魔王のなり方
翌日から、俺とミリアは目的地――進路を南へ向け、旅を開始した。
その道中で、俺は訪れる町の様子を探る。魔王討伐の報は既に大陸各地に行き渡っているようで、長年の宿敵を倒したことで人々の表情は明るい。
「魔族からしたら、不快か?」
そんな質問をミリアにしてみたが、不戦派だからなのか答えは意外なものだった。
「平和なのは良いことではないかしら」
「……魔王の行動に否定的とはいえ、ずいぶんとドライだな」
「人間達だって、全員が王様を無条件で信奉したりはしないでしょう?」
確かにそう言われると……ただ、
「人の国家というのはいくつもあるし、それぞれに王様がいるけど、魔王の場合は全ての魔族の頂点って感じだろ。そういう場合、さすがに信奉されたりはするんじゃないか?」
「信奉する同胞もいたけど、私は別に……」
最後はなんだか言葉を濁した。ここで俺はなんとなく踏み込んだ質問をした。
「後継者争いが起きるってことで魔界が混乱すると言っていたよな?」
「ええ」
「でも、魔界全土で何かしら騒動が起きるってわけでもないだろ? わざわざ攻撃される可能性を考慮しても聖王国へ入る……というのは、自分の身が確実に危ないと断定できるからだと思うんだが」
「……別に話してもいいけど」
ミリアは談笑する人々を見回しながら言及する。
「端的に言えば、後継者の一人として私が数えられているのよ」
「へ……!?」
「といっても、末席も末席。継承の候補にいるというだけで、別に魔王の親族とかそういうわけでもない」
「世襲制じゃないのか」
「魔王は選ばれるか、担ぎ上げられるか自分の力でつかみとるか……やり方は色々あるけれど、少なくとも周囲から認められていなければならないの。何の実績もない魔族が腕っ節が強いからといって魔王になれるかと言われればそうじゃない」
「つまり、支持がないといけないわけだ」
「そうね。そして候補の中で、争うのだけれど……戦う時点で基本的に力のある方が勝ちやすい」
「そりゃそうだ……力以外で候補になるパターンもあるのか」
「具体的には三つ。実力、資産、血統……実力は説明の必要がないわね。資産とは、言ってみれば多くの同胞を抱え、支持を集められる存在」
「選ばれる場合、支持を固めて魔王になるってことか。それで血統は?」
「魔王は世襲制ではないけれど、人間の貴族みたいに血統により支持を集めるケースがある。私の場合はそれ」
「……魔族の中で名門ってことか」
「正直、家柄が古いというだけで取り柄はないけれど……実際に私を推挙して色々やろうって同胞がいたから、それに巻き込まれる寸前で逃げ出してきたの」
「その理由じゃあ、魔界に留まる理由がないな……」
ミリアは小さく頷く。きっと、血統によって苦労してきた面もあるのだろう。俺自身は農村出身で家柄とかそういうのは縁がないし、彼女の大変さを分かち合うことはできないけど。
「ま、諸々の理由で魔界に留まるのが危険だったという話だな……しかし、魔界が今後混乱しているとしたら、暴走してこっちに干渉してくる魔族とか出そうだな」
「ないと思うけど……」
「どうだろうな? とある魔族を倒した時、その配下がバラバラになって好き放題活動し始めたことがあったからな。魔界の中で混乱して争うにしても、それに乗じて好き放題動き回る輩というのは一定数いるはずだ」
ミリアは沈黙する。心当たりがあるのかもしれない。
「その辺りは、国側の動きに期待だな」
「あなたは参加しないの?」
「俺一人いなくても問題ないだろ。それに『六大英傑』だっているわけだし、むしろ俺は古株の戦士だとして煙たがられる」
……ここで奇妙な沈黙があった。視線を返すとミリアは訝しげに、
「あなたは、自分に対する評価が低いのね」
「ん、どうしてそう思うんだ?」
「魔王が滅んだ瞬間に立ち会うことはなかったけれど、事の顛末はおおよそ知っている……あなたの功績は、歴史に刻まれるレベルだと思うけれど」
「そうか? でも『六大英傑』なんて呼ばれるくくりには入っていないし、異名とかだって――」
と、答えたところで俺は一つ思いだした。そういえば、
「異名はあったな、そういえば」
「本人が憶えていないってどういうこと……?」
「面と向かって言われたこと、あんまりないから咄嗟に思い出せなかったな」
異名があるからどうしたって話になるんだけど。
「まあまあ、俺一人いないからといってどうにかなるわけがないって」
手をパタパタを振りつつ言及すると、それでもなおミリアは疑いの眼差しを向けつつ、
「……あなたの言う通り、何もなければいいけど」
そんな風に応じつつ、彼女は先へ進もうと提案。俺は同意し、訪れた町を離れる。
「とりあえずここまでは平和だな」
「そうね。何事もなく進めればいいけれど……」
「魔王が滅んで魔族も動きが鈍くなっている。少なくとも聖王国内でトラブルはないだろうな」
けれどそんな楽観的な予想は外れることになる。ミリアと旅を始めておよそ十日後、俺達の前に一つ騒動が舞い込むことになるのだった――