交渉
「アルザ、まずは剣を引いて」
ミリアはまず彼女へそう指示を出した。言葉を受けてアルザはあっさりと刃を収める。そこでミリアは少女魔族へ向け、
「そうね……まず、名前を教えてもらえるかしら?」
「……レーテ」
「レーテ。私達は最下層へと辿り着きたいのだけれど、道案内はできる? それをしてもらえれば、私達はあなたを目標としている場所へ連れて行くことができるわ」
……少女魔族、レーテは沈黙した。信用におけない、ということを考えたのか……いや、ミリアが魔族であるため、どうしようか悩んでいるようだ。
とはいえ、彼女がいなければこうして話すらできなかっただろう。ここは気配を出した方がいいというアルザの作戦通りだ。
あとは、魔族レーテが頷くかどうかだが……、
「……ここを訪れた人が目指すのは最下層だよね?」
「ええ、そうね」
「でも、一番下まで辿り着いたら……そこを荒らし回るんじゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
「ここに来る人の話を盗み聞きすると、なんだか宝物……最下層にそういう物があって、それを手に入れるつもりみたいだし」
「……あなたが帰ろうとしているのは、もしかして最下層に大切な物があるから?」
コクリと少女魔族は頷いた。
ふむ、そういうことなら……ミリアがこちらへ視線を投げてくる。その意図を理解した俺が小さく頷くと、彼女は再び魔族レーテへ話を向ける。
「なら、私達が最初に辿り着くことができたら、あなたにその大切な物を渡す。その代わり、情報を教えてもらう。これでどうかしら?」
「……最初に辿り着いたら?」
「最初にお宝を見つけた人に、まずは所有権が得られるんだ」
ここで俺がレーテへ話す。
「例えば最奥にお宝……というより、このダンジョンを作成した魔族が残した研究資料なんてものがあるとする。それらは俺達にとって正直役に立たない物だけど、国からすれば魔族が開発した技術というのは非常に有用で、応用次第で魔族に対抗できる武具を作成できる。だから、高額で買い取ってもらえる」
「そのお金は、最初に発見した人に支払われる?」
「そういうこと。つまり俺達が一番最初に辿り着いたら、そこにある物はひとまず俺達が好きにしていいわけだ」
と、俺はここで魔族レーテと目を合わせる。
「本当なら、君自身が上層部にいる冒険者ギルドと交渉する……つまりこのダンジョンの情報と引き換えに、大切な物を確保するというのが確実だと思う。これなら誰が踏破しても基本的には君の物になる……まあ、ギルドとは関係なくダンジョンに入り込んでいる人もいるし、そういう人はお宝の総取りが狙いだから、確実というわけじゃない」
「ただし、私は魔族だから交渉の余地がないかもしれない」
レーテが言う。俺はそこで頷き、
「そうだな。君は冒険者と遭遇したことはあるな?」
「うん」
「他に同様の魔族はいるか?」
「いないと思う」
「なら、遭遇した魔族は対処すべきだと冒険者ギルドは主張している。情報を渡すから、ということで顔を出しても警戒される危険性が高い」
実際、魔族だからな……話のわかる冒険者を引き当てたとしても、ギルド側がどう考えるのか不透明だ。
まして、今は魔王侵攻が直前にあった。このダンジョンとはほぼ関係がないとはいえ、魔王が攻めてきたという事実から魔族に対し警戒の度合いが強まっているのも間違いない。その状況下で話の場を設けてくれるかどうかは……正直、分の悪い賭けだ。俺達としても、どう転ぶかわからない。
「人間に頼るのは無理ってことだね」
魔族レーテは言う……が、ここでミリアは自身の胸に手を当てた。
「けれど、私達は例外」
「そうなの?」
「少なくとも、君に敵意がないことはわかる」
――ここまでの会話、ミリアと初めて出会った時と同様に嘘かどうか判別する魔法を使用したが、真実を語っている。
「君と出会う前に魔物が襲い掛かってきたけど、あれはダンジョン内で生まれた魔物の特性だろう? 君はおそらく、逃げる時以外に人間を襲ったりはしていない。それで敵意がないのは明らかだ」
「そうだけど……」
「俺達はミリア……魔族である彼女と共に行動していることからもわかる通り、魔族だからと行って即座に戦おうという意思はないよ。君だってミリアがいたから、警戒が緩んだだろ?」
その指摘に対してレーテは素直に頷く。そして俺は、彼女へ続ける。
「俺達は一番早く最下層へ辿り着きたい。それには最下層に関連する情報が必要だ。そして君は、そこにある大切な物を手にしたいが、そこへ行くことはできない……君は情報を持ち、俺達は下層までいけるだけの力を持っている。目的は合致しているし、手を組まないか?」
――誘いに対し、レーテは沈黙した。自分にとって良いことなのかどうか……信用して良いのだろうか。その辺りを考えている。
断られてしまった場合、どうすべきかと考えるが……少女魔族の目を見て、大丈夫だろうと思った。
そして――魔族レーテは俺の提案を受け入れ、小さく頷いたのだった。




