な判断をしたのは他ならぬロイド自身であるため自分にも責があるとロイドは考えているが。
そしてセリーナは団員が抜けていく点について、ディアスが関わっていると認めはしないだろう。
(高飛車な性格が災いし、セリーナに反発する人間もいるからな……それをディアスさんがなだめていた部分もあったが……魔王討伐とディアスさんの脱退。二つが重なったことで脱退に拍車を掛けてしまったか)
大きな戦いが終わった後は、脱退する人間も多くいた。よって今回の戦いでも同じだろうと考えてはいたが、前例がないほどの人数。いかに『六大英傑』がいても、止めることはできなかった。
(ディアスさんが残っても、抜けようとする人はいただろうけど、いてくれて俺やセリーナと共に引き留めに掛かっていれば、最小限の人数で済んだ可能性は高い――)
とはいえ、もしもの話をしても仕方がない。ロイドは大きく息をついた後、
「……魔王討伐という偉業の後だ。国側にはその関係で団員が減っていると言えば、説明はできる。国に切られる可能性は低いさ」
「そういうことを言っているんじゃないわよ。人数が少なくなれば当然、大きい戦いでも武功を立てにくくなる」
「魔王が潰えたんだ。次にそうしたことが起こるにしても、年単位の歳月が必要だ。その間に団員を集めればいいさ」
――その言葉でようやく納得したか、セリーナは押し黙った。
「他の戦士団でも、少なからず団を抜ける人はいるみたいだし、ひとまず今は我慢の時だ」
「でも現状、さらに抜ける人は増えそうよ?」
「そこはどうにかするよ。セリーナは国側との折衝を頼むよ」
「わかったわ」
(……彼女が直接団員と話をさせない方がいいかもしれないな)
高圧的な態度をとりやすいため、ロイドはそう考えた。さすがに国と折衝する場合は彼女もおとなしくなるため、『六大英傑』として顔を売っている現状、彼女に外の調整役を任せるべき――
「おや、ずいぶんと深刻な状況のようですね」
その時、二人にとって聞き覚えのある男性の声がした。ただそれは団員ではない。視線を変えると、いつのまにか部屋の入口に人が立っていた。
「入口にいる団員に説明して中に通してもらいましたが……お困りのようですね」
――その声は、例えるなら探りを入れてくるような怪しいもの。なおかつその顔は何かを企んでいるようにも見える。
「あんたは……」
そしてセリーナが声を発する。それに対し男性は、口の端を歪ませて笑い始めた。